手を重ねる

反政府組織とは関係ない。そんな私の言い分などまるで聞こえていないかのように、特高様は私を無理矢理に連行していく。どれだけ暴れても離してくれる気はなかった。


「…なんで、こんなことに…」


監獄十二階の地下の檻へと閉じ込められた私はそう零した。まだ尋問も拷問もされていない。拘留されているだけだけれど、いつ恐ろしい拷問が始まるのかと思うと気が気ではなかった。怖い。怖い。怖い。私が何をしたっていうんだろうか。


「…父様と母様は、どこへ連れていかれたんだろう…」


父様と母様が反政府組織へ加担していると、先ほど特高様が話していたのを聞いた。だから私もここに連れてこられたのだろう。父様たちに限ってそんなわけないと言える根拠もなく、無駄だと分かってしまって反論の言葉すら出なくなる。だって仕方がない。特高様は…私たち市民の話なんて何も聞いてくれないのだから。


「…私は、どうなってしまうんだろう」


そう呟くと、瞳からぽろりと涙が零れた落ちた。それをきっかけに次から次にどんどん零れ落ちてしまう。


「ぅ…ひっく…」


監視も誰もいない、怖いほど静かな空間で私の泣き声だけが響いていく。泣いたって意味がないなんて分かっているのに、止め方が分からない。腕でごしごしと擦っても止まることはなかった。


「そんなに擦ってはダメだよ」
「!!」


涙を止めることに必死で人が来ていたことにまるで気がつかなかった。檻の前に立つ人物をぼやける視界に映す。顔はよく見えないけれど、特高の制服を身にまとっている。思わず身体が強張った。恐怖を押し殺して強く睨みつける。


「これを使って」


しかし私の態度など気にした様子もなく、その人は檻の隙間からハンカチを差し出した。驚いてぽかんとそれを見つめる。


「大丈夫、綺麗なものだから」
「……」


そういう意味で受け取らなかったわけではないのだけど…毒気を抜かれて私はゆっくりと檻の側に近付いた。差し出されたハンカチを恐る恐る受け取る。近くで見たその人は、優しい表情で微笑んでくれた。特高様にこんな表情向けられたのは初めてでまた驚いてしまう。


「……」
「少し赤くなってしまったね。もう少し早く来るべきだったよ」
「………い、え。ありがとう、ございます」
「お礼を言うのはもう少し待ってくれるかな」
「え…?」


予想もしない言葉にその人を見上げる。


「君が無実なのはちゃんと分かってる。だから、必ずここから出してあげるから」
「…!」


驚いて声も出なかった。一体この人は何を言っているのだろう。特高なのにおかしなことを言う彼の瞳は、とても真剣だった。


「……父様と、母様、は…」
「それは…」


真っ直ぐに私を見詰めていた彼の瞳が気まずそうに逸らされた。それだけで全てを理解した。父様と母様は、きっともうダメなのだろう。本当に反政府組織に加担していたのか、私には分からずじまいだ。俯き、膝の上でぎゅっと拳を握り締める。やり場のない気持ちを抑えるために。


「……そう、ですか」
「…ごめん」
「…いえ」
「でも君だけは必ずここから助け出すよ」


そう言って彼は、強く握り過ぎて白くなってしまった私の手に手を重ねた。手袋越しなのにとても優しい温もりが伝わってくるようで、理由も分からず安心してしまう。


「必ず助けるから。だからもう少しだけ待ってて」
「……どうして、そこまでして下さるんですか…?」


私を捕らえたのが特高様なのだから、見知らぬ特高様に助けてもらうなど考えもしなかった。だからその疑問を口にする。
けれど彼は何も言わず、重ねた手に少しだけ力を込めて微笑むだけだった。檻ごしに見つめ合い、こんな状況なのに少しだけ胸が高鳴ってしまう。


「時間か。そろそろ見張りが戻ってくるね…。それじゃ俺はもう行くけど心配しないで」


安心させるような言葉と共に離れてしまった手に名残惜しさを感じた。


「あ、あの…!」
「どうかした?」


思わず引き止めてしまった。ここに来てこんなに安心出来る人は初めてだったから離れるのが寂しい。引き止めてしまった理由を必死で探し、私はたどたどしく口を開いた。


「あ、の…、お、お名前、は…?」


彼は一瞬ぽかんとしていたけれど、すぐに微笑んでこちらに向き直った。


「冴木直也です」
「…冴木、直也様…」
「また会えるのを楽しみにしているよ、優」
「!」


名前を呼ばれてどきりとする。嫌な鼓動ではなく、どこかむず痒いような不思議な感覚だ。


「それじゃ、また」
「は、はい…!冴木様、お気をつけて…」


冴木様はにこりと頷き、踵を返して行ってしまった。私は今だに残る手の温もりに縋るよう、自分の手を胸に抱いた。ドキドキと鼓動する心臓は先ほどの恐怖などまるでない。


(…本当に、出れるのかな。…もし出れたら、冴木様にお会いしてちゃんとお礼を言わないと…)


お礼を建前に、会ってもっとお話しがしたい。こんな不純な気持ちではダメだろうか。けれど冴木様と会ったら何を話そうかと考えていると、今の状況も全然怖くはなかった。


「会いたい、な」


両親がいないならもうここから出ても意味がないと考えていたけれど、初めて会って少し話しただけの相手なのに、頭の中はもう冴木様のことでいっぱいだった。彼に会うことが生きる希望になった。


その後。私の容疑が晴れて釈放され、再び冴木様と再会して恋仲になるまでは、そう遠くない話だ。


end
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直兄さんの夢女子が本編にて殺されたけど夢小説は自由だから…
レストランで働いてる夢主に直也が一目惚れだったとか、実は小さい頃よく一緒に遊んでいた幼馴染とか、解釈は自由で。
草間さんと千代ちゃん足して割ったみたいな話になった気がしないでもない。色々活かせなかったので反省。

title:きみのとなりで



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