特別なこと

ずっと気になっていることだった。



「蒼也くん!」



けれど幼馴染みだからと自分を納得させた。



「京介くーん!」



同期でクラスメイトで元同じチームで。こちらも納得しようと思ったが、流石に無理だった。






知り合いの間を走り回る春を、太刀川は不満そうに見つめていた。

それに気付いた出水は、また面倒そうなことだろうな、と溜息をつく。



「…………俺はいつまで太刀川さんなんだ」
「………は?」


面倒どころか意味の分からない発言に、出水は呆れた視線を向けた。


「だから、俺はいつまで太刀川さんなんだ」
「いつまでって………婿入りするまで?」
「ちげーよ!そうじゃなくて!」


太刀川はブスーっと唇を尖らせる。


「風間さんは良いとして…烏丸はただの友達だって言ってんのに名前呼ばれてんだぞ……なのに恋人の俺はいつまで太刀川さんなんだよ!」
「…ああ」


そこでやっと理解した。
太刀川は春に、名前を呼んでほしいのかと。
恋人同士になってから結構経つが、呼び方がずっと変わらないのに不満を覚えたのだろう。


「そんなの春に直接言えば良いじゃないですか」
「な、なんて言うんだよ…」
「なんてって…普通に名前で呼んでって言えば良いでしょ」
「は!?そんなこと言えるわけねぇだろ!」
「………」


変なところで恥ずかしがる太刀川に、出水は溜息をついた。いつも周りを気にせずイチャイチャしてるくせに何を言っているのだ、と。


「何で言えないんですか。簡単ですよ。おーい、春ー」
「お、おい出水?」


烏丸と話していた春は出水に呼ばれて振り返る。そしてちょこちょこと寄ってきた。


「はい!なんですか?出水先輩?」
「ちょっとさ、おれのこと名前で呼んでくれよ」
「…名前で?」
「おう」
「……えっと、公平先輩…?」


少し照れながら答えた春に、出水は笑った。


「ははっ、すげー違和感」
「本当ですね。出水先輩は出水先輩って感じですもん」
「だな。じゃあやっぱりいつも通りで」
「了解です!」
「ねーねー春ちゃーん!私も私もー!」


突然乱入してきた国近はぎゅーっと春に抱き着く。


「わ、柚宇さん…!…って、柚宇さんは元々名前で呼んでるじゃないですか」
「えへへーそうだねー!」
「出水先輩が柚宇さんって言ってたから私もいつの間にかにでしたね」


楽しそうに話す女性陣の会話を聞いた太刀川は出水に向き直った。



「出水、俺のこと慶さんって呼べ」
「は?何でおれなんですか」
「だって今春が言ってたろ!出水が国近を名前で呼んでたからいつの間にかにって!だからお前が俺のことを名前で呼べば春も呼ぶようになる!」
「いや小さい兄妹じゃないんだからそんなことで真似しないでしょ…」
「けど実際国近のことは名前で呼んでるぞ!」
「柚宇さんだけじゃなくて、春は仲良い女子は結構名前で呼んでます」
「マジか…?」


知らなかったのかと苦笑する。
そしてまた出水は春に声をかけた。


「春、風間隊のオペレーターは?」
「?…歌ちゃんがどうかしました?」
「嵐山隊のオペレーター」
「遥さん…?」
「三輪隊」
「蓮さん」


次々に上がる名前に、太刀川は眉を寄せる。


「おれは?」
「いず………公平先輩!」
「おう!」
「何してるんすか?」


笑い合った2人に気付いたのか、先ほどまで春と話していた烏丸がやってきた。



「あ、京介くん!あのね、出水先輩のことを名前で呼んでたんだ!」
「京介、お前も呼んでみろよ」
「………公平先輩」
「やっぱすげー違和感!」
「ホントすね。気持ち悪いです」
「そこまで言うかこの野郎…」
「とりまるくん!私も私も!」
「…柚宇さん」
「イケボに名前呼ばれると嬉しいねー!」
「どうも」



わいわいと楽しそうに話す高校生組に、太刀川だけが輪に入れずにじとっと見つめる。しかし楽しそうな4人は気付かない。



「お!なんか楽しそうじゃん。なーに話してんだ?」


そこへやってきた三輪隊のメンバー。
米屋は面白そうに輪に入ってきた。


「よお槍バカ。今みんなで名前呼び合ってたんだよ」


太刀川のためにと始めたことだが、出水はすっかり忘れている。


「名前?」
「そうそう。春、槍バカは?」
「陽介先輩、ですね!」
「お!なんか良いな!」
「だろ?」
「俺らは元々春のことは春だし、変わんねぇけど……お、そうだ秀次!お前春のこと名前で呼んでみろよ!」
「何故そんな下らないことを…」
「秀次先輩!お疲れさまです!」
「…!………あまり陽介と話すとバカが移るぞ……春」


目をそらしながら言う三輪に、春は嬉しそうに笑った。そして奈良坂と古寺に視線を向ける。


「透先輩、章平くん!」
「違和感しかないな、春」
「し、新鮮ですね…!春、ちゃん…!」


2人もその場のノリに乗ってくれて更に盛り上がる一同。ただ1人を除いて。


「春なら誰を名前で呼んでもみんな受け入れてくれそうだな」
「そうですかね?」
「うんうん!絶対みんな喜ぶよー!」
「なら、ウチの小南先輩のこと呼んであげてくれ。春のこと好きだしな」
「…なんか、楽しそうかも…じゃあちょっと玉狛行ってきますね!」
「おう、いってらっしゃい」
「いってらっしゃーい!」



一瞬だけ春と太刀川は目が合ったが、春はばっと視線をそらせた。すぐに背を向けてしまった春の頬が赤く染まっていたのに気付かないほど、太刀川は不機嫌で。

去っていく2人を見送ると、三輪隊も任務があると去って行った。残ったのは太刀川隊。そこでようやく出水は気付いた。そしてしまった、と顔を引きつらせる。


「た、太刀川さん…すみません、本題をすっかり忘れてました」
「…だろうなー、お前ら全員楽しそうだったもんなー、俺を放ったらかしで…」
「太刀川さん拗ねないでよー!春ちゃんに名前呼んでほしかったのー?」
「………」
「じゃあさっき言えば良かったのにー」
「恥かしいんだってさ」
「……うるせぇ」


完全にご機嫌斜めになってしまった太刀川に、出水は春が早く戻ってくることを祈り、溜息をついた。


◇◆◇



玉狛へやってきた春と烏丸はリビングで見つけた小南に、早速試してみることにした。


「お久しぶりです、桐絵先輩!」
「な、なによいきなり…!」
「…嫌…でしたか…?」
「い、嫌とは言ってないでしょ!ちょっとびっくりしただけで……春に呼ばれて…嬉しいわよ…」
「良かった!」
「良かったですね、桐絵先輩」
「と、とりまる!あんたまで何言ってんのよーー!!」


顔を真っ赤にして怒鳴る小南に気付いたのか、他のメンバーがリビングに集まってきた。


「なんだ小南、騒々しいぞ」
「レイジさん!だってとりまるが…」
「レイジさんお久しぶりです!」
「…!如月か、どうしたんだ?」
「今、みんなのことを名前で呼んでみてるんです!色々呼んでみたら楽しくて…」
「なるほどな」
「如月先輩、じゃあおれのことも呼んでみてよ」
「じゃあ私のことも名前で呼んでほしいな?遊真くん!」
「春先輩、修と千佳も呼ばれたがってるぞ」
「え!?く、空閑!ぼくたちは別に…」
「修くん、千佳ちゃん、久しぶりだね!」
「!」
「は、はい!お久しぶりです、…春、先輩…!」

照れたように名前を呼ぶ千佳に、春は微笑んでから修を見つめた。


「修くんは呼んでくれないのかなー?」
「………!…春……先輩…」
「うん!ありがとう!」


嬉しそうに笑った春に、最後の1人が近付いた。


「春ちゃーん。おれも呼んでほしいなー?」
「………迅さん」
「いや名前だって。今の流れで何でおれだけ苗字なの」
「あーすみませーん。迅さんって名前も迅だと思ってましたー」
「迅迅ってなにそれどこのパンダ!?」


つっこむ迅に周りは笑った。春も笑ってから迅に向き直る。


「嘘ですよ、悠一さん」
「うっわー、凄い違和感」
「しっくりくる人とこない人との差が激しいすよね」
「うん!やっぱり迅さんは迅さんだね!」
「………あ」


にこっと笑った春の未来が視えてしまい、迅は思わず声をあげた。


「…迅さん…?なにか、視えました…?」
「……うん、まあ」
「な、なんですか!何でそんなやばいなーみたいな顔してるの!?」
「いや、別にやばくはないよ。ただ………大変だなあって」
「余計に気になる!」
「大丈夫大丈夫。春が素直になれば良いだけだから」
「素直に?いつ?誰に?何で?」
「だから心配しなくても大丈夫だよ。よく考えたらいつも通りだし」
「なにが!?」


しかし迅は微笑むだけでそれ以上は何も言わなかった。春はじとーっと迅を睨む。


「そう睨むなって。とりあえず本部戻って、他の人たちの名前でも呼んであげなよ」
「……他の人たちの、名前…?」
「嵐山とか凄い喜ぶんじゃないか?」
「……嵐山さんか…。そうですね!どうせなら今日だけみんなのこと名前で呼んでみて反応見ます!」
「おう、いってらっしゃい」
「はい!それじゃ玉狛のみなさん、また!」



手を振って出て行った春に、全員手を振った。そして迅は小さく呟く。


「…ま、いつも通りヤキモチだから頑張れ」



その言葉は誰にも届くことなく、迅は小さく笑った。


◇◆◇


そして本部に戻った春は早速嵐山隊の隊室を訪れた。


「お疲れさまです!准さん!充くん!藍ちゃん!…佐鳥」
「お!どうしたんだ如月!なんか新鮮だな!」
「な、名前呼ばれるなんて、恥かしいですね…」
「嵐山さん以外から呼ばれるのは新鮮だよ」
「ちょっと待って春ちゃん!オレだけ違ったよ!?」


誰もつっこまなかったことに佐鳥は慌ててツッコミを入れる。


「今日だけみんなのこと名前で呼んでみようと思って!だから私のことも名前で呼んでほしいんです!」
「なるほど!そうだったのか!楽しくて良いな!春!」
「なんか、准さんに呼ばれると照れます…」
「…春、先輩…」
「藍ちゃんは相変わらず可愛いね!」
「春」
「充くんは違和感ない!」
「ちょっと待ってオレは!?」
「うるさい賢」
「だから何でオレだけそんな扱い………って!い、今!名前呼んでくれた!?」
「それじゃ私は他の所も周ってくるので!」
「春!気を付けてな!」
「はい!ありがとうございます!」
「ちょ、春ちゃーん!」


佐鳥の声を背中で聞き、春は次の所へ向かった。


◇◆◇


そして様々な隊へ行き、みんなの名前を呼んで満足していた春。今までにない、とても新鮮な気持ちだ。


「やっぱり違和感ある人多かったなー。抵抗ある人も多かったし……でも、これでとりあえず全部周ったかな?」
「あれ、如月?こんなとこで何してるの?」


廊下で春は声をかけられ振り返る。すると、そこには犬飼が。その後ろには二宮隊がいる。


そういえば二宮隊がまだだったと気付いた春は、犬飼たちに向き直った。


「今、いろんな隊を周って、みんなの名前を呼んでたんです!」
「名前?」
「はい!最初遊びで始めたら楽しくなっちゃって…だから今日だけはみんなのこと名前で呼んでみようかなって!」
「ふーん」
「あ、じゃあ如月ちゃん。私のことも名前で呼んでくれるの?」
「もちろんです!でも、私のことも名前で呼んでほしいです、亜季さん!」
「ふふ、なんか嬉しいね!春ちゃん」


早くも馴染む女性陣に圧倒されながらも犬飼と辻、二宮は春を見つめた。


「澄晴先輩も、新之助先輩も、呼んで下さい!」
「うわー、凄い違和感しかないよ」
「慣れないですね」
「2人とも私の話聞いてました?」
「はいはい、聞いてるよ春ちゃん」
「…なんか納得出来ないです」
「春、犬飼先輩は照れてるだけだ」
「ちょっと辻ちゃん…」
「…!見つけたーーーー!!」


和やかになった高校生組みに、和やかでない人物が凄い形相と勢いで向かってくる。

見つけたと騒いでくる人物に、春は顔を輝かせ、二宮は舌打ちをした。



「ぜぇ、ぜぇ……お前、何でなかなか戻って来ないんだよ…」


息を切らせる太刀川に春はその背中をさする。


「玉狛だけじゃなくて、他の隊も色々周っていたので……何かご用でしたか?」
「い、いや……用と言うか…その…」
「?」


珍しく歯切れの悪い太刀川に首を傾げると、そこへまたも和やかでない人物が割り込んだ。


「春、まだ俺の名前呼んでねぇだろ」
「え?」
「!?」



関わってはいけない雰囲気と察した二宮隊の3人はそそくさと退散していく。この関係に関わると面倒なのは火を見るよりも明らかだ。



「春」
「は、はい!えっと…ま、匡貴さん!」
「な…!!」


照れたように名前を呼ぶ春に、二宮は満足そうに笑い、太刀川は固まる。


固まった太刀川に、春は気付いた。太刀川の前で言ってしまった、と。こんなこと太刀川が不機嫌になるのは分かりきっていることだ。


「あ…えっと…す、すみません太刀川さん…」
「………」


思わず謝ってしまったが、太刀川からの反応はない。どうしようかと困っていると、春の頭にぽんっと手が乗せられた。


「…匡貴さん?」
「!!」
「あ、いや!に、二宮さん!」


太刀川がまた反応したのに気付き、春は慌てて訂正した。

名前を呼ばれた二宮は満足そうに春の頭を撫で、そして何も言わずに背を向ける。

そして少し歩いたところで顔だけ振り向く。


「それじゃあな、春。あと……"太刀川さん"」
「!?てめ…!」


にやりと笑った二宮はまた前を向いて去って行ってしまった。

二宮の笑った意味が分かった太刀川は怒りでフルフルと震える。



「た、太刀川さん…?」


恐る恐る声をかけてきた春に、太刀川は眉を寄せて春を見た。
春は二宮の名前を呼んでしまったから不機嫌なのだと思っているが、それだけではない。


太刀川は春の腕を掴んでどんっと壁に押し付けた。


「…あ、あの、太刀川さんすみません…みんなのこと呼んでいたので、流れで二宮さんのことも…」
「……そんなことどうでもいい」
「え…?」


その言葉に驚いて、春は太刀川を見上げた。不機嫌そうな瞳と目が合う。


「………名前」
「?」
「名前、呼べ」
「名前…?」
「だから!俺の名前呼べ!」
「!!」


声を荒げた太刀川に、春はびくりと肩を跳ねさせ、俯く。

怖がらせてしまったと思い、少し冷静になった太刀川は、今度は優しく声をかける。


「…悪い」
「………」
「…春、俺の名前……呼んでくれ」
「……り……す…」
「ん?」
「…りで、す……!むり…です…!」
「はぁ!?」


俯いたままの春の顔は見れないが、言葉は確かに無理と言っていた。


「む、無理ってなんだよ!」
「む、無理なものは、無理なんです…!」
「だから何でだ!他の奴らのこと呼んでたろ!しかも二宮のことまで!」
「そ、れは…そう…ですけど…」
「だったら俺のことも名前で呼べよ!」
「で、出来ません…!」



頑なな春に、太刀川はイライラが募っていく。

烏丸のことも、出水のことも、更には二宮のことも普通に名前で呼んだのに、自分だけは無理だと。出来ないという。
春の腕を掴む手に力が入る。
しかし春は顔を上げない。そんなに目も合わせたくないのかと、太刀川は片手で強く壁に押し付け、もう片方の手で春の顎に手を当て、自分の方を向かせた。


そして驚く。


その真っ赤な顔に。


「…春…?」
「…っ」


驚いて離してしまった腕。
春は解放された片手で顔を隠した。

けれど耳まで真っ赤なその姿が全て隠れるわけもなく、太刀川はぽかんと見つめる。


「…無理…です…名前…呼ぶなんて…」
「…な、なんでだよ」
「………は、…はずか、しい…」
「は?だって他の奴のことは呼んでただろ」
「それは、そうですけど…」
「じゃあ俺のことも呼んでくれよ」
「…無理ですってば…!」
「何で恥かしいんだよ!」


ループする会話に、太刀川が眉をひそめると、春は目をそらしたままぽつりと呟いた。


「…だって……」
「ん?」
「……太刀川、さんは……と、特別…だから…」


最早泣きそうになっている春を、太刀川は思わず抱き締めた。


「…太刀川さん…?」
「……特別、なら…余計に呼んでほしい」
「……っ」
「…俺も春が特別だから、名前呼んでほしい」
「………」
「春…」



ぎゅっと力を込めた太刀川に、春はゆっくり口を開いた。



そして、小さな小さな声で。
抱き締めている距離でないと聞こえないような声で、ぽつりと呟いた。



「……………………慶……さん……」
「!!」


小さな小さな声だったが、太刀川はしっかりと聞き取った。その響きに全身が沸騰するように熱くなり、心臓がバクバクと鼓動する。

たった一言で、名前を呼ばれただけで、こんなにも嬉しくなるものかと、太刀川は強く強く春を抱き締めた。


そして少し身体を離すと、真っ赤な顔の春と目が合い、優しく微笑む。


「春…やばいな。すっげー嬉しい…!」


子供のように無邪気に笑い、太刀川は再び強く春を抱き締める。



まさかここまで喜んで反応してくれるとは思わず、春は驚いてされるがままだ。
それを良いことに、太刀川は春を抱き締めたままグルグルと回る。


「くあー!やばい!マジで嬉しいな!」
「わっ、た、太刀川さん…!」
「違うだろ?」
「っ……」
「もう太刀川さんじゃ返事しないからな」


唇を尖らせる太刀川を、春は真っ赤になって見上げた。その表情が、仕草が、声が、とても愛おしい。
太刀川が喜んでくれるのは嬉しいが、名前を呼ぶだけで心臓が破裂しそうになる。



けれど、好きな相手のためだと。春はぎゅっと太刀川の服を握った。

回るのをやめて春の言葉を待つ太刀川に、春は背伸びをして太刀川に口付けた。


不意打ちに驚き、固まる。



「……春…?」
「あ、の……慣れるまで、時間下さい…」
「時間?」
「……まだ、みんなの前じゃ、呼べない…から……だ、から…!ふ、2人きりのときだけで良いですか…!け、慶さん…!」


真っ赤な顔で必死に伝える春に、愛しさが込み上げてくる。


太刀川は嬉しそうに笑って春を抱き締めた。


「……早く慣れろよ、春」
「す、すみません…け、慶……慶さん…!努力、します…!」


いつかみんなの前で堂々と名前を呼んでくれることを楽しみにして、今は2人きりのときだけに呼ばれることを楽しもうと、太刀川は笑みを浮かべた。



−−−−−−−−

おまけ


あれから数週間後。


「太刀川さん!」
「…………」
「太刀川さん?」
「…………」
「たちかわ…さん…?」
「…………」
「……っ…」
「…………」
「………………けい、さん…!」
「おう!なんだ、春?」
「…太刀川さん意地悪です…」
「…………」
「〜〜〜〜!慶さん意地悪です!」
「2人きりのときに照れながら呼ばれるのも興奮したけど、やっぱ見せつけたいからな!」
「むー………」
「あ!言っとくが俺以外を名前で呼ぶのは禁止だぞ!」
「え?」
「風間さんと烏丸はもう仕方ないが…あと女性陣も。それ以外はダメだからな!もちろん出水もだぞ!二宮なんて以ての外だからな!」
「は、はい!」
「よし!…好きだ、春」
「へ!?あ、え、えっと…わ、私もです、太刀川さ……」
「…………」
「〜〜〜〜!私も大好きです!慶さん…!」



「おれたちは何を見せつけられてんの…」
「さあー?」
「…はぁ、最近太刀川さんご機嫌だと思ったらこういうことだったのか…」
「まあ春ちゃんのこと大好きだし、しょうがないよねー」
「またしばらくはこんな感じなんですね…」



人前で呼ぶことに全然慣れない春に、太刀川が返事をしないという戦法で無理矢理呼ばせているのに出水は溜息をついた。

なんだこの惚気は、と。


更にこの状況がしばらく続き、出水がキレて春が恥ずかしがらずに名前を呼べるようになるまで、もう少し。


end

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