後ろ向きで歩く人

閉店まであと少しという時間。白はルブランのカウンターで1人、コーヒーを飲んでいた。その顔は暗い。一応接客業であり、仮にも常連である白を放っておくことも出来ず、惣治郎は小さく溜息をついてから声をかけた。


「おまえなぁ、なんて顔してやがる」
「いや…なんていうかもう…最近の若い子が分からなくて…」
「何バカなこと言ってんだ。おまえも充分若い子に入るだろうが」
「成人済みと高校生じゃ若いの部類が違うんですよ!?」
「やっぱりあいつのことか」
「う…」


白は気まずそうに目を伏せた。何がどうなったのか分からないけれど、何故か白はここに居候している蓮に好かれてしまった。それも懐かれるというレベルではなく、完全に女として見られているレベルで。
蓮のことが嫌いという訳ではない。むしろ好きなのだと思うけれど、上手く自分の気持ちも相手の気持ちも受け入れられずにここ最近ずっと悩んでいた。


「…だって…意味分かんないじゃないですか…なんで私なんかを……」


蓮の今までの言動を思い出して顔が熱くなり、ぶんぶんと頭を振ったあと、今度はげんなりした表情でカップに残るコーヒーに視線を落とした。


「私なんて…どこにでもいる成人女性ですよ…?超普通で…いやむしろ普通以下で…お前なんで生きてんの?とか言われてもおかしくないレベルですよ…?」
「自分のこと卑下しすぎだろ…」
「それなのにあんなかっこよくて頭良くて要領良くて気遣い出来て料理も出来る完璧な子に迫られて挙句の果てには告白されるとか意味分からないじゃないですか…周りにもっと魅力的な子が溢れるほどいるっていうのに……あれか、私もうすぐ死ぬのかな…」
「へぇ、あいつ告白したのか。やるな」
「ああ…やっぱり私を動揺させて殺るために…」
「やるの意味が違ぇだろ。物騒なこと言ってねぇで素直に受け止めとけよ」
「え…!?」
「なんだよ」
「…惣治郎さん正気じゃないと思って…え、だ、大丈夫ですか…?」
「失礼なこと言ってんじゃねぇぞ。俺は正気だ」


それでも正気じゃないと頭を抱える白をよそに、惣治郎はエプロンを外して帰る支度をしている。


「…あ、もう閉店ですよね…居座ってすみません…すぐに帰ります…」
「別にゆっくりしてて良いぜ」
「いやいやそしたら惣治郎さん帰れないじゃないですか」
「いや俺は帰る」
「え?」
「だからおまえはあいつの帰り待っててくれや」
「……はい?」


ぱちぱちと瞬いて聞き返すと同時に、店の扉が開いてカランっとベルが鳴った。もう閉店時間なのに誰がと振り向いた白は、その入ってきた人物を見て固まる。


「ただいま」
「おう、おかえり。タイミング良く帰ってきたな」
「タイミング?…あ、白さん」


無表情だった蓮が白を認識した途端ににこりと微笑んだ。それだけで白の心臓にダメージを与える。ドキドキ高鳴る鼓動とは裏腹に顔は引きつった笑みを浮かべてしまう。


「れ、蓮くん…こ、こんばんは…あ、あはは…そ、それじゃ私はこれで…」


素早くお代を置いて鞄を抱えた白は、蓮の横を通り抜けて扉に手をかける。が、もちろんそのまま帰ることなど許されず、一瞬開いた扉は後ろから伸びてきた手にダンっと勢いよく閉じられた。その振動に店のベルが激しく鳴る。


「白さん。俺のこと、待っててくれたんじゃないの?」
「…っ!?」


後ろから耳元でそっと囁かれ、びくりと肩を跳ねさせる。くすくすと笑う声にまで色気が滲み出ているせいで心臓がドキドキとうるさい。振り向いたら心臓が破裂するかもしれないと本気で考えてしまう。


「ったく、店壊すなよ」
「すみません」
「それじゃ俺は帰るぜ」
「そそそそそれじゃ私も…!」
「白さんは泊まりだろ?」
「はい!?」


何を言っているのだと思わず振り向くと、とても良い笑みを浮かべた蓮と視線が交わった。その瞳に捕らえられたように動けなくなってしまう。それでも何とか震える口を動かした。


「と、…泊、まりなんて、そんな世の女性全てを敵に回すことなんて出来ないし迷惑になるし、そ、そもそも付き合ってもないのにそういうこと言うのはダメだと思う…!」
「じゃあ付き合ってくれる?」
「!?」


動揺する白に微笑み、蓮はゆっくりと距離を縮めてカウンターに追い込んだ。そしてカウンターに手をつき、白が逃げられないように逃げ道を断つ。


「俺言ったよね。白さんが好きだって。付き合ってほしいって」
「そ…っ!?、そそそそういう冗談は…っ」
「本気だよ」


白の言葉を遮り、蓮は真剣な瞳で白を真っ直ぐに見つめる。近すぎる距離に白の思考はまともに働かない。


「それに、どうやって帰るの?」
「………え…?」
「終電、もうないよ」
「へ!?」


慌てて時計を確認すると、確かに白が乗らなければいけない電車の時間は過ぎていた。その事実に愕然とする。


「こんな時間までいるから、泊まってくれる気なんだと思ってた」
「そそそそんなつもりないよ!?や、あの、じゃあ、た、タクシー拾って…」
「白さんお金あまりないんじゃなかった?」
「…………」
「じゃあ、決まりだ」


にこっととても嬉しそうに笑った蓮に顔が熱くなる。先程までの余裕そうな大人びた笑みではなく、年相応に見える可愛らしい笑みに思わず見惚れてしまった。けれどすぐにハッと我に返る。


「いいいいや、あの、あのですね?」
「おまえはいい加減観念するんだな」
「惣治郎さん!?私を見捨てるんですか!?」
「バカ言え、応援してやってんだろ」
「応援!?応援ってなんですか!?私を殺す応援!?」
「何言ってんだか。じゃあな」
「ま、待って惣治郎さん待っ…」


2人のやり取りを呆れながらも見守っていた惣治郎はひらひらと手を振り、白の呼びかけに応じることなくバタンと扉は閉まった。店内に虚しくベルが鳴り響く。
ぽかんと口を開けて惣治郎が出て行った扉を見つめていると、扉に伸ばしていた手を絡め取られた。びくりと大きく反応して蓮に視線を向ける。


「とりあえず、上行こうか」
「………は、い」


有無を言わせぬ笑みに、頷く以外の選択肢はなかった。

◇◆◇

それから蓮の対応は迅速で、あっという間に眠る準備が整ってしまった。
銭湯に行ったことまでは覚えているが、そこからもう記憶がない。どうして自分は今、蓮の服を着ているのかも理解出来ていない。


「な、慣れすぎでは…?」


年下とは思えないエスコートに頭を抱える。やっぱり自分と蓮では釣り合わないと改めて実感した。恐る恐る蓮に視線を向ければばっちりと視線が交わってしまう。蓮は無言で頷いた。


「え、え…?」
「……予想以上に、いい」
「…っ」


全身をくまなく見られているのは、蓮の服を着ているからなのだろう。眼鏡をしていない蓮に頬を染め、白は顔を伏せた。


「白さん」
「え…?きゃ…!」


ゆっくりとした足取りで近付いてきた蓮は、白をベットへ押し倒して顔の横へ手をつく。状況を理解出来ていない白はぱちぱちと瞬きを繰り返している。


「…やっぱり、好きだ」
「っ!」
「好き。白さんが好き」


こんなにも愛しいと思う気持ちは初めてだった。だからその気持ちを素直に、真っ直ぐに伝える。白が自分に好意を持っていることも知っているから。このまま流れで…と顔を近づけていくと、ぽろりと白の瞳から涙が溢れた。蓮は驚いて目を見開く。


涙は次々と溢れていき、ついには白が嗚咽を漏らし出す。さすがに焦った蓮は身体を起こした。


「…白さん、ごめん…そんなに嫌だったとは思わなくて…」
「ひっく…う…」
「ごめん…」


泣かせてしまったことに自分を責める。好きな相手を泣かせてしまうなんて、何をしているんだ、と。

白は白で、年上なのに泣いて格好悪いと余計に涙が止まらなくなる。むしろ格好いい所など見せたことはないけれど。可愛い所もなく良い所なしだと涙が止まらなくなる。悪い所しか見せていないのに、何故そんなことを言うのか分からない。分からなくて、信じられなくて、色々溢れた気持ちが涙となって零れ落ちてしまったのだ。


「蓮くんは、悪く、ないの…っ、」
「けど俺が…嫌がる白さんに無理矢理…」
「ちが、うの…嫌なんじゃ、なくて…本当に…訳分からなくて…」
「?」


2人でベット向き合うように座り、蓮は白を見つめながら首を傾げた。泣きながらも言葉を紡ぐ白に耳を傾ける。


「どう、して、蓮くんが…みんなから人気者の、蓮くんが…私なんかを好きになってくれたの…か…分からなくて…っ、私なんか…蓮くんに好きになってもらえるような人間じゃないのに…っ」
「…白さんが自分の良い所に気付いてないだけ。俺は最初から分かってる」
「私の良い所…?そんなのあるわけないよ…頭悪いし運動神経も良くないし容量悪いし蓮くんみたいに人望もないしお金も魅力も度胸もないし…悪い所しか見せてない…というか悪い所しかない…」
「それは白さんがそう思ってるだけ」


優しく微笑む蓮にようやく涙がおさまってきた。けれどやはり意味は分からない。


「例え白さんがそう思っていても、俺は白さんが好きなんだ」
「…どうして…」
「人を好きになるのに、理由は必要?」
「…どう、だろ…」
「…まあ、強いて言うなら…」


そう言って伸ばされた手は、白の頬に触れた。


「白さんが白さんだから、かな」
「…よ、余計に分からない」
「じゃあ分かるまで言い続けるよ。白さんのことが好きだって」
「…っ」
「信じてくれるまで、手は出さないから」
「蓮、くん…」
「今は我慢する。けど、白さんが自分の気持ちと俺の気持ちを受け入れられるようになったら、白さんの全てを頂くよ」


頬に触れていた手の親指がゆっくりと唇を撫でた。白は無言で目を見開く。


「だから、覚悟してて」


にやりと妖艶に笑みを浮かべた蓮を見ていられずに俯いた。薄暗い中でも白の顔が真っ赤になっているのが分かり、蓮は満足気に笑う。
何も言えない白を再び押し倒し、その隣にごろんっと転がった。


「れ、蓮くん!わわわたし床で寝るから…!」
「明日、白さんちまでちゃんと送るから」
「え!?いやそんなことまでいいよ!?それより床で…」
「おやすみ」
「蓮くん!?ま、まって蓮く、ち、ちか…っ!こ、こんなの寝れるわけないから…!ちょ、だ、抱き締めるのは待って待って手は出さないってさっきというか抱き枕には恐れ多いからちょっとま…」


ぎゅっと蓮の胸に抱き寄せられ、言葉を発せられなくなる。


「おやすみ、白さん」
「……おやすみ、なさい…」


蓮の香りに包まれているようでくらくらとし、まるで気絶するように白は眠りへと落ちた。

翌朝。目を覚ました直後に「おはよう」と微笑まれ、白のキャパオーバーした悲鳴が上がった。蓮の好意を素直に受け入れるには、まだまだ時間が必要かもしれない。


end
ーーーーー
ルブラン常連のネガティブ夢主。いつも惣治郎さんに愚痴を聞いてもらってる。
やり過ぎた感があるけど結構省いてるからそこまでじゃない…?でもリクエストに沿えてるかっていうと…これでいいのか…?蓮くんじゃない感…でも結構グイグイ攻めさせたつもり…!

title:てぃんがぁら

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