数年越しの想い

「あの世とこの世の狭間ありがとーーー!!」


私的に可愛くラッピングした大本命のチョコレートを掲げて叫んだ私に、音子ちゃんと大外くんからの冷たい視線が刺さる。不謹慎だよねそうだよね分かってるよ!分かってるけど!


「ライバルがいないんだよ!?私だけ本命チョコを渡せるなんてこの黄昏ホテルじゃなきゃあり得ないことなんだよ!?」
「いや、別に私たちに言い訳しなくても…」
「まあ阿鳥さんのことだし、現世じゃ確かに有り得ないことだろうね」
「そうなの!だからこの嬉しさは叫ばずにはいられなかった…!」
「そこで叫ぶあたり、君が現世で阿鳥さんに相手にされない理由が分かるよ」
「大きなお世話だから!」


私が中学は無記名で下駄箱にチョコ入れて、高校は同じく無記名だけど本命だとメモを添えたチョコ入れて…!阿鳥先輩が卒業するまで続けて、先輩がホテルに就職してからも無記名で高級チョコをフロント経由で渡し続けたし…!ライバルと争うことなく空気のように片想いし続けてきたんだ…!どれだけこの状況が大切か2人とも全然分かってない!!阿鳥先輩に私が、直接本命チョコを渡すというこの状況が!私はきっとこの日のために生きてきたんだ……いや、生きてるかどうか分からないけど。


「とにかく、阿鳥先輩に本命チョコを渡せれば私は悔いなくあの世に行けるよ」
「いやいやいやまだ死んでるとは決まってないでしょう」
「死んでてもって話!」


でも、生きてたとして現世に戻っても…私は忘れちゃってるんだよね。自分が特別な人間じゃないことくらい分かってる。覚えてるなんてそんなこと、きっとない。だったらこのままあの世に行った方が幸せとさえ思えるんだ。


「とりあえず、渡してくるね!好きですって何年も抱えてきた気持ちを伝えてくる!」
「そこに羞恥はないんだね」
「だって阿鳥先輩を好きになるのは必然だよ?何を恥ずかしがることがあるの!」
「凄いな」
「勇者ですね」
「それにそもそも返事は求めてないし!私が伝えて渡したいだけだから!」


阿鳥先輩みたいな特別な人と付き合えるなんて思ってない。阿鳥先輩はきっと中高同じだったことなんて知らないだろうし、この黄昏ホテルで会ったのが初めてだと思ってるんじゃないかな。けどそれで良い。今日、面と向かって、私を認識してもらって好きだと伝えるのだから。


「それじゃ行ってくるね!骨は拾ってくれ!」
「ああ、ちゃんと支配人の頭で焼却するよ」
「それは何か嫌なんだけどーーーー!」


走り出した足は止まらずに私は大外くんに叫びながらも阿鳥先輩の元へと向かった。


「さっきの優さん、ちょっと可愛かったですね」
「は?」
「伝えて渡したいだけだって言ったとき、はにかんでいて凄く可愛かったです」
「普段は変な人だけど、彼女も普通に恋する乙女だってことだよ」


私が去ったバーでそんな会話がされていたことなど知る由もなかった。


◇◆◇


阿鳥先輩はお客さんがいなくなった食堂にいた。いつもここの掃除を丁寧に丁寧にしている。手を抜かない人だ。気付かないうちに無理をしている人だけど、そんなとこも好きの1つだと思う。それも含めて、良いとこも悪いとこも含めて、私が好きな阿鳥先輩なのだから。


「あれ、優ちゃんどうしたの?」


私に気付いた阿鳥先輩がきょとんとこちらを見つめてくる。うあ可愛い…中身だけじゃなくて見た目も最高なんだよね…イケメンで可愛いとか兵器か。


「優ちゃん?」


もう一度名前を呼ばれ、私は阿鳥先輩の傍まで行くとラッピングしたチョコレートを差し出した。再びきょとんとした瞳が私を見つめる。


「阿鳥先輩、今日は現世ではバレンタインですよ」
「あ、そうだったね」
「だからこれ、チョコレートです」
「よくここにこんな材料あったね?いつもありがとう、優ちゃん」
「いえいえ。…それで、それ、本命チョコなんです」
「え?」
「私、実は阿鳥先輩に会うの初めてじゃないんです!中学のときからずっとずっと大好きでした!あ、違う過去形じゃない、今も大好きです!」


あ、やばい。心臓がバクバクしてる。告白なんて、別に緊張しないと思ってた。だって答えを期待しているわけじゃないから。それに阿鳥先輩は優しいから断り方だって優しいはずだ。だから傷付くこともない。緊張する要素なんて、ないと思ってたのに…。
顔が熱くなっていくのに手先はどんどん冷たくなって震える。うるさく鼓動する心臓の音は阿鳥先輩に聞こえてしまうのではないかと思うほどだ。なんでこんなに…泣きそうになってくるんだろう。
思わず俯いてしまって阿鳥先輩の顔は見えない。しまった。これからどうすれば良いんだろう。
なんとか心臓を落ち着けようとしていると、阿鳥先輩はくすくすと笑った。何故笑う。


「あの…何かおかしかったですか?」
「ふふ、そうだね。何か優ちゃんが色々勘違いしてるみたいでおかしかったかも」
「勘違い?」


何だ?まさか阿鳥先輩を優しいと思ってたけど実は優しくないとか?こっぴどく振られるとか?
聞き返して答えを求めれば、阿鳥先輩は私のチョコレートを目を細めて見つめた。何、その愛しそうな目は…


「俺、優ちゃんが中学と高校の後輩って知ってたよ」
「…………え!?」


ちょっと待てどういうこと…?何で?え?は?嘘でしょ?意味わかんない!!混乱して何も言えずにいる私をよそに阿鳥先輩は続ける。


「中学のとき、優ちゃんが俺の下駄箱にチョコ入れるの見ちゃったんだよね」


そこから!?私マヌケすぎないか!?


「それから毎年同じ包装…独特なリボンの結び方で、市販のチョコレートが届いた。ホテルに就職してからもね。無記名でもたくさん貰ってたけど、その結び方が優ちゃんだってずっと知ってたんだ」
「ぜ、全部バレてたんですか…私ただのストーカーじゃないですか……不器用な自分が恨めしい…」
「俺は嬉しかったよ」


そう微笑む阿鳥先輩を直視できずに視線を逸らす。落ち着けようとしていた心臓は早くなるばかりだ。


「ホテルに来た人たちは記憶が曖昧だし、優ちゃんの方が忘れてると思ってたよ」
「え!?何でですか!」
「優ちゃんがホテルに来たとき、俺は確かにお客様扱いはしたけど、初めましてとは言わなかったのに、優ちゃんがそう言ったからね」
「え……」


ホテルに来たばかりのときの記憶を思い出す。確かに最初ここに来たときは記憶が曖昧だった。けど、阿鳥先輩に会って大半の記憶は思い出したんだ。思い出したからこそ、阿鳥先輩は私のこと知らないと思って「初めまして」と言った。…そういえば確かに、阿鳥先輩と自己紹介しあったとき、初めましてって言われてない…?


「だけど、チョコを貰えて安心したよ。優ちゃんは俺のこと忘れてない、俺の知ってる優ちゃんだった」
「……恥ずかしい…」
「ずっと俺を想ってくれてありがとう。返事だけど…」
「あああああの!!」
「?」


返事と聞いてまた心臓が跳ねた。心臓発作で死ぬかもしれない。いやダメだ死んだら支配人の頭で焼却なんて嫌すぎる。深呼吸をしてなんとか自分を落ち着けた。


「へ、返事とかいらないので…!」
「え?」
「…わ、私が伝えたかっただけなので。阿鳥先輩に色々バレてて予定が狂いましたけど、私の目的は好きだと伝えてチョコを渡すことで終わりです!その先は私の心のために聞けません!」
「…そっか」
「そうです!」


分かってもらえて良かった。阿鳥先輩も無駄な労力を使わずに済んで良かっただろう。ほっと息を吐く。


「じゃあ返事はホワイトデーにね」
「はい!?いやだからですね!?」
「……俺が優ちゃんのチョコをずっと覚えてたのは、優ちゃんだけが俺を想い続けてくれたから…なんだけどな」
「…?」
「こんなにずっと俺にチョコを送り続けてくれた人は、人生で優ちゃんだけなんだよ」
「そう、なんですか…?」
「そうなの。それは俺にとって特別なんだ」
「!」


なんだこの人…!変に期待させてくる…!しかもなんでそんな顔してるの…!微笑み方が優しすぎて…なんか、愛しさに満ちてる気がする…気のせいだと思いたいけど、もし、気のせいじゃなかったらと…阿鳥先輩の思惑通りに私は期待してしまっている。ホワイトデーを、楽しみにしてしまっている。いいよそれなら思惑通りに期待してやろうじゃないか。もしこれで違ったら阿鳥先輩を殺して私も死んでやる。


「……あの、阿鳥先輩」
「何?」
「引かれると思って言わなかったことがあるんですけど、もう全部バレてるみたいなので言っても良いですか?」
「いいよ」


余裕そうに微笑む阿鳥先輩にもう隠すことはない。なら、好きと同じくらい伝えたかったことを伝えよう。
私は真っ直ぐに阿鳥先輩を見つめた。


「阿鳥先輩、お誕生日おめでとうございます」


初対面を装ってたし、誕生日を知ってるなんて引かれると思った。だからこれは一生本人には伝えられない言葉だと思っていた。好きと伝えたときと同じくらい心がすっきりした。これも、やっと言えたんだ。
穏やかな気持ちになった私とは裏腹に、阿鳥先輩は大きく目を見開いていた。まるで予想外とでも言うように。好きと伝えたときですらこんな反応しなかったのに…


「……ありがとう、優ちゃん」


阿鳥先輩は今日1番の優しい顔で、どこか泣きそうになりながらはにかんだ。初めて見たこの素敵な笑顔は、一生心に刻み付けておこう。大好きな人の心からの笑顔だ、死んでも忘れたくない。
それに。現世でもちゃんと、今日伝えた言葉を全部伝えたい。

その前に生きてるかどうかだけど…まずはホワイトデーかな、なんてね。


end
ーーーーー
阿鳥先輩お誕生日おめでとうございますー!
やっぱりバレンタインよりお誕生日お祝いされた方が嬉しいんじゃないかと思って…!
突発ゆえに着地点見失ってフラグ回収してないとこありますが、今回も補完よろしくお願いします…!
ちなみに阿鳥先輩より1つ年下の子です。


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