まどろみの君にキスを

意識が朦朧としている中で、自分の名前を呼ぶ声が聞こえた気がした。とても愛しげで、昔からよく聞く耳に馴染む声音。その声に呼ばれるように轟はゆっくりと眠りから覚めていった。


「焦凍くん」
「………白…」
「もう寒くなってきたから、こんな所で眠ってたら風邪引いちゃうよ」
「……おう」


共有スペースのソファで眠っていた轟は、白の呼びかけに身体を起こした。いつの間に眠っていたのか、辺りは薄暗く少し肌寒く感じる。それに気付いてか、白は轟の隣にぴったりと寄り添うように腰掛けた。


「ほら、こんなに冷えちゃってる」
「左手使えばすぐに温まるだろ」
「そういう問題じゃないよ。無防備にこんな所で寝てたら危ないってことも分かってね」
「…?白ならともかく、俺は男だぞ」
「最近の女の子は積極的なんだよ?寝込み襲われちゃうかも」
「さすがにそうなれば気付くだろ」
「じゃあ、私が眠ってる焦凍くんにキスしたの気付いた?」
「………」


白の言葉に無言で固まった。直前の言葉のせいでまるで気付かなかったとは言い難い。そんな轟の反応に白はくすくすと笑う。


「ふふっ、冗談だよ」
「…本気で焦った」
「これに懲りたらこんな所で無防備に眠らないで下さい」
「……頑張る」


轟らしい答えに白は眉を下げて微笑んだ。つい先程、轟に好意を寄せる女子生徒の話を聞いてしまったために少しキツく言い過ぎてしまったと申し訳ない気持ちになってしまう。轟が疲れているのは分かっていたのに。


「けどそうか」
「?」
「じゃあ、白がいるとこで寝れば問題ねぇってことだな」
「え?」


聞き返すと同時に肩に重みを感じた。こてんっと轟が白の肩に寄りかかったのだ。いつも自分がしていることをされて少し驚きつつ、余程疲れているのだろうかと心配になってしまう。


「大丈夫?」
「…おう」
「お疲れ様」
「…ああ」
「……」
「……」


どこか弱っている姿は珍しく、起こしてしまったことにやはり罪悪感を感じた。けれど、訪れた沈黙は嫌いではない。轟と過ごすゆったりとした時間に白も目を閉じてその時間に浸る。隣に感じる温もりと肩の重み、規則的な息遣い、触れ合った指先。どんな小さなことでも心を満たすには充分だった。

しばらく沈黙後、それを破ったのは轟の深い溜息だ。それを合図のように白は目を開けた。


「…なんか、わりィ」
「何が?」
「……かっこわりィとこ見せてんだろ」
「弱ってる焦凍くんは可愛いから、何も悪いと思わなくて良いよ」
「…だから可愛いはやめろ」
「ふふっ」


笑って誤魔化した白はこれからも轟を可愛いと言い続けるのだろう。頼り切ってしまっている自分にも非があるために、複雑な気持ちを抱きつつもそれ以上は言えなかった。


「ねぇ、焦凍くん」
「?」


呼びかけと共にすっと離れた白。そのせいで白の肩から頭が離れる。重かったか、と聞こうとしたところで、優しく頭に手を添えられた。そのままゆっくりと導かれた先は肩とは違って柔らかい場所で。


「肩じゃ首痛くなっちゃうよ」
「……」


そう言いながら髪を梳くように撫でる手と、頭に感じる柔らかな感触が心地よくて轟はそっと瞼を閉じた。


「疲れてたのに起こしちゃってごめんね」
「別に構わねぇよ。白と話出来たしな。……それに」


そう一旦言葉を区切り、轟は枕にしている白の太ももに触れた。


「ただ寝てるより、こっちのが遥かに良い」
「ふふっ、ありがとう」
「ありがとうはこっちの台詞だろ」


肩にあった重みは太ももへと移り、より愛しく感じる。安心しきったように身を任せてくれることが嬉しくて幸せだ。


「みんなが戻ってくるまでまだ時間あると思うから、もう少し眠ってて」
「……おう」
「良い夢見れると良いね」
「こんなことされてて良い夢見ねぇわけねぇだろ」
「本当に?じゃあ今度私にも膝枕してね?」
「……腕なら」
「ふふっ、よろしくお願いします」


今は目一杯甘えてもらって、今度は目一杯甘えさせてもらおう。白はそう考えながら轟の頭を優しく撫でた。どこか気持ち良さそうに緩む轟の表情に胸が満たされていく。お互いがお互いに甘いことを自覚しながら、それが幸せだと微笑んだ。


「おやすみなさい、焦凍くん」


ちゅっと音を立てて額に口付けると、轟は僅かに頬を緩めて眠りに落ちていった。規則的な息遣いが聞こえ始め、白は轟の頭をゆっくりと撫で続ける。


「…さっきはキスしてないなんて言ったけど、本当はキスしちゃってたんだ。嘘ついてごめんね?…焦凍くん、大好き」


いくら言っても足りない言葉を、夢の中にまで届くようにと願いを込めながら囁き、眠る轟の唇に再び口付けを落とした。


end
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一部死ネタに見えたことをお詫び致します(?)
見えない?私だけ?そしてこれは一体どういう状況だろうか?
一回膝枕ネタを書いたせいでそれと一緒にならないようにと思えば思うほど迷走した…
ほのぼのになってればいいな…!

title:きみのとなりで

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