はやるな、気持ち!

「やっぱり俺、我慢できないっス!」


ずっと我慢し続けていた。お互いにヒーローを目指しているから、それを邪魔してはいけないと。けれど仮免試験のとき、推薦入学試験以来に再会した彼女……白と天敵であった轟の仲が妙に気になってしまい、数日で我慢の糸が切れた。
これでも保った方だろうと先生も先輩も呆れ気味だ。毎日毎日、白さん白さんと言い続け口にしない日などなかったのだから。


「そういうわけなんで、ちょっと雄英までいってきます!」
「は!?」


さすがにそれは予想外だったのか、士傑の仲間たちは驚愕している。そして先輩たちや先生の止める言葉を聞くことなく、夜嵐は風に乗り凄まじい勢いで飛び立って行った。


「あの馬鹿はここから雄英まで飛んでいくつもりか」
「白ちゃん超愛されちゃってるじゃーん。ラブ度高過ぎてこっちまでマジテンアゲだよねぇ」


あいにくとこの場に毛原がいなかったため、もうすでに見えなくなってしまった夜嵐を連れ戻すことも出来ず、明日までには帰ってくることを願いながら溜息をつくことしか出来なかった。


◇◆◇

ただひたすらに白のことだけを考えて飛ばして飛ばして飛ばして。息を乱しながら夜嵐はようやく雄英寮の前に辿り着いた。メールでのやり取りはしているため、寮制になったのは聞いていたのだ。早く会いたいと足を進めようとするが、そこで再びメールの内容を思い出す。
雄英には、関係者以外入れないということを。


「しまった!!」


雄英バリアは有名だ。寮も例外ではないことを聞いていたのに、今思い出してしまうとはと、地面に両手を付きながらショックを受ける。ガーンっと効果音が聞こえそうなほどの典型的な落ち込み方だ。


「不覚っス…!先に白さんに連絡を取るべきだった…!」


ぐぬぬと悩んでいると、タイミング良く寮の扉が開いた。事情を話して白を呼んでもらおうと顔を上げると、中から出てきたのは白本人だった。
その姿を見た瞬間に心がふわっと暖かくなる。好きになる前からずっと変わらない笑顔がそこにはあって、思わず頬がだらしなく緩んだ。会いたいと思ったら白が出てきてくれて、以心伝心だと、運命だと喜ぶ…けれど、それも一瞬だった。白と一緒に別の男が出てきたのだ。見間違えるはずもない、仮免試験で一悶着あった轟だ。


「轟…何で白さんと…」


すぐにでも飛び出して抱き着きたい衝動にかられたが、2人の雰囲気に躊躇してしまう。
轟は仮免のときと違い穏やかな表情を浮かべていて、白は何故か薄っすらと頬を染めて微笑んでいたからだ。


「え、なん、で…」


会話は聞こえないけれど、2人はとても楽しそうに話していた。中学のときに白があの表情を浮かべるのは、自分に対してだけだったのに。自分だけに向けられるあの笑顔に、優しさに、心に惹かれたのに。
今その全てが轟に向いているような気がした。暖かくなった心が急激に冷えていくのを感じ、それとは対照的に熱くいやに鼓動する胸をぐっと握り締めた。幼い頃にエンデヴァーに拒絶されたときとは違う、もっと別の嫌な気持ち。こんな気持ちが初めてでどうして良いか分からなくてなってしまった。


「俺、一体どうしちゃったんスか…」


困惑しながらも再び2人の方へ視線を向けると、轟が白の頬へと手を伸ばす所だった。それを見た瞬間、思うより先に身体が動き、轟が白に触れる前に2人の間へ割り込んだ。その勢いに突風が吹き荒れる。


「っ!」


突風の中に意図的な風の攻撃が紛れており、それに気付いた轟は飛び退いて避ける。
まともに目を開けていられないほどの凄まじい風だが、優しさを含んだ懐かしい風だと気付き、白は髪を抑えながら顔を上げた。目の前には真っ黒な大きな背中。頼もしくて大好きな人の背中に驚く。


「え、イナサくん…?」


風にかき消されてしまいそうな問いかけはしっかりと夜嵐に届いていて、徐々に風が弱まっていく。そして風がおさまると、夜嵐は勢いよく振り向きその勢いのまま白を抱き締めた。


「へ!?い、イナサくん、ど、どうし…」
「俺!!」


戸惑う白の声など軽くかき消してしまうほどの大きな声は、辺りに響き渡るほどだった。大声で勝てるはずもなく白は口を閉ざし、夜嵐の声に耳を傾ける。


「俺…!!白さんが俺以外の男と一緒になるなんて絶対に嫌っス!」
「え…?」
「?おい、おまえ何勘違いして…」
「俺は白さんが好きっス!大好きっス!!誰にも負けないくらいめちゃくちゃ愛してるっスよ!!」


大声の告白になんだなんだと寮の中から雄英生が出てくる。けれどそれに気付いていないのか、それでもお構いなしなのか、夜嵐の大告白は続く。


「白さんがもし他の男に…轟に気持ちが移ったっていうなら、もう一回俺のこと好きになってもらいたいっス!いや、好きになってもらうんだ!だからまた1から俺のこと見ててほしいっス!」
「イナサくん…」
「たとえ離れた所にいても、俺の白さんへの想いは変わらねぇし、白さんへの想いは誰にも負けねぇんだ!白さんの隣は誰にも譲らないっス!!」


ぎゅっと抱擁が強くなり、全てを包み込まれる。愛されているのを全身で感じ、白からは思わず笑みが溢れた。


「ふふっ」
「え!?何で笑うんスか!?」


腕の中で震えた身体と漏れた笑い声に、夜嵐は身体を離して白を見つめた。やはりどこかおかしそうに控えめに笑っている。その笑みは可愛いと思うけれど、それどころではない。精一杯の告白を笑われてしまったのだから。


「白さん酷いっス…!俺本気なのに!」
「ふふっ、ごめんねイナサくん。でもイナサくんが可愛くて…」
「か、可愛い…?俺がっスか?」


そんなことを言われたのは初めてで、夜嵐は瞬く。その反応がまた可愛く見えてしまい、今度は白から夜嵐を抱き締めた。背中に手を回し、ぎゅっと力を込める。自分で抱き締めるときと違い、夜嵐は顔を真っ赤にしてパニックになった。


「へあ!?な、ななな…!白さん…!?」
「私が好きなのはイナサくんだけだよ」


その言葉に大きく目を見開いた。


「イナサくん以外考えられないくらい、イナサくんのことが好き。気持ちが移ったりなんかしないよ」
「…け、けど白さん、轟と楽しそうに話して…頬まで染めてたっス」
「ふふ、あれはね」


白は身体を離し、はにかみながら夜嵐を真っ直ぐに見つめた。不安そうな瞳で見つめ返され、身体は大きいのにまるで仔犬のようで。そんな仔犬を安心させるように微笑んだ。


「轟くんには、イナサくんの話をしていたの」
「………え?」


ぽかんとした表情を浮かべる夜嵐に、白は笑みを浮かべながら続けた。


「仮免試験でイナサくんは轟くんとよく話してたでしょ?今までイナサくんのお話できる人がいなかったから、轟くんにお話してたんだ」
「俺の話って一体なんスか?」
「んー、俗に言う惚気…かな」
「の、のろ…!?」


ね!っと轟に同意を求めると、無表情のままこくりと頷かれる。


「今日はおまえからこんな連絡が来たとか、こんなことがあったそうだとか、おまえの良いところとか…耳にタコが出来るくらい聞かされたな」
「轟に…俺のことを話して…」
「轟くんよりイナサくんは強いって自慢したりね!」
「それはねぇ」
「いくら轟くんが強くてもイナサくんには勝てないよ!なんたって私の恋人だからね!」


軽口を叩き合うような仲で、そこだけ見るとやはり嫉妬してしまいそうになるけれど、話している内容は自分のことで。感動にプルプルと震えた夜嵐は再び勢いよく白を抱き締めた。


「白さんんんんん…!!俺、俺…!白さんのことマジで大好きっス!!」
「私もイナサくんのことが大好きだよ!」


心配して、嫉妬して、わざわざ遠くから直接会いに来て。その行動からも言葉からも愛されていることを実感し、白は夜嵐を強く抱き締め返した。A組の生徒やすぐ近くにいる轟に思いっきり見られているけれど、今はもう少しこの幸せを堪能していたくて気付かない振りをする。またすぐに遠距離恋愛になってしまう恋人の温もりに身体を預け、その香りを胸いっぱいに吸い込み、2人はしばらくお互いの愛を確かめ合うのだった。


end
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初イナサくんなのに内容がとんでも手抜きになってしまった。あと落ち。いつものことか。
イナサくんは好きですが難しいですね…!個人的に恋愛はめっちゃウブな気がする。ちょっとしたことで真っ赤になるようなそんな感じ……するけど恋人同士だしと思い今回はガンガン攻めるタイプにしてしまいました。士傑から雄英への移動は目を瞑ってほしい…

title:きみのとなりで

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