ぺご主と恋する不器用ガール

運命の相手と出会ったとき、こんな音が聞こえるのかと、白は目の前の人物から目が離せなくなった。


「それで?その相手が蓮だっていうの?」
「うん!」
「聞こえた音って、具体的にはどんな?」
「運命を感じる音!」
「全然具体的じゃないな」
「でも素敵だなぁ。凄くロマンチックだね」


客のいないルブランにて、怪盗団の女子メンバーは白の恋バナに花を咲かせていた。白の一目惚れで、ずっと求愛し続けているその話を。


「白ちゃんは本当にリーダーのこと好きだよね」
「うん!もう大好き!」


恋する乙女は満面の笑みで頷いた。さすがにここまで惚気られると茶化す気にもなれない。


「けど、蓮の反応はいまいちだよな?」


双葉の一言に白は笑顔のまま固まる。他の仲間たちも何とも言えない表情だ。


「あんなに冷たい態度とる蓮も珍しいから、ある意味特別感あるぞ」
「……そんな特別は嬉しくないかも」


途端に落ち込むように俯いた白に全員が顔を見合わせる。白が蓮を好きなことと同じくらい、蓮の態度が異様に冷たいことも分かっていたからだ。
もっと違う態度なら脈アリなのではと茶化せるけれど、そうは言えないほどに蓮の態度がおかしい。元々よく分からない性格のせいでフォローも出来ないのだ。


「昨日も蓮くんにルブランに遊び行っていいか連絡したけど返ってこなくて……竜司くんの提案のお陰でルブランに集まれたけど…休みの日に遊びに行こうって連絡してもいつも断られちゃうんだよね…」
「それでもめげずに毎日告白する白のメンタルは尊敬するぞ」
「学校でもそうだもんね」
「三年生の間でも有名よ。前歴持ちの転校生に猛アタックする女子生徒がいるって」
「え?それってリーダーと白ちゃんのことだったの?」
「むしろその2人以外だったら是非とも見てみたいな」
「白たち以外にいるわけないって」


そう言って杏は組んだ足に肘を乗せて頬杖をつく。何とも様になる絵面だ。それを羨ましいような恨めしいような瞳で見つめる白に気付かないまま、杏は学校での白を思い出す。


『蓮くん!お昼持ってきた?持ってきてないなら、良かったらこれ食べて!』
『悪いけど食欲ない』

『蓮くん!次移動教室だから一緒に行こう!案内してあげる!』
『場所は分かってるからいい』

『蓮くん、あのね、これ調理実習で作ったんだけど…』
『…いらない』

『蓮くん!好き!』
『……』

『蓮くん』
『蓮くん!』
『大好き蓮くん!』


思い返せば思い返すほど同情しかない。そして重い。白の気持ちがひたすらに重いのだ。毎日毎日あれだけ好きと告白されて付きまとうレベルで一緒にいて、蓮が嫌になるのも仕方がないと思ってしまうくらいに。


「杏?どうかしたの?」
「あ、ううん、何でもない」


蓮が関わらなければ普通に良い子なのだ。気が利いて誰にでも優しくて、怪盗としても頼りになる。それなのに重いなど本人を前に言えるはずもない。中学からの付き合いだけれど、こんな白は初めてだった。

そんな女子会をする中、階段を降りる足音が聞こえた。真っ先に反応した白は立ち上がり、その人物を出迎える。


「おはよう、蓮くん!」
「……」
「朝からうるさくしてごめんね?あ、惣治郎さんはちょっと外出てるけどすぐに戻るって!」
「……そうか」


やはり冷たい。再び白以外の4人は顔を見合わせた。きっと白以外の人物が同じことを言えば、蓮なら優しく微笑むだろう。なのに今の蓮は無表情だ。


「おいおまえなぁ…いい加減その態度…」
「モルガナ、明日辺りメメントス行くだろ?買い出しに行こう」
「れ、蓮くん!私も一緒に行くよ!行かせて!荷物持ちでいいから!」
「…そんなに大量に買うわけじゃないから荷物持ちはいらない」
「そ、そっか……な、なら一緒にいたいからついて行っても…!」
「1人で行きたいから」
「……そっか…うん、分かった」


2人のやり取りを何とも言えない表情で見守る杏たち。どちらにも何と声をかけて良いか分からないほど空気が悪い。どうしてまだ竜司たちはやってこないのだと、無関係の人物に心の中で八つ当たりをした。


「じゃあ」
「…うん。いってらっしゃい」


振り向きもせずに出て行った蓮を何も言えずに見送り、そのまま白に視線を向ける。いつもより酷く落ち込んでいるようで今にも泣いてしまいそうだった。


「ちょ、ちょっと白、大丈夫?」
「な、な、泣いてるのか!?い、いつもの鋼のメンタルはどうしたんだ!?」
「白、とりあえず座りましょう」


春に背中をさすられながら、白は椅子に腰を下ろした。杏と双葉はあわあわと慌てているが、年長者の2人は落ち着いて白を慰めている。


「…みんな、ごめんね。もう大丈夫だよ」
「そんな顔で言われても説得力ないわ」
「白ちゃん、泣きたかったら泣いても良いんだよ?」
「……」
「白、何かあるならちゃんと話して?」


泣きそうな表情で泣くのを我慢している白は、ぽつりぽつりと口を開いた。


「……今日、実は私の誕生日なの」
「え!?」


誰も知らなかったせいで全員が驚愕の声をあげる。思えば誕生日は意図的に隠されていた。だから中学からの付き合いの杏にも知られていなかったのだ。


「みんなは優しいから誕生日を知ったら絶対に祝ってくれるでしょ?だから、逆に言いたくなくて…」
「もーーー!バカじゃないの!バカ白!いつもはぐらかされてたの今更気付いた私もバカ…!」
「杏は悪くないよ!私がそうしたいからそうしてただけだから」


小さく息を吐いて白は続ける。


「けど、私は自分勝手な女だから…誕生日は誰にも教えてないけど、誕生日だから…自分の生まれた日だけは、好きな人と一緒に過ごしたかったんだ」


膝の上で握り締めた拳に力が入る。涙が溢れないようにぎゅっと唇も引き結ばれた。


「自分への誕生日プレゼントで、蓮くんと一緒にいたかったんだ」


それで蓮くんへの気持ちは諦めるつもりだったから。その言葉は心の中だけに留まり、外へ漏れることはなかった。きっと口に出せば余計な心配をかけてしまうから。


「……えへへ、本当に自分勝手すぎるよね」
「別に良いんじゃない?」
「…え…?」
「お誕生日だもの。ワガママ通して良いと思うなぁ」
「そうだぞ!わたしが誕生日に強請った最新型のPCよりよっぽど可愛いプレゼントだろ」
「…けど…」
「白の誕生日だって知れば、蓮だってきっと態度変えるって!」
「……」


杏たちに背中を押されて白は立ち上がった。けれど未だ自信無さげに4人を見つめる。


「大丈夫!自信持って!」
「当たって砕けろだよ、白ちゃん!」
「砕けちゃダメでしょ…」
「蓮の居場所なら分かるぞ。すぐにデータ送るから早く追いかけろ!」


それぞれに応援され、白は頷いた。きっとまた拒絶されるだろう。そう分かっていても、ここまで応援されたのでは行かない訳にはいかない。それに嫌われたとしても、一緒にいられるなら、今同じ時間をすごせるならそれで良い。白は自分に言い聞かせ、杏たちに笑みを向けた。


「うん!それじゃあいってきます!」


ルブランを出て行った白の背中に、仲間たちの暖かい声援が投げかけられた。

◇◆◇


双葉から蓮の位置情報をもらい、悪いと思いつつもそれを追っていく。そして渋谷の路地裏へとやってきた。賑わうメインストリートとは裏腹に人1人いない。目的の人物以外は。


「あ、の…蓮くん…?」
「!」


驚いたように振り返った蓮と視線が交わる。目を合わせたのなどいつ振りだろうか。そう思うほどに蓮は白を見ていない。


「蓮くん?こんなところで、どうかしたの?」
「……別に」


答えることも、逆にどうしてここにと問いかけることもない。それほど自分に興味がないのかと目を伏せるが、そんなこと今更だ。白は笑顔を崩さずに話を続ける。


「モルガナがいないけど…もしかして、そのせい?」
「………」


めげない白の問いかけに、蓮ははぁっと溜息をついた。そしてメガネをクイっとあげる。


「ああ」


その一言だったけれど、答えてくれたことに白は目を輝かせた。もっと話したいもっと一緒にいたい。その想いが全面に出て白はいつものように積極的になった。


「モルガナ迷子?なら私も探すの手伝うよ!ここ以外にも路地裏はあったし、人が多い所よりそういう所を探した方がいいかな?手分けした方が早いけど蓮くんとお話ししながら探したいなぁなんて…」
「1人で探すからいいよ」
「え…?」
「作戦の時間までには戻るから。白は先に戻ってて」
「だ、大丈夫だよ…!私も一緒に…」
「いい」


冷たい声音だった。ずきりと痛んだ胸に今更だと叱咤し、無理矢理笑顔を浮かべる。どうにか一緒にいたいから。今日だけは。


「2人で探した方が、きっとモルガナも早く見つかるよ?」
「……いいから帰れ」
「今日だけは、一緒にいさせてほしいの…!!」
「え…?」


白の必死な声音に、蓮は瞬いた。再び2人の視線が交わる。


「あの、本当にごめんね、けど、も、もうこれからは変なこと言わないから…付きまとわないから…諦めるから…!今日だけは、一緒にいてくれないかな…!」


こうでも言わなければ一緒にいられないと思い、白はそれを伝える。蓮は優しいから、根本はとても優しい人だから、嫌いな相手に対してだとしてもその気持ちを無碍には出来ないだろうという最低な考えだ。これ以上にない最低な女。そんな自己嫌悪から訳が分からなくなり、言わなくていいことまでどんどん溢れ出てしまう。


「私、恋なんてしたことなくて…っ、だから好きな人が出来たとき、どうしたらいいのか全然分からなくて…!」
「え……」

そこで白にとって蓮は初恋なのだと知り、きょとんと白を見つめる。俯く白と視線は交わらない。


「好きだから好きって伝えたくて、もっと私を見てほしくて…!だからずっと好きって言い続けてた…けど…っ、私の気持ちばっかり押し付けても、迷惑だったんだよね…っ」


今までの蓮の反応が、態度が次々に蘇り涙が出そうになる。


「蓮くんの気持ちなんて何も考えないで、私は私のことしか考えてなかった…」


好きだから好きと伝えていたけれど、相手と同じ気持ちとは限らない。そんな相手にとっては迷惑でしかないことに気が付けていなかった。


「こんな女だから、蓮くん嫌だったんだよね…全然…気付けなくて…迷惑、かけて…ごめんなさい…本当にごめんなさい…っ」


ついにぽろぽろと泣き出した白。泣いては余計に迷惑になると分かっているのに、溢れ出した涙は止まらなかった。小さな嗚咽を漏らしてぽろぽろと流し続ける涙を腕で拭っていると、その腕をぐっと強く取られた。驚いて顔を上げると、何故か気まずそうな表情の蓮がいて。


「蓮…くん…?」
「……迷惑なんかじゃ、ない」
「……え…?」


目を逸らしていた蓮の視線が白を捉える。どきりと心臓が跳ねた。
蓮に見惚れていると、予想外の言葉を聞くことになる。


「……白に好きだと言われる前から、俺も、ずっと好きだった」
「!?」


驚きで涙が止まった。ぱちぱちと瞬いて蓮を見つめる。


「けど、白は俺に夢見すぎてたから言えなかったんだ。俺は前歴持ちで、保護観察の身で……失望させるのが、怖かった。気持ちが通じた後、白が俺を求めてくれなくなることが、怖かった」


初めて蓮がこんなに喋っているのを聞いた気がする。自分に対しての言葉をこんなに聞いたのは、初めてだ。それだけでも驚きなのに、内容が内容だけに驚きで口を挟めない。


「白の告白に俺が答えなきゃ、白はずっと俺を求めてきてくれると思ってたんだ」
「…っ」
「まさかそんなに白を傷付けていたなんてな」


自嘲するような笑いに口をパクパクとするだけで言葉が出ない。いつも無駄にうるさく話しかけてしまうのに、肝心なときに言葉が見つからなかった。


「俺の方が自分のことしか考えてないよ。…失望した?」
「してない!!」


その問いかけに対して即答出来た。蓮に失望するはずがない。諦めるといっても、好きでいることに変わりはないのだから。
白の返事を聞いて一瞬驚いた顔をしたものの、蓮はすぐに穏やかな笑みを浮かべた。


「なら、これからもずっと俺のこと求め続けて。白がそれを約束してくれるなら、俺もちゃんと答えるから」


優しい瞳で、表情で、声音で。その全てを全身で受け止め、白は無言でこくこく頷いた。全力で何度も何度も。振りすぎてぐきっと鳴った首の痛みに、これが夢ではないと実感して再び泣きそうになる。


「取引成立だな」
「……ふふっ」


蓮らしい台詞に口元に手を当ててくすくす笑っていると、目の前に可愛らしさ包みが差し出された。


「これ」
「え?これ…なに…?」
「……今日、誕生日だろ?」
「!!」
「だから誕生日プレゼント」
「な、なん、なんで知ってるの…!?わ、私誰にも言ってないのに…」
「怪盗団のリーダーを舐めないでもらおうか」


向けられた微笑み。今まで自分以外に向けられていた優しい笑み。否、それ以上に慈愛に満ちた笑みに、白の瞳から再び涙が溢れ落ちた。先程までの悲しさから流れる涙ではなく、嬉しさから流れる涙が。
ぽろぽろと溢れ出る涙に、蓮はそっと白を胸に抱き寄せた。自分の胸で泣かせるように、やっと心を通じ合わせることが出来た愛しい人の頭を撫でて。誕生日おめでとうと、心からの気持ちを込めて。


◇◆◇


「白」


翌日の昼休み、いつもは白が蓮に声をかけるはずが、今日は蓮が先に白に声をかけた。今までではあり得ない光景だ。杏は驚いてその様子を見つめる。


「!な、何?蓮くん!」
「今日の放課後空いてる?」
「えっと、今日は…」
「一緒に行きたい所があるから来てくれ」
「え………?」
「いや、違うな。…一瞬に行くぞ」
「…!う、うん!行く!」


首元で光るネックレスを見て目を細め、蓮は白に微笑んだ。愛しい者を見つめるように。


end
ーーーーー
ネックレスあげる意味って所有物的なそういうあれなんですってね(アバウト)
切甘ってめちゃめちゃ好きなんですけど自分で書くとどうも上手く切甘になってない気がする…!ご都合主義めっちゃあってすみません!
実はプレゼント買うために外出してモルガナは全部知ってて空気読んで2人きりにしてくれた…はず。

[ 22/33 ]

back