もしも唯我が太刀川隊に入ってきたら

実家の都合により、しばらくボーダーを離れていた春は、今日ようやく戻ってきた。

太刀川と連絡はとっていたが、会うのは久しぶりだ。とても楽しみにドキドキと本部へ向かう。



それにもう一つ、春には楽しみなことがあった。



「太刀川隊に、新しい隊員…かぁ」


太刀川たちからメールで唯我という人物が入隊したと聞いたのだ。入隊の経緯やどんな人物かなどは聞いていないため、今日会うことをとても楽しみにしている。


予定より早く本部へ辿り着き、太刀川隊の隊室へ向かうと…その隊室から黒髪の男が出てきた。
知らない人物が隊室から出てきたことに驚きキョトンと見つめていると、男は春に気付いた。お互いに目が合う。

そこで春ははっとした。この人物が新しく入隊した唯我なのだと。


「あ、は、初めまして!お会い出来て良かった!」


春がにこりと笑いかけると、唯我はうっすら頬を染めたが、途端に誇らしげに笑みを浮かべた。


「僕が太刀川隊の隊員と知って挨拶してくるなんて良い心掛けだ!入隊早々にファンがつくなんて、流石は僕だな!」
「…………ん?」


何やら盛大な勘違いをしている唯我に春は笑顔のまま固まった。普段ツッコミなどあまりやらないために、一体どこからつっこめば良いのか分からない。

とりあえず自己紹介しようとしたが、唯我は聞く耳を持たずにペラペラと自慢話をしている。春は苦笑いしか出来ない。


「ここへ訪ねて来たということは、君もA級なのか?」
「え?う、うん、そうだよ」
「そうかそうか。君ももっと頑張ると良い。そうすれば僕のように実力が認められてA級1位という最強のチームに入れるさ」
「えーっと……そ、そのことなんだけど…」
「そうだ!良ければこれから一緒に高級フレンチでもどうだい?そこで僕がA級1位がなんたるかを教えてあげようじゃないか」
「い、いや……あ、あのね唯我くん?私もA級1位なんだけど…」
「なに?」
「だからね、私も太刀川隊…」
「太刀川さんのファンか…!僕じゃなくて太刀川さんのファンなのか!?」
「そうじゃなくて……いや、確かに太刀川さんのファンではあるけど……って、そうじゃなくてね?」
「ええい!太刀川さんに媚びを売りにきたのか!そんなのは認めないぞ!」
「だから違くて、私も太刀川隊なんだよ?」
「挙句にそんな嘘まで…!さっさとここから出て行きたまえ!」


全く話を聞かない唯我に春は困り、考えた。一体どうすれば信じてくれるのだろうか。
ぎゃーぎゃーと騒ぐ唯我に小さく溜息をつくと、目の前で唯我が吹っ飛んだ。


驚いてパチパチと瞬きをする。


「ったく、お前は隊室の前で何をぎゃーぎゃー騒いでんだよ」
「い、出水先輩…酷い…」


華麗に着地を決めた出水に、唯我の背中を蹴り飛ばしたのだと理解した。
久しぶりに会った出水の過激な行動に苦笑する。



「そうだ!出水先輩聞いて下さいよ!太刀川さんのファンで太刀川隊だと嘘をつく人物が隊室に入ろうとしたので追い払おうとしているんですが、なかなかしぶとくて帰らないんですよ!」
「………何言ってんだお前」
「だからこいつが!」
「こいつは正真正銘太刀川さんのファンだよ」
「やっぱり!」
「出水先輩そこじゃない!」
「あ、間違えた。春は正真正銘、太刀川隊の隊員だ」


言い直した出水に、唯我はぽかんと黙り込む



数秒の沈黙後、唯我ははっとした。そしてゆっくりと春に視線を向ける。



「も、ももも、もしかして……あなたは…如月、春……さん…?」
「はい、如月春です」


苦笑しながら自己紹介をすれば、唯我は真っ青になった。入隊したときに言われていたのだ。もう1人、如月春という隊員がいる、と。唯我のイメージ像と違い過ぎて春を隊員だと思わず、酷い対応をしてしまった。嫌な汗しか出ない。


「す、すみませんでしたああああああ!!」


唯我は土下座で謝った。


◇◆◇


「……A級最弱…?」


隊室に入り、久しぶりに出水や国近に会って和んだあと、2人から聞いてしまったのだ。唯我がA級隊員とは思えないくらいめちゃめちゃ弱いということを。



「B級だった私が太刀川隊に入ったときは確かに周りには勝てない人たちばかりでしたけど…そんなにですか?」
「おう、そんなに弱い。最弱も最弱だな」
「スライムくらいかなー?」
「いやそれC級レベルですって…」


悪気なく答える出水と国近に、側で反省しながら聞いている唯我の心は傷付いていく。それに気付いている春はやはり苦笑しか出来ない。



「それなのに、どうして太刀川隊に?」
「こいつボーダーのスポンサーの息子なんだよ」
「…ああ」


それだけで全てを察した春はそれ以上そこには触れないようにしようと思った。



「あ、あの…そういえば、太刀川さんは?」


1番会いたい相手がおらず、ずっと気になっていた春はそわそわと尋ねる。


「あー……太刀川さん、な」
「どうかしたんですか?」
「あと何日かは来れないよー」
「え…?」
「春が帰ってくるのに浮かれてレポートの存在忘れてたらしい」
「………そう、ですか」


嬉しいような悲しいような。
何とも言えない気持ちに春はそれしか答えられなかった。


「でも唯我くんいるなら防衛任務も大丈夫ですよね!」
「おれと春だけの方がたぶん大丈夫だな」
「そうだねー。私もそう思うよー?」
「そ、そんなに…」
「だからスライムレベルなんだってばー」
「うーん……………なら!私が唯我くんを指導します!」
「はあ?」
「そうすればスライムよりは強くなりますよね!」
「いやそうだろうけど…」
「唯我くんは銃手なんですよね?なら大丈夫です!射手は二宮さんに指導してもらったし、銃手も嵐山さんや三輪先輩にも少し教えてもらったことあるので!」
「お前いつの間に…」
「だから銃手も任せて下さい!必ず唯我くんをレベルアップさせてみせますから!太刀川隊のために!」


太刀川隊のために。
春の中でそれは、太刀川のためにと同等だ。太刀川隊の評判が落ちれば太刀川の評判も落ちる。それを防ぐために自ら進んで名乗り出たのだ。

それに気付いてしまえば、出水も国近も何も言えない。



「……じゃあ、頼むぜ?」
「はい!」
「僕の指導を如月さんが…!」
「うん!よろしくね、唯我くん!それじゃ早速訓練しよう!」


そう言って隊室にある訓練室に入って行った春。唯我も嬉しそうにそこへ向かおうとすると、出水に呼び止められた。


「唯我、お前春に手出すなよ」
「え?」
「可愛いからってダメだよー?優しく指導されても変な気は起こさないようにねー」
「は、はあ…」
「お前のために言ってんだからな。死にたくなかったら春に好意を向けるな見惚れるな手を出すな。良いな?」
「わ、分かりました…?」


理由はよく分からないが、唯我は頷く。

そして、春指導の元、唯我の訓練が始まった。


◇◆◇


「あのね唯我くん、アステロイドのときはこんな風にして…」
「は、はい…!」
「はいそこで狙いを定めて撃つ!」
「……あ、当たった…」
「そうそう!動きながらあの的に当てるなんて凄いよ唯我くん!」
「そ、そうですか?まあ僕の実力ってのはもちろんありますが、如月さんの教え方もなかなか上手いので…」



指導から数日、唯我は少しずつ様になってきていた。そのお陰か、唯我はだいぶ春に心を許し、段々と春の優しさと笑顔に惹かれていった。出水の忠告も忘れて。







そんなある日、2人で休憩中に、春は疑問に思っていたことを口にした。


「そういえば、何で唯我くん私に敬語使うの?」
「え?い、いや……如月さんは太刀川隊の先輩ですし…」


指導を始めたときから唯我はずっと敬語のままだ。初対面ではとても堂々としていたのに。


「でも同い年だしさ、敬語使わないで?」
「し、しかしですね如月さ…」
「如月さんもなし!春で良いよ」
「う、むむむ…」


突然の提案に唯我は唸った。
しかし、春がにこっと笑いかけたのを見て、心が温かくなるのを感じた。


「…………春、さん」
「さんはいらないんだけどな…。でも少しずつ慣れてくれれば良いよ!よろしくね、唯我くん!」
「は、はい!よろしくお願いします!春さん!」


改めて握手しようと差し出された手を取るため、唯我は立ち上がったが、その際に隊服の裾を踏んでしまった。
そしてそのままバランスを崩し、春にぶつかる。


「きゃ…!」
「おわ…!」


ドタっと大きな音と共に2人は倒れた。
お互いにトリオン体のため怪我はない。


「痛……くはないね。唯我くん大丈夫?」
「は、い…大丈夫で……」


唯我は固まった。
そして一気に真っ赤になる。

唯我は今、春を押し倒しているのだ。事故とはいえ、自分はなんてことをしているんだとパニックになるが、なかなかそこから退くことが出来ない。

こんなに近くで春を見たのは初めてで、見惚れてしまう。


「…春、さん…」
「今大きい音したけど大丈……」



訓練室に入ってきた国近は固まった。



「柚宇さんどうし……」


そのあとに入ってきた出水も固まる。



青くなり焦る唯我と、きょとんとする春。

そして出水が最初に我に返った。


「唯我お前!!」
「い、いや!出水先輩国近先輩違うんです!これは誤解で…」
「良いから離れろ!早くしないと太刀川さんが…」
「………唯我、お前……何してんだ…?」



地の底から響くような声音に、その場の全員がびくりと肩を跳ねさせた。

しかし、その人物に気付いた春はぱぁっと顔を輝かせる。


「太刀川さん!」


嬉しそうな春の声音とは裏腹に、出水は額を抑え、唯我はカタカタと震える。



「唯我…春を押し倒すなんて、良い度胸だな……俺だってまだそんなことしたことねぇのに…」
「た、太刀川さん!誤解です!これには訳があってですね…!」
「え?あ、これは事故で…」
「はいはーい。春ちゃんは危ないから離れてようねー」
「ゆ、柚宇さん?」


国近に腕を引かれてその場から避難させられる。首を傾げた春の視界には、弧月を抜く太刀川の姿と、必死に言い訳をする唯我の姿。


「太刀川さん!ですからこれは誤解でですね!僕は女子を押し倒すなんて破廉恥な真似は…」
「唯我、お前ここ数日春に指導受けてたらしいな?俺がいない間に随分と仲良くなったもんだ」


太刀川は獲物を見る眼でにやりと笑った。



「春に指導されてどれだけ強くなったか、俺が確かめてやるよ」
「えぇ!?」
「行くぞ唯我。俺が春に会えない間ずっと独り占めしやがって…しかも押し倒すとか……!もう2度と春に手が出せないようにしてやる」


そう言って太刀川は、嫌がる唯我を無理矢理訓練室へと連行した。2人の姿が見えなくなり、出水は大きな溜息をつく。


「だからあれだけ言ったのに…」



春に見惚れて好意を向けて更には事故とはいえ手を出したのだ。その場を目撃した太刀川が黙っているはずがない。
ただでさえレポートに追われ春に会えないせいでストレスが溜まり、ここで一気に爆発したのだろう。



「ま、2人とも自業自得だけどな」
「唯我くん何戦で許してもらえるかなー?」
「………太刀川さん、1回も私のこと見てくれませんでした…」
「え?」



唇を尖らせる春に、こっちはこっちで大変だ、と苦笑いを浮かべる。

あれだけ春に会いたいと騒いでいたはずの太刀川は、今は唯我をボコボコにすることしか頭にない。

今度は唯我が太刀川を独占したと春が不機嫌になる予感しかしない。


「……はあ…面倒くさい奴ばっかだ…」



しばらく太刀川隊に平穏は訪れないだろうな、と深い深い溜息をついたのだった。



−−−−−−−−

おまけ


「春?」
「………」
「おーい、春?」
「………」
「春ー、返事してくれよー…」
「………なんですか」


悲しげな太刀川の声音に耐えられずに返事をした春。けれど不機嫌なまま太刀川の方は向かない。


「なんでそんな不機嫌なんだ?」
「……だって…」
「ん?」
「……だって太刀川さん、久しぶりに会ったのに唯我くんの相手しかしないんだもん…」
「っ!!」
「私は会えて嬉しかったのに…」


頬を膨らませる春に、太刀川は堪らずにぎゅっと抱き締めた。春は動かないが、その頬はうっすらと赤く染まっている。



「……悪かった。唯我と春がすげー仲良くなってるみたいだったからそっちにしか考えがいってなかった」
「え?」
「だって俺のいない間にもし春に他に好きな奴が出来たら困るだろ!ただでさえ敵は多いってのに…」
「太刀川さん…」



春はゆっくりと太刀川の背に手を回した。そしてぎゅっとしがみつくように抱き締める。



「……あり得ない、ですから…」
「春?」
「私は、太刀川さんだけですから…!」
「…!…おう、俺もだ」



隊室に2人だけじゃないにも関わらず、ふわふわとした雰囲気を漂わせる太刀川と春に、出水はまた溜息をついた。



「これはこれで何か嫌だな」
「2人して私たちのこと見えてないみたいにイチャイチャしちゃってねー!」
「…あ、あの…!い、いずみ、先輩…」
「あ?なんだよ?」
「た、太刀川さんと…春、さんは…もしかして…!」
「ああ、見たまんまだろ。2人とも付き合ってるぜ」
「なぁっ!?」


あからさまにショックを受ける唯我に、出水はいやらしくにやりと笑った。


「残念だったな、唯我。春を振り向かせたいなら太刀川さんに勝てるくらいにならねぇと」
「まあ、それでも無理かもだけどねー?2人ともあの通りだから」


国近が笑顔で指差す先には、イチャイチャとじゃれ合う2人が。

入る隙など全くないその仲に、唯我はがっくりと肩を落とした。


end




(ごめんね唯我くん!)

[ 26/26 ]

back