悩んだ心を大切にしたいね

「おー、いたいた。こんな所にいたかヘタレ」


世間はホワイトデーで甘い空気に包まれる人たちが多い中、1人どよんっと重い空気を纏っている私はそう声をかけられた。街中でヘタレ呼ばわりだよ…。こんなことを言ってくるのは彼しかいない。


「どうせヘタレですよーだ。サボりですか、充先輩」


学生時代の先輩だった彼は今、特高の制服を着ている。監獄十二階の特高様だ。にも関わらず1人でこんな所をうろうろしているのだからそう聞きたくもなる。私の問いかけに充先輩は笑って誤魔化した。


「また凪くん置いてきたんですか?そろそろ本気で怒られますよ」
「凪はいつもキレてるから問題ない」
「その原因は貴方ですってば」
「そんなことより優」


そんなこととか言われちゃったよ。本当にこの人は特高様なのだろうか。呆れて充先輩を見つめていれば、にやりと笑みを返される。


「バレンタインに渡せなかった本命チョコレートをいつまでも持ってるなんて未練がましいぞ?」
「!」


な、何故私が渡せなかった本命チョコを未だに持ち歩いてることを知ってるの…!?ちゃんと隠し持っているのに。隠し…持って……本当に自分のヘタレさというか意気地のなさに惨めな気持ちになる。隠し持っていたチョコを取り出しそれを見つめると、物凄く深い溜息が漏れてしまった。


「本当に自分でも嫌になりますよ…何でこんなに…。充先輩、意気地のない私を殴って気合い入れて下さい…」
「仮にも女の子を殴れるわけないだろ」
「仮にもは余計です!れっきとした女の子ですから!」
「言い返せるなら大丈夫だな」


そう微笑んで充先輩に頭をぽんっと撫でられた。……慰めてくれている。こうやって女の子の扱いが分かっている上に優しいからモテるんだろうな。顔も良いし背も高いし……いやそれでも私は好きにはならないけど。だって私は、あの人のことが…。


「やっと見つけたよ、充……って、あれ、優?」
「!」


思い浮かべた人が目の前に現れた。思わず身体に力が入る。


「な、直也先輩…!」
「よお直也、どうした?」
「どうしたじゃないよ。また俺の弟放ったらかしてるだけじゃなく、まさか優に迷惑かけてるなんて…」
「放ったらかしたのは事実だが、迷惑はかけてないから安心しろ。お前こそ哲を放ったらかして俺を探しに来たのか?」
「どこかの誰かと一緒にしないでほしいな。哲は凪と一緒に市街調査にいってもらってるよ」


やれやれと呆れたように笑った直也先輩に充先輩も笑っている。この2人は昔から分かり合ってる雰囲気を出すから羨ましい。信頼し合ってるんだろうなぁ。学生時代の2人を重ねて見ていると、ふと、直也先輩と目が合った。そしてその視線は私の手元へと向く。


「優、それはお返しもらったの?」
「え!?」


直也先輩に見つかってしまった。直也先輩に渡すはずだった本命のチョコレートを。


「えと、あの、こ、これは…!」


バレンタインで直也先輩にあげるものでした、なんて言えるわけがない。渡せなかっただけでなく、それを未練がましく持っているなんて当日に渡すよりも恥ずかしいことだ。私は必死に頭を回転させて咄嗟の嘘を思い付く。


「そ、そうなんです!ここここれ充先輩からのお返しなんです!」
「はぁ!?」


予想以上に充先輩が驚いている。目を見開いたかと思えば今度は呆れたように溜息をつかれてしまった。


「お前なぁ、俺を巻き込むなよ…俺に身の危険が及ぶだろ」
「身の危険…?」
「へえ、充…。優にチョコ貰ってたんだ」


充先輩は何を変なこと言ってるんだろうと思ったけど、笑顔なのに何故か笑っているように見えない直也先輩にその思考は吹っ飛んだ。充先輩は顔を引きつらせている。


「ご、誤解だぞ直也。俺はこいつに貰ってないし返してない。これはどこかの意気地なしがバレンタインに渡せなかった産物だ」
「え?」
「ちょ!!だから一言余計ですってば!」


今度は私が顔を引きつらせる番だ。あんなことを言われたらもう言い逃れ出来ないじゃないか。充先輩恨みますからね…!


「優、バレンタインにチョコレート渡したい人がいたんだね」
「え、っと…その…はい…」


さっきから格好悪いところばかり見せているけれど、直也先輩に良いところを見せられないのはいつものことだ。だったらもう開き直るしかない。私はあははと渇いた笑いを漏らした。


「結局怖気付いて渡せなかったんですけどね。けどそれに後悔してて…まだ未練がましく持っているんです」


食べることも捨てることも出来ずに。そのせいで後悔は募っていく一方だった。そんな私に直也先輩は視線を合わせるように少しかがんで微笑んでくれた。


「優からのチョコなら誰だって喜んで貰うと思うよ」
「そんなわけ…」
「少なくとも俺だったら嬉しい」
「え…」


どきりと胸が高鳴った。直也先輩の瞳は嘘を言っているようには見えなくて、高鳴った胸はどんどん鼓動を早くしていく。恥ずかしいのに優しい微笑みに視線を逸らせない。


「だから今からでも遅くないんじゃないかな。渡してみたらどう?」
「……」


充先輩が小さく溜息をつくのが聞こえた。前々から直也先輩のことを鈍感だと言っているから今もそう思ったのかもしれない。私もそう思います。結構好きだってアピールはしてきたと思うんだけど、一向に気付いてもらえなかった学生時代が懐かしい。今も昔も変わらない直也先輩に思わず笑みが漏れた。


「?どうかした?」
「ふふ。いえ、何でもありません」


首を傾げる直也先輩は可愛らしい。そんな先輩を見ていたら、1ヶ月前の自分がバカらしくなってしまった。もしあのときにチョコを渡していても、直也先輩はこうやって私に笑顔を向けていてくれただろう。直也先輩は直也先輩なのだから。きっと変わることはない。


「あの、直也先輩」
「ん?」
「これ…1ヶ月前に用意したものですけど…受け取ってくれますか…?」
「え…?」


そう思ったら勇気が湧いてきた。だから勇気を出してそう言ってチョコを差し出せば、直也先輩はきょとんとした表情を浮かべている。その表情をみたらまたドキドキと鼓動が早くなって頬が熱くなるのを感じてきた…けど、ここで引き下がったらダメだ。ここまできたんだからちゃんと渡すんだ…!


「こ、これ…!直也先輩に渡すつもりだった本命チョコなんです!だから…っ」


最後まで言い切る前に、私の手からチョコがなくなる。直也先輩が受け取ってくれたのだ。先程の驚いた表情から一変、今は優しく微笑んでいる。私の好きな笑顔で。


「そっか、俺のために…。ふふっ、ありがとう、優」
「い、いえ…」
「ホワイトデーだしすぐにお返ししたいけど、あいにくお返し出来るような物を今持っていないんだ」
「そんな!お返しなんていいですよ!私が渡したかっただけ…」
「だから、」


私が慌てていると、遮るようにぽすっと特高様の帽子をかぶせられた。直也先輩の帽子は大きくて目の前が見えなくなって余計にパニックになると、ちゅっと…唇に柔らかい感触を感じた。暗闇の中で何が起こったかは分からない。分からないけれど、今のは…今のは間違いなく………
思考がまとまる前に視界が明るくなった。直也先輩が帽子を取ってくれたようだ。そのまま直也先輩は帽子をかぶり直し、いつもとは違ういたずらっ子のような笑みを浮かべた。


「今はこれでいいかな」
「……〜〜〜っ!!」


そんな直也先輩を直視して、先程の出来事を全てを察して、私は何も言えずに真っ赤になってその場に蹲ることしか出来なくなった。心臓の鼓動が今までと比べものにならない。破裂しそうだ。私は、とんでもない人を好きになったのだと今更気付いてしまった。


「まったく、本当は最初から全部お見通しってか?タチが悪いな」


そう呟いた充先輩の言葉に全力で同意だったけれどそんな余裕もなく、やってきた哲くんと凪くんに首を傾げられるのだった。

end
ーーーーー

直也先輩も充先輩も全部知っててあえて告白とかさせるタイプだと思ってる…
いや直也先輩は優しいからそんなことしないだろうけど…!
帽子かぶせるってのがすごく好きだからよくやりたくなる。
この時代にWDあるのかもそうだけど1ヶ月前の…とか気にしたらダメです。

title:きみのとなり


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