料理は愛情


「めっちゃ燃えとるーーー!!」


ぶはっと吹き出した麗日に、慌てて消火活動に入る飯田。そして呆然とする面々と笑い転げる数名。寮の調理場で燃え上がる炎を見て白は首を傾げた。


「いやいやベタ過ぎるだろ」
「ベタ?」
「強火って言われていきなり最大火力で個性ぶっ放すのはさすがに驚いたけどな」
「そうね。まさか火柱が上がるほどとは思わなかったわ」
「だって天哉がそこで強火だって言った」
「限度というものがあるだろう!フライパンが炭になっていたぞ!そもそも料理に個性は必要ない!」


そう、料理。白が今挑戦しているのは料理だ。レシピを見ながら説明を受けて料理していたというのに目の前では惨劇が起きていた。


「砂糖と塩を間違える並みにベタだな」
「砂糖と塩は間違えない」
「"ひとつまみ"を"ひと掴み"したけどな」
「そんな曖昧な表記じゃ分からない」


塩少々はどのくらいかと聞いたとき、ひとつまみで良いと言われて鷲掴むほどの塩を手に取った白。さすがにそれも止められて料理に投入されることはなかったが、やることが常識外れで通りかかっただけの者たちも目が離せずにどんどん集まっているのだ。


「砂糖少々をひとつまみしたら少ないって言われた。少々でも量が全然違うから分かるわけない」
「まあ一理あるよな」
「俺も料理とかしねぇし全然分かんねぇわ」
「私もなんとなくでしか作らないから教えるとかはちょっと難しいかも」
「でもダークマター作るタイプじゃなくて消滅させるタイプだから火加減さえ何とかすれば何とかなるんじゃない?」
「適当だなおい」


芦戸の言葉に上鳴は頬を引きつらせた。消滅させるタイプもどうかと思う、と。その間も飯田が再びフライパンを用意してレシピを読み、白はその通りに料理を作る。けれどまた失敗に終わった。


「な、何故だ…!何故成功しない…!」
「何で飯田くんが白ちゃんよりショック受けとるん…」
「あれ?このレシピ、間違ってないかな?」


レシピを手に取った葉隠に全員が視線を向ける。浮いているレシピを覗き込んだ。


「言われてみれば確かに不自然ね。誤植かしら?」
「何!?それならばすぐに出版社に問い合わせしなければ!」
「でもこれ随分昔のみたいだし今は新しいのが出てるんじゃない?」
「つかこのレシピ誰が持ってきたんだよ?」
「料理したいって言ったらひざしがくれた」
「絶対いらないもん押し付けられたな…」


相談相手を間違えていたことに同情しかない。葉隠が気付いたお陰でこのレシピ本での料理はやめることになったが、ならば何を作れば良いのだと思案する。


「ところで白ちゃん!どうしていきなり料理したいなんて思ったの?」
「そういえば料理を作りたいと相談されただけで理由は聞かなかったな」


何故そこで飯田に相談したのだろうと疑問に思うも、恐らく1番に目に入った人物だったのだろう。もう少し内容で人を選ぶことを考えてほしいと思ったA組の面々だが、首を傾げて何で?と答える様は簡単に想像出来た。心の中で乾いた笑いを漏らして白の答えを待つ。


「…料理は、言葉に出来ない気持ちを伝えるのに良いって、言ってた」
「誰が?」
「テレビが」
「本当に影響されやすいよな…」
「料理は、気持ちを込めて作るもので、手料理は愛情で出来ていて、だから、美味しいって」
「はーん?愛情だけで美味くなんてなるわけな…」


パシンっ!と蛙水の舌が峰田の頬を直撃した。全員は峰田に目もくれずに白の話に耳を傾けている。


「出久に伝えたい気持ち、たくさんありすぎて、何伝えていいか分からない。だから、料理、作ろうと思ったの」
「好きな人のために手料理…!白ちゃんすっごい可愛い!なんかなんか青春!って感じだよね!」
「白の料理食べた緑谷の反応とか超見たい!」
「女子からの手料理とか…羨ましすぎて逆に怨めしいなちくしょう…!」


相変わらずの緑谷好き発言に葉隠と芦戸はテンションが上がってはしゃぎ、一部を除いて微笑ましく見守る者が多い。けれどその言葉に何の反応も示さず、白は目を伏せた。


「でも、上手く出来ない…レシピ覚えるだけなら簡単だけど、やること初めてのことばかりで難しい…」
「白ちゃん!練習すれば上手く出来るようになるよ!私も手伝うから!」
「ああ!俺も相談された以上、最後まで手伝うぞ!」
「…ありがとう、お茶子、天哉」


2人から優しく微笑みかけられ、白も表情を和らげた。緑谷にとても友好的な飯田たちは同じくらい白にも友好的で、困ったときはいつも頼ってしまう。


「あ!ならさ!あれ作ろうよあれ!」


ぽんっと手を叩いた芦戸の言葉に全員の視線が集まった。


◇◆◇

夕方になって外から帰ってきた緑谷を、白は真っ先に出迎えた。ぱたぱたと駆け寄って緑谷を見上げる。


「出久、おかえり」
「ただいま、白」
「出久、こっち」


微笑んだ緑谷の手を取り、ソファへと導く。頭にハテナを浮かべながらも緑谷は大人しくそれについて行った。


「待ってて」
「え、う、うん」


再びぱたぱたと奥へ消えていったかと思うと、しばらくして今度はゆっくりと何かを持って歩いてきた。その危なげな姿に思わずソファから立ち上がっておろおろと白を見つめる。


「白?だ、大丈夫?」
「大丈夫」


そろそろと運んできたものを緑谷の前に置いた。それをぽかんと見つめる。美味しそうな香りを漂わせ、白い湯気を上げる目の前の味噌汁に。


「……なんで、お味噌汁…?」
「私が作ったの」
「え!白が!?す、凄いね…!」


まさか白がこんなものを作れるとは思わずに素直に感心して、そんなことも出来るようになったのかと頬が緩んでしまう。


「飲んでも良い?」
「うん」
「いただきます」


両手を合わせて味噌汁を手に取った緑谷に白は「あ」と声を上げた。そして緑谷が味噌汁に口をつけた瞬間、口を開く。


「えっと、これから毎朝、私におみそ汁、作らせて下さい?」
「ぶふっ!!」


こてんっと首を傾げながら発せられた言葉に、盛大に吹き出した。げほげほとむせながら緑谷は顔を真っ赤にして白を見つめる。


「え、ま、ままま、まい、まい…っ、おおおみ、おみ、おみそしるって…!?なななな…!」


以前にプロポーズ事件があったせいか変に意識してしまいまともに言葉が出てこない。白にどういう意図があっての言葉なのか確かめたいのに。
それをこっそりと影から見ているのは今回の首謀者たち。白が緑谷に味噌汁を持って行く際、芦戸が吹き込んでいた言葉に呆れるしかない。


「おいおい悪意ありすぎだろ…」
「だってー、前のプロポーズ事件で緑谷まだ白に返事してないんだよ?やっぱ返事させたいじゃん!」
「いやいや、その前にまたあいつ心肺停止したら答えるどころじゃなくね?」
「つーか女子から2度もプロポーズさせるとか男らしくねぇよな」
「さっさと答えないんだから男らしいも何もないっしょ」
「確かにそうかも」
「はっきり答えを出さなければ白くんに悪いだろうが、プロポーズだからな。一生のことにそう易々と答えは出せないだろう。そもそも2人は交際しているのか?それを飛ばして結婚などと言っているのならそれは白くんに考えを改めさせて…」
「お前は白の父親かよ!」
「もー!うるさい!2人の会話聞こえないから静かにして!」


その言葉に全員大人しく2人の会話に耳を傾ける。かなり騒いでいたはずだが、動揺する緑谷には気付かれていないようだった。


「出久?美味しくなかった?」
「お、おおおお美味しいよ…!凄く美味しいと思うんだけどなんかもう味が分からないくらい混乱してて…」
「ちゃんと気持ち、こもってる?」
「気持ち?」
「愛情」
「へ!?」


更なる追撃に素っ頓狂な声を上げた。


「料理が美味しいのは、愛情のおかげだから」
「え、あ、ああああい、愛情って…!?」
「お茶子と天哉と透と三奈と梅雨と範太と電気と鋭児郎と一応実」
「そ、そうだよね!あはは…」
「と、私」
「!?げほっ、ごほっ!」
「出久?大丈夫?」


再び口をつけた際に足された言葉に動揺し、慌てて水を飲む。着々と体力を削られている気分だった。


「やっぱり、美味しくない?」
「美味しいよ!!愛情いっぱいでとても美味しいです!!んぐんぐっ、ご馳走様でした!!」
「そっか、良かった」


不安げな瞳を見て、緑谷は味噌汁を一気に飲み干した。やはり味は分からないくらいにそれどころではなかったけれど、白のその気持ちが嬉しくて仕方がないのは間違いない。だから美味しいに決まっている。そう思った。


「…ありがとう、白」


何とか心を落ち着けて、白に優しい笑みを浮かべた。白はどこか満足そうに頷く。


「今度は、力とお菓子作る約束した」
「砂藤くんお菓子作り得意だし白は甘いもの好きだもんね!」
「好きだけど、私のじゃなくて出久の」
「僕?」
「またいっぱい愛情こめるから、待ってて」
「…っ!」


油断した緑谷の心臓へ向けられた直接攻撃に、緑谷はその場に突っ伏した。またプロポーズ事件の二の舞だ。首を傾げた白に、さすがにまずいと見ていたA組の助け舟が入るのだった。


end
ーーーーー
甘いというよりひたすらに夢主が出久を攻める話になりました(?)
火の個性はきっとどこかで手に入れたんだと思います!そもそも寮に台所…?って思いましたが細かいことは気にしちゃダメです。
簡単な料理なら出来る子です。分量ちゃんと量るお菓子作りは完璧。
勝手にジュンブラの続きで書いてしまった。


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