誕生日までイケメン

2月14日といえばバレンタイン。世間一般ではそのイベントで持ちきりだろう。けれど私にはバレンタインよりも大切なイベントがあった。


「阿鳥先輩、誕生日までイケメンなんだけど…」
「同感ですね」


ホテル近くの喫茶店で阿鳥先輩の仕事が終わるのを待ちながら、先に仕事を終えた私と音子ちゃんは今週の大イベントについて話していた。主に私が話して音子ちゃんが相槌を打ってくれるだけだけど付き合ってくれるだけ有り難い。それにこの子は阿鳥先輩を恋愛対象として見ていないから相談も出来る。


「音子ちゃんは阿鳥先輩にチョコあげないの?」
「むしろ阿鳥先輩が大量に貰ったチョコをお裾分けしてもらいたいですね」
「はは…」


音子ちゃんらしい。あんなにかっこいい阿鳥先輩を前に惚れないなんて音子ちゃんは凄いなぁ。私には絶対無理だ。生まれ変わっても惚れる自身がある。


「まあ私もチョコあげるつもりはないんだけどね」
「え、そうなんですか?」
「うん。だってさっき音子ちゃんが言った通り、阿鳥先輩は少女漫画のように大量のチョコを受け取るからね」
「下駄箱開けると雪崩のように流れ出てくるあれですね」
「そうそう」


その光景は高校時代実際に目撃したので苦笑しながら答える。


「だからチョコはいらないかと思って。き、気持ち伝えるつもりもないし…」
「えー、伝えないんですか?」
「つ、伝えないよ!」
「阿鳥先輩いまフリーだって言ってたんで告白すればいけると思いますよ。てか優先輩ならいつでもウェルカムのはずです」
「いいいいやいやいや…」


確かにフリーならばいけそうな気もするけれど、このバレンタインを口実に阿鳥先輩に気持ちを伝える人は大勢いそうだ。いるに違いない。いるに決まってる。いなきゃおかしい。


「私は後輩って立場で充分だよ」
「そう言いながら美人マネージャーと阿鳥先輩が話していると不安そうですよね」
「……よく見てるね」
「恋する優先輩がとても可愛いので」
「はいはい、そこでにやけないで」


基本無表情の音子ちゃんはぐふふと少し気持ち悪い笑みを浮かべている。そこが音子ちゃんらしいから好きなのだけど、いつか捕まるのではないかと思えるほど危ない雰囲気だ。


「阿鳥先輩、アップルパイが好きって聞いたからそれ作ってあげようかなって思ってるの」
「おお、いいじゃないですか。胃袋から掴んでいく作戦ですね」
「…胃袋、掴めればいいけど…」
「先輩は優しいので不味くなきゃ大丈夫ですよ」
「微妙なフォローだね!」
「うはは」


好きな人が何でも出来る完璧な人なのは本当に困る。センスも料理も仕事も全てにおいて勝てる要素がない。そもそも阿鳥先輩より凄い人なんているのかが疑問だ。
はぁっと溜息をつくと、店の扉が開いて人が入ってくる。


「阿鳥せんぱーい、こっちでーす」
「遅くなってごめんね」
「いえ、お疲れ様です」
「ありがとう、優ちゃん」


仕事のときは榛名さんだけど、プライベートになると名前を呼んでくれる。これは音子ちゃんと私の特権だ。他の人より親しい感じがしてかなり優越感に浸れる。


「それじゃあ、今日の反省点をあげていくからしっかり聞くように」
「……」
「……」
「返事は?」
「……はー」
「い」
「コラ。真面目に聞きなさい」


私と音子ちゃんの連携に呆れたように怒る阿鳥先輩は、明日が自分の誕生日だなんて忘れてるんだろうな。だから今日も私と音子ちゃんだけ時間外の特別コースなのだ。
愛想のない音子ちゃんと、物を破壊してばかりの私は明らかにホテル業に向いていない。それを改善しようとしてくれる優しい先輩のために、帰ったら美味しいアップルパイの作り方を調べようと意識を別の所に飛ばしていた。


そして次の日。私は上手に焼けたアップルパイを持ってホテルに来ていた。朝から阿鳥先輩はげんなりしている。早いな。


「優先輩、おはようございます」
「おはよう音子ちゃん。なんか阿鳥先輩すでに疲れてない?」
「ここへ来る途中にたくさんの女性に追い回されたそうです」
「わー…」
「ついでに言っとくと、阿鳥先輩のロッカーから雪崩が発生していました」
「あー……」


今年もか。学生から社会人になってもモテすぎる所は変わらないようだ。


「…今更だけど食べ物にしたの後悔してきた」
「好きな人から好きなもの貰えるなんて最高じゃないですか。絶対喜びますよ」
「好きな人から好きなものだったらね…」
「…鈍感と鈍感はどうやってくっつくのか難しいもんですね」
「突然どうしたの?」
「いえ、何でもありません」


いつもの無表情で音子ちゃんは阿鳥先輩にチョコレートを集りに行った。どういう意味だったんだろう。


「パイセン、チョコの処理にお困りなら私がご協力しますよ」
「気持ちは嬉しいけど、俺が貰ったものだからちゃんと食べるよ」
「マジですか」
「さすがにやばそうなのは食べないけど、気持ちを無下にはできないし」
「あなたどれだけ良い人なんですか…!」


音子ちゃんに全力で同意する。モテることを鼻にかけないし…ていうかモテている自覚はあるんだろうか。バレンタインは誰でもチョコ貰える日とか本気で思ってそうで怖いな。
でも、きっと全部にお返しするんだろうなぁ。……阿鳥先輩からのお返しちょっと欲しかったな、なんて…。でもこれは誕生日プレゼントだからお返しは要求出来ない。
いつもお世話になってるし贅沢は言えないね。


私がアップルパイの入った箱を持って阿鳥先輩に近付くと、察してくれた音子ちゃんがびしっと敬礼した。


「それでは私はこれで失礼します!ごゆっくりどうぞ」
「ごゆっくりって…」


音子ちゃんは通りすぎ様に私に頑張って下さいとガッツポーズをし、部屋を出て行ってしまった。もうすぐ始業時間だから急がないと。


「なんだったんだ…」
「あの、阿鳥先輩」
「ん?なに?」
「今日お誕生日ですよね。これ、誕生日プレゼントです」


そう言ってアップルパイの入った箱を差し出した。ちょっと大きかったかもしれない。ただでさえチョコレートで荷物多いのに邪魔じゃないか。失敗した。


「荷物いっぱいなのにこんなかさばるやつですみません…」
「……」
「阿鳥先輩?」


先ほどから阿鳥先輩が固まったまま動かない。驚いたように瞬きを繰り返して箱を見つめている。


「……これ」
「アップルパイですよ。前に阿鳥先輩はアップルパイが好きだと聞いたので頑張って作ってみました!…それで気合い入れすぎて大きくなっちゃったんですが…」
「…アップルパイ…」
「はい。ちゃんとレシピ通り作ったので美味しいはずです!」
「……」
「そ、そんなに心配しなくても人体に影響のあるものは入ってないですよ…?」
「あ、ああ、ごめん、そういうことじゃないんだ」


なかなか受け取ってくれない阿鳥先輩に不安になってそう言えば、先輩は慌てたように訂正してくれる。そして私の手から箱を受け取った。良かった。受け取ってもらえないかと思った…


「これ、俺の誕生日だからって用意してくれたの?」
「はい!」
「バレンタインだからじゃなくて?」
「お、お誕生日プレゼントとしてです!」


バレンタインだから渡したと思われるのはやはり恥ずかしい。音子ちゃんも渡してくれればそれに便乗してチョコもあげられたのに…!


「…誕生日プレゼント…そっか、誕生日プレゼントとして、か」


どこか嬉しそうな阿鳥先輩に首を傾げた。


「あの、阿鳥先輩、どうかしましたか?さっきから様子がおかしいですよ?」
「うん、ごめん。誕生日プレゼントを貰えたことが嬉しくて」
「……え…?」


一体何を言っているのだろうか。阿鳥先輩ならバレンタインと共に誕生日プレゼントもたくさん貰っていそうなのに。私が不思議そうに見つめているのに気付いたのか、阿鳥先輩は苦笑しながら話し出した。


「俺の誕生日ってバレンタインと同じだからさ、いつもバレンタインのチョコは貰ってたけど、誕生日プレゼントを貰う機会ってめったになかったんだよね」
「………え!?」
「俺の誕生日を祝うことより、俺にチョコを渡す方が大切だったみたいで」
「……な、なるほど」


少し納得出来てしまう。気持ちを伝えるには誕生日よりもバレンタインの方が適切だろう。だからみんな誕生日のお祝いはしなかったのかな。それは、少し寂しい気がする。


「でも優ちゃんはバレンタインにチョコじゃなくて、俺の誕生日にアップルパイを用意してくれたんだね」
「食べ物にしてちょっと後悔しました…時計とかの方が良かったですよね」
「いや」


そう一言答えて阿鳥先輩は箱を開けた。ホールのアップルパイに頬が緩んでいる。え、めっちゃ可愛いし、私のアップルパイでそんな表情してくれるとか嬉しすぎる…!


もう今日は満足した。幸せに満ちて心残りはない。今日一日めちゃめちゃお仕事頑張れるぞ!やる気満々で朝礼に向かおうとすると、阿鳥先輩の声が私を引き止めた。


「優ちゃん」
「はい、なんでしょう?」


振り向くと何故か阿鳥先輩は気まずそうにあーだのうーだの言葉になりきらない母音を発していた。今日の先輩可愛すぎて共感してもらいたいから後で音子ちゃんに報告しないと…。
箱を持ったままの阿鳥先輩が少し赤い気がする。そんな表情にどきりとした。そんな表情されると期待しちゃうんですけど…!



「あの、さ、今日……仕事の後って空いてる?」
「もちろん空いてますよ。音子ちゃんと阿鳥先輩からのご指導受けるためにほぼ毎日空けてます」
「…受けない心構えで来なさい」
「…………善処します」


あと数年は無理かもしれないけど。心の中で小さく謝ると、阿鳥先輩は独り言のようにそうじゃなくて、と自身に言い聞かせるように呟き額を押さえた。


「そのあとの話。夜とか…時間あったりするかな」
「夜、ですか?」
「そう、夜」
「特に予定はないですけど…」
「……じゃあ、俺の家こない…?」
「……」
「……」
「……」
「……」
「…………はぁ!?」


可愛げのない声が漏れてしまったけど、そんなこと気にしていられないくらい阿鳥先輩の発言が問題だ。夜に、阿鳥先輩の家に…?え、なに?なんで?なにが起きた!?大袈裟に反応した私に阿鳥先輩まで慌て始める。


「あ、いや、ちが、やましい意味はなくてね!?ただ、このアップルパイ大きいし優ちゃんも一緒にどうかなって思っただけなんだ」
「あ、そ、そうですよね!」


男女が夜に2人きりで過ごすのにやましい気持ちがないというのも複雑だ。でもそれで納得した。阿鳥先輩ほかにチョコも貰ってるし食べきるの大変だもんね。


「なら音子ちゃんも誘って3人で食べた方が…」
「ダメ」
「え?」


間髪入れずに否定されてしまい首を傾げる。他の女の子ならともかく、音子ちゃんがダメなんて珍しい…どうしてだろう。


「あー…」


ここまで歯切れの悪い阿鳥先輩も珍しい。私は黙って阿鳥先輩の言葉を待った。


「……やましい気持ちがないってのは…半分、嘘」
「……え…」
「優ちゃんと2人で過ごしたい口実なんだ」


阿鳥先輩の瞳は真剣だった。真っ直ぐに見つめられ、逸らすことが出来ない。私の耳が都合よく聞き取ったわけではないようだ。どうしよう、なんて答えたらいいんだろう。私は阿鳥先輩が好きだからこのお誘いは叫びたくなるほど嬉しい。2人で過ごしたいって…これは期待してしまってもいいのだろうか。勘違いではないだろうか。相手があの阿鳥先輩だから変に色々と考えてしまう。


「あ…えと…」


動揺する私に阿鳥先輩は優しく微笑んだ。やばい心臓でそう…イケメンすぎる…!


「仕事終わるまでに考えておいて」
「か、かかか考えておいてって…!」
「ほら仕事の時間だよ」


そう言った阿鳥先輩にもう先ほどの動揺していた面影はない。いつも通りの余裕な笑みだ。少し意地悪な表情まで様になるんだからタチが悪い…


「阿鳥先輩ずるいです…」
「ふふ、なにが?」
「そういう所です!考えるまでもないんですけど!」


阿鳥先輩は勢いで言ってしまった私をぽかんと見つめる。また可愛い表情を…!私が内心で阿鳥先輩の可愛さに悶絶していると、阿鳥先輩は口元を手で覆った。


「…ずるいのは優ちゃんの方だと思うけど」
「……」


そんな可愛い顔して何を言うか。何故か照れている阿鳥先輩の破壊力…。そのレアな照れ顔を目に焼き付けていると、ふと、大切なことを思い出した。


「あ、そうだ。阿鳥先輩」
「ん?なに?」
「言い忘れてました」


そう。大切なことを言い忘れていて、私は阿鳥先輩に向き直った。


「お誕生日、おめでとうございます!」
「……ありがと」


はにかんだ阿鳥先輩に、私もはにかんで笑みを返した。今夜、仕事が終わったら……ちゃんと気持ち、伝えてみようかな。


end
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阿鳥先輩お誕生日おめでとうございますー!
誕生日までイケメン!好きです!
高校生からの後輩で同じ仕事先。ホテルが違うってツッコミはなしで。
あまり阿鳥先輩から行くイメージはないけど好きになった子には少し積極的になってほしい願望。ヘタレてても可愛いけど。
阿鳥先輩の女の子って発言にめちゃ萌える。


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