サプライズバースデーパーティー
AM6時、春はパチリと目を覚ました。
そしてすぐに携帯を確認する。しかしそこには何の連絡も来ていない。
「…いつもなら京介くんから来てるはずなんだけどな…」
今日は春の誕生日。
毎年朝早くに烏丸から誕生日おめでとう、という簡素なメールが送られて来るはずなのだが、何も表示されない画面を見て小さく溜息をつく。
「…きっと忙しいんだよね!」
そう自分に言い聞かせて起き上がった。
今日は学校が休みで任務もない。
滅多にない完全な1日オフの日だ。楽しまない手はない。
「よーし!」
こんなに朝早くに本部に来ているものは少ない。
だが玉狛は別だ。木崎がいるお陰でみんな規則正しい生活を送っている。今から準備して行けばきっと朝食の時間だろうと考え、春は着替え始めた。
◇◆◇
「おはようございまーす!」
玉狛支部に辿り着き、コンコンと扉を叩いた。
しかし誰も出て来ない。
「……あれ?おはよーございまーーーす!」
再度扉を叩いて声を少し大きくする。
やはり誰も出て来ない。
「…今日防衛任務でもあったのかな?でもそれにしたって宇佐美先輩とか陽太郎くんとか迅さんとか……いると思うんだけど…」
そう思っても誰も出て来ないのでは仕方ない。
春は諦めて本部へ向かうことにした。朝早いが、何人かはいるはずだ。それに、そろそろ風間からもお祝いのメールが届く頃だろうと思い、本部へ足を進めた。
◇◆◇
「蒼也くんー?」
風間隊の隊室へ来ると、中は誰もいなかった。
そして携帯にも風間からの連絡はない。
「……蒼也くんの薄情者」
幼馴染の誕生日を忘れているんじゃないかと春は頬を膨らませた。
風間がいないのならここに用はない。春は嵐山隊の隊室に向かった。
◇◆◇
「嵐山さーん!木虎ちゃーん!とっきー!遥さーん!あと佐鳥ー!おはようございまーす」
嵐山隊はみんな朝が早い。佐鳥を除いて。
そう思い嵐山隊の隊室へ来たが、やはりここでも返事がなかった。
「……きっと広報のお仕事入っちゃってるんだよね!よし次!」
そして来たのは三輪隊の隊室。
三輪や奈良坂ならばいるだろうと扉を開けた。
「おはようございます!三輪先輩!奈良坂先輩!米屋先輩古寺くん蓮さん!!」
しかしここにも誰もいない。
流石に春も疑問に思い始めた。いくら休みや非番だとしても、こうも知り合いに会わないものかと。
「………この時間なら出水先輩は来てるかな」
完全なオフに本部に来ない可能性もあるが、少しの望みを持って太刀川隊の隊室へ向かった。
「……………」
やはり誰もいない。
春は無言のままソファに腰掛けた。
そして深い溜息をつく。
誰にも会えない。
誰とも会話を出来ない。
誰にもおめでとうと言ってもらえない。
誕生日だが特にそれを楽しみに来たわけではない。しかし、こうも誰にも会わないと何故だか孤独が胸を覆い尽くしていく。
背もたれに身体を預けて目を閉じた。
いつもは騒がしい太刀川隊の隊室も、春しかいないせいでとても静かだ。
時計の秒針までが聞こえてくる。
かち、かち、かち…
その秒針をしばらく聞いていた春はばっと目を開けた。
「A級の人たちがダメなら他にもいるじゃん!意地でも誰かに会ってやる!」
勢いよく立ち上がり、隊室を飛び出した。
向かうのはB級の隊室。
◇◆◇
「荒船さん!!穂刈さん!半崎くん!加賀美さん!」
荒船隊の隊室、誰もいない。
「諏訪さん!堤さん!笹森くん!小佐野さん!」
諏訪隊の隊室、誰もいない。
「影浦先輩!北添先輩!絵馬くん!仁礼さん!」
影浦隊の隊室、誰もいない。
「もー!東さん!?小荒井くん!奥寺くん!人見さん!」
最早叫びながら入った東隊の隊室でも、やはり誰もいない。
「那須さんー!熊谷さんー!日浦ちゃんー!志岐ちゃんー!」
泣きそうに呼んで入った那須隊の隊室も誰もいない。
「何で誰もいないのーーーーー!!」
本部の廊下でついに春は叫んだ。
加古隊も草壁隊も冬島隊も、知ってる所は全て周った。それでも誰にも会うことがない。
とぼとぼとそのまま廊下を歩き、ある一室の前で立ち止まった。ここにはまだ来ていない。しかし春はそこに入ることを躊躇った。
「………この流れからして誰もいないとは思うけど……も、もし1人でいたとしたら…」
腕を組んで悩むのは二宮隊の隊室前。
いつもなら何の気兼ねもなく入ることが出来るが、太刀川から言われたことを思い出して唸っていた。
二宮と2人きりになるな。
そう釘を刺されているのだ。
もし誰もいないと思って隊室に入り、二宮しかいなかったのなら早速その約束を破ることになってしまう。そうなれば太刀川の機嫌が急降下するのも目に見えている。
いくらまだ会えてないとはいえ、自分の誕生日に好きな人の不機嫌な顔を見たいとは思わない。
春は唸った。
「……けど、誰にも会えないのも寂しいよ…。………よし!」
春は意を決して二宮隊の隊室の扉を開けた。
「おはようございます!二宮さん!犬飼先輩辻先輩氷見さん!」
予想通り、誰もいない。
安堵やらガッカリやらで春は大きく溜息をついた。
本当に全て周ってしまった。
けれども知っている人に誰にも会えない。
「……もうすぐお昼だし…朝早いからって理由じゃないよね」
悩みながら当てもなく歩き出す。
隊室にも廊下にも対戦ブースにも、どこにも春の知っている人たちがいない。こんなに探してもだ。
もしかして自分は何か大切なことを忘れているのではないかという結論に至った。
「……何か大きな作戦とかあったっけ…?いや、でもそしたら参加してない私に連絡くるはずだし…もっと本部が騒がしいだろうし……秘密裏の作戦とか?私に連絡ないのは………え、戦力外…?いやいやいやいや!そんなことないよね!B級の人たちも参加してるなら私だって役に立てるはずだし……」
ネガティヴになりかけた思考を頭を振って消した。
しかしそれで何か他に思いつく訳もない。
「……本当に、どうして誰もいないの…」
寂しい。
ただそれだけ。
春は廊下の隅で膝を抱えてしゃがみ込んだ。
ここでずっと待っていれば誰か通るだろうか。
誰でも良いから会いたい。会いたい。
出来れば大好きなあの人に会いたい。
春は今日何度目かの溜息をつき、目を閉じた。
「おー!いたいた。春ー」
「っ!!」
今日初めて聞いた自分の名。
春は勢いよく顔を上げた。
「こんなとこでしゃがみ込んで何してんの?」
「…………迅さん…!」
廊下を歩いて来たのは迅だった。
いつもの調子で春に声をかける。
けれどそれだけで春の胸は暖かくなっていく。やっと知っている人に会えた。それがとてつもなく嬉しい。
春は感情のままに迅に飛びついた。
「迅さんーーー!!」
「うおっ、どうした?」
「迅さん迅さん迅さんー!」
「なんか珍しいなー?春がおれに抱き付いてくるなんて…」
「もうこの際、迅さんでも良いんです!とりあえず会えて良かった…!」
「……ん?なんかおれ今酷いこと言われなかった?」
「それより迅さん!どこ行ってたんですか!何で誰もどこにもいないんで…」
「そうだ春、忍田さんが呼んでたよ」
「………え?」
春の言葉を遮って迅は告げた。
突然の呼び出しに春はぽかんと固まる。
今まで忍田から呼び出しなど受けたことがない。やはり何か大事な任務を忘れているんじゃないかと焦って迅から離れた。
「え、ど、どうしよう!わ、私何かしちゃったかな!?むしろ何もしてないから呼び出し…忍田さん怒ってる…?」
「いやいや怒ってないって。なんでそんな焦ってるの」
「だ、だって…」
「とりあえず忍田さんは怒ってないし、春にとって悪いことはないから。ほら、行くぞ」
「う、うん…」
先に歩き出した迅の後を恐る恐るついて行く。
会議室に向かうのかと思えば、迅はそこには行かなかった。違う場所を目指している。
「…ねぇ迅さん?どこ行くの?忍田さん会議室じゃないの?」
「良いから良いから」
「…んー」
春は首を傾げながらも迅について行く。
そして、迅はある一室の前で立ち止まった。
「ここだよ」
「…?ここって……」
普段立ち寄らない場所に案内され、春は迅に視線を向ける。
「ほーら、入って入って!」
「え、う、うん…」
何やら楽しそうな迅に背中を押され、春はゆっくりと扉を開けた。
「ハッピーバースデーーーー!!」
開けたと同時にたくさんの声が重なって聞こえ、パンっパンっパンっ!と高い音が響き、春は思わず目を瞑る。
音が止んで恐る恐る目を開けると、そこには今までずっと探していた人物たちがにこにこと春を出迎えた。
「………っ、え……?」
驚き過ぎて上手く言葉に出来ず、春はキョトンとしたまま辺りを見回した。
部屋の中はこれからパーティーでもやるように綺麗に飾り付けが施されている。そして沢山の豪華な料理。
更には、先程の音の原因であるクラッカーを持った人たち。
ますます分からないというように春はこてんと首を傾げた。
「何ボケっとしてんだよ?」
「……出水先輩…えと、これは…何ですか?」
状況を理解出来ていない春に、出水は笑った。
「何って決まってんだろ?」
「春ちゃんの誕生日パーティーだよー!」
「誕生日……パーティー…?」
国近も先程使ったクラッカーを持ちながら楽しそうに答えた。
状況を理解しようと必死に頭を回転させていると、ぽんっと優しく頭に手が乗せられる。
ゆっくりと見上げて視界に入ったのは、今日一番会いたかった相手。心臓がどくりと跳ねた。
「太刀川さん…!」
「サプライズでお前の誕生日パーティーやるって計画したらみんな乗ってくれたんだよ」
「みんな…?」
もう一度見渡せば、今まで探し回っていた隊員のほとんどが揃っている。みんな、春の誕生日と聞いて集まってくれてのだ。その事実に目の奥が熱くなった。
しかし泣いてはいけないと頭を振り、春はみんなに向けてにっこり笑う。
「みなさん、ありがとうございます…!」
その笑顔を見てみんなも嬉しそうに笑った。
「誕生日パーティーだからな!ちゃんと全員に誕生日プレゼント用意するように言ったが……忘れた奴なんかいないよな?」
「当然だろ。むしろ1番心配なのはお前だ」
「いくら俺でも春の誕生日プレゼントは忘れないよ風間さん!すげー悩んで決めたからな!春、俺からのプレゼントは…」
「はーい、先ずは私たちからね」
太刀川を押し退けてやってきたのは加古だ。
「春、誕生日おめでとう」
「おめでとうございます、如月先輩」
「ありがとうございます!加古さん、黒江ちゃん!」
「私たち加古隊からはこれよ」
そう言って差し出されたのは…
「………炒飯?」
「「!?」」
びくりと反応を示した太刀川と堤。
2人は一瞬にして加古と春の前に立ち塞がった。
「ま、ま、待て、加古!」
「そ、そうだぞ!早まるな!」
冷や汗を流す2人に、春は首を傾げた。セレブオーラを纏う加古からは想像出来ない程、一般的な炒飯だ。とても良い香りがする。
「プレゼント1つ目で死亡フラグとかシャレにならん!」
「こ、こら太刀川!あ、えっと…か、加古ちゃんにはもっと他に良いプレゼントがあったんじゃないか?」
「これが私の最高傑作だけど?」
「…黒江お前なんで止めなかった…!春を殺す気か!」
「いえ…そんなつもりは…」
「まあ他にもたくさん料理があるからね、多少インパクトには欠けるけれど…味は絶品よ?」
「インパクトしかねぇよ!むしろダメなの味の方だろ!」
「何かしら?」
「……いや……あ、そ、そうだ春!無理して食べることないぞ!」
「え、え?」
「そ、そうだぞ如月?自ら死にに行くことはない!回避出来るならそれが1番良いからな?」
「つ、堤さんまで…」
こんなに美味しそうな炒飯なのに何故こうも2人は必死に止めるのか。春以外も不思議に思ってる者も多いが、理解している者は顔を引きつらせている。
「……折角のプレゼントですから、もちろん食べますよ!」
にっこり笑い、春は炒飯を口に運んだ。
絶望を浮かべて固まる太刀川と堤。
しかし春はごくんっと飲み込むと顔を輝かせた。
「お、美味しい!」
「「………え?」」
「美味しいです加古さん!」
「でしょう?」
予想外の反応に太刀川と堤は顔を見合わせた。
「今回はあたしも手伝いました。お口に合って良かったです」
「加古隊で作った炒飯だからね。私だけならもっとアレンジを加えたかったんだけど、双葉たちにはまだレベルが高いと思ったのよ」
「…そうですね」
「でも本当に美味しいです!ありがとうございます!」
笑顔の春に対し、太刀川と堤はどっと疲れた表情をしている。とりあえず春が無事で良かったと思うばかりだ。
「ま、まあ無事で良かった。いや本当に…。よし、春!俺からの誕生日プレゼントは…」
「次は俺たち諏訪隊からだぜ!」
「ちょ、諏訪さん!」
またも押し退けられ、今度は諏訪隊が。
そしてどんどんといろんなチームが春にプレゼントを渡していく。
諏訪隊からは小説各種、荒船隊からは映画のDVD、鈴鳴第一からは花束、那須隊からはお菓子の山、東隊からはステーショナリーセット、影浦隊からはバスグッズ、そして二宮隊からはネイルグッズが。
風間隊、冬島隊、草壁隊、嵐山隊、三輪隊からも色々なプレゼントを貰い、春は持ちきれない程のプレゼントに埋め尽くされた。
「あ、ありがとうございます!」
「すげー量だなー。春、おれからはこれだ」
そう言って出水から渡されたのはTシャツ。
何とも言えない色と、前にアステロイドのようなものが印刷されたTシャツだ。
「おれのと色違いだぜ?かっこいいだろ?」
全員言葉を失った。
本気で言っているのかと。
しかし春は嬉しそうに笑った。
「出水先輩、ありがとうございます!」
「おう!」
「春ちゃん春ちゃん!私からはこれだよー!」
国近から渡されたのは携帯ゲーム機だ。
それだけで全員察する。
「これで一緒にゲームしようねー!」
やっぱりという空気が流れる中、春はまた嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます!柚宇さん!」
「どういたしましてー!春ちゃん」
「春」
「?」
「「誕生日おめでとう!」」
「…!はい!ありがとうございます!」
出水も国近も自分の好みの押し付けだが、春は嬉しそうに笑う。大切な人たちが祝ってくれているというだけで嬉しいのだろう。
「如月先輩!」
名前を呼ばれてそちらへ視線を向けると、玉狛第二の3人。
「ぼくたちも如月先輩の誕生日プレゼント悩んでたんですが…」
「如月先輩の好みとか分からなくて…」
「結局おれたちじゃ決められなかったから、栞ちゃんにアドバイス聞いてこれにしたんだ」
そう言って差し出されたのは羊のグッズ。
春は首を傾げた。
「これは?」
「安眠グッズです。如月先輩お疲れだと聞いたので」
「よく分からなかったんですけど、如月先輩はいろんな人とフラグ立てまくってるから休んでる暇がないんだって宇佐美先輩が…。わたしたちにお手伝い出来ることあれば何でもしますから!何でも言って下さい!」
「…う、うん!宇佐美先輩のアドバイスはともかく、これは凄く嬉しいよ!」
「安眠は大切だからな」
「そうそう!空閑くんの言う通りだよ!ありがとね、三雲くん、雨取ちゃん、空閑くんも!」
お礼を言えば3人は嬉しそうに笑った。
そしてふと、遊真が迅に視線を向ける。
「迅さんは何も持ってないけど、何かないの?こなみ先輩たちと同じ?」
「おれは個人的にもう渡してるよ」
「え?私、迅さんから貰ってないと思うんですけど…」
「帰ったら家に届いてるから安心していいぞ」
その言葉で全員の頭に浮かんだものは同じだろう。
それを誕生日プレゼントにするあたり、迅らしいとは思うが。
「ぼんち揚げ1ケースですよね?ありがとう、迅さん!」
「おう、どういたしまして」
「よし終わったな!今度こそ俺が…」
「ちょっと太刀川邪魔!」
「うお…!」
太刀川を押し退けて来た凛々しい姿に春は苦笑した。
「今度はアタシたち玉狛第一の番よ!」
太刀川を押し退けて登場したのは小南だ。もちろん宇佐美や木崎、烏丸もいる。
「アタシたち玉狛第一からはズバリ!料理よ!レイジさんを筆頭に作り上げた数々の豪華な料理!これ全部春のために作ったんだからね!」
「わーっ!これ全部そうだったんですか!凄いです!」
「もちろんケーキもあるよー?好きなだけ食べてね!」
「はい!」
「まあ流石に作りすぎたがな。如月だけじゃ食い切れないだろうから、お前たちも食ってくれ」
「やったー!」
すぐ様がっつく男子中高校生たち。バクバクと凄いスピードでなくなっていく。
「ちゃんと如月の分も残しておけよ」
「こんなにたくさん木崎さんたちの料理を食べられるなんて幸せです!」
料理に夢中になる人たちを見て、春は楽しそうに笑った。そこへ烏丸が来て隣に並び、一緒になって料理に群がる人を見てから、口を開いた。
「毎年恒例に連絡出来なくて悪かったな」
「うん、別に良いよ。ちょーっと寂しかったけどね。でもサプライズだったんなら仕方ないもん」
「1週間くらい前から太刀川さんが騒いでてな。俺1人で祝うよりこの方が良いと思ったんだ」
「…これはこれで凄く嬉しいし楽しいけど、京介くんに祝ってもらうのも好きなんだけどなー」
「そりゃ嬉しいお言葉だ」
そう言うと烏丸は春に向き直り、すっと手を伸ばす。
伸ばした手は春の頭を撫でたあと、髪を弄りだした。そして何かが付けられた感覚がすると、ゆっくりと手が離れる。
「京介くん…?」
「前に一緒に出掛けたとき入った雑貨屋で、これ可愛いって言ってただろ」
烏丸は携帯でパシャりと春を撮ると、それを春に見せた。
「わ、可愛い…!」
そこには自分では身に付けた覚えのない髪飾りが。先程髪を弄っていたのはこれを付けるためだったのかと納得した。
それに、これは確かに春が可愛いと言った物だった。けれど自分には似合わないと思い、買うのを断念したのだが、まさかそれを烏丸が買ってくれるなど思ってもいなかった。
「俺は春に似合うと思ったからな。買わないのは勿体無いと思ったんだ」
「……ありがとう、京介くん」
「やっぱり似合ってるぞ」
「えへへ…」
いつもイチャイチャしている親友とは言え、流石に恥ずかしくなってしまった。
照れ隠しに髪飾りを弄る。
「おいこら。何イチャイチャしてんだお前ら…」
ぬっと現れた太刀川が春の手を引いて烏丸から引き離した。
「烏丸!抜け駆け禁止だぞ!」
「はあ、すみません」
「てめぇもだ太刀川」
「わっ」
今度は二宮に手を引かれて太刀川から引き離される。
そしてさっと腰に手を回されて抱き寄せられた。
「に、二宮さん…!」
「じっとしてろ」
頬に手を当てられ、そのまま両手が後ろに回った。
近くなる顔に思わずぎゅっと目を閉じていると、首に冷たい感触。そして少しして二宮が離れた。
「目開けろ」
「………あれ、これは…」
目を開けて確認したのは首元のネックレス。
自分好みであり、そして何よりセンスが良い。
「俺からの誕生日プレゼントだ」
「…あ、ありがとうございます…!」
「似合ってるな」
キラキラと春は二宮を見上げた。
それに二宮は微笑んで答える。
「てめ、二宮!!」
至近距離で見つめ合う春と二宮に、太刀川は慌てて2人を引き離した。何度このやり取りをやるんだと眉をひそめ、もう誰にも取られないようにと腕の中に春を閉じ込める。
「お前らプレゼント渡すのに近過ぎだろ!」
「今お前が1番近いだろ」
二宮と太刀川はバチバチと火花を散らした。
そんな光景に烏丸はいつかの模擬戦を思い出し、太刀川の腕の中にいる春に視線を向ける。
段々と太刀川のスキンシップにも慣れたようで真っ赤になって俯くことはなくなっていたが、それでも焦っているのは丸分かりだ。
「…太刀川さん。プレゼント渡してないのあと太刀川さんだけですよ」
「なに!?」
1番最初に渡そうとしたはずが、どんどん押しやられ結局最後になった太刀川。
みんなの視線が集まる中、太刀川は春に綺麗にラッピングされた箱を差し出した。
「え、あれ太刀川さんチョイス?」
「ぶふっ、ラッピング可愛いとか…!」
「太刀川さん似合わなー!」
「おいそこの3バカ黙れ」
自分でもそう思っているのか、太刀川の顔は赤い。
更にぐいっと差し出されたプレゼントを春は受け取った。
「…開けても良いですか?」
「………おう」
目をそらしながら頷いたのを確認し、春はそっとラッピングを解き、箱を開けた。
「……わ…っ!綺麗…!」
中に入っていたのは太刀川からは想像も出来ないような綺麗なオルゴールだ。
春はゆっくりとオルゴールを回した。
部屋中に流れる綺麗で透き通った音。
心が穏やかになるようなその音色に全員が耳を澄まし、目を閉じて聞き入った。
「……プレゼント何にするかすげー悩んだけど、結局決められなかったんだよ。俺センスねぇし、春の好みとかもまだ良く分かんねぇし…」
綺麗な音が流れる中、太刀川はゆっくりと語り出した。春はそちらに耳を傾ける。
「…んで、ずっと街の中プラプラしてたらいつの間にか隣町まで行ってて…そこで何となく目に入ったこれが、何か、えっと……つまり春が思い浮かんで!……音を聞いたら余計に春の笑顔が鮮明に思い浮かんだんだ。だから、これにした。これしかないと思った」
「太刀川さん…」
流れる音と同じような雰囲気が太刀川と春を包んだ。
「う、嬉しいです…!凄く嬉しいです!ありがとうございます、太刀川さん!」
「…おう」
「なんか…この音を聞いてるとずっと太刀川さんが一緒にいるみたいで…離れていてもずっと傍にいるみたいで、本当に嬉しいです!」
「…っ!」
にこっと満面の笑顔を見せた春に、太刀川はぶわっと頬を染めた。ばっと春から視線をそらす。
「太刀川さん?」
「………」
太刀川の顔を覗き込もうとすると、ぐっと引き寄せられて再び腕の中へ閉じ込められる。
「太刀川…さん…?」
「……誕生日おめでとう、春。俺と出会ってくれて、ありがとな…。こ、これからも…よろしく…」
「っ!……はい!こちらこそ!」
オルゴールの音は止まらない。
2人のBGMの用に流れ続け、とても立ち入れない雰囲気だ。
ここに水を差せるものなどいないと思われたが、2つの影がどんっと前へ出た。
「なーに良い雰囲気になってるのかしら?」
「似合わねぇことしてんじゃねぇよ」
甘い雰囲気を纏う2人の世界を壊したのは、黒いオーラを纏っている加古と二宮だ。
「お前ら…」
あえて空気を読まない2人に太刀川は顔を引きつらせる。
「これからもよろしくだなんて、しっかり単位を取ってから言ったらどうだ?」
「う……」
「先行き不安な男なんかに春を任せられないわね」
「全くだな」
ずいっと近付く二宮と加古に太刀川は怯んだ。
しかし春は離さずにぎゅっと力を込める。
「た、単位なんてどうとでもなる!実際俺はまだ留年してないぞ!それに言っとくが、加古隊や二宮隊じゃなく、春は俺を選んだんだからな!」
ドヤ顔で言い切ったその一言に、2人の中で何かが切れた。
「「トリガー、起動」」
同時に、静かにトリガーを起動させた射手隊長組。射殺すような視線は太刀川へ向いている。
そしてその周りにはたくさんのトリオンキューブが。
太刀川は顔を青くして引きつらせた。
「お、おい、お前ら…」
「春」
「え…?」
焦って緩んだ春への抱擁を見逃さず、烏丸は春の腕を引いて肩を抱いた。
「ま、待て!俺今生身…」
「「アステロイド」」
容赦なく放たれた攻撃を太刀川は走って逃げる。
周りはそれを見て冗談だと笑っているが、攻撃してる側の2人は笑っていない。本気だ。
太刀川は部屋中を走り回った。
「危なかったな」
「う、うん……ありがとう京介くん」
肩を抱かれたままの至近距離で、春は気にすることもなく太刀川たちに視線を向ける。
そこには止めに入る辻と黒江の姿が。
「二宮さん、加古さん、落ち着いて下さい…如月の誕生日ですよ」
「そうですよ。如月先輩に迷惑がかかりますから…」
「こいつを始末したら落ち着くから待ってろ」
「そうね。春の誕生日を良いものにするために排除するから少し待って頂戴、双葉」
「「………」」
「お前らもう少し止めるの頑張れよ!」
全く聞く耳を持たない2人に、辻と黒江は顔を見合わせてから溜息をついた。太刀川は喚くが、これは止められないな、と。
「…た、太刀川さん大丈夫かな…?」
「A級1位だから大丈夫だろ」
「……A級6位の隊長と、個人総合2位の隊長相手だけど」
春は追いかけっこをする20歳たちを見て苦笑し、それを見て笑うみんなを見渡した。
今日、自分の誕生日だからとみんな集まってくれたのだ。集まってお祝いをしてプレゼントを用意してくれて……こんなに賑やかで楽しい誕生日パーティーなど初めてで。
一体なんとお礼を言えばこの気持ちを伝えきれるのか分からない。
「そのままの気持ちを伝えれば良い」
「…蒼也くん」
いつの間にか側に来ていた風間にそう告げられる。
「お前の顔を見ていれば分かる。どういう風になんて考えずに、お前が思うことを伝えれば良いだけだろう」
「……そっか。そうだね!」
「…ところで烏丸。お前はいつまでそうしているつもりだ」
「あ、すみません。つい」
烏丸はぱっと手を離した。
今までの至近距離で普通に会話する2人に風間はため息をついた。
「いつものことだったから気にならなかったよ」
「俺もだ」
「…お前らはもう少し友としての距離感を考えろ」
キョトンと顔を見合わせる春と烏丸に、風間はまた溜息をつき、春の背中を押した。
「ん?」
「みんなに言うんだろ」
「…うん!」
何でも分かる幼馴染みに笑いかけ、春は全員に向き直った。
「みなさん!」
その声に、太刀川たちの追いかけっこを見ていた者の視線が春に集まる。
考えてグダグタ長く話しても意味はない。
ただ一言、みんなに伝わればそれで良い。
しっかりと視線を受け止め、春は大きく息を吸った。
「今日は、ありがとうございます!みなさんに出会えて……私は本当に、幸せです…!」
感極まって泣きそうなのを必死に堪え、春は笑顔でみんなに伝えた。
暖かく優しい瞳が春に向けられる。
みんな、春の言葉に微笑んでいる。
そして…
「誕生日おめでとう!」
たくさんの声が重なり、暖かい気持ちに胸がいっぱいになった。
「ありがとうございます…!」
今日一番の笑顔で、春は笑った。
太刀川から貰ったオルゴールが流れる中、来年もまた、こんな日が来れば良いなと願って。
−−−−−−−−
おまけ
〜B級チームのプレゼント選び〜
◇諏訪隊
「春の誕生日プレゼントのことだけどよ、何か案はあるか?ねぇなら俺に案がある」
「とりあえず聞きますよ」
「春への誕生日プレゼントは推理小説にしようぜ!」
「それ諏訪さんが好きなだけじゃーん」
「うるせーオサノ!じゃあお前何か良い案があるのか?」
「やっぱり海外小説でしょ」
「それお前の好きな奴じゃねぇか!」
「小説ならやっぱり時代物が良いと思うけどな」
「春がそんなもん読むか!」
「だったら漫画の方が如月は読むんじゃないですか?」
「それもお前の趣味だろ日佐人!」
「じゃあ海外小説!」
「いや時代小説!」
「ふざけんな推理小説だ!」
「……じゃあいっそ、小説セットにしますか?」
「………」
「………」
「………」
「え、えっと…推理小説と時代小説と海外小説と漫画のセットを…如月の誕生日プレゼントにしません?」
「お前すげーな日佐人!よし!それで行くか!」
「異議なーし」
「俺もそれが良いと思うよ」
「よし決定!それぞれ来週までに用意しとけよ!以上!」
◇荒船隊
「如月の誕生日プレゼントを用意することになったわけだが……俺は如月の趣味は分かんねぇ」
「分かんねぇな。俺も」
「俺もです」
「そこまで交流ないしね。じゃあ私の作品を如月ちゃんに…」
「あいつ攻撃手ばっかと模擬戦するってことはアクションが好きだと俺は思う」
「ああー、確かに如月はそういうの好きだと思いますね」
「アクション映画のDVDとかどうだ?」
「それより私の作品を…」
「好きそうだな、確かに。良いんじゃないか、それで」
「俺も良いと思います」
「よし、ならそれで決定だ。何本か持ってくるからそこから全員で選ぶぞ」
「「了解」」
「私の芸術的な作品は!?」
◇鈴鳴第一
「如月ちゃんの誕生日にプレゼントを用意することになったけど……女の子の喜ぶものか…」
「恋バナとかですか!」
「それをどうやってプレゼントするのよ…」
「全員の初恋話を書いてプレゼントするとか!…ああしまった!オレ覚えてない…!」
「覚えてない奴が提案するな!…全く、イライラするわね…」
「ま、まあまあ…。鋼は何かある?」
「………女の子なら、花束とかですか?」
「花束か!」
「鋼くん可愛い発想ね!」
「い、いや何となくで言っただけで…」
「でも凄く良いと思うよ」
「そうっすね!じゃあ後で花屋さん行って見てみましょうよ!」
「如月ちゃんに似合う花束探しに行こうか」
「「「了解!」」」
◇那須隊
「春ちゃんの誕生日プレゼントだけど、何にする?」
「春の好きなものというと…」
「太刀川さんですね」
「ええ!?そうなんですか!?」
「茜…あんた知らなかったの?結構有名な話よ?」
「し、知りませんでした…如月先輩はてっきり烏丸先輩とお付き合いしているのかと…」
「みんな、話が逸れてるよ?春ちゃんの誕生日プレゼントだからね」
「そ、そうだった」
「でも個人的な付き合いみたいなのないから如月先輩の趣味は分からないですね…」
「うーん……」
「……女の子なら、お菓子かな?」
「玲?」
「春ちゃん痩せてるけど、お菓子嫌いってことはないと思うの。だからここにあるようなお菓子の詰め合わせみたいなのってどうかな?」
「それ良いですね!那須先輩!」
「確かに……残る物に限定することもないしね。1番無難じゃない?」
「お菓子嫌いな女子はいませんよ」
「ふふ、なら春ちゃんの誕生日プレゼントはこれで決まりね。あとは少し好みも聞いておかないといけないから、出水くんに聞いておくわ」
◇東隊
「東さん…本当にこれにするんですか…?」
「誕生日プレゼントに…?」
「なんだ、不満か?如月はA級1位とは言え、まだお前らと同い年の学生だぞ。学生の本分は勉強だ」
「いやそうですけど…」
「ステーショナリーセットって…」
「色々な種類があるな…。如月の好みはどれだ?」
「どれでも良いんじゃないすか?」
「如月なら何をあげても喜ぶと思いますよ」
「何をあげても喜ぶのは、その人が真剣に選んだからだろ。適当に選んだものを渡しても喜ぶ奴はいないぞ」
「はあ…」
「………あ、これなんかどうですか?」
「良いな、それ。こっちのもどうだ?」
「それも如月っぽいですね!あとは…」
「…奥寺も乗り気だな………如月ならこういうのじゃないですか!」
◇影浦隊
「だーかーらー!春はこっちが良いって言ってんだろ!」
「いやでも光ちゃん?如月ちゃんとはちょっと違う気がするとゾエさんは思うんだけど…」
「はあ!?何が!」
「……ていうか、何でバスグッズ?」
「女子が喜ぶって言ったらバスグッズと相場は決まってるんだよ」
「…でもこれ提案したのカゲさんだよね」
「………そういえば」
「………似合わな!!」
「うるせぇな!良いだろ別に!」
「如月先輩の誕生日プレゼントって言ってすぐにバスグッズって言ってたけど、なんで?」
「……あいつ、いつも良い匂いするからな。香水とかじゃなくてこういう感じのだと思ったんだよ」
「匂いって、変態か!」
「はあ!?てめふざけんな!」
「ま、まあまあ。ゾエさんもカゲの気持ち分かるよ?自然な良い香りがするよね」
「お前も変態かよ!」
「光ちゃん酷い!違うよー」
「てめぇ如月を見習ってもう少し女らしくしたらどうだ!口悪過ぎんだろ!」
「お前に言われたくねぇよ!」
「……どうでも良いから早く如月先輩のプレゼント選ぼうよ」
◇二宮隊
「如月の誕生日かー」
「二宮さんは個人的に渡すんですか?」
「ああ」
「それじゃ私たちで考えないとですね」
「って言っても、女の子が喜ぶものなんて分かんないなー」
「俺も分かりません。ひゃみさんは何かある?」
「うーん…女の子の定番はアロマグッズとかコスメとか、バスグッズとか……あとはやっぱりスイーツとかアクセサリーかな?」
「うわー全然分かんないや」
「…色々ありますね。まずは何にするかから選ばないと買いにも行けないですからね」
「春ちゃんに合うものかぁ…」
「……春は、指が綺麗だ」
「え?」
「射手として見てて思ったんだよ。攻撃手中心なのはもったいないってな」
「はあ…」
「それだけだ。俺はもう決めてあるからな、先に行くぞ」
「あ、二宮さ………って行っちゃったよ。なに?何が言いたかったの?」
「………さあ?」
「………あ!」
「ん?」
「ひゃみさん何か思い付いた?」
「ネイルグッズにしよう!」
「「え?」」
「二宮さんは指が綺麗だって言ってたし、きっと爪綺麗にしたらもっと素敵になると思うの!」
「…なるほど」
「そりゃ俺たちには思い付かないなー」
「私も二宮さんの助言がなかったら思い付かなかったですよ。本当に二宮さんは春ちゃん想いですね」
「プレゼントもすぐに決まったみたいだしねー。よし、それじゃ俺たちも買いに行く?」
「そうですね。ひゃみさん、よろしく」
「うん!みんなで春ちゃんに似合うの選びましょう!」
end
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