呼吸の仕方を忘れた瞬間

※夢の国になりきれませんでした。
ーーーーー


「きゃああああああ!!!」
「………」


現れる作り物の幽霊に悲鳴を上げる白を、烏丸は無表情のまま見つめていた。お化け屋敷と呼ぶにはあまりにもファンタジーな設定なのに、白は一々驚いて涙を浮かべながら悲鳴を上げている。その反応が面白く飽きることがないせいでそのアトラクションに乗っている間、烏丸はずっと白を見ていたのだった。


「ほら」
「あ、ありがとう、ございます…」


アトラクションから降りて何故か疲れている白に飲み物を渡した。素直に受け取って飲んでいる白は、それが先程まで烏丸が飲んでいたものだということに気付いていない。教えるのも良いけれど少し休ませてやるかと烏丸は口を閉ざす。


「前に行った遊園地のお化け屋敷より全然怖くなかっただろ」
「う、うん」
「なのに凄い悲鳴上げてたな」
「いや、あのですね…怖いから悲鳴を上げていたわけではなくて、驚いたから思わず声が出ちゃってただけで…」
「…驚くところあったか?」
「あったよ!?お墓の後ろから突然顔が出てきたり、鏡を見たら隣に幽霊が乗ってたり…!それからそれから…!」


驚いた所を次々に上げていく白に、そんな乗り物だったんだなと理解する。この夢の国に来ることが初めての上、ほとんど白しか見ていなかったためにアトラクション自体はあまり記憶に残っていない。


「あ」
「え?」
「白、後ろに幽霊ついてきてるぞ」
「ふぇ!?!?」
「冗談だ」
「〜〜〜!京介くん…!」


昼間なのに幽霊ネタで大きく肩を跳ねさせた白。咄嗟のことで烏丸の腕にしがみついた行動で思わず烏丸の頬が緩む。それに俯きながら恥ずかしそうに頬を染めて離れた白は深く深呼吸をした。そして話を戻す。


「夢の国なのにあんなに驚かせにくるなんて…」
「俺はかなり楽しめたけどな」


もちろん白の反応が。それを理解していない白は、烏丸が純粋にアトラクションを楽しめたのだとふわりと微笑む。


「京介くんが楽しめたなら良かった…!私、ああいうお化け屋敷みたいなのも絶叫マシンみたいなのも苦手だから、一緒に行っても京介くんは楽しめないんじゃないかと思ったから…」
「そんな心配するな。俺は白とこうしていられるだけで充分満足してる」
「…っ!」


言いながら繋がれた手にカァッと顔を真っ赤に染め上げる。つけたリボン付きのネズミの耳も相まってその可愛さを目に焼き付けた。


「京介くん…?」


じっと白を見つめたままの烏丸に首を傾げると、持っていた飲み物を取られる。烏丸はそのままストローを加えて飲み出した。先程まで自分が飲んでいたものに口付けられ、白は再び顔を赤く染める。


「か、から、っ、き、きょ、すけく…!そ、それさっきまで、わ、私が…!」
「飲んでたな。その前は俺が飲んでたけど」
「!!」


しれっと答えた烏丸に白は真っ赤なままピシリと固まる。もう何度もキスをしているのにこういうことには慣れないらしい。それも含めて愛しく思い、烏丸は気付かれないように小さく口角を上げた。


「次行くか」
「ぁ…ぅ…」
「そろそろパレードの時間だろ」
「…!う、うん!」


パレードを見たいと独り言のように呟いていた言葉を拾っていた烏丸に、驚きつつも白ははにかみながら頷いた。


◇◆◇


パレードの場所取りが遅かったせいで良い場所ではなかったけれど、音楽と共に始まる踊りと歌に白は子どものように目を輝かせた。メインキャラクターが登場すると嬉しそうに手を振り、気付いて振り返してもらえると更に嬉しそうにはしゃいだ。いつも大人しい白がここまではしゃぐのだ。当真が言っていた、白は夢の国が大好きという話は本当だったようで安心する。


「楽しいか?」
「うん!凄く楽しいよ!初めて来る夢の国が京介くんと一緒で、すっごく楽しい!」
「!…そうか」


珍しくテンションが上がっているのか、普段言わないような台詞に一瞬驚くもすぐに笑みを浮かべる。


「俺も初めてが白とで良かった」


夢中で聞こえていない白の手を握ると、ぎゅっと握り返された。消極的な少女をここまで積極的にする夢の国は凄いなと、烏丸はようやく白からパレードへと視線を向けるのだった。


◇◆◇


昼間のパレードが終わり、たくさんのアトラクションや風景、マスコットキャラとの交流やお土産選びなど全てを楽しみ、最後のパレードが始まる。


「…夜も凄く綺麗だね…!昼間とは全然違って…!」
「そうだな」


場所取りはせずに離れた所からパレードを見守る。周りはもうすでに多くの人がパレードを背に出口を目指している。家が遠いとここに滞在できる時間が少ない。それは三門に住む白たちも同じだった。


「…今日は、凄く楽しかったよ」
「ああ。俺もだ」
「誘ってくれて、あ、ありがとう、ございます…」
「俺が白と来たかっただけだ。それよりどうしてそこで敬語になるんだ?」
「……」
「白?」


俯く白の顔を覗き込むと、その頬は何故か赤く染まっていた。


「?」
「は、花火の光に照らされてる京介くんが……か、かか、かっこよすぎて…ゆ、夢みたいで…」
「夢じゃない。現実だ」


そう言いながら俯く白の顎を掬い、驚く間もなく口付ける。人の多いところだけれど、2人の後ろで大きな花火が上がり、みんなの目はそちらに向いている。


「ちゃんと現実だって分かったか?」
「……は…い…」


ゆっくり離れて真っ直ぐ見つめてくる烏丸を直視していられないのに、顎に手を添えられたままで背けることが出来ない。破裂しそうな心臓のまま震える声でなんとか返事をした。
そこでまた大きな花火が上がる。そこで白ははっとした。


「あ、きょ、京介くん!時間…!早く帰らないと…!」
「これも楽しみにしてたんだろ?なら最後まで見てからで良い」
「た、たしかに楽しみにしてたけど…でももう帰らないと電車が…」
「大丈夫だ」


終電に間に合わないと焦る白に、烏丸はどこまでも冷静にそう答える。


「大丈夫って…」
「三門には帰らないからな」
「…え?」


その言葉にぽかんとしていると、烏丸はある方向を指を差した。その指し示す先を視線で追い、更にハテナを浮かべる。


「ホテル取ってあるから最後までいても問題ない」
「………えぇ!?な、な、な…!」


予想もせぬ言葉に大きく目を見開く。言いたいことがまとまらずに金魚のように口をパクパクと開閉させるだけだ。何でもないことのように花火を見ている烏丸に、やっと意味を理解して慌て出す。


「え、ホテ、ホテル…!?だ、だってここのホテル、何ヶ月先まで予約待ちの…!そ、それよりホテル…ホテルって…!」
「ちょっとコネを使ったが、1番人気のホテルらしいな」
「そうじゃなくて…!!って、え、コネ…?わ、悪いことじゃないよね…?」
「安心しろ。何も悪いことはしてない。ただ、金と権力のあるやつを少し持ち上げただけだ」
「金と…権力…」


スポンサーの息子だという同い年の姿が思い浮かんだ。学校が違うために関わりはないけれど、烏丸に絡んでいるのはよく見かける。その彼だろうかと乾いた笑いを漏らした。
その間にも最後の花火が上がっていき、全てが終わったあとのアナウンスが流れ始める。夢の国の閉園だ。終電はもうない。今から帰っていく人たちはホテルを取っている人か、家が近い人たちだろう。そして白たちもその内の1人だ。どんどん人が出口へと向かう中で烏丸もそちらに視線を向ける。


「さて、行くか」
「へ!?い、あ、あの…ホ、ホホホホテルって、その…ほ、本当に2人で…」
「宿泊代も俺が出すから心配するな」
「え!?い、いやさすがにそこまで出してもらうわけには…!今日全部払ってもらってるし…!」
「デートなんだから当然だろ」
「!で、でも…!その、京介くんは家族のために働いてボーダーもバイトも頑張ってるのに、私のために使ってもらうのは…やっぱり…」


烏丸の家が貧乏なことは知っている。それなのに今日の支払いはほとんど全てを烏丸が出しているのだ。デートなのだから当然だと。譲る気のない烏丸に丸め込まれてしまったが、さすがに宿泊代は金額が違いすぎる。そんな負担をかけるわけにはいかないと食い下がった。


「なんだ、そんなこと気にしてたのか」


けれど烏丸は何故か微笑んだ。その僅かな微笑みだけで絆されそうになってしまうが、必死に目を逸らさないように視線で訴える。そんな白に烏丸が手を伸ばした。その手は白の頬に触れる。


「白だってすぐに家族になるんだ。何も問題ないだろ」
「………え…?」


ぽかんと、白は瞬いた。頬に触れた手に照れる余裕もなく、頭が何も理解出来ない。考えようとしても何を考えるのかも分からなくなる。予想通りだったのか、烏丸はふっと笑みを深めた。


「行くぞ」


そう言って頬に触れていた手は白の手を取り、ホテルに向かって足を進める。
しばらく無言のまま手を引かれるままに進み、ようやく白の頭が機能し始めた。そして、家族になる。その言葉の意味を理解してぼふんっと顔を真っ赤に染め上げる。嘘ばかり吐くけれど、嘘のときは必ず嘘だと、冗談だとネタバラシするのに今回はそれがない。その事実に本気なのだと心臓が破裂しそうなほど激しく鼓動をし始め、呼吸困難に陥りそうになりながら声にならない悲鳴を上げた。


「〜〜〜〜っ!!」


白はこのまま死ぬかもしれないと思っているだろう。けれどいつものことだ。そんな様子を盗み見て気を良くするのもいつものことだ。
ホテルに着いても明日に支障がないようにしなければと今から理性を総動員しながら、烏丸は白の手を引いた。
デートはまだ終わらない。
夜も、明日も、まだまだ続く。


end
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夢の国を伏せながら書きました。夢の国の二次創作の規定は厳しいんですもんね…怖いから一応…
最近行ってないから捏造というか想像というかファンの方には大目に見てほしいです。
だいぶ省いて書きましたが、書きたいこと書けたので楽しかったです!なんちゃってプロポーズ!
時間軸はかなり進んでそう。
デート中の甘いやり取りを期待してた方には申し訳ない…どうやって甘くするんだろう…

title:きみのとなりで

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