冷たいけど、温かい

人が大勢集まる夜中の神社。もう日付も変わる時間だと言うのに何故こんなにも人が多いのか。そう疑問に思いながら、白は自身の手にはぁっと息を吹きかけた。かじかんだ手が少しだけ暖まる。


「白、大丈夫?寒い?」


それに気付いた緑谷はすぐに声をかける。完全防備で暖かそうな格好だ。この時期、この時間の寒さを舐めていたかもしれないと反省をしつつ、白は頷く。


「大丈夫。寒いだけだから問題ない」
「寒いなら問題あるよ!風邪引いたら大変だからこれつけてて」


いつも通り過保護な緑谷にほぼ強制的に手袋を押し付けられた。緑谷が直前までつけていたお陰でまだ暖かい。


「これ私がつけたら、出久が寒い」
「僕は大丈夫だよ」
「私も大丈夫」
「手真っ赤じゃないか!ほら、良いから早くつけて!」
「………」


白の手よりもだいぶ大きい手袋にかじかんだ手が包まれ、更にその上から緑谷がその手を包んだ。冷たい空気に遮断された暖かさにほっとする。


「……出久、ありがとう」
「どういたしまして」


満足そうに微笑まれ、白の表情も僅かに柔らかくなる。寒い中、A組の生徒たちに呼び出されてなんなのだと不満だったが、その笑みだけで全てどうでもよくなってしまう。緑谷が笑っているなら、幸せそうなら、と。


「それにしてもみんな遅いね。もうすぐ年越しちゃうのに…カウントダウン前には集まらないと」
「カウントダウン…?」
「え?」


首を傾げた白に緑谷も首を傾げる。どこを疑問に思ったのか分からなかったのだ。それを問おうとした所で、白の視線が緑谷からその奥へと移ったことに気付く。そのままその視線を追って頬を緩ませた。


「甘酒だね。気になる?」
「あまざけ…?甘い、お酒…?じゃあまだ飲めない…」
「あ、正確にはお酒じゃないというかなんというか…あれは僕たちでも飲めるものだから大丈夫だよ!飲んでみる?」
「……うん」


こくりと頷いた白に微笑み、緑谷はずっと包んでいた白の手を離した。


「じゃあちょっと貰ってくるからここで待ってて」
「うん」


再びこくりと頷き、駆けていく緑谷を見送った。手袋をしていても手が離されて少しだけ寒くなった気がする。両手を口元に持っていき、手袋の上からはぁっと息を吐いた。


「お、いたいた!…てか白1人か?」


騒がしい人混みから更に騒がしい人物の声が聞こえてそちらに視線を向ける。そしてそのまま視線を戻した。


「おい無視かよ!」
「遅れてごめんってばー!」
「寒いならオイラの胸に飛び込んで来てもいいぜ」
「………」
「……白ちゃんの目がこの寒空の下より冷たいわ…」
「冗談だろ本気にすんなよ!!」


先程までの緑谷との穏やかな時間はどこへやら。周りの喧騒も聞こえなくなるほど騒がしくするのは上鳴、芦戸、峰田、麗日の4人だ。他のA組は見当たらない。


「別に怒ってない。出久がみんな遅いって心配してた」
「おー、わりィわりィ。じゃあとりあえずA組は全員到着してるからって伝えといてくれよ」
「…?自分で伝えれば良い」
「私たちは別行動するから、白ちゃんとデクくんと2人で、ね!」


何故かとてもいい笑顔の麗日に首を傾げる。みんなで集まると連絡があったはずだが、と。


「最近緑谷と白って2人の時間あんまり取れてないでしょ?だからみんなで、大晦日くらいは2人の時間作ろうってことになったんだよ!」
「リア充の時間作るなんてオイラは反対だったけどな。目の前でイチャイチャされるよりよっぽど良いと思ったんだよ」
「……出久と2人は、嬉しいけど…」


今だにきょとんとしたままの白は少し間を空けたあと、4人を見据えて口を開いた。


「なんで大晦日だから2人がいいの?」
「いや何でって…そりゃ大晦日だからに決まってんだろ…」
「それとも大晦日に2人より元旦に2人の方が良かった?」
「どっちにしろ分からない。大晦日と元旦になにかあるの?」


白の疑問に4人は顔を見合わせた。混んでいるのか緑谷はまだ戻ってこない。通訳はいない。


「な、何かって…だって年越しだよ?普通好きな人と新年迎えたいって思うでしょ!」
「新年…?いつも通り日付が変わるだけ。特に何も変わらない」
「は!?」
「年に1度の最大イベントだぞ!?」
「毎年訪れるのはみんな同じ。12月31日も12月30日も、どの日にちも年に1度しかない。なのにどうして今日だけ特別扱いするの?」
「マジかよ…」
「子供でもそんなこと言わないよ…」
「さすが白ちゃんや…」


今までもいろんな疑問はぶつけられてきた。けれどまさか今日、大晦日にそんなことを言われるなど思いもしなかった。白の言い分に妙に納得してしまいそうになり反論しようとするが、白を納得させられる説明が出来ない。どうしてと言われても、年末年始はそういうものだとしか言いようがなかった。
けれど白がそれで納得するはずもない。


「寒い中集まって、どうしてみんな浮かれてるのか分からない」
「そういうつまんないこと言うのなしー!年越しはそういうものでしょ!」
「そうだぜ!浮かれて何が悪い!はしゃげるときにはしゃいどくんだよ!」
「三奈も電気もいつもはしゃいでる」
「今年最後の毒吐きやがった…」
「とーにかく!白はもうちょいはしゃぎなよ!」
「何に?」
「年が変わることに!」
「何で?」
「新年迎えるんだぞ!?」
「もう何回も迎えてる。祝ったことなんてないし、今更祝う必要ない」


ああ言えばこう言う。自分たちが何を言っても白は納得せずに反論してくるのだろう。白の境遇からしてそうなのかもしれない。けれどそうではない。上鳴たちは頭を抱えた。


「白!遅くなってごめん…って、あれ麗日さんたち来てたんだね」
「デクくん交代!」
「え?」


やっと戻ってきた保護者へバトンタッチをした。4人からの視線を受けて緑谷はたくさんの疑問符を飛ばす。まるで状況が分からない。


「え、えっと…一体なんの話を…」
「出久」


困っていると、白が緑谷の服の裾を引っ張りながら真っ直ぐに見つめてきた。


「白?どうかしたの?」
「…出久は、年越しお祝いするの?新年迎えるの、お祝いする?」
「え?う、うん、もちろんするよ」
「……そっか」


それを聞いてしばらく思案したあと、白はうんっと頷いた。


「じゃあ、私もお祝いする」
「おい!」
「ちょっと!」


先程の自分たちのやり取りは何だったのか。緑谷の一言で全て受け入れ納得する白に突っ込まずにはいられなかった。


「俺らがどんだけ力説してもまるで納得しなかったくせに、緑谷だと言葉すらないのに納得すんのかよ…!」
「あ、白。これが甘酒だよ」
「ありがとう」
「2人揃って無視かよ!」
「…甘酒、あったかくて美味しい」
「ははっ、そっか。気に入ってくれて良かった」
「くっっっそ!リア充爆発しちまえ!!」
「なんか納得いかないけどでも今年最後のイチャイチャご馳走様!来年もその調子で……いやもっと過激な感じで楽しませてよ!」
「過激!?」
「それじゃあデクくん、白ちゃん、良いお年を!また後でね!」
「え?え?また後でってもうすぐ年明けなのに…」


問いかける緑谷には答えず、反応様々に4人は手を振り去っていった。引き止めようと挙げられた手は行き場を失う。


「A組みんな到着してるって。けど、大晦日くらいは2人で過ごせって」
「あ、そ、そう、なんだ……」


白の説明に照れ臭そうに頬をかいた。みんなの気遣いは嬉しいけれどやはり恥ずかしい気持ちが強い。ちまちまと甘酒を飲む白にちらりと視線を向け、頬を緩める。随分と気に入ったようだった。


「出久の分は?」
「え?」
「甘酒、1つしか持ってきてない」


両手で持って飲んでいた白は、そう言いながらそのまま甘酒を緑谷に差し出した。緑谷はきょとんとそれを見つめる。


「飲むと、あったかくなる。出久の手、赤くなってるから、一緒に飲もう」
「い、一緒に…!?けどそれって、か、かかか間接キ…」
「いらない…?」
「いります!!そ、そうだよね新年早々風邪とか引いたら大変だしね…!」


差し出された甘酒を受け取った。それだけで両手が温まっていくのが分かる。変に意識してしまったがその暖かさ落ち着いていき、ゆっくりと口を付けた。


「……うん、美味しいね。身体も暖まる」
「出久、これ」
「え?」


手袋を片方脱いで緑谷に差し出した。緑谷は再びきょとんと瞬くことになる。


「片方、返す。寒いの嫌だけど、出久が寒いのも嫌だ」
「白…」


その気遣いを嬉しく思い、その気持ちを無碍にしないために緑谷は片方の手袋を受け取りそれをつける。白の温もりが残っており、心まで暖かくなっていくようだった。


「ありがとう、白」
「うん」
「…あったかいね」
「出久と一緒だと、いつもあったかい」
「!…ぼ、僕も、白と一緒だと…あ、あったかい、よ」


頬を染めてそう言いつつ、更に勇気を出して手袋をしていない方の手で、白の手を取った。暖かさを伝えるように、ぎゅっと。白から無言で握り返され、ドキドキと鼓動が早くなった。何度手を繋いでもやはり慣れない。ゆっくりと大きく深呼吸をした。


「……白」
「?」
「えっと…今年は色々ありがとう。君と過ごせた日々は凄く充実していて楽しかったよ」
「別れの挨拶みたい」
「えぇ!?ち、違うよ!?」
「分かってる」


本気で焦る緑谷に僅かに微笑む。それにほっと息をつき、緑谷は改めて白を見つめた。その表情ははにかんでいる。


「……白、来年もよろしくね」
「……うん。こちらこそ、よろしく」


来年だけじゃなくて、もっともっと、ずっと先までと思いを込めて、2人は繋いだ手をぎゅっと握り締めた。
もうすぐ新たな年へのカウントダウンが始まる。
年が明けるまで、あとーーーー

end
ーーーーー
2018年書き納め!年越しのお話…年明けのお話の方が良かったかな…ちょっと無理矢理イチャつかせようとしすぎた。
カウントダウンが終わって年明けたら今年もよろしくって笑い合って手繋いだままA組と合流して茶化される。(書け)
イベント事は色々書いていきたいと思ってます!

title:きみのとなりで

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