また未来で

注意

このお話には太刀川さんと春ちゃんの子どもが出てきます。
名前変換はなしです。

−−−−−−−−

平日の太刀川隊隊室。

防衛任務は夕方からだが、太刀川はすでに隊室へ足を運んでいた。

もちろん春や出水、国近はみんな学校でまだ来ていない。


「…もう少し授業受けてれば良かったか」


隊室に来ればいつも誰かしら出迎えてくれる。
最近はいつも春の笑顔に出迎えられていたので、それを楽しみに早々と来たのだが、学生組はまだいない。



「…しょーがねぇ。一眠りして待つか」


レポートがあるにも関わらず、やる気のなくした太刀川はソファに寝転がった。今日は1限から授業に出たせいで眠いのだ。

大きな欠伸をして目を閉じた。


早く、春たちが来ることを願って。



◇◆◇


「「あー!まだねてるー!」」
「ぐはっ」


うとうとしてもうすぐ寝るっという瞬間、太刀川のお腹にドスンっと、何か重たいものが乗った。


結構なその衝撃に眠くて重い瞼を開けると、お腹の上には双子の男の子と女の子が。


「あ!おとーさんおきた!」
「おきたー!」
「は!?お父さん!?」


双子の言葉にびっくりして飛び起きた太刀川。
そんな太刀川を双子はにこにこと見つめる。


「おはよーおとーさん!」
「おはよー!」
「…………いや、お前ら誰だ…?」


全く身に覚えがない。
太刀川は顔を引きつらせて問いかけた。

すると双子は大きな瞳をパチパチさせて顔を見合わせると、もう一度太刀川に向き直る。



「おとーさんねぼけてる!おれ大翔(ひろと)だよ!」
「あたし笑里(えり)!」
「ひろとに…えり…?」


しかし名前を聞いても分からず、余計に戸惑う。
必死に考えて何かを思い出そうとして太刀川はじーっと双子を見つめた。



「改めて見ると……お前…大翔?どこか春に似てるな?それに…えー、笑里?お前は目がクリクリしてるけどやる気ないような感じがなんか俺に似てる…気がする……ようなしないような…」


うーん、と腕を組んで唸っていると、双子の目には涙が浮かんでいく。

そしてついに、うわーっと泣き出してしまった。


「ちょ、お、おい!」
「うわーーーん!おとーさんがおれのこときらいだってーーー!」
「い、言ってない!言ってない!」
「うえーーーーん!おとーさんにきらわれちゃったーー!」
「や、だから違うって!お前ら揃ってネガティヴだな!?」
「「うわーーーーん!!」」
「あ、おいお前ら!」


双子はボロボロ泣きながら部屋を出て行ってしまった。
追いかけようとした太刀川はそこでやっと気付く。ここが隊室ではないことに。


「……どこだ、ここ…」


どこかの家の寝室だった。
自分はどこかで行き倒れでもしたのかと思い、家主を探そうと寝室を出る。

すると先ほどの双子の泣き声がまだ聞こえた。
そして、それを慰める声。何故かその声に聞き覚えがあり、その声に誘われるまま、恐らくリビングと思われる扉を開いた。





そこには、先ほどの双子と1人の女性がいた。
自分よりも年上であろう女性の横顔に、どくりと心臓が跳ねた。

見覚えがある。
あの横顔も、声も、宥める姿も、全て見覚えがある。


じっと立ち尽くして女性を見ていると、太刀川に気付いた女性が優しく微笑んだ。



その笑顔も、知っている。
自分が1番大好きな笑顔だ。



「………春…?」


恐る恐る名前を呼んだ。

自分の知っている高校生の春ではない。けれど、そんな気がしてならなかったのだ。


「はい、おはようございます」


にこりと微笑んだのは、やはり春だった。
面影はあるが、しっかり大人になって美人になっている。太刀川の胸はまたドキドキと鼓動する。


20代前半か半ばだろうか。子どもを慰める姿は板についていた。



「慶さん、なに子ども何泣かしてるんですか?」


春の口から発せられた自分の名前に、鼓動が早鐘を打つ。名前を呼ばれた。
苦笑しながら注意されたが、そのことよりも名前を呼ばれたことにかなり動揺している。
嬉しくて仕方がない。



「おとーさんが、おれたちのこときらいだってーー!」
「うえーーーん!」
「え?そんなこと言ったんですか?」
「っ!や、違うぞ!そうじゃなくて………ていうか、その子どもは誰だ?なんで俺がお父さんって…」
「誰って…大翔と笑里じゃないですか。自分の子どもでしょ?」


当然のように答える春に、太刀川はぽかーんと春を見つめる。


「そ、れじゃ………もしかして……母親って…」
「私以外に誰がいるんです?…あ、もしかして慶さん浮気したの!」
「し、してない!」
「じゃあ昔の女の人の夢でも見たんだー。それで寝ぼけてそんなこと言うんでしょ!」
「いや、そうじゃなくて…!」



名前を呼ばれ、更に敬語が抜けて。
心臓は落ち着くことを知らないように早鐘を打ち続ける。まさかこんなに嬉しいものだとは思わなかったのだ。

しかし嬉しい太刀川とは真逆に、春は頬を膨らませている。


「昔の女の人と一緒にしないで下さーい。私たちは5年前に結婚して、双子の大翔と笑里が産まれて、家族4人で幸せな日々を送ってる。分かりました?」
「5年前…?春と、俺が、けっこん…!」



言葉にするだけで幸せが広がる。
いつかこうなれば良いと夢に見ていた光景が、今ここにあるのだから。


(なんで、とか思ったけどどうでも良いや。…俺今、すげー幸せだ)


心が暖かい。
太刀川は微笑んで、膨れる春に視線を向けた。


「…浮気も昔の女の夢も見てない」
「…本当ですか?」
「本当だ。俺にはお前だけだよ」
「…ありがとうございます!」



はにかむ姿は昔のままだ。
太刀川はそのまま春を抱き締めようとしたが、春にくっついている双子を見てピタリと止まった。


双子は涙目のままじーっと太刀川を見ている。



「えーっと…大翔、笑里。さっきは悪かったな。…お前ら2人とも大好きだぞ」


そう言って両手を広げると、双子はぱあっと顔を輝かせ、太刀川の胸に飛び込んだ。それをしっかりと抱き止める。


「「おとーさんだいすき!」」
「おう、ありがとな」
「ふふ、それじゃみんな起きたことだし、朝ご飯にしましょうか!」
「「はーい!」」



そしてテーブルに座り、4人揃って朝食を食べた。
春の手料理など初めてで感動しながらがっつくと、隣の双子も同じようにがっついていた。
そんな姿に春は優しく笑っている。

他愛のない会話、普通の家族の日常。
ただそれだけなのに、幸せが心を満たしていく。







朝食を食べ終わり、双子は元気に庭で遊んでいた。


「くらえー!せんくうこげつー!」
「えーい!あすてろいどー!」


2人ともおもちゃの剣を2本持ち、近界民の絵が書かれた風船と戦っていた。



それを太刀川と春は微笑んで見つめる。


「なんか、懐かしいですね」


春は楽しそうに笑った。


「私、太刀川隊に入る前から慶さんのことずっと好きで……誘われたときは本当に嬉しかったなぁ」
「え…?」


太刀川は思わず春の方を向いた。
春はそれに微笑み、続ける。


「慶さんは知らなかったでしょうけど、私ボーダーに入ったときからずっと好きだったんですよ。ボーダーに入るきっかけだって、慶さんに憧れたからだし」
「…マジで?」
「マジで。だから慶さんに気にかけてもらいたくて、弧月の二刀流にしたんです」
「マジで!?」


驚く太刀川に春は笑った。
太刀川の反応が面白く、その頃の気持ちをどんどん打ち明けて行く。



「最初は狙撃手志望だったんです。慶さんを遠くから援護出来たらなーって。でも狙撃手だとどうしても私がしたい共闘は出来ないと思ったから、射手に変更したんです。それでB級に上がりました」
「あれ?でもお前、射手苦手じゃなかったか?」
「苦手でしたよ?だからB級に上がるの遅くなりました」
「へぇ…じゃあ何でそこまで頑張ったのに射手止めたんだ?」
「……太刀川隊に天才射手が入ったって聞いたから」
「あー、出水か!」
「だから射手じゃもう役に立てないと思って、思い切って弧月2本持ちの攻撃手になりました」
「お!俺が見つけたときか!春強かったもんなー。B級で大活躍だったろ?」
「…慶さん、本当に私のこと眼中になかったんだ…」
「…え?」


弧月2本持ちの春はどんどんと攻撃手たちを倒してポイントを上げていたはずだが、何故か春は不満そうだ。



「…最初、弧月2本持ちで1勝も出来なかったです」
「はぁ!?」


あの風間に10本中4本とったり、村上に勝ち越したり、たった1回とはいえ二宮にも勝った春が1勝も出来なかった。まさかと思い声をあげる。


「弧月は1本でも私は上手く扱えませんでした。スピード重視の私は完全にスコーピオン向きでしたからね」
「…そう、だったのか…」
「だからスコーピオンに変えて戦い続けてたけど、これは私のやりたい戦い方じゃないと思ったんです。私は慶さんに憧れてたんだから。だから鬼怒田さんに直談判しに行きました」
「…何を?」
「威力も強度も落ちない軽量型の弧月を開発してくれって」



とても無茶なことを言う春に、太刀川は笑った。さすがは俺の部下だと。


「それで?」
「多少は威力も強度も落ちましたけど、軽量型の弧月は完成されました!それが、私がずっと使い続けてる弧月です」
「…なるほどな。あれは軽量化されてたのか」
「更に蒼也くんの助言もあって、今までやったことを無駄にしない戦い方をやっていたら、結果完璧万能手になったんです」
「……そんな経緯があったとはな」
「慶さんに気にかけてほしくて、慶さんに興味持ってほしくて、私凄く努力してたんですからね!」
「……そうか」
「慶さんのこと、本当にずっとずっと大好きだったんです」



春は微笑んで太刀川を見つめた。



「もちろん、今は愛してますよ」
「っ!」


反射的に身体が動き、太刀川は春を抱き締めた。



「あー!おとーさんがおかーさんだっこしてるー!」
「いいなー!あたしもー!あたしもだっこしてー!」
「はいはいお前らは後な。今は春……お母さんとイチャイチャしてんだよ」
「イチャイチャって…」
「「むーー!」」


ブーイングを飛ばしてくる双子を無視し、太刀川は至近距離で春を見つめた。
春はすぐに察して、頬を染めながらもゆっくりと目を閉じる。



「…春、俺も愛してる」


そのまま顔を近付けキスをしようとすると、双子に袖を掴まれた。そしてガクガクとゆすられる。


「お、おいお前ら少し大人しく…」
『………か……さ……』
『た……わ……さ…』
「え…?」
『たちかわさ……』
『……ちかわさ…』
『たちかわさん…!』


突然どこからか出水や国近、そして春の声が聞こえた。

目の前に春はいるのに、違うところから声が聞こえる。今目の前にいる春よりも、幼い声が。
戸惑う太刀川に、春は微笑んだ。



「…慶さん」
「「おとーさん!」」
「春?大翔…笑里…?」


3人は笑顔で太刀川を見つめた。


「また、未来で会いましょうね」
「!春…!」



にっこりと笑って離れた春に、太刀川は手を伸ばした。



「春!」
「きゃ!」


掴んだ腕と、すぐ近くで聞こえた声。

太刀川はぽかんっと声の主を見上げた。



そこには先ほどまでの大人びた春ではなく、自分が良く知る高校生の春が驚いて太刀川を見つめていた。


「………春?」
「は、はい!」


反応もまだ初々しい。
いつもの春だ。


周りを見渡せばいつの間にか、慣れ親しんだ隊室だった。


「………夢、だったのか」
「すげー爆睡でしたよ太刀川さん。おれたちがいくら声かけても全然起きないし」
「ねー!それで春ちゃんが声かけた途端に起きるんだもん!わざとでしょ!」



あの双子の騒がしさも、出水や国近のい騒がしさも大して変わらないことに太刀川は小さく笑った。


「太刀川さん、何か嬉しそうですね?何か良い夢でも見たんですか?」


首を傾げる春と夢の中の春が重なる。

どちらも、自分が好きな春だ。


掴みっぱなしだった腕を引いて、春が太刀川の方へ倒れると、その唇へちゅっと触れるだけのキスをした。



「秘密だ」


出水や国近が見ている中でのキス。

最初はぽかんとしていた春だが、段々と状況を理解してぼふんっと真っ赤に染まった。



「た、たたた太刀川さん!」
「…おれら邪魔者だったねー柚宇さん」
「だねー。邪魔者はさっさと先に防衛任務行こうかー」
「い、出水先輩!柚宇さん!ちょっと待って下さい!私も行きますよ!」


わたわたと慌てる今の春に、夢の中の春のような余裕はない。
これはこれで初々しく、可愛くて好きだと太刀川は思う。



「た、太刀川さん!」



名前ではないけれど、春に呼ばれるだけで顔が緩んでしまう。太刀川は春に視線を向けた。



「もう防衛任務の時間ですよ!早く行きましょう!」


まだ頬を染めながら、春は太刀川を急かす。




あの夢は、きっといつか現実になる。
そういう確信があった。

必ず、またあの春にも、あの双子にも会える。



「おう、行くか!」



春の頭をぽんっと撫で、太刀川は気合を入れて防衛任務に向かった。


これが、あの未来へ繋がる1歩だと信じて。


−−−−−−−−

笑里→ヒロインのように明るく笑顔でいてほしい。
大翔→太刀川のように大きくて強い人になってほしい。
という由来であずさ様につけて頂きました!


[ 8/26 ]

back