ごちそうさま


高校の昼休み。
今日は烏丸も佐鳥も招集されて学校にいないため、春は珍しく女友達と一緒に昼食をとっていた。


「あれ、お弁当なんて珍しいね?」


友達はいつも購買でパンを買っていたはずが、お弁当を持参しているのに気付いた春。何気なく問いかけた質問に、友達は嬉しそうに笑った。


「ふふ、実は明日、彼氏とデートなの!それでお弁当食べたいって言われたから練習で今日作ってみたのよ!」
「練習でこんなに上手く作ったの!?凄いわねあんた!」
「彼氏のためにって思ったら気合い入っちゃって…だから明日はもっと気合いいれるけどね!」
「やっぱり彼氏の好きなものとか入れるわけ?」
「もちろんよ!」


きゃーきゃー盛り上がる女友達2人を春はぼーっと見つめた。

彼氏のためにお弁当。春は太刀川のために料理を振る舞ったことはない。もしお弁当を作っていけば喜んでくれるのだろうかと思案する。


「お弁当、か…」
「春も烏丸くんに作ってあげたら?」
「……ん?何で京介くん?」
「え?だって付き合ってるんでしょ?」
「いやいやないない。京介くんのことは好きだけど友達だよ」
「友達!?あんだけベタベタしてて!?」
「う、うん」
「春にはもっと大人な彼氏がいるわよねー?」


にやりと笑った友達に春は驚いた。太刀川と付き合っていることは高校では言っていないのに、何故知っているのかと。


「あたしこの間見ちゃったのよねー!春と大人な彼氏がカフェにいるところ!」
「カフェ…?」


春は首を傾げた。
太刀川とカフェになど行ったことがない。むしろちゃんとデートにすら行ったこともないのだ。目撃されるはずがない。

うーん、と唸る春に、友達は更に続けた。


「落ち着いた雰囲気の茶髪のかっこいい人といたでしょ!」
「…………茶髪の…?……って、え!?もしかして二宮さんのこと!?ち、違う!あの人は違う!」



一緒にカフェに行ってその条件に当てはまる人物は1人しかいない。春は慌てて否定した。


「そんなこと言って照れることないわよ!良いなーあんなかっこいい彼氏がいて!」
「えー!あたしも見てみたい!」
「だからあの人は違くてね!」
「ちょっとキツそうな性格に見えたけど…もしかして俺様系だったり!?」
「なにそれ萌える!羨ましいんだけど!」
「だから違うってばー!!」



◇◆◇



なんとか友達の誤解を解き、どっと疲れながらも春は隊室へ向かった。


「…お疲れさまでーす」
「春ちゃんお疲れー」
「お疲れー……って、なんかお前疲れてない?」
「ちょっと学校で色々あったので…」



思い出してはぁっと溜息をついた。
そこでもう一つ思い出し、春は隊室を見渡した。



「太刀川さんならまだ来てないぜ」
「…なら、ちょっと聞きたいことがあるんですけど…」


出水と国近は首を傾げた。



「…私がお弁当とか作ったら、太刀川さん…喜んでくれたりしますかね…?」



友達の彼氏は喜んだと言うが、太刀川はどうか分からない。本人に聞くのが一番良いのだろうが、そんな勇気もなく、春は出水たちに問いかけた。



「そりゃ喜ぶだろ」
「え…?」
「うんうん!絶対喜ぶよー!しかもそれが太刀川さんの好物のお餅とかだったらもっと喜ぶんじゃないかなー?」
「いや柚宇さん、弁当に餅はないでしょ…。コロッケとかなら入れられるし、良いんじゃね?」
「それ出水くんが好きなだけでしょー?」
「おれも好きだけど、太刀川さんもコロッケ好きですよ」



作ったら喜ぶか、と聞いただけなのだが、もう作る方向に話が進んでいる。けれど、この2人が言うのなら間違いはないだろう。

春は太刀川が喜ぶ顔を想像して、微笑んだ。



「…作って、みようかな」



それで太刀川が喜んでくれるのならやろうと思った。
小さく呟いた春に、出水たちも微笑む。


「ナイショで作ったらどうかなー?サプライズ!きっと太刀川さん喜ぶよー?」
「それ良いですね!おれたちは黙ってるから、明日作ってきてみろよ。絶対喜ぶぜ!」


2人に促され、春ははにかんで頷いた。


大好きな太刀川のために、作ってみようと。



◇◆◇


食材を買い込んだ春は翌日、早起きをして弁当作りに取り掛かった。

普段料理をしないわけではないが、コロッケなど手間のかかるものはあまりやったことがないため、少し手間取ったが、なんとか完成させることが出来た。


「…これなら、太刀川さんも喜んでくれるよね」


味も見た目もなかなかだと自分で納得出来るものに仕上がり、春は満足そうにそのお弁当を包んで袋に入れた。

喜ぶ太刀川が目に浮かび、思わず笑みを浮かべる。その顔が早く見たい。反応が見たい。褒めてもらいたい。
春は急いでボーダーへ向かった。



◇◆◇


そして辿り着いた太刀川隊の隊室には、まだ太刀川は来ていなかった。しかし出水と国近は来ており、お弁当が上手くいったと話せば、2人とも自分のことのように喜んでくれた。それだけで嬉しくなる。



「絶対喜んでくれるよ!」
「春が太刀川さんのために作ったとか、喜ばないわけないからな」
「えへへ…」


嬉しくなってはにかむと、隊室の扉が開いた。全員がそちらに視線を向ける。

予想通り入ってきたのは太刀川だった。



「お、お疲れさまです!太刀川さん!」
「おー、今日は遅かったな、春」
「は、はいちょっと色々手間取りまして…」
「ん?」


春は後ろに隠していたお弁当を握り締め、太刀川を見つめる。


「あ、あの、太刀川さん!お昼は…食べましたか?もし良かったら…」
「さっき食堂で食ってきた」


3人は固まった。


いつも時間にルーズで昼を忘れ、昼食は昼過ぎになるはずの太刀川が、もう食べたと。


「休日は混んでるからなー、食堂行くなら早めに行った方が良いぞ」


くあーと欠伸をした太刀川は眠そうで、あまり頭が働いていないせいで周りの反応に気付かない。


春はお弁当をぎゅっと握り締め、太刀川に向かって微笑んだ。



「…そうですね!じゃあ私も行ってきます!」
「あ、おい春!」
「春ちゃん!」


出水たちの声が聞こえたが、春は止まらずに隊室を飛び出した。出て行った春を見送る太刀川に、出水と国近は詰め寄る。


「あんたこんなときばっか何で飯食ってんだよ!」
「…え?だってお前らがよく言うんだぞ?ちゃんと飯食えって…」
「もうホント太刀川さんってタイミング悪いー!」
「な、なんだよ?俺何かしたか?」



2人に責められる理由が分からずに、太刀川は疑問符を浮かべた。



◇◆◇


はぁっと大きな溜息をついて廊下をとぼとぼ歩く春。


先にお弁当を作ると言っておけば良かったのだ。そうすれば太刀川が昼食を食べている、などのトラブルはなかったはず。


「……どうしてこうなるかな…」


渡せずに持ってきたお弁当を見つめ、春はまた大きな溜息をついた。


「春?」
「……京介くん…」


とぼとぼ歩く春に気付いたのは烏丸だった。どこか元気のないその姿に疑問を浮かべている。


「浮かない顔だな。どうかしたか?」
「……………何でもない」



何でもない間ではなかったが、この顔は答える気がないということが分かる。
どうしたものかと思案すると、春は烏丸にお弁当を押し付けた。


「?」
「………あげる」
「春?」
「………食べてくれる相手、いなくなったから。あげる」
「食べてくれる相手…?」
「ごめん何でもないよ!それじゃ私行くね!」
「おい…」


春は振り返ることなく、走り去って行った。

手元に残ったお弁当の袋を見て思い浮かぶのは1人の人物。食べてくれる相手がいなくなった、というのはきっとその人物だろうと予想は出来る。


「…本当に、手間のかかる奴だな」


烏丸は小さく息をついて歩き出した。



◇◆◇


ボーダー本部の屋上。とても高いそこは、三門市を一望出来る。そこから景色を眺め、春は膝を抱えてまた大きな溜息をついた。


太刀川に渡すはずのお弁当を、無理矢理烏丸に押し付けてしまった。烏丸にも迷惑をかけてしまったと思い、最早溜息しか出ない。一体自分は何をしているのだと。


本日何回目かの溜息をつくと、後ろからぽんっと頭を撫でられ、驚いて振り向く。するとそこには太刀川が。


「あんま溜息ついてると幸せ逃げるぞ」
「太刀川さん…」
「………昼、食いに行くんじゃなかったのか?」
「…そう思ったんですけど、食欲なくなっちゃって…」
「そうか。けど俺は腹減ってるから食うぞ」


春の隣にきて座り込んだ太刀川に、首を傾げる。すると、太刀川はあるものを出して広げ、それを食べ始めた。

春は驚いて固まる。



「ど、どうしてそれを…?だって、確かに京介くんに押し付けちゃったはずなのに…」


太刀川が食べているのは、春が作ったお弁当だった。しかしどうして太刀川がそれを持っているのか分からずに困惑する。


太刀川はもぐもぐと弁当を食べながら答えた。



「春が出てってすぐ、出水たちに怒られたんだよ。春が折角俺のために弁当作ってきたのに何で昼食ってんだって…」
「出水先輩と、柚宇さんが…」
「だから急いで追いかけてきた。お前が俺のために弁当作ってくれたなんて知らなかったし……そしたら、途中で烏丸に会った」
「…そのときに、お弁当受け取ったんですか…?」


烏丸には太刀川への弁当だと言っていない。
太刀川も春の弁当は見ていない。
お互いに春が太刀川のために作った弁当だと知らないはずだ。

なのに、太刀川は春の弁当を持ってきた

「烏丸に会ったら、これ春から太刀川さんにです。って渡された」
「え…?私、京介くんに押し付けてきただけなのに…」
「…俺への弁当なのに、他の奴に渡すなよ…」
「…す、すみません…」


少し不機嫌そうな太刀川に、春は思わず謝った。そして思う。相変わらず何でもお見通しの親友には頭が上がらないな、と。


そんな春の思考には気付かず、太刀川は不機嫌ながらももぐもぐと食べる続ける。その姿がとても可愛らしく見え、春は微笑んでそれを見つめた。


「……美味い」
「!…ありがとうございます!」


見つめていただけで欲しい言葉がもらえ、春は頬を染めて笑った。想像していた反応とは違ったが、太刀川に喜んでもらえたのは確かのようだ。


昼を食べたというのに、太刀川はあっという間に弁当を完食した。残さず空っぽになった弁当箱に、春は小さく笑う。



「…太刀川さん、ありがとうございます」
「ん?何で春がありがとうなんだよ。作ってもらったのは俺なんだからお礼を言うのは俺の方だろ?」
「だって、太刀川さんお昼食べたのに完食してくれたから…美味しいって食べてもらえて、嬉しかったんです!」
「………なら、また作ってくれよ」
「え…?」


太刀川は頭をがしがしとかいてそっぽを向いた。


「…また、食いたいから……作ってくれ…」


うっすら赤く染まった頬に気付き、春は嬉しくなって太刀川に寄り添った。


「……食堂の美味しいのより、私ので良ければいつでも作ります」
「春のが良いに決まってんだろ。…それに」


頬に手を当てられ近付く顔。



ちゅっ…という効果音とともに離れる。



「…春のが美味い」
「…っ、」
「ご馳走様」


にやりと笑った太刀川に、春は真っ赤になって見惚れた。
ドキドキと高鳴る胸を落ち着かせるように小さく息を吐き、口を開く。


「………おかわり…いりませんか…?」
「っ!」


頬を染めて見上げる春に、太刀川はまた顔を近づけた。



「……いる」



誰もいないボーダー本部の屋上で、2人の影が重なった。



End

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