無限ループの終着点

「本当に波動さん…純真無垢な妖精のようだ」


そう言った天喰の視線は真っ直ぐに波動を捉えていて、その表情は雄英文化祭の1番忘れられないものとなった。


「はぁぁぁぁ…」
「随分でかい溜息だな?どした?」


文化祭が終わってから数日後。深い溜息をつく白に、同じインターン先にいた切島は首を傾げた。白がこんな溜息をつくなど珍しい。


「鋭ちゃん…叶わない恋は辛いよね…」
「え、恋?白恋してんのか?」
「文化祭で失恋したけどね」
「告ったの!?」
「そんな勇気あるわけないじゃない…私の心臓、鋭ちゃんの10分の1くらいだよ…」


ずーんと落ち込む白の言葉に確かにと納得してしまう。自他共に認めるビビリだ。


「でもそれならノミの心臓とか言われてる環先パイよりはでかいな!なら大丈夫だって!」


何気なく出した人物の名前に白の表情が変わった。何故か恥ずかしそうに薄っすらと頬を染めている。恋愛に敏感なわけではないけれど、さすがにその反応で切島は察した。


「もしかして、白が好きなのって環先パイか?」
「…ソウデス」
「マジか!!全然気付かなかったぜ!」
「バレないようにしてたもん!それに、インターン中なのにそんな気持ちでいるわけにはいかないって分かってたしね」


ヒーロー活動として天喰に接することに下心はなかったし、普通に話すことも出来た。たまに見惚れることはあったけれど、天喰の戦闘は誰もが見惚れるほどなのだから問題はない。だから、他愛ない話をして一緒に活動をして、ひっそりと片想いを楽しんでいたのだ。けれどその恋心は雄英文化祭にて見事に打ち砕かれた。


「…あのときの天喰先輩…恋をしてる人の表情だったな…」
「あのとき?」
「…なんでもない!」


天喰が波動を好きなのだと確信したときだけれど、そんなこと言いふらすなんて無粋なことは出来ないし言いたくもない。はぁっと溜息をついて窓の外を見つめると、なんの偶然かちょうど天喰が歩いている姿が見えた。途端にどきりと胸がときめく。例え失恋したとしても、すぐに好きという気持ちが消えるわけではないのだから。


(あー…やっぱり、かっこいいな…好き、だなぁ…)


離れたところにいるのを良いことに天喰の姿をじっと目に焼き付ける。


「お、環先パイじゃん!おーい先パーイ!」
「ちょ!?え、鋭ちゃん…!」


白はただ見ているだけで良かったのに、切島は天喰に気が付くと窓を開けて大きく手を振った。一瞬びくりと肩を跳ねさせた天喰だが、切島の存在に気付き恐る恐るといった様子で小さく手を上げる。その瞬間、目が合った気がした。再び心臓がどくりと音を立てる。
けれど、そのときめきはすぐに治まってしまう。
影に隠れて見えていなかったが、横からひょこっと波動が顔を出したのだ。近くに通形の姿はない。天喰と波動の2人で一緒に歩いていたという事実に白は目を伏せた。


(…見なきゃ良かった)


ときめきから一転、ズキッと痛んだ胸を抑える。深く息を吐き出して落ち着き、大声で波動と会話をしている切島の袖を引いた。


「鋭ちゃん、窓に足掛けないの。それに先輩たちも忙しいだろうからそろそろ」
「え?ああ、そうだな!そんじゃ環先パイ、波動先輩、また!」


ぶんぶんと手を振る切島を羨ましく思ってしまう。こんな風に素直に自分を出すことが出来たらと。けれど、1番羨ましいのは波動だ。その気持ちは胸の奥底に隠し、白も2人に向けて頭を下げた。なるべく目を合わせないようにしながら。

その日を境に白は天喰とすれ違っても特に会話をすることがなくなり、挨拶だけになってしまった。今までは会えば世間話などをしていて、それが白の楽しみだったのに。姿を見るだけで苦しくなり、それが出来なくなる。しまいには挨拶すらなく目も合わせずにすれ違うようになった。天喰の性格からして積極的に声をかけてくるタイプではないせいか、まるでお互いを避けるようだった。


「き、嫌われてしまった…」


白と天喰がお互いを避けるようになって数日後、ズーンと落ち込む天喰に波動は首を傾げる。いつも以上に何でどうしてと質問攻めだけれど答える元気もない。それに、片想い中の相手に嫌われて避けられてショックを受けているなどそんな情けないこと言えるはずもない。通形もそんな相談を出来るようなタイプではないので、天喰は自分の中でただ自己嫌悪しながら落ち込むしかなかったのだ。波動の質問から逃げるように1人とぼとぼと廊下を歩く。


「何かしてしまっただろうか…前まであんなに話しかけてきてくれたのに…」


はぁっと深い溜息をつき歩いていると、最近よく聞く元気な声が聞こえてきた。顔を上げて見えた人物に思わず緊張で身体に力が入る。


「速見さん……と、切島くん…」


視線の先には仲良さげに話す2人の姿。天喰の前では見せない年相応な表情の白に目を奪われる。インターン中も思っていたけれど、白は天喰と切島といるときでは心の許し方がまるで違うのだ。壁を作られているような気がしていたが、見かけるとどこか嬉しそうに話しかけてくる白に嫌われてはいないと安心していたはずなのに最近はあからさまに避けられている。小突き合うような2人のスキンシップを目撃してしまい、落ち込むように視線を落とした。


「…やっぱり速見さんは、切島くんのことが…」


好きなんだろうな。
その言葉は飲み込み、忘れるように頭を振る。そんなの分かっていたことだ。自分に可能性があるなど思っていない。そう言い聞かせながら歩き出すと、ちょうど切島と別れた白がこちらに向かって歩き出しており、目が合ってしまう。


「「あ」」


思わず漏れた声は重なった。けれどすぐにその視線は同時に逸らされる。お互いに視線を落としながら、目を合わせることも会話をすることもなくすれ違う。
言いたいことも話したいこともたくさんあるのに、振り向くことなく2人は通り過ぎて行った。


(私は天喰先輩に相応しくない…波動先輩みたいに綺麗だったら…可愛かったら…強くて優しかったら…)
(俺なんかが速見さんを想うなんておこがましい…切島くんみたいに男らしかったら…前向きで太陽みたいで、周りに好かれるような人間だったら…)


何か変わったのかな。
悩む心が同じでも、その気持ちがお互いに伝わることはなかった。


◇◆◇

授業中は頭を切り替えて集中しているけれど、1人になると途端に天喰のことを考え落ち込んでしまう。すぐに寮に帰る気にはなれずに、白は町の方へと向かった。美味しいものを食べればこの気持ちも晴れるかもしれないと言い聞かせ、何か甘いものを探してうろうろ歩き回っていると、近くで大きな爆発が起きて足を止める。


「まさか…ヴィラン…?」


聞こえた悲鳴に、プロヒーローを待っている時間はないと走り出した。インターン先で何度もヴィランと戦ってきたのだ。実力はついている自覚はある。そのときに1人ではなかったとしても、いつまでも頼ってはいられないのだ。


「みなさん!早く逃げて下さい!」


そう言いながら一般人を襲おうとしているヴィランに攻撃を放った。


◇◆◇


「く…っ!」


ヴィランの攻撃を受けて地面に転がったが、すぐに態勢を立て直した。もう何度も攻撃を受けてボロボロだけれど、付近にいる一般人たちは全員避難したようでほっと息をつく。


「残念だったなぁ、お嬢ちゃん。その制服雄英だろ?通りで強いはずだ。けど、相性が悪かったなぁ。お嬢ちゃんの個性じゃ俺は倒せないぜ」
「…全員の救助には成功したので私の勝ちです」
「ははっ、勝ちか!お嬢ちゃんを殺して逃げたやつらを追いかけて殺せば俺の逆転勝ちだぜ?」
「そうはなりませんよ。きっともうすぐヒーローが到着するはずですから」


自分はここで殺されてしまうかもしれない。けれど、もうヴィランが追いつけない程度に時間は稼いだだろう。あとはプロヒーローに任せれば良い。


「そんな都合よくヒーローなんかこねぇよ!!くたばりな!!」
「…時間稼ぎは出来たよね。…あとは、よろしくお願いします」


ヒーローへ想いを託し、迫るヴィランの攻撃に白は覚悟を決めた。目の前の人たちを救えたのだから悔いはない。あるとすれば…


(…天喰先輩と、ちゃんとお話したかったな)


最後に思い浮かべるのは大好きな人の姿。白は口元に小さく笑みを浮かべ、ゆっくりと目を閉じた。


「速見さん…!」


幻聴が聞こえたと思った。思い込み過ぎて聞こえてしまったのだと思った。けれど包み込まれた身体は暖かくて、ヴィランの攻撃による痛みはなくて。白は恐る恐る目を開けた。そして見えた姿に大きく目を見開く。


「え、あ、天喰、先輩…!?」


どこか焦ったような表情だった天喰は白の無事を確認し、安心した表情を浮かべる。


「あ、天喰先輩、ヴィランが…!」
「ああ、それはもう大丈夫。ちゃんと捕らえてるから」


その言葉通り、いつの間にかヴィランは気絶させられていた。いくら相性が悪かったとはいえ、白があれだけ苦戦していたヴィランを一瞬で戦闘不能にした実力はやはり相当のものだ。ヴィランはまるで起きる気配がない。
ヴィランと天喰を交互に見つめ、自分は助かったのだと、助けられたのだと改めて実感する。


「速見さん、大丈夫?怪我はない?」
「……」
「速見さん…?」


声をかけても反応のない白に首を傾げて覗き込むと、白の瞳からぽろりと一筋の涙が溢れた。安心したせいで溢れてしまった涙なのに、天喰はあからさまに焦りを見せる。
怖い思いをさせてしまったのだと。助けに来るのが遅かった、自分はなんてノロマなんだと自己嫌悪して落ち込む天喰に、白はようやく自身が涙を流していることに気が付き、慌てて溢れる涙をゴシゴシと腕で拭った。


「す、すみ、ません…」
「いや君が謝ることじゃ…。俺が来るの遅かったせいで、ごめん」
「そんな、天喰先輩が謝ることなんて1つもないです!私がもっと強かったら…!助けてもらうこともなかったのに…天喰先輩に迷惑かけて自分が情けない…」
「迷惑なんかじゃ、ないよ」
「…やっぱり、天喰先輩は優しいですね」
「俺は、優しくなんてない」


お互いに目を合わせようとせず、視線は地面に落ちている。言葉と声音でしか相手の気持ちを判断することが出来ないまま会話だけは続く。


「優しくないなんてそんなことは…」
「俺は切島くんみたいに気の利く言葉もかけられないし、君を、たくさん傷付けてる」


手を伸ばし、傷ついてしまった白の手に触れる。白の頬はすっと赤く染まり、鼓動が早くなる。思わず顔を上げるが、天喰の視線は白の傷へと向いていた。


「遅くなって、本当にごめん」
「…い、え…き、来てくれて、ありがとうございます」
「…切島くんの方が良かったよね。俺が来てしまって申し訳ない…」
「わ、私は!天喰先輩が来てくれて嬉しかったです!」
「え…」


やっと交わった視線で自分の言ってしまったことを理解し、視線を逸らしながら慌てて口を塞ぐ。そんな白に天喰はぽかんとしたまま見つめた。
なんとかその視線から逃れたいと、薄っすらと赤く染めた頬のまま自分が発した言葉の前に戻ろうとする。


「え、えと、あの…ど、どうしてそこで鋭ちゃんの名前が出るんですか…?」
「どうしてって…君は彼のことが好きだろ?」
「え!?」


驚いた白の声に天喰はびくっと肩を跳ねさせた。けれどそれに構っている余裕はない。妙な勘違いをされているのだから。


「え、わ、私は鋭ちゃんのこと好きじゃありませんよ!あ、いや、友達としては好きですけど、異性として見たことはないです!」
「え…そうなの…?」
「そうです!だって私は天喰先輩が…」


そこまで言って言葉を止める。自分は今なにを言おうとしたのかと冷静になった。


「お、俺がなに…?」
「……」


恥ずかしくて泣きそうになり、瞳に涙を浮かべた白に天喰は再び焦りを見せた。


「ご、ごめん!別に君を責めたわけでは…!」


あわあわと慌てる天喰に、また迷惑をかけてしまったと自己嫌悪し、浮かんだ涙が溢れ落ちた。また泣かせてしまったと焦ると思われたが、天喰はぴたりと動きを止めて白を見つめる。
最初は泣いてしまった白に焦ったけれど、今はその涙に見惚れてしまう。涙を流す白に、見惚れてしまう。その涙がとても綺麗なものに見えて。けれど好きになったのは白の涙よりも笑顔なのだ。天喰は流れる白の涙に手を伸ばし、優しく拭った。


「泣かないで、ほしい…君は笑顔が似合うから…」
「え…」
「…!」


自分の行動と発言に気付き、サーっと顔を青ざめた。


「ご、ごごごごめん…!い、今のは、その、邪な気持ちがあったわけではなく…!ただ純粋に君に笑ってほしいと思っただけで………ってうああああ…!」


どんどん墓穴を掘っていく天喰は最終的に壁に頭を打ち付けて帰りたい死にたいとぼやく。
先ほどまでのかっこいいヒーローとはまるで違う等身大の姿に、思わずくすくすと笑いが漏れた。
それに気付いて白に視線を戻し、涙のないその笑顔にほっと息をつく。


「うん。やっぱり君は笑ってる方が、俺は好きだ」
「……へ!?」
「…!!!」


お互いに驚きで固まってしまう。白は天喰の好きという言葉に、天喰は自身の発した言葉に。みるみる2人の顔が赤く染まっていく。


「ぁ、あ…っ、あの、あの…!いいいい今のは 、違くて…!いや、違くは、ないんだけれど…その、」


天喰は顔を真っ赤に染めながら俯き、蚊の鳴くような声で言葉を探す。


「……い、今のは、忘れて…」
「わ、忘れたくないです!」


僅かに聞き取れた言葉に大きな声で返す。今この瞬間を流してしまえば、また天喰と距離が出来てしまうと思ったから。もう話せないのは嫌だから。白は小さな勇気を振り絞る。


「私は天喰先輩が好きだから…!忘れたくないです…!」
「…!」
「好きです…天喰先輩が好きなんです…!」


真っ赤な顔で泣きそうになりながら想いを告げる白の言葉は、到底嘘だとは思えない。本気なのだと思えば思うほど身体の体温が上がっていく。


「さっきの言葉が勘違いだとしても…天喰先輩が波動先輩を好きだとしても、私は…」
「え、え…?俺は別に波動さんのこと好きでは…ないけど…」
「え…?」


お互いにぽかんと見つめ合う。先ほどまでは目が合うだけで真っ赤になっていたのに、目を合わせてお互いに勘違いしていたことを理解して、2人は笑い合った。全て勘違いであんな距離が出来ていたのかと呆れてしまうような、安心したような複雑な気持ちだ。けれど確かに気持ちは通じた。


「もう一度、ちゃんと言わせてくれるかな…?」


白に近付き、目線を合わせるようにしゃがんで問いかける。何がと言われなくてももう分かる。白がこくりと頷いたのを確認し、天喰ははにかんだ。


「俺は、君のことが好きだよ」
「はい…!私も、天喰先輩が好きです…!」


天喰の告白に、白は涙を溢しながら笑顔を浮かべた。


end
ーーーーー
こういう王道展開超好きです。
久しぶりにこういうの書けてめっちゃ楽しかった…!もっと甘く書いた方が良いのかと思ったけど、なんかもう最後の方は私が早く終わらせたかった気持ちが滲み出るどころか全面に出てるな?
天喰くんのキャラがなかなかに定まらなくてブレるのが問題だ。でもまた書きたい。

title:邂逅と輪廻

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