文化祭デート

「蒼也くんに、今週文化祭があるって聞きました…!だ、だから…あの…!一緒に行ってくれませんか…?」


数日前、風間から大学の文化祭が開催されることを聞き、春は太刀川隊の隊室で太刀川を誘った。
必死なその姿に当人である太刀川だけでなく、出水と国近もぽかんとする。


「か、風間さんから…それ以外、何か聞いたか…?」
「え…?いえ、大学の文化祭があるとしか…」
「そ、そうか。………俺も、春のこと誘おうと、思ってた…」
「!じゃ、じゃあ!」

太刀川は顔をそらしたまま春に手を差し出す。


「…一緒に行くぞ」
「は、はい!」


嬉しそうに笑って手を取った春に、太刀川が頬を染めているのは分からなかった。もちろん、その理由も。


「太刀川さん、女の子から言わせるなんてー!」
「そうですよ。普通春が言う前に誘うもんでしょ」
「う、うるせぇな!色々あんだよ…」
「えへへ、初めて一緒にお出掛けですね!」
「……おう」
「え!?なに!?初デートなの!?今更!?」
「あれだけ人前でイチャイチャしてるのにデートしたことなかったのー?」
「うるせぇな!別に良いだろ!俺たちには俺たちのペースがあんだよ!」


太刀川は春の手を引き、そのまま抱き締めた。春は一瞬驚いたものの、嬉しそうに笑う。


「ですね!…文化祭、楽しみにしてます!」
「…おう」


そんな2人を見て、出水は呆れたように溜息をつき、国近は楽しそうに微笑んだ。


◇◆◇


文化祭当日、デートらしくしようと校門前で待ち合わせをした。先に来ていた春に、太刀川が合流する。



「………」
「あ!太刀川さんお疲れさまです!早いですね!」
「………」


にこにこと楽しそうな春に見惚れる。
滅多に見ない私服はとても似合っていた。前に二宮に着せられていた服も良かったが、こちらは春らしくて良いと顔がにやけそうになる。


「太刀川さん?」
「………お前やっぱ可愛いな」
「へ!?」


ぼそりと出た言葉に春は顔を真っ赤にした。その反応もまた愛おしい。



「てか、早いですねって、春の方が早いだろ。待たせて悪かったな」
「い、いえ!私が楽しみで早く来ちゃっただけなので…!」
「…ああもう!何でそんな可愛いんだよ!」



思わず抱き締めると腕の中の春が慌てだした。


「た、太刀川さん!太刀川さん!ここ、外です!」
「知ってる」
「ひ、人!見てます!」
「関係ない」
「恥かしいです…!」
「春が可愛いのが悪い」



ぎゅーと強く抱き締めると、近くで大きな溜息が聞こえた。
抱擁を緩めてそちらを向くと、呆れたような表情の諏訪がこちらを見ていた。


「…こんな人通りの多い校門前で何やってんだお前ら…春が恥ずかしがってんだから離してやれよ、太刀川」


太刀川は渋々と春を離した。春はほっと息をつく。



「こんにちは、諏訪さん!」
「おう、よく来たな!お前らデートか?ったく羨ましいな!」
「えへへ…」
「これから色々回るんだろ?だったらまずは俺んとこのブースに来いよ」


諏訪に無造作に頭を撫でられ、春はぎゅっと目を閉じた。そんな姿に諏訪は笑う。


「諏訪さん…春に手出さないでよ…」
「A級1位の彼女なんかに手出さねぇよ!」
「じゃあ良いけど…。あー、別にどこ回るとも決めてないし……行くか?」
「はい!太刀川さんとならどこでも良いです!」



本当に嬉しそうに言う春に、太刀川は額に手を当てた。


(やべぇ…今すぐ抱き締めたい…ていうかキスしたい…!)


その気持ちを何とか抑え、太刀川と春は諏訪についていくと、そこは縁日ブースだった。
ゆっくりしてけよ、と仕事に戻った諏訪を見送り、辺りを見渡すと近くの射的エリアに見知った人物たち…東、奈良坂、荒船、穂苅がおり、彼らの足元には大量の景品が置かれていた。


「ん?太刀川に如月、お前らも来てたのか」
「はい!東さんこんにちは!東さんはここの卒業生でしたっけ?」
「ああ。それで小荒井たちが文化祭行きたいと言っていてな、連れて来たんだ」
「…それで、小荒井くんたちは?」
「今頃食べ歩きしてるんじゃないか?」



一緒に来た意味とは、と考えたが春は苦笑した。そして奈良坂たちに視線を向ける。



「奈良坂先輩、荒船さん穂苅さんもこんにちは!進学校組3人で遊びに………ですか?」
「そんな訳ねぇだろ。俺たちは大学見学のためだ。ここを受けようと思っているからな」
「ああ、なるほど」
「俺もだ。まだ先になるが来年はここを受けようと思っている」
「奈良坂先輩なら楽勝ですよ!」
「おい如月てめぇ、俺のときは何で何も言わないんだよ」
「されてないんだな、期待」
「お前もな!」


そんな2人のやり取りに春は笑った。そしてそんな春を見て、太刀川も小さく笑う。


「それにしても、凄い景品ですね?さすが狙撃手」
「ほとんど東さんと奈良坂が取ったぜ。ここの射的妨害が酷くてなかなか当たらねぇ」
「でしょうね」


ぴくりと眉を動かした荒船は、春にヘッドロックをする。


「お前言うようになったじゃねぇか、如月」
「だって狙撃手合同訓練で未だに私に勝てない荒船さんがこんなに景品取れる訳…って痛い痛い!本当に締めてる!」
「あのときは不調だったんだよ!狙撃手としても攻撃手としてもお前に負けるはずねぇ」
「とか言って勝ったことな…いいいたいですって!荒船さん!?」
「おい、荒船…」


わいわい騒ぐ2人に、東の声がかかった。
その視線の先には、何も言わずに不満そうに見つめてくる太刀川の姿が。

荒船と春は冷や汗を流し、苦笑しながら離れた。



「…とにかく、次は負けねぇ」
「私だって負けませんから!」


完璧万能手を目指す者と、完璧万能手。お互いに負けられないのだ。


「そうだ、如月。良かったら景品いくつか持って帰らないか?」
「え?」
「取ったは良いが、こんなに持って帰れないからな」


東は大量の景品の中から可愛らしいぬいぐるみをいくつか取り出した。そして春に問いかける。


春は少し悩んだが、ぬいぐるみの中に目を引くものを見つけ、それを手に取った。



「これ!これが欲しいです!」


どこかの誰かに似ている黒い猫のぬいぐるみ。
それを目を輝かせて見つめる。


何故それを取ったのかが分かり、東たちは小さく笑う。
気付かない太刀川はその猫をじーっと見つめた。


「そんなので良いのか?可愛くないぞ、そいつ」
「えー!可愛いですよ!凄く可愛いです!」
「…そうか?…だったらこっちの茶色い猫の方が…」


目付きの悪い茶色い猫と目が合い、何故かイラっとした。



「あ、それ二宮さんに似てますね!」
「……そっちにしとけ」
「もちろんそのつもりです!」


パッと茶色い猫から手を離した太刀川が春に視線を向けると、嬉しそうにその黒い猫を抱き締めていた。

ボーダーでは見れない女の子らしい一面に、太刀川は顔を緩めた。


「そんな猫より春の方がよっぽど可愛いけどな」
「え?」
「いーや何でもない。射的はほとんど景品ないし、他のやるぞ」
「はい!」



東たちと別れ、2人は輪投げやヨーヨ釣りを楽しんだ。本当の祭りではないが、その気分を味わえてとても楽しい気持ちになる。


そしてだいぶ遊んだところで昼になり、お腹が空いてきた2人は、諏訪たちに別れを告げ、今度は屋台が並ぶブースにやってきた。


何を食べようかと悩んで歩いていると、前方からまた見知った人物が2人やってきた。


「あら春、来てたのね」
「こんにちは、加古さん、堤さん!」
「太刀川とデート中か?」
「はい!」


堤の問いかけに笑顔で頷く春に、太刀川はまた顔が緩む。それに気付いた加古はにこりと笑った。



「ならちょうど良いわ。春、一緒にお昼食べましょう?」
「ちょっと待てちょうど良いってなんだ!今デートだって言ったのにちょうど良いって!」
「うるさいわね。春の分は私が買うから、貴方は自分の勝ってきなさいよ」
「いえ、私は自分で…」
「良いから甘えておきなさい。ほら、早く行かないと食べ終わったら私たちが春と回るわよ」
「くっそ…」
「ベンチがあるとこに移動してるからなー!」


太刀川は不満そうにしつつ、急いで昼を買いに走った。それを春は心配そうに見つめ、堤が言っていたベンチのある場所へ移動した。


「人多いのに、この場所分かりますかね…」
「春がいるんだからきっと大丈夫よ」
「そうだな」


買ってもらったたこ焼きを見つめて呟いた春に、加古は春の頭を優しく撫でた。


「加古さん?」
「実はね、太刀川くんには内緒で話したいことがあったの」
「話したいこと…ですか?」
「ええ」


すると加古は優しく話し出した。

夜に行われる後夜祭には社交ダンスがある。
後夜祭が始まってから、社交ダンスが終わるまで。それまでに好きな相手に四つ葉のクローバーの押し花の栞を渡すと愛し合う2人は永遠に結ばれると言うジンクスの話だった。


「す、素敵です…!」
「それに合わせて告白する奴らも多いしな。なかなかに成功率も高ければ、長続きもしているらしいぞ」
「そうなんですか…!」


春の瞳はキラキラとしていて、完全に恋する乙女だ。相手が太刀川、というのは気に入らないが、喜ぶ春に、加古は栞を渡した。
話に出ていた、四葉のクローバーの押し花の栞だ。


「え…?これは…」
「毎年数枚だけ配られるのよ。だから春にあげるわ」
「え!い、良いんですか?でもそれじゃ加古さんが…」
「大丈夫だよ、如月。加古ちゃんは如月のために奪ったから」
「奪った…?」
「堤くん、人聞きの悪いこと言わないでくれるかしら。実行委員の人から快く貰ったのよ」


にこりと笑った加古の言葉が事実なのかどうなのか、それは堤の表情が語っていた。春は苦笑するしかない。


「とにかく、春のために貰ったの。是非後夜祭で使ってちょうだい」
「加古さん…!ありがとうございます!」
「相手が気に入らないけれど、春のためだもの」


優しく微笑んだ加古に、春も笑顔を向けた。


「やっと見つけたぞ!こんなとこにいたのか…!」


焼きそばを買って戻ってきた太刀川に、春は押し花の栞を慌ててしまった。


「お前にしては遅かったな」
「…ちょっと、な」

そこから4人で昼を食べ、食べ終わると加古たちと別れた。



次に向かったのは色々なアトラクションがあるブースだ。



「あ、嵐山さん!」


いつも通りの目立つ隊服姿の嵐山に驚き、思わず声をかけた。振り向いた嵐山は嬉しそうに手を上げる。



「如月に太刀川さん!遊びにきたのか?ゆっくり楽しんでいってくれ!」
「はい!ありがとうございます!」
「お前は何でこんなときまで隊服なんだよ…」
「ああ!このあとトークショーのゲストとして呼ばれているんだ!」
「な、なるほど…嵐山さん大人気ですもんね…」
「それじゃあな!如月!太刀川さん!あっちにレイジさんがやってるカップル向けの出し物があるぞ!良かったら行ってみてくれ!」
「あ、は、はい!トークショー頑張って下さい!」



嵐山は爽やかな笑顔のまま去って行った。
2人は顔を見合わせる。



「木崎さんが、カップル向けの出し物…?」
「…行ってみるか」
「!はい!」


嬉しそうな春に微笑み、太刀川はその手を取った。一瞬驚いた春だが、頬を染めてまた嬉しそうに笑う。



そして向かった先は…



「占いの館…」


そう呟いて見上げた。

確かに占いの館と書いてある。
怪しさ満載だ。


「……えっと、どうします…?」
「…怪しいが、嵐山が言ったことだしな…」


嵐山が嘘をつくとは思えない。2人が悩むと、そこへ声がかかった。



「春?」
「え…京介くん?」


烏丸は占いの館へ入ろうとしている。
春は目を丸くして問いかけた。


「京介くん、占ってもらうの?」
「いや、差し入れだ」
「差し入れ?」
「レイジさんとじ………レイジさんにだけ、な」


何かを言いかけた烏丸はごほんと咳払いをした。そして扉を開く。


「何でも占えますけど、カップル向けすよ。どうすか?」


烏丸に促され、2人はまた顔を見合わせてから入ってみることにした。

中は薄暗く、ぼんやりと木崎の姿が確認出来る。促されるままに前の椅子に座った。


「なんだ、お前らか」
「嵐山さんにオススメされたので…木崎さんがやってるっていうのも気になりましたし…」
「…まあ、俺はポーカーフェイスのせいで選ばれただけだがな」
「選ばれた?」
「いや何でもない。それより、何を占うんだ?」


そう問われて春は口元に手を当てて考えた。面白そうと思ってきたが、何を占ってもらうとは考えていなかったのだ。


「………あ、じゃあ…!」


後夜祭のことを思いつき、上手くいくかどうか。それを占ってもらおうと思ったが、そこまで言って言葉を止めた。
隣に太刀川がいるのに堂々とそんなことは聞けない。


「……大丈夫だ」
「え…?」
「成功する」


淡々と答える木崎にぽかんとした。
けれど、少し嬉しくもなる。


「…ありがとうございます」
「何の話だ?」
「秘密です!」
「なんだよ……あ、じゃあ俺もなんか占ってくれ」
「なんかって随分アバウトだなー」


木崎ではない声に2人は首を傾げた。しかし木崎の表情は変わらない。
そして何事もなかったかのように口を開いた。



「太刀川も成功して更に良いことはあるが、それまでに少し問題はあるな」
「問題?」
「いや、問題にもならないか。少し機嫌が悪くなるだけだろう。そしたら良いことが待っている」
「よっしゃ!」
「そしたらまた不機嫌になるだろうけどねー」


またも木崎でない声に、太刀川は眉を寄せた。


「悪いな、何でもない。とりあえず結局は良いってことだ」


無理やりまとめた木崎に、2人は何か言いたげで。


「京介」
「了解す」


烏丸は扉を開けた。まるで帰れとでも言うように。



「え、もう終わり?」
「知り合いはやり辛いらしい」
「京介くんが呼んだのに…」
「悪かったな」


2人は仕方なく占いの館を出た。
そして再びアトラクションブースを回ることにした。



一方、2人を追い出した占いの館では。



「ぷはー!危なかった危なかった!まさか太刀川さんと春が来るなんてね」


机の下から顔を出したのは迅だった。
それを見た烏丸が溜息をつく。



「迅さんが普通に喋るから2人とも怪しんでたじゃないすか」
「でも気付かれなかっただろ?おれが未来を視て占ってるなんて」


木崎が占い師なのは、迅が普通にやれば、たぶん面白い未来が視えたときに堪えられないと考えての策だった。だから視えたことを木崎に伝え、あたかも占っているかのようにしていた。


「それで、成功とはなんのことだ?」
「ああ、それね」


迅は楽しそうに笑みを浮かべ、太刀川たちが出て行った扉を見つめた。


「まあ、いつも通りラブラブなだけだよ。最後は予想外のことが起きるだろうけど」
「……そうすか。じゃあ俺は客引きでもしてきますよ」
「ああ、頼むぞ京介」
「京介なら女の子呼び込み放題だもんなー、よろしくー」


そんな会話があったのを、春たちは知らない。


◇◆◇


占いの館を出てからお化け屋敷や色々なゲームを楽しんだ2人は、少し休憩するために喫茶店に入った。


もうかなり日も落ちている。



「大学生の喫茶店は内装も本格的ですね…!」
「そうか?」


ピシッとしたウェイター姿の人に、オシャレなメニュー。高校とは違うな、と感心していると、太刀川が何かを思い出し、辺りをキョロキョロ見渡し始めた。
そして何故かホッと息をつく。そんな姿に春は首を傾げた。


「なあ、春…このあとの後夜祭、なんだが…」



ドンっと。水の入ったコップを激しく置かれ、言葉を遮られた。


何事だと見上げると、そこには不機嫌そうな顔をしたウェイター姿の二宮が。


「わ!二宮さんウェイターさんの服似合いますね!かっこいいです!」


その言葉に気分を良くした二宮はぽんっと春の頭を撫でた。今度は太刀川が不機嫌そうになる。



「…やっぱりいやがったか…」
「そりゃ自分の大学の文化祭だ。いねぇ訳ねぇだろバカか」
「んだとコノヤロ…!」


突然始まってしまった太刀川と二宮の言い争いに、春は苦笑する。顔を合わせるといつもこうだ。普通に話しているのを未だに見たことがない。


「あ、え、えっと……あ!こ、このパフェ食べたいです!」


何とか言い争いをやめさせようとメニューを指差した。太刀川と二宮の視線がそちらに向く。



「…分かった」
「かしこまりました、だろ」
「うるせぇ。てめぇは何にすんだ」
「…コーヒー」
「…ちっ」
「二宮てめ…!」


また春の頭をぽんっと撫でると、二宮は戻って行った。その後ろ姿を太刀川は威嚇する。



「俺たち客だぞ…なんだあの態度!」
「二宮さん接客とか似合わないですもんね…」


顔立ちが良いせいできっと強制的にホールになったのだろうと納得した。持ってきた水をちびちび飲むと、太刀川がまた何か言いづらそうに唸り出し、首を傾げて先を促す。



「あー……夜まで、予定空いてるか?」
「はい!もちろんです!太刀川さんとのデート、ですから…今日は何も予定入れてませんよ!」
「…そうか、ありがとな」
「い、いえ…!」


たったそれだけで甘い雰囲気が辺りに立ち込める。



「それで、なんだが…夜に後夜祭がある」
「はい、加古さんと堤さんにお聞きしました!」
「…そのときに、わ、渡…」


ドンっと。また激しくパフェとコーヒーを置かれた。
太刀川は相手を睨むが、当人である二宮は気にした様子はない。


「てめぇ…狙ってんのか…」
「さあ?なんの話か分かんねぇな」
「やっぱ態とじゃねぇか!」


噛みつきそうな太刀川を無視し、二宮は春に視線を向けた。


「春の分は俺の奢りだ」
「え!そ、そんな、悪いですよ…!」
「気にすんな、甘えとけ」


加古と同じことを言われ、春は少し考えてからお礼を言った。


「てめぇの分はてめぇで払って帰れ」
「うるせぇな!そう言うと思ったよ!」


その時、近くの部屋から悲鳴が上がった。
3人ははっとする。



「近界民か…!」
「行ってくる」
「私も…」
「「お前は待ってろ」」


2人に待ってろと言われ、立ち上がりかけたまま止まる。そんな春を置いて、太刀川と二宮は出て行ってしまった。



春は唇を尖らせ、すとんっと椅子に戻った。そしてパフェに手をつける。


「2人して待ってろって……確かに個人総合1位2位がいたら私なんていらないけど、子供扱いし過ぎじゃないかな…」



不満そうに食べ進めていると、誰かが前の席に座った。太刀川が戻ってきたのかと思ったが、そうではない。



「あれ、蒼也くん」
「1人か。太刀川はどうした」



近界民が出たかもしれないというのに、風間は冷静だ。



「さっきの悲鳴は近界民じゃないの?」
「近界民?もしそうなら警報がなるだろう」
「あ、そっか」


それもそうだと今更納得した。
太刀川も二宮も少し抜けているところがあるな、と小さく笑って、また風間に視線を戻す。



「じゃあ何だったんだろう?」
「ゴキブリだ」
「………へ?」
「だからゴキブリだ。さっきその部屋の横を通ったらそう騒いでいたからな」
「……そう、なんだ…」



ならばすぐに戻ってくるだろうと苦笑した。




「それで、最近太刀川とはどうなんだ?」
「どうって、随分いきなりだね?」
「認めたわけじゃないからな。いつあいつに愛想を尽かすかと思っているところだ」
「愛想なんか尽かしませんー!今日だって初めてのデート中だもん!」
「…あれから結構経ったはずだが、初めて…か」
「そ、れは…まあ、それぞれのペースがあるし…」
「二宮とのデートの方が先だったな」
「あれはデートじゃないよ!もう!蒼也くんたちがそういうこと言うからいろんな人に誤解されるんだよ!」
「まあ、二宮もどうかと思うがな」
「…2人とも蒼也くんより強いけどね」
「強さは関係ない。お前を任せられるかどうかだ」
「…なんか、お兄ちゃんみたい」
「兄のつもりで面倒見てきたからな」
「うん、知ってる。でも大丈夫だよ、私はちゃんと幸せだもん」
「…なら良い。いつでも相談に乗ってやる。何でも1人で解決しようとするなよ」
「…うん、ありがとう、蒼也くん」


微笑んだ春に、風間も小さく笑った。そして席を立つ。


「あれ、行くの?」
「ああ、菊地原たちと来ていてたまたま通りかかっただけだからな。それに、太刀川もそろそろ戻ってくるだろう」
「太刀川さんに会ってかなくて良いの?」
「いつも嫌になるくらい顔を合わせているんだ。ここで態々会う必要もない」
「…あはは、そっか。またね」


春は手を振って風間を見送った。


すると、しばらくして太刀川たちが戻ってきた。2人とも疲れた顔をしている。



「だ、大丈夫…ですか…?」
「…ああ」
「ね、近界民じゃなくて良かったですね!」



何とか元気付けようと言ったが、2人には届いていない。
更に二宮は厨房に呼ばれ、不機嫌そうに戻って行った。




太刀川がはあっと溜息をついたのに春は悩み、外を見た。


もう外は暗い。そろそろ後夜祭の時間だ。



「……太刀川さん!」
「……なんだ」
「…後夜祭…行きませんか?」


死んでいた太刀川の瞳に生気が戻った。
はにかむ春に、ガタリと席を立つ。


「おう!行くぞ!」


嬉しそうに手を差し出してくる太刀川に、春は笑顔で手を取った。


◇◆◇


後夜祭が始まり、2人は人のいない中庭へ来ていた。

社交ダンスの準備やらで会場の方が騒がしくなっている。



2人っきりの空間。
何故太刀川がここに来たかは分からないが、これは押し花の栞を渡すチャンスだと思った。


鞄の中の押し花の栞を掴むと、太刀川から何かを差し出された。


それを見て、心臓が跳ねた。




四つ葉のクローバーを押し花にした栞。
それを太刀川が春に差し出していたのだから。



「…こ、これ…」
「…この後夜祭で四つ葉のクローバーの栞渡すと…永遠に結ばれる…とか…そういうジンクスがあるんだよ…」
「…は、い…加古さんに、聞きました…」
「…女子は、そういうロマンチックなの好きなんだろ?俺は柄じゃねぇけど……春なら、喜ぶかと思って…」
「太刀川さん…」


顔を赤くしてそらす太刀川の言葉に、春は胸が温かくなっていくのを感じた。

太刀川も、自分と同じように考えてくれていたと思うと、自然と笑顔になっていく。


「ありがとうございます…!」


押し花の栞を受け取り、春は鞄から自分の押し花の栞を出した。



それを太刀川に差し出す。



今度は太刀川が驚く番だ。目を丸くしてそれを見つめる。



「…私も、ジンクスの話聞いて、太刀川さんに渡したいなって、思ったので…受け取って下さい!」



はにかむ春に、太刀川は嬉しそうに笑った。

そしてそれを受け取り、すぐに春を抱き締める。



「片方が渡せば永遠に結ばれるとか言われてんのに……2人で渡しあったら、生まれ変わってもまた一緒にいられるんじゃねぇか?」
「ふふ、太刀川さんロマンチストですね。…でも、それだったら嬉しいです…」




その時、少し離れた所から曲が流れてきた。どうやらもうすぐ社交ダンスが始まるようだ。


「…社交ダンス、行きましょう!」
「…おう」


返事はしたが、歩き出した春の手を掴み、引き止めた。春は不思議そうに太刀川を見上げる。



「太刀川さん?」
「…生まれ変わっても、また…春のこと見つけてやるよ」
「!!」
「これから先ずっと、生まれ変わってもずっと…春は俺のだ。誰にも渡さねぇ」
「……っ、はい!」


涙を浮かべて返事をした春に、太刀川は微笑んでキスをした。春も嬉しそうに答える。


そしてゆっくりと離れ、お互いに見つめあって微笑みあった。そのまま何も言わず、手を繋いで後夜祭会場へと向かった。



後夜祭会場へ辿り着くと、今日会った人達がいた。


2人の様子に、加古と堤は微笑み。迅も2人を見て優しく笑った。

繋がれた手に、東たちや烏丸たちも何かを察したように微笑んだ。


しかし。



「春、一緒に踊るぞ」


太刀川と春が一緒にいるのが気に入らないのがただ一人。
二宮は反対の春の手を取った。


「え!あ、あの…」
「何言ってんだ!春と踊るのは俺だ!」
「うるせぇ、俺は春に聞いてんだよ」
「春は俺を選ぶに決まってんだろ!」
「まともに社交ダンスも踊れない奴が何言ってやがる。春に恥をかかせる気か」
「気合いでなんとかなる!」
「なるかバカ野郎」


2人とも春から手を離し、バチバチと火花を散らせる。
春は困ったように笑った。そして口を挟もうとしたところで、また誰かに手を取られた。



「?」
「行くぞ」


予想外の人物に、春は笑顔で頷いた。たまにはこんな日も良いかもしれない、と。









「春と踊るのは俺!」
「俺だ」
「俺だっての!」
「てめぇには無理だっつったんだろ」


まだ言い争ってる2人の前に木崎やってきて、無言で人が集まる場所を指差した。


太刀川と二宮は眉を寄せる。
分かっていない2人に、木崎は溜息をついた。



「如月ならもう踊ってるぞ」
「「!?」」


その言葉に急いで人混みを見つめるが見当たらない。



「烏丸…!また抜け駆けか…!」
「俺がなんすか?」
「だからお前が…!」


そこで太刀川は止まった。目の前に烏丸がいる。


「お前…春と踊ってたんじゃ…」
「今回は俺じゃないすよ」
「じゃあ誰だ」


苛立ったように二宮が言うと、迅が笑いながら一点を指差した。



「春なら、風間さんと踊ってるよ」



その言葉に慌ててそちらに視線を向けると、確かに春の姿が。そして相手は迅の言う通り、風間だった。



幼馴染の特権か。春と風間は何とも言えない良いムードで。
春は楽しそうに笑い、風間もどこか楽しそうな表情だった。



呆然とする太刀川と二宮に、加古は笑った。



「風間さん相手じゃ勝ち目ないわね」
「うんうん。今回は2人とも負けだねー」


迅も便乗して面白そうに笑う。

風間が相手では流石にどうしようもない。二宮は舌打ちをし、太刀川はがっくりと項垂れたが、ばっとすぐに顔を上げて風間を見据えた。



「風間さんの人でなしーーーー!!」



そんな非難の声が、会場に響き渡った。


End


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