髪を梳く

※直也妹

凪と哲が外へ遊びに行ったのを確認して私は1人頷いた。よし、今がチャンスだ。普段はお屋敷の中を走ると怒られるからやらないけれど、すぐにでも会いたい人がいるために急いで目的の部屋へ向かう。パタパタと駆けて行き、扉から中を覗いて思わず目を輝かせた。そしてソファに座って本を読む大好きな人に飛び付いた。


「直兄様!」
「おっと。飛び付いてきたら危ないよ、優」


咎めるような言葉だけど口調はとても優しい。座る直兄様の腰に抱きつき、頭をグリグリと擦り付ける。


「直兄様、直兄様!」
「ふふ、今日は随分と甘えてくるね」
「私はいつでも直兄様に甘えたいです!」


ぎゅうぎゅうと抱きつく私を嫌がりもせず、直兄様はいつものように髪を梳かすように撫でてくれる。それがとても心地よくて好きだ。直兄様が大好きだ。


「いつでも直兄様に甘えたいのに凪がいると邪魔をしてくるので、凪が出かけるのを待っていたのです」
「凪が邪魔を?」
「私が直兄様を独占するとすぐ怒ります」


凪と喧嘩するときは大抵は直兄様のことだ。双子の凪にだけは直兄様を取られたくないからいつもムキになってしまう。直兄様には良い子だと思ってほしいからなるべく喧嘩なんてしたくないのに……だから喧嘩にならないようわざわざ凪が出かけるのを待っていたのだ。


「だから今だけは私に独占されて下さい、直兄様」


抱きついたまま直兄様の顔を見上げると、とても優しい表情をしていた。心がぽかぽかと暖かくなる。


「好きなだけ独占していいよ」
「…!はい!」


綻ぶ顔を抑えきれずに破顔し、再び髪を梳くように動きだした手に目を閉じた。さらさらと髪に指を通している感覚が何度も何度も往復する。今は直兄様は私だけを見てくれている。満たされた気持ちに抱き締める腕に力を込めた。


「優の髪は綺麗だね。触っていてとても気持ちが良いよ」
「直兄様の髪だって綺麗です!私は直兄様の髪の方が好きですよ!」
「ありがとう」


微笑まれると力が抜けてふにゃりと顔が緩んでしまう。直兄様は相変わらず素敵だ。ごろんっと直兄様の膝の上に転がっても直兄様は何も文句など言うことなく、手にしていた本を置いて再び私の髪を梳き始める。


「優が俺や凪みたいな髪質にならなくて良かったよ」
「…私は、直兄様とお揃いの方が良かったです」


凪と直兄様の髪は似ている。凪が髪型を似せてるせいもあるけど、一目で兄弟だと分かるだろう。だから私も直兄様とお揃いが良かった。その点で凪は羨ましくて恨めしい。


「…直兄様くらい短くしたら少しは近付くでしょうか」
「それはダメだよ」


間髪入れることなく発せられた言葉に、私は目を丸くして直兄様を見つめた。すると直兄様は私の髪を一房手に取ると、そこへ唇を寄せた。ちゅっと、髪に口付けを落とされる。その一連の動作に見惚れてドキドキした。


「優が髪を短くするのは俺が許さない」
「な、何故ですか?」
「優は絶対に長い方が似合っているからね」
「そう、ですか…?」
「うん。だから短くしないで。このままでいてほしいな」
「……直兄様が言うなら…」


私がそう答えると直兄様は嬉しそうに微笑んだ。その微笑みだけで私まで嬉しくなってしまう。


「ありがとう、優」
「お礼を言われるようなことは言ってませんよ!」
「俺のお願い聞いてくれただろう?」
「こんなの全然お願いにも入りません!お願いならもっと他に聞きますよ!直兄様のお願いなら何でも聞きます!」


勢いのままに起き上がろうとしたけれど、優しく制止されて再び直兄様の膝へと逆戻りした。ぱちぱちと瞬いて直兄様を見つめる。


「じゃあ、お願い」
「はい!何でしょう!」
「もう少しこのままでいて」
「え?」


それは果たしてお願いなのだろうか。ただの私の望みなのに。直兄様は優しいから私の気持ちを汲んで言ってくれたのではないかと思ってしまう。


「嫌?」
「嫌なわけありません!嬉しいです!」
「それなら良かった」


直兄様は安心したように微笑んで私の髪を梳き始めた。何度やられても直兄様の手は心地よい。眠くなってきてしまう。でも、せっかく直兄様と2人きりの時間を過ごしているのに寝てしまうなんてもったいない。だから私は必死に眠気と戦う。


「眠いなら寝ていいんだよ」
「…嫌です…せっかく、直兄様とお話しているのに…」
「いつでも出来るだろう?」
「…2人きりでは、なかなか出来ません…」


そう答えながらも動き続ける直兄様の手に瞼が落ちそうだ。直兄様は何か考え込むように口元に手を当てると、思いついたように私に微笑んだ。


「なら、今夜は俺の部屋にくる?」
「……え…?」
「たまには一緒に寝ようか」


予想もせぬ提案に驚いて目が覚めた。直兄様は冗談で言っていない。本心で言ってくれている。直兄様と一緒に寝てもいいんだ…!


「はい!!」


私は嬉しさを隠しもせずに大きく答えた。


「凪が知ったらきっと怒るだろうから、今夜だけ特別で…2人だけの秘密だよ」


口元に人差し指を当て、いたずらっ子のように笑う直兄様に私は満面の笑みで頷いた。嬉しさが爆発してぎゅーっと直兄様の腰に抱きつく。それでも直兄様の私を撫でる手は止まらなかった。
今夜をとても楽しみにし、凪たちが帰ってくるまで私は直兄様に抱きつき続けたのだった。


end
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直也妹で凪の双子。
直兄大好き!!!な子で下手したら近親相姦になりそうだけどただのブラコンです。冴木家の双子は揃ってブラコン。だって兄が直兄だもん仕方ない。
凪としょっちゅう喧嘩するけど、充が現れてからは2人で協力することが増えたはず。敵は大好きな兄を奪ったチャラついた奴って殺気立って哲に呆れられる。

title:きみのとなりで


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