隣にいることに理由が必要なら


しとしとと降る雨音に紛れ、小さくニャーと声が聞こえた気がした。白ははっとして顔を上げると、傘で遮られていた視界が広がりその声の主を見つける。


「…捨て猫…?」


ダンボールに入って雨に濡れる仔猫を見つけ、白は急いで駆け寄った。そしてしゃがみ込み、仔猫が濡れないように傘を傾ける。


「あー…びちゃびちゃだね。ちょっと待ってね」


傘が倒れないようにバランスを取りながら鞄の中からハンドタオル出して仔猫にかぶせた。そのままわしゃわしゃと身体を拭く。
身体を拭く手にじゃれ付いてくる仔猫に頬が緩み、思わずふふっと声が漏れた。


「こんなに可愛いのに捨てちゃうなんて、酷いことするね」


ダンボールの中に餌があることから、捨てたのはやむを得ない事情があったのだろう。けれどどんな事情があったのだとしても可哀想だと胸が痛む。自分が拾ってあげられないことも含めて。


「うちはペット飼えないの。ごめんね…この傘があれば目立つし、きっと誰か素敵な人が拾ってくれるから」


傘を完全に仔猫が濡れないようにと立てかけて微笑む。自分は濡れても大丈夫だという意味を込めて。
けれど何故か雨が身体に当たらなくなり、白は不思議に思って顔を上げた。


「え…?」


そして視界に入った人物に驚く。白が濡れないようにと傘を差しているのは目頭を押さえている蔵内だったから。白は慌てて立ち上がった。


「え、か、会長!?」
「……すまない、現実でこんな映画みたいなシーンに遭遇するとは思わなかったんだ…」
「…?」


首を傾げていると、蔵内は落ち着いたのかいつもの優しい表情に戻っていた。


「それより、仔猫を助けてやるのは良いが、もう少し自分のことも考えてくれ」


そう言われて自分が蔵内と同じ傘の中にいることを改めて実感し、途端に顔が熱くなった。至近距離にいる蔵内を直視できずに俯く。


「あ、え、えと…ありがとう、ございます…」


顔は見れないけれど、ふっと優しく微笑んだ空気を感じた。生徒会でよく顔を合わせる上に話もする方だけれど、2人きりも今の状況も心臓を急かすには充分だった。


「このままじゃ風邪引くぞ。傘、こいつにあげてないなら家まで送るよ」
「え!?い、いやそんな大丈夫だよ!会長にそんな迷惑かけるわけには…!」
「風邪を引かれて生徒会を休まれる方が迷惑になるな」
「う…」


笑顔でそう告げられて言葉に詰まる。今が忙しい時期というのは嫌でも分かっている。こんなときに風邪を引いたと休めるわけがない。


「俺も帰り道こっちなんだ」


なかなか答えを出せずに唸る白に、な?と爽やかな笑みを浮かべた。今度はそれを直視してしまい、白は頬を染めて再び俯く。そして小さく頷いた。その反応に満足した蔵内は目を細めて白を優しく見つめ、そっと傘を傾けた。


「あ、会長濡れちゃうから傘ちゃんと持って!」
「大丈夫だよ。それより速見、お前ももう少しこっちに寄らないと濡れるぞ」


仔猫に謝り別れを告げてから歩き始め、すぐにお互いが譲り合いの攻防が始まる。狭い1本の傘の中でそう長く続くはずもなく、蔵内に上手く丸め込まれた白が折れ、肩が触れ合う距離に落ち着いた。けれど白の心は落ち着いていられない。ドキドキと激しく鼓動し、聞こえてしまったらどうしようと焦るほどだ。


(か、会長が近い…!声もかっこいい…!しかも良い香りがする…!)


好意を寄せる相手に無心でいられるはずもなく、考えれば考えるほど体温が高くなるのを感じた。誤魔化すように鞄を抱え込んでぎゅっと力を入れる。


「ああ、そういえば明日使う書類は速見が持ってるんだったな」
「え…、あ、う、うん。さすがに学校に置いていくのはどうかと思って持って帰ってきたけど…濡れちゃったら大変だね」
「そうなったら俺のせいにしておいてくれ」
「そんなことできません!」
「ははっ」


他愛ない話に段々と落ち着きを取り戻し、いつも通りに会話出来るようになってきた。蔵内に気を遣わせてしまったのは申し訳ないけれど、その心遣いに感謝と好意でいっぱいになる。やはり好きだと実感した。


「あ、そうだ!さっきの仔猫」
「仔猫がどうかしたか?」
「生徒会で飼い主探すのダメかな…?呼びかけとかポスターとか…も、もちろんみんなに迷惑かけないように私1人でやるから!」
「それは別に構わないが…今の時期忙しいだろ。そんな余裕あるか?」
「が、頑張る…!」


協力要請をすれば考えるまでもなく、生徒会のメンバーはみんな進んで協力してくれるような人たちばかりだ。けれどこんな私情で迷惑はかけられないとやる気を見せるようにぐっと拳を握る。


「うん!きっと大丈夫!あの子をあのままずっと放っておくなんて出来ないもん」
「…そうか。優しいな。仕事増えるけど頑張れよ」
「ありがとう、会長」
「まあ、俺も手伝うから」


後付けのように足された言葉に一瞬固まるも、その意味を理解して白は慌ててぶんぶんと首を振った。


「えっ、いや、会長は1番大変なんだから手伝いなんていいよ!悪いよ!!会長はただでさえ忙しいのに…!」
「なら、速見が俺を手伝ってくれ」
「はい!?いやいやいや絶対私より綾辻さんの方が良いよ!要領良いし!」
「速見が良いんだよ」


茶化すでもなく、真剣に見つめながらそう言われて言葉に詰まった。恥ずかしさから距離を取りたいのに、雨のせいで傘から出られずに真っ向からその視線を受けることになる。落ち着きを取り戻していた心臓がまた忙しく鼓動を始めた。


「あ、えと……う、ん。わ、わかった…ありがとう…」
「こちらこそ、ありがとうな」


にこりと微笑まれ、今度は頷きながらそのまま視線を逸らす。顔が赤くなっているのがバレないかと余計にドキドキだ。けれど蔵内はそれ以上特に何かを言うでもなく歩き続けた。雨音だけが聞こえ、まるで2人だけの世界のようで思わず頬が緩む。この時間に幸せを感じた。もっとこの時間を過ごしたい。そう思ったときには、もう口を開いていた。


「あの、会長」
「ん?どうした?」
「明日の帰り…あの仔猫の様子を…その、また一緒に見に行ってほしいなぁ…なんて…」


蔵内の視線が自分に向いているのを感じながら、白はそちらを見ないように問いかける。仔猫の様子など1人でも見に行ける。ただ、蔵内と一緒にいたい口実だ。
恐る恐る様子を伺うように視線を向ければ、蔵内は優しく微笑んでいた。


「そうだな、いい加減会長って呼ぶのやめてくれたら良いぞ」
「………………え!?会長って呼ばれるの嫌だった?ご、ごめんね!犬飼くんたちが、会長は会長って呼ばれるの嬉しいんだって聞いてて…」
「あいつら…」
「でもそうだよね、卒業したら会長って呼べなくなっちゃうし」
「あいつらなら関係なく呼んできそうだけどな」
「ふふっ、そうだね」


ちょっとしたことで盛り上がっていたが、白の家が見えたことに足を止める。


「あ、ここだよ。私の家」
「思ったより濡れたか。悪かったな」
「会長がいなかったらずぶ濡れだったんだから謝らないでよ」
「会長?」


繰り返すように問いかけてきた蔵内に、白は、あっと口を押さえた。そしてはにかみながら再度蔵内に向き合う。


「えっと、それじゃあまた明日ね、…蔵内くん」


その返事に満足したのか、蔵内は優しく笑って返した。


「ああ、また明日な。速見」


ただの同じ生徒会の仲間から、少しだけ縮んだ距離。去って行く蔵内の背を見送りながら、少しだけ濡れてしまった片腕に触れた。冷たいのに、それが嬉しく感じてしまう。今の出来事が嘘でなかったと証明しているようで。
仔猫から始まったほんの小さな出来事から、2人の明日は今まで以上に楽しみなものとなった。

end
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書き方を変えてみたつもりだったけどそこまで変わってないか。19巻の会長ネタ入れちゃいました。会長好きです。けどそれ以上に難しい。難しいっていうかなんかまだキャラが掴めていないのでイメージと違ったらすみません!

title:てぃんがあら

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