ぺご主と武見の助手2

「白」
「………」
「白」
「………」
「……速見」
「なんですか、雨宮さん」


名前を呼んでも返事をせず、名字を呼べば淡々とした声音で返される。ある一件から進展したと思ったものの、対応はかなり冷めたものだった。


「蓮でいい」
「もう大丈夫そうですね。帰って下さい雨宮さん」
「速見も帰るだろ?送っていくよ」
「結構です。私はまだ仕事がありますから」
「じゃあ待ってる」
「ですから結構です。武見先生、先ほど出したミネラルウォーターが最後だったの買い足しに行ってきますね」
「あ、もう切らしてたんだ。それじゃよろしくね」


追いかける間も無く、いってきますとすぐに出て行ってしまった白を見送り、蓮はふむと口元に手を当てる。


「なかなか手強いな」
「なに?君はあの子を落とそうとしてるの?」
「ああ」
「へぇ、物好きだね。あの子はいい子だけど、医療オタクだし言い寄る男には容赦なく毒吐く子だよ」
「だろうな」
「もう経験済みかな?」
「出会って間もない頃、そういう雰囲気を出したら……モルモットの分際で何言ってるんだ、って顔された」


今でこそそんな顔はされなくなったけれど、あのときの突き放した目は忘れられないものだった。メメントスで役に立つのではと思うほどに。


「ふふっ、私の患者だから口に出さなかっただけだろうね」
「ああ。けど、少し前からだいぶ打ち解けてモルモットから昇格したはずなのに、また態度が最初の頃みたいだ」
「あの子が人の名前呼ぶなんて珍しいと思ったけど…君、あの子に何かした?」
「…記憶にはない」


そう、記憶にはない。気を失っていて起きたらもう白の態度が変わっていたのだから。


「まあ、君がそういうことする子じゃないのは分かってるから心配してないけどね」


そう言いながら武見はカルテを見たあと、ふと、何かを思い出したように机の引き出しを開けて何かを取り出した。


「これ、試してみる?」
「これは…?」


中で揺れるピンクの液体に、ごくりと喉が鳴る。そんな蓮の反応に武見は不敵な笑みを浮かべた。


「これはね、私特製の…」


◇◆◇


翌日、実験がなければ連絡すら取れない白を捕まえた蓮は、気晴らしにと公園に誘っていた。


「…私はこれから武見先生の所へ行くつもりだったんですけど」
「その武見から、最近の白は働きすぎだから気晴らしに連れて行ってくれって頼まれたんだ」
「私より武見先生の方がよっぽど働いているからお手伝いしたかったのに…」


不服な表情を隠しもしない白に、ふと気付く。そういえば最近、まともに目を合わせていない、と。


「白」
「……」


やはり白は返事をしない。蓮は小さく息をつき、昨日武見から貰った液体を白に差し出した。もちろん入れ物は変えて水筒に入れている。


「…なんですか」
「喉渇いたろ」
「いいえ」
「さくらんぼのジュースが好きって聞いたから作ってきたんだけど」
「!」


僅かに反応した白に少し驚く。武見から聞いた情報だが、好きなものにはこうも素直に反応するものなのかと。


「勝手に個人情報漏らさないでほしいですね」
「それ以上は聞いてないよ」


そう言いながら再び水筒を差し出す。白は少し戸惑いながらもそれを受け取った。


「………いただきます」
「どうぞ」


すっかり警戒して前のような柔らかさはなくなってしまったけれど、それでもまだ信頼はされているようで白は水筒の中身を口に含んだ。


「…あ、美味しい…」


ぱっと嬉しそうな表情をした白に思わず微笑む。それに気付いた白はすぐにまた無表情に戻ってしまったけれど、気に入ったようだと安心する。


「…あ、ありがとうございます」
「どういたしまして」
「………あの、何ですか?」


じっと見つめてくる視線を感じ、白は訝しげに問いかけた。一瞬目が合ってしまい、慌てて逸らしながらも蓮の返事を待つ。


「何か、変化はない?」
「変化?」
「これ飲んだろ?」
「ええ、飲みましたけど…」
「武見特製の惚れ薬」
「………は…?」


ぽかんとした表情の白に、蓮は真剣な眼差しを向ける。しばらく固まっていた白だが、段々と意味を理解して頬が赤く染まっていった。


「な、な、な…!なんてもの飲ませるんですか…!?」
「武見特製の惚れ薬」
「それはもう聞きました!なんでそんな、そんな…っ!大体、武見先生なんでこんなもの…っ」
「こっち向いて、白」
「!」


動揺している白の顎を掬い、蓮は無理矢理に目を合わせた。潤んだ瞳に自身が映り、やっとこちらを見たと安心する。


「こうでもしなきゃ、白が俺を見ないから」
「…っ」
「モルモットって呼ばれなくなって距離が縮んだと思ったのに、また距離が出来て…嫌だったんだ」
「あまみや、さん…」
「蓮」
「え…?」
「名前、呼んで」
「え、な…」
「呼んで」
「………蓮、さん」
「うん」


優しく促され、自然とその名を呼んでしまう。満足そうな笑みに鼓動が早くなった。


「な、んで…こんなもの…」
「白に俺を見てほしかった」


責めようと思っていたのに、切なげに紡がれた台詞に言葉を失う。これも惚れ薬の効果だろうかと頭がくらくらしてきた。


「どう?俺のこと、もう好きになった?」
「そんなこと…!」
「武見の薬は効かないってことか」


薬の効果を認めたくはない。けれど、認めなければ武見の薬が効かないということになってしまう。武見を尊敬している白からすればそれは避けたいことだった。


「た、武見先生の薬が効かないはずありません…!」
「じゃあ、効いてる?白…俺のこと見て、ドキドキしてる?」
「〜〜〜っ」


ドキドキとうるさい鼓動は、気を失った蓮に押し倒されたときのようだった。震える唇を動かし、白はゆっくりと口を開く。


「ど、ドキドキ…してます…」
「それは、俺を男として見てるから?」


顔から火が出そうに熱くなり、白は無言でこくこくと頷く。これ以上は恥ずかしくて答えられず、蓮から少し離れて俯いてしまう。
俯く白を見つめ、蓮はふと表情を和らげた。


「そうか」


それだけ言うと、すっと立ち上がって踵を返す。離れて行く蓮に安心して息をついた白に声がかかる。


「白、実験も終わったし帰ろう」
「実験…?」


一体なんの話だと首を傾げると、とても良い笑顔が向けられた。


「もちろん、ただのさくらんぼのジュースでも思い込みで効果はあるのかっていう実験」
「………は…?そ、それじゃ、私がさっき飲んだのは…」


にこりと浮かべられた笑顔は女性を落とせそうな魅力があるのに、今の白には死刑宣告前の死神の顔にしか見えなかった。


「俺が今言った通り、惚れ薬でも何でもないただのさくらんぼのジュース」
「……」
「白?」


俯いて額を抑える白を覗き込むと、真っ赤な顔で瞳に涙を浮かべていた。


「……最悪です」
「ごめん」
「許しません」
「これからもちゃんと実験に協力するから」
「当然です!」


目元に手を当ててはぁっと大きな溜息をついた白は、気持ちを切り替えたようで段々といつもの調子に戻ってきている。こんなことをしてもし引かれたらと少し心配していたが、それは杞憂に終わったようだ。


「確かにプラシーボ効果というものは存在しますけど…いや、この場合はノーシーボ効果…?まさか自分が簡単にこんなものに引っかかるなんて…」
「次はこんなのがなくても、白が俺のこと好きだって認めさせるよ」
「う、自惚れるのも大概にして下さい…!先ほどのは…その…わ、私の思い込みを利用した誘導尋問です」
「はいはい」
「蓮さん!真面目に聞いて下さい!」
「聞いてるよ」
「信じてないじゃないですか!」
「実験は成功したから」
「モルモットは蓮さんなのにどうして私が実験される側なんですか!納得出来ません!」
「なら、武見に抗議しに行くか」
「当然です。行きましょう」


名前を呼んでも普通に返事をするようになり、更には蓮の名前も呼び続けていることに思わず頬が緩む。また少しだけ進展した仲に、気持ちが通じ合うのはきっともう少しだと、ぶーぶーと文句を言いながら先を歩く白を愛しげに見つめるのだった。

end
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だいぶちょろい子だな。コープ…どの辺りだろう…
8か9かな…?いや7ぐらいかもしれない…
10だったら完全に恋人だからやっぱりこれでコープランク7ぐらいのはず。全然考えてなかった。
モルモットさんから雨宮さん呼びになって蓮さん呼びになって……いつか蓮って呼び捨ててほしい。呼び方が変わってくのが個人的に好きです。

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