頭を撫でる

「充先輩!」
「おお、優。相変わらず元気だな」
「はい!」


充先輩に会ったから元気なんですよ!とは言えずに大きく頷いた。今日はなんて良い日なんだろうか。見回り中の充先輩とお会い出来るなんて…!


「充、先輩…?」


どこか訝しげに呟かれた言葉に、そちらに視線を向ける。充先輩しか見えていなかったけれど、隣にはどこか直也先輩に似ている男の子がいた。服装からするに、充先輩たちと同じ特高のお方だ。


「…あ、特高様…ご苦労様です」
「こんな奴にそんな恐縮することないぞ」
「こんな奴とはなんだ!」


充先輩は男の子を宥めるように頭をぽんぽんと撫でている。男の子は振り払って文句を言っているけれど……


(羨ましい…)


充先輩に頭を撫でてもらえるほど仲が良いということだ。羨ましいこのこの上ない。しかも充先輩は楽しそうだった。羨ましいと思う気持ちと、少しの嫉妬。見知らぬ特高の男の子に嫉妬心を抱いてしまうなんて最低だ。


「それで、この人は充の知り合いか?」
「ああ。大学の後輩だ」
「大学の…てことは兄貴の後輩でもあるのか…」
「結局そこかよブラコン」
「うるさい!!」


はっ、と鼻で笑うような態度を充先輩はよくする。そして私はそんな表情がとても好きだ。そんな表情を向けられている男の子がやっぱり羨ましい。


「優、こいつは凪。直也の弟だ」
「……え!直也先輩の?」


驚いてその男の子をじっと見つめた。確かにどこか直也先輩に似ている気がする。


「……冴木凪です」
「あ、榛名優です…!直也先輩には大学時代大変お世話になりました…!」


主に恋愛のことで。そう出かけた言葉を何とか飲み込む。あ、危なかった。本人目の前に言えるわけがない。


「可愛いだろ?」
「「はぁ!?」」


突然の充先輩の言葉に凪くんと声が重なった。お世辞だとしても嬉しくないわけがなく、顔が熱くなっていく。


「けど手は出すなよ。優は俺が狙ってるからな」
「「はぁぁ!?」」


また重なった。私も、何故が凪くんも頬を赤くして充先輩を見つめる。そして気付いた。にこにこと楽しそうな充先輩は、凪くんをからかっているのだと。途端にドキドキと高鳴っていた鼓動が落ち着いていく。良かった、いつもの冗談だ。


「は、初めて会った女性に手出すわけないだろ!充じゃあるまいし!」
「俺は今は優一筋だからな。手当たり次第に手なんか出さないさ」
「そんな浮ついたことを…!恥ずかしくないのか!」
「むしろ何でお前が恥ずかしがってるんだ?」


にやにやと楽しそうな充先輩に怒る凪くん。先ほどから怒ってばかりの凪くんはとても直也先輩とご兄弟とは思えない…正反対の性格だ。


「……」


やり取りから2人の仲の良さが伝わってくる。大学の後輩だった私よりも、いま特高で後輩の凪くんと仲良くなるのは当然だろう。寂しいけれど、納得は出来る。


「あの、お仕事中にお声かけしてすみませんでした。充先輩、凪くん、お仕事頑張って下さい。それでは…」


ぺこりと頭を下げて来た道を戻ろうとすると腕を掴まれた。驚いて振り返るとそこにはどこか呆れた表情の充先輩がいた。


「充先輩…?」
「まったくお前なぁ。今の話聞いててそりゃないだろ」
「え…?」


今の話とはなんだろうか。どこの話だろう。私が思案していると、充先輩は溜息をついた。


「もうすぐ見回り終わるから、そこのカフェーで待ってろ」
「待ってろって…それは一体…」
「狙ってる女をそうやすやすと逃すわけないだろう」
「…………え」
「だから逃げずに、良い子で待ってろよ」


少し意地悪な表情と優しい声音で、ぽんっと頭を撫でられた。理解した途端に私の心臓はドキドキと早鐘を打ち出し、熱が頬に集中していくのが分かる。まるで大切なものを扱うような撫で方に思考が追いつかない。


「返事は?」
「は、はい!!」


けれど、そう問われて条件反射のように大きく返事をしてしまった。それを聞いて充先輩は満足そうに微笑んでいる。凪くんではなく、私に向かって微笑んでくれている。嬉しさで胸が一杯だった。


「それじゃ早く終わらせるぞ凪。俺の恋路のためだ」
「よりにもよって充なんかに……あとで兄貴に言いつけてやる」
「直也は優に甘いから無駄だぞ」
「……兄貴も公認なのかよ」


何でこんな奴を、っと呟いた凪くんはどっと疲れたような表情だった。けれどそれを気にして声をかけられるほどの余裕は私には残っていない。充先輩と2人の時間を過ごせると思うだけで幸せなのだから。


「それじゃ、また後でな」
「はい!お待ちしています!」


充先輩と凪くんの背が見えなくなるまで見送り、充先輩が撫でてくれた頭に手を乗せた。まだ温もりが残っている気がして口元が自然と緩んでしまう。


「直也先輩にお会いしたら今日あったこと伝えないと…!」


充先輩に頭を撫でられたと伝えるだけのはずが、告白されて付き合うことになったと伝えることになるなど考えもせず、私は指定されたカフェーへと入って行くのだった。


end
ーーーーー
充より年下で凪より年上。
大学のときから充が好きで相談相手は直也だったせいで一緒にいた時間はたぶん直也の方が長い。その頃は凪が兄を取られたようで嫉妬してたら良いな。

title:きみのとなりで


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