全ては恋したあの人のために

ボーダー入隊試験合格から数日後、春と烏丸は入隊式に参加していた。

そこで様々な注意を聞き、ポジション別に分かれることになり、春は腕を組んだ。



「…決めてなかったのか」
「色々考え過ぎて決まらなかったの!…あの人と一緒に戦うなら攻撃手…援護するなら銃手、射手…でも狙撃手なら邪魔せずに援護出来るかな…」
「なんの話だ?」
「何でもない!とりあえず狙撃手にしてみるね!」
「とりあえずって…」
「ほら!実力テストするみたいだし、頑張ろうね!」
「…ああ」


そして烏丸と春はそこで別れた。
お互いに健闘を祈って。


◇◆◇


狙撃手の実力テストは止まった的に当てることだった。
最初に狙撃手用のトリガーの説明を聞き、イーグレットを選んだ春。初めてトリガーというものを使用したが、それなりに良い点を取って終わった。


「わー!君凄いね!ほぼ当たってるじゃん!」


後ろから覗き込んできた同い年くらいの男の子に春は首を傾げる。


「凄いって、君もほとんど当たってるよね?凄いよ!」
「えへへー、そう?」


人懐っこい笑みを浮かべる男の子は春に手を差し出した。


「おれ佐鳥賢!狙撃手志望の中学1年!」
「良かった、同い年だね。私は如月春、よろしくね」
「うん!よろしくねー!」


2人は握手を交わして再び的に向う。
やればやるほどポイントが溜まるのだ、時間は無駄に出来ない。


「ねぇねぇ如月ちゃん!勝負しようよ!」
「勝負?」
「そう!止まってる的より動いてる的に当てた方が貰えるポイント多いんだよ!だから動いてる的で、どっちが多くポイント取れるか勝負しよ!」
「ただ撃つよりその方が楽しそうだね……うん!良いよ!勝負しよう!」
「よーし!おれ負けないからねー!」
「私だって負けないよ!」



そして2人は周りが止めても撃ち続けた。


◇◆◇


なかなか戻ってこない春を心配し、烏丸は狙撃手の訓練室に足を運んだ。

するとそこには2つの影が。
周りにはもう誰もいないのにその2人だけがまだ的に向かって撃ち続けている。


「…よし!私の勝ち!」
「だーもー!!また負けた!如月ちゃん本当にC級?」
「佐鳥くんと同じで今日なったばかりだよ?」
「くっそー…」
「いやでも、僅差でも勝てるのは嬉しいね!」
「おれ…………40敗してる…」
「40戦中ね」
「……なんか狙撃手としての自信なくなってきたかも…」
「まだなったばかりなんだから大丈夫だよ!明日も頑張ろう!」
「……そうだね!よーし!明日こそは如月ちゃんに勝つからね!」
「望むとこだよ!」



早くも仲良くなった人物がいるようで、烏丸は小さく笑った。競う相手がいれば伸びるのも早いだろう。自分も負けていられないな、と思いながら烏丸は春の元へ向かった。



「春」
「…あ、京介くん!もう終わったの?」
「むしろ終わってないのお前らくらいだぞ」
「「え?」」


春も佐鳥も辺りを見渡した。確かに自分たちしかいない。


「本当だいつの間に…」
「烏丸もボーダー入ったんだね!」
「ああ。まさか佐鳥も同じ時期に入ってるとは思わなかったな」
「あれ?2人は知り合い?」
「同じ委員会なんだ」
「…というか同じ中学だったんだ…」
「それよりさ!なになに?2人はどういう関係?学年一のモテモテ男子はもう彼女いたの?」


にやにやと問いかける佐鳥に2人は顔を見合わせた。


「やーばれちゃったねー」
「そうだな」
「………え?」
「私と京介くんがラブラブなのーばれちゃったねー」
「そうだな」
「えぇ!?ほ、本当に付き合ってたの!?え!?えぇ!?」


面白いくらいに反応する佐鳥に春は笑った。そして烏丸の腕を組んだ。



「まあ嘘だけどね!それじゃあまた明日ね、佐鳥くん!」
「それじゃあな」
「え、ちょ!嘘って、腕組んでるし!?ま、待ってよ2人ともー!」


佐鳥の声を背中で聞き、春と烏丸は訓練室を出た。



「面白いオモチャを見つけたって顔だな」
「京介くんだって乗ってきたからお互い様だよ」


組んでいた腕を離して春は大きく伸びをした。トリオン体で疲れないとはいえ、ずっと狙撃の訓練をしていたせいか、自然とそうしてしまう。


「早くB級に上がってチーム組みたいね」
「だな。早くポイントを稼ぐには訓練以外にもランク戦があるからそっちの方が効率は良い」
「ランク戦、か…」
「まあ、狙撃手じゃ個人ランク戦は難しいだろうが…」
「そうだね。でも今回ので結構ポイント溜まったし、地道にやり続けるよ」


そう笑った春は、廊下の先が騒がしいのに気付いた。そしてこの道には見覚えがある。



「……京介くん、ちょっと寄り道!」
「春?」


廊下を曲がった春はそのまま真っ直ぐに走った。やはり覚えがある。入隊試験を受けに来て迷子になったときに通った道だ。


そして広い所に出ると、やはり大きなモニターがあった。


春はそれをじっと見つめる。



「…なんだ?随分と人が多いな」


後からついた烏丸は、ギャラリーの多さに驚いた。どうやらみんな目の前の大きなモニターを見ているらしい。

春も例外ではなく、食い入るようにそのモニターを見つめていた。



「………いた」
「どうした?」



小さく呟いた春の視線はモニターに向いたまま。烏丸もそのモニターを見ると、黒い服を纏って2本の弧月を持つ人物の姿を目にして納得した。



「ああ、太刀川さんがランク戦してるからこんなに大勢の人が集まってるのか」
「っ!い、今!今なんて言ったの!」
「え?」
「京介くんあの黒い人のこと知ってるの!?」


ぐいっと詰め寄ってきた春に一瞬たじろぐ。あまり見たことがないくらいに必死だ。


「…太刀川さんのこと、か?」
「たちかわさん…?」
「A級1位にして、No.1攻撃手であり個人総合1位に居続ける最強の男。太刀川慶。C級でも名前くらいは知ってるんじゃないか?」


突然後ろから聞こえてきた説明に、2人は振り向いた。そこには春が迷子になったときにお世話になった青年の姿が。
しかし春はそれどころではない。

「A級1位…No.1攻撃手……個人総合…1位……たちかわ、けい…さん…」


確かめるように呟く。
1度見ただけで虜になってしまった人物の名前を。


「……あんた誰すか」
「おー、悪い。自己紹介してなかったな。おれは迅。玉狛支部に所属する攻撃手だよ」
「…太刀川慶…」
「そっちの子全然おれの話聞いてないよ?」
「こいつは如月春。俺は烏丸京介です。よろしくお願いします」
「おう、よろしくな」
「……太刀川さん…」
「おーい如月春ちゃーん。太刀川さんにしか興味ないのは分かったけど、寂しいからおれの話聞いてー」
「………あれ!あのときのお兄さん!」
「今!?おれ自己紹介までしたのに!」
「すみません気付きませんでした…あのときは助かりました!ありがとうございます!」
「いーえ、どういたしまして」
「知り合いか?」


迅と春が初対面でないことに驚き問いかけると、迷子になったときに案内してもらったと説明された。



「無事に受かって良かったよ」
「迅さんのお陰です!私があのときに感じたことをありのまま話したら忍田さんって方になんか褒められました!」
「忍田さん…それが教え子とも知らないで…」
「え?」
「何でもないよ。それで?2人はこんなとこで何してるんだ?ランク戦?」
「いえ、私は狙撃手志望なので」


その答えに迅は少し驚いた顔をする。



「狙撃手、か。それは見逃してたな…。春ちゃんは射手をやると思ってたよ」
「射手?」
「色々な弾を自在に操って敵を攻撃したり、誘導したり、味方を援護したり。射手は難しいけど武器がない分、色々なことが出来るよ」
「…迅さんは攻撃手、でしたっけ?」
「あ、聞いてたんだ。そうだよ」
「…攻撃手からしたら、どのタイプが一緒に戦いやすい?」



頭に思い浮かべるのは太刀川。
太刀川が攻撃手なら、同じ攻撃手の迅に聞くのが一番良いと思ったのだ。

そんな質問に、迅は優しく笑った。春はその理由が分からずに首を傾げる。



「おれはあの人とタイプ違うからなー…というか、おれと他の人は比べられないというか…」
「どういうこと?」
「さあな」
「まあとにかく、春ちゃんは自分が思ったように行動すれば良いよ。どう動いても結局行き着く所は同じなんだ」


迅はそう言って春と烏丸の頭をぽんっと撫でて背中を向けた。


「それじゃあな若人たち、頑張れよー」


手を上げて去って行く迅に、春と烏丸は顔を見合わせてから頭を下げた。


◇◆◇


それから数日間、春は佐鳥と共に狙撃手としてポイントを増やしていったが、考えに考えにぬいてぽつりと呟いた。


「狙撃手やめる」
「は?」


モニターを見ながら呟かれたその一言に、烏丸は数回瞬きをした。けれど迅は分かっていたように微笑む。


この3人がこの場所でランク戦を観戦するのは最早日課になっていた。そんなときに突然狙撃手をやめるなどと言われ、どう返して良いか分からない。

そんな雰囲気に気付いたのか気付いていないのか、春は更に続けた。


「見てて思ったんだけど、狙撃手の援護じゃないと思ったんだよね。狙撃手も動きを制限したり多少の誘導は出来ると思うけどさ」
「…なんの話だ?」
「だから!太刀川さんにもっと楽しく気持ち良く戦ってもらうための話!」


初めて聞いたそんな理由に、さすがの烏丸も驚いて声が出ない。


「本当に真っ直ぐだなー。まだ太刀川さんと話したことすらないのに」
「話さなくても援護くらい出来ますよ」
「同じ隊になりたいなら話さないと誘われないぞ?」
「同じ隊…?」


同じ隊になるなど考えてもいなかった。ただ、太刀川の役に立てるならそれで良いと思っていたのだ。


「…でも同じ隊ならもっと近くで援護出来る…」
「同じ隊って…太刀川さんはA級1位だぞ?入りたがってる隊員は多いし、並大抵のことじゃ入れないだろ」
「まあ、太刀川さん周りにあんまり興味ないしね」
「…そっか…」
「でも、強い人には興味深々だよ」
「強い人…?ランク戦で勝ちまくって活躍すれば興味持ってもらえるかな?」
「バンバン活躍すればC級でもB級でも凄い奴がいるって噂はすぐに流れるよ。そしたら太刀川さんの耳にも入るんじゃないかな」


迅の言葉に春はぱぁっと顔を輝かせた。そして勢い良く立ち上がる。


「決めた!射手になる!それでランク戦しまくって活躍する!」
「…おい春…」
「おー、頑張れよ!」
「迅さんも適当なこと言わないで下さい。C級のうちにトリガー変えるなんて聞いたことありませんよ。というか、出来るんすか、そんなこと」
「んー、まあ確かに聞いたことないな。だから先に用意しといた。春ちゃん、これ射手の訓練用トリガーだからこれ使って良いぞ」
「本当ですか!やった!ありがとう迅さん!」
「……何で持ってんすか」
「実力派エリートだからな!」


にやりと笑う迅に、烏丸は大きな溜息をついた。


◇◆◇


それからすぐ春は射手へとポジション変更をした。佐鳥は何で何でと騒いでいたが、春にはもう太刀川しか見えていなかった。太刀川を援護するのは射手が一番良いと考えついたのだ。もう脇目も振らずにそのことだけを考えて突き進んでいく。


しかし、すぐに壁にぶち当たった。



「…射手難しい」
「だから言ってただろ。扱いが難しくて射手をやる人は少ないんだ」
「……それって興味持たれやすいよね……じゃあ頑張る…」
「……はぁ」


先にB級に上がった烏丸は、未だC級でポイントを稼ぎ続ける春に溜息をついた。
射手にポジション変更せずに狙撃手でやり続けていればきっと今頃同じようにB級だっただろう。
ランク戦で勝ち続けることは出来ず、勝ったり負けたりの繰り返しだ。しかしそれでも太刀川のためっと、めげずに射手を続けている。


「待っててやるから、早くB級に上がって来い」
「…ありがとう京介くん。…頑張る!」


勢い良く立ち上がった春は、モニターに映る太刀川の姿を見て柔らかく微笑んだ。


「……頑張りますね、太刀川さん」


呟かれた言葉は烏丸にしか届かない。

そして烏丸はずっと疑問だったことを口にした。


「どうしてそこまで太刀川さんにこだわってるんだ?会ったことないんだろ」
「……うん、会ったことない。…会ったことないけど、戦ってる所を見てさ……この人のために戦いたいって思ったんだ」
「……戦った所を見てただけで?」
「うん。凄く目を惹かれたの。楽しそうに戦ってる太刀川さんに。それだけでボーダーの印象は変わったし、入りたい理由も出来た」
「…俺には分からないな」
「私もこんなこと初めてだよ。けど!決めたことだから頑張る!絶対射手で太刀川さんの援護するぞー!」
「…頑張れよ」


とても真っ直ぐに進み続ける春に、今まで呆れていた烏丸だが、初めて心から応援をした。

◇◆◇

そして春はやっとのことで射手としてB級に上がった。かなり苦戦していたが、B級になってしまえばもう大丈夫だ。


「B級になるの時間かかったねー、春ちゃん」
「…佐鳥が先にB級に上がったとか何か腹立つ…。私の方が狙撃手として優秀だったのに」
「春ちゃんがいきなり狙撃手やめて射手になるとか言い出すのが悪いんでしょ!」


春が狙撃手をやめてからも佐鳥とは疎遠にならず、春、佐鳥、烏丸の3人は学校でもボーダーでも仲を深めていた。


先に2人でB級のチームを組んでいた烏丸と佐鳥のチームへ、今回やっと春も入隊する。



「……本当に長かった…」
「頑張ったな」
「ありがとう京介くん!」
「そんな春に残念な知らせだ」
「なに?」
「太刀川隊にはもう天才と呼ばれる射手がいる」



烏丸の一言に春は笑顔のまま固まった。佐鳥は何の話だと首を傾げるが、烏丸はじっと春を見つめている。



「………え?」
「春が必死過ぎて言わなかったが、春がポジション変更した少し後に天才射手が太刀川隊に入隊したんだ」
「……………」
「太刀川隊には天才射手がいる」
「もう分かったよ!!何回も言わないで!」


認めたくなくて現実逃避をしたが、何度も烏丸に現実を叩きつけられて春は泣きそうに叫んだ。


「…私の今までの苦労は…………迅さんに抗議してくる」
「迅さんに?」
「だって迅さんが射手のトリガーくれたんだもん!迅さんのせいだよ!」
「それただの八つ当たりだぞ」
「迅さん相手なら構わない!ちょっと行ってくるね!」


春は一目散に迅の所へ向かって走り出した。恐らく対戦ブースにいるだろうと予想して。



◇◆◇


「迅さん!」


見かけた後ろ姿に向かって叫ぶ。
振り向いた迅は春が来るのを分かっていたように笑った。


「やっぱり分かってたんだ!」
「まあ視えてたからな」
「じゃあどうして私に射手やるよう言ったんですか!迅さん酷い!私無駄な時間だったじゃん!」
「無駄にはならないよ」
「だって!太刀川さんの所に天才射手が入ったって……」
「とりあえず春、攻撃手やったら?」
「は?」


話が噛み合わない迅に、春は眉を寄せた。何故いきなり攻撃手になるのだ、と。


「弧月2本持ちとか絶対太刀川さん興味持つと思うんだよねー」
「っ!」
「自分と同じ戦闘スタイルの子がいたら気になるでしょ」
「……そっか、弧月2本持ち……同じ攻撃手として隣で………うん!攻撃手やってみる!ちょっとトリガー変えてきますね!」


そしてまた来た道を走って戻って行く春に、迅は苦笑した。迅の思惑通り、面白いように真っ直ぐに進んで行く。

迅が視える未来まで、あと少し。



◇◆◇


烏丸たちの所に戻り、射手をやめて攻撃手になることを話した春。またか、と最初は呆れたが、バランス的には良いだろうと許可される。


「春ならスコーピオンが…」
「弧月!」
「………」
「絶対弧月!2本で戦うよ!」
「でも弧月2本も扱える?結構重いらしいよ、あれ」
「トリオン体だから大丈夫でしょ!とりあえず模擬戦しよ!京介くん!」


トリガーを変更した春は早速烏丸と模擬戦をすることにした。


初めての弧月を2本持ち、それだけでワクワクと胸が高鳴る。今までにない感覚だ。






しかし、気持ちとは裏腹に、春は全く弧月を扱えなかった。
元々パワー不足な春に2本の弧月を扱うなど無理だったのだ。



「面白いように踊ってたな」
「春ちゃんがあんなんになってるの初めて見たよ…1本でも京介に勝てないなんて」
「………迅さんのせいだ」



こうなるのも分かっていただろうに、迅は弧月を進めてきた。掌で踊らされているようにしか思えなくて春は頬を膨らませる。


「それじゃ興味持ってもらうなんて無理だぞ」
「うー…」
「とりあえずスコーピオンで慣れてみたら?攻撃手が初めてだから弧月を上手く扱えないだけかもだし」
「佐鳥……!良いこと言うね!よし!そうする!」


そして弧月は一瞬で終わり、春はスコーピオンを手にした。


そこからは順調だった。

元々スピード重視の春とスコーピオンの相性は良く、ランク戦も今までの比にはならないくらいに勝ち進んだ。



けれど、どれだけ戦っても、どれだけ勝ち進んでも、春の心は満たされない。
物足りなさだけが残ってしまう。



「………はぁ」
「どうした、春」
「迅さん…」


いつものように、しかし今日は1人でモニターを見つめて溜息をついた春に、迅はぽんっと肩を叩いた。


「…迅さん、スコーピオンじゃない」
「でも弧月は扱えなかったんだろ?」
「…そうですけど、弧月を持ったときは凄くワクワクしたのに、スコーピオンだとそうならない」
「相性はスコーピオンの方が良いんだけどな」
「じゃあ迅さんは自分が狙撃手の方が向いてるって言われたら狙撃手やるの?」
「いや?おれは生粋の攻撃手だから」
「…ほら、譲れないものはあるじゃん」


再びはぁっと溜息をつく。
モニターには太刀川だけではなく、天才射手と噂の出水も映っていた。自分よりも明らかに高い技術には溜息しかでない。


「…やっぱり凄いなぁ…かっこいいし」
「…まあ戦ってるときはね。太刀川さんの私生活知ったら幻滅するよ」
「しないよ」
「?」
「…だって、戦ってる太刀川さんが好きなんだもん」


無意識に出てしまったその言葉に、迅だけでなく春本人も驚いた。

今自分は何と口走ったのか。


「……い、今…私…」
「いつの間にか憧れから好意に変わってたんだな」
「……よく知りもしないのにって思う?」
「いや?一目惚れみたいなもんだろ」
「……そっか、私……一目惚れ、だったんだ…」


自分の胸に手を当てて呟く。
とくんとくんっと鼓動する感覚がとても心地良い。これが恋する感覚なのかと胸が暖かくなった。



「弧月で戦いたいか?」
「そりゃそうですよ!太刀川さんと並んで太刀川さんみたいに戦いたい!共闘してみたい!役に立ちたい!」


入隊したときからずっと変わらない真っ直ぐな思いに、迅は優しく笑って春の頭をぽんっと撫でた。


「なら、ちょっと直談判しに行くか」


春は自然な動作で無意識にその手を払いのけ、首を傾げる。


「……なんか今の傷つくな」
「直談判…?どこに?」
「そりゃもちろん、技術開発室長の所へだよ」


◇◆◇


「軽量型の弧月を作れだと!?」


迅に連れて行かれたのは開発室。
そこにいた鬼怒田に、迅は軽く言い放った。春でも扱える軽量型の弧月を作ってくれと。

もちろんそんなこと了承されるはずもなく、鬼怒田は怒鳴り声をあげた。


「何を考えておる!こんなB級隊員のために一々そんなことしてられるか!」
「まあまあ鬼怒田さんそう言わずに」
「専用のトリガーが欲しいなら玉狛にでも転属すれば良いだろう!」
「それはそれで嬉しいけどさ、それじゃ意味ないんだよ」


春は目の前で繰り広げられる討論に唖然としていた。開発室長に対してこんな態度で良いのかと疑問にも思うが、迅の言っていることが通れば春にとって最高の結果だ。


しかしこんなところで口出し出来るわけもなく、春はただ黙って2人の討論を聞いていた。


「軽量型の弧月、ねぇ」
「?」
「お嬢ちゃんは何で軽量型の弧月が欲しいんだ?スコーピオンじゃダメなのか?」
「…えっと…」
「おっと、自己紹介が遅れたな。俺は冬島。A級2位、冬島隊の隊長だ」
「あ、は、初めまして!如月春です!」


大柄な男性に話しかけられ、春はぺこりと頭を下げた。



「それで、どうしてだ?」
「………スコーピオンだと、違うんです」
「違う?」
「はい。確かに扱いやすいし勝ち星はあげられるけど、私が戦いたい感じとは違う。弧月は全然扱えなかったけど、でもそっちを使ってるときの方が楽しかったんです!太刀川さんみたいに楽しそうに戦うには、私も弧月を使って戦うしかないんです!」
「太刀川…?」


真剣で必死な春の瞳。
春の口から出た太刀川という言葉に驚いたが、その憧憬の眼差しにも驚いた。

更にはその奥にある気持ちにも気付いてしまい、冬島は苦笑いを浮かべる。


「確かに戦闘中は良いが、それ以外がなあ…」
「冬島さん…?」
「おー、悪いな。お嬢ちゃんの気持ちは良く分かったよ」
「お嬢ちゃんじゃなくて如月春です!」
「鬼怒田さん」


春の頭を乱雑に撫で、冬島は鬼怒田に視線を向ける。


「作ってやろうぜ、軽量型の弧月」
「はぁぁぁぁぁ!?」
「さっすが冬島さん!話が分かるね」
「な、何を言っとるんだ冬島!たった1人のB級隊員のために何故そんな浪費を…」
「試作品として作ってみて、それが良ければ大量生産できる。だからこの子に試作品として試して貰えば良いでしょ」
「お!それは良いね!」
「良いわけあるか!そんな理由が通るわけ…」
「あ、ありがとうございます!冬島さん、鬼怒田さん!」
「いやわしは良いとは…」
「軽量型でも威力も強度も落ちないものが良いです!」
「勝手なことを言うな!」


今度は春と鬼怒田の討論が始まった。先程まで緊張していた春だが、希望が見えてきたせいでもう頭には太刀川のことしかない。


そこから少し離れて迅は冬島の隣に並んだ。


「助かったよ、冬島さん。ありがとう」
「俺も楽しいから良いけどよ、何でお前がそこまでするんだ?あのお嬢ちゃんに何か視えてんのか?」


迅は春を見つめたまま微笑む。


「うん、視えてるよ。ある2人が幸せになる未来がね。それに、春はこの先、いろんな人と関わって未来を変えていくんだ」



そのためにもここで軽量型の弧月を開発してもらうのは絶対に必要なことなのだ。そうすれば未来はどんどん良い方向へと動く。

迅はいつものように得意げににやりと笑った。



「おれのサイドエフェクトがそう言ってる」


軽量型の弧月が開発され、未来が動くまで、あともう少し。

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