背中を合わせる

いつだって守ってくれるのは凪だった。私と哲の親分だと言って、私たちを虐める子たちから守ってくれたんだ。泣くだけで何も出来ない私と、何も言わずにされるがままの哲を。
だから、こんな日がくるなんて思ってもいなかった。


「……ありがとう」
「怪我はない?」
「……うん」


哲たちが特高になってからあまり会えなくなってしまったから、私は浅草のレストランに就職することにした。そこならもしかしたら偶然出会えるかもしれないと思っての考えだったのだ。
仕事が落ち着いたら会いに行こう。そう思って過ごした仕事の1日目の帰り道、私は見知らぬ男2人に絡まれてしまった。怖くて泣きそうで、でも屈したくなくて強気でいたけれどやはり限界はあって。腕を掴まれて連れていかれる、そう思ったとき、彼が助けにきてくれた。いつも助けてくれた凪ではなく、いつも私と虐められている側だったはずの哲が。男たちは特高の制服に驚いて逃げてしまっただけだけど、助けてもらったことに変わりはない。哲は絡まれていたのが私だと気付いて少し驚いていたけど、変わらずいつも通りに接してくれて冒頭に至る。


「まさか優が浅草に来てるとは思わなかったよ」


人が少ない場所に移動しようとひょうたん池までやってきた私たちは、近くのベンチに並んで腰かけた。


「…働き口探してて、今日ここに来たの」


本当は哲たちに会いたかったからなんて恥ずかしくて言えないから、目を合わせられずにそう紡ぐ。哲は特に疑った様子もなく笑いかけてくれた。


「優がこっちに来てくれて嬉しいよ。あ、でも初日からあんな風に絡まれて嫌になってない?」


嬉しい言葉のあとの心配そうな言葉。本当に相変わらずだ。そんな哲に安心したのと、哲の問いかけに先ほどのことを思い出して今更恐怖を感じてしまい、ぐっと目の奥が熱くなった。


「…嫌になんか…なっ、て……ぅ、っ、ひっく、…ぅ…」
「え!?ちょ、優…!?」


抑え込もうと思っていたのに我慢出来ずに溢れ出した涙。それを止めることが出来ず、私はぽろぽろと泣き出してしまった。突然泣き出した私に哲が慌てる。


「優?え、っと、どこか怪我してる?痛い所は?」
「ぅ、うぅ…っ、ひっく…」
「…参ったな…」


昔から私が泣くと哲と凪も大慌てで直也さんを呼びに行っていたのが懐かしい。懐かしくて心がぽかぽかしても涙は止まらなかった。けれどどこか冷静な私がいて、心配そうに見つめてくる哲に恥ずかしくなってきている。だってこんなずっと泣いてる所を見られているなんて…普通に考えてやっぱり恥ずかしい…!


「こっち…っ、見ない、で…っ」
「え?でも…」
「見るな…っ、ばか…!あっち、向い、て…っ!」
「は、はい」


私が泣きながら怒ると哲は慌てたように急いで後ろを向いた。言う通りに背向けて座る哲を確認し、我慢せずに涙を流す。抑え方が分からないくらい泣いているけど、もうどうして泣いているのかも分からない。恐怖を思い出したのが原因で泣いたけど、今は全然恐怖なんて感じてないのに。ただ涙が止めらない。もしかしたら哲に会えて安心して、今まで我慢してた分の涙が溢れてしまっているのかもしれない。そう思うと納得できた。


「わっ」


そう思うともっと哲と一緒にいたくて、哲が傍にいるのだと感じたくて、座る哲の背中に寄りかかった。


「優?大丈夫?」
「……ん」
「もうそっち向いていい?」
「ダメ」
「そう」


予想していたのか、哲は苦笑しながらもそのままの態勢でいてくれた。そういえば昔もこうやって背中を貸してくれたっけ。喧嘩したときや、格好悪い所を見られたとき、お互い顔を合わせづらいのに離れて1人になるのは寂しくて。そういうときはいつもこうしていた。触れる背中の温もりに、哲はここにいるんだと感じられて落ち着いたんだ。それは昔も今も同じようで、やっぱり私には哲が必要なんだと実感した。


「優」
「……なに」
「あとで甘味でも食べに行こうか」
「……」
「浅草に美味しい甘味屋さんがあるってこの前凪に教えてもらったんだ」
「……」
「ね?」
「……うん」


鼻を啜りながら頷いた私に哲が微笑んだのが分かった。久しぶりに会っても何も変わらないことに安心してどんどん涙もおさまっていく。


「……哲」
「なに?」
「……ありがとう」
「どういたしまして」


昔から変わらない優しい声音に私の涙は引っ込み、口元を緩めた。甘味を食べながら会えなかった分の話をたくさんしよう。だけど今は、もう少しこのままで。


end
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凪の子分()
特ストの親分子分可愛すぎて親分凪は絶対に全力で子分を守ってくれてたんだろうなって願望。直兄さんも過保護に守ってくれてそう。
離れていても変わらないよって話(?)
哲はほんと可愛い…

title:きみのとなりで


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