いざ勇気を出して


ベイルアウトしてベッドに飛ばされ、寝転んだまま天井を見上げた太刀川。
先程の春との模擬戦を思い出す。
最後に抱き付いて動きを止めて降り注ぐメテオラを放つ戦法。防げる可能性はあったが、春の予想外の行動にかなり動揺をしていた。更には無数の星に見えるほどに空を埋め尽くしたメテオラ。それに見惚れてしまったのだ。もちろんそのトリオン量にも驚いた。出水ほどは無いにしろ、トリオンが多い方だ。

いつの間にか成長していた自分の隊員に太刀川は薄く笑った。そしてベッドから立ち上がると、扉をノックするが。その音に視線を向ける。


「入っていいぞー」
「はい!失礼します!」


入ってきたのは予想通りの春。なかなか出てこない太刀川を心配したのか様子を見に来た。


「悪いな、色々考えてた」
「私も色々考えてました。……えっと、今の模擬戦は結果としては引き分け、ですよね?」
「まあ2人ともベイルアウトしたしな。けどお前の攻撃で俺が先にベイルアウトしたし、お前の勝ちでいいぞ」
「え!いや、でも……」
「あのまま続けてたって俺はお前のこと斬れなかったし、結局勝負つかなかっただろうしな」
「……私の勝ちで、良いんですか?」
「おー」


恐る恐るといったように最終確認をする春に、太刀川は笑って春の頭に手を置いた。


「それに、最後の攻撃はなかなか面白かったぞ」
「あ、ありがとうございます!」


太刀川に褒められ撫でられ、春は有頂天だ。今の幸せを噛み締めていると、太刀川があっと声をあげた。


「そーいや、俺に勝ったらお願い聞いてやるって言ってたな」
「!!」
「何がいい?」


顔を覗き込むように問いかけられ、春は息を呑む。もちろんお願いは決まっているのだ。
一緒にご飯食べにいきませんか、と。
普段なら理由をつけて断られる可能性もあるが、太刀川自身がお願いを聞くと言っている。そのお願いを使わない手はない。しかし春は迷っていた。こんなことをお願いして良いものかと。太刀川と春は今までボーダー以外では関わっていない。春にとってそれは、太刀川に一線引かれているように感じていた。

だからボーダー以外でのことを太刀川にお願いして良いのかと尻込んでしまう。


「如月?どうした?如月?」


黙ってしまった春に太刀川が声をかける。何か答えなければと思っても言葉が見つからない。先程まで普通に話していたはずなのに、どうやって話していたか忘れてしまった。


「如月?」


心配そうに名前を呼ぶ太刀川に、春はようやく口を開いた。


「……な、まえ」
「ん?」
「如月じゃなくて、名前で……名前で呼んでほしい、です」


無意識に出た言葉。それはずっと思っていたことではあった。春は名字よりも名前で呼ばれることの方が多い。だが太刀川はずっと名字だった。春だけではなく、出水も国近も名字なのだから特に気にすることもなかったが、それでも太刀川に名前を呼ばれたいと思っていたせいで口に出してしまう。

途端にはっとした春。
自分は何てことを口にしたんだ、と。こんなことご飯に誘うよりもハードルが高い。焦る春はあわあわと太刀川を見上げた。太刀川はきょとんと春を見つめている。やはり困らせてしまったと春は後悔した。


「あ、う、うそです!今のは違……」
「……春」
「っ!!」


ぼそりと呟かれた名前。その名前に、どくりと跳ねた心臓が苦しいくらいに早鐘をうつ。
ドキドキとうるさく鳴る心臓、熱くなる顔。ゆっくりと太刀川を見上げると、ばっと視線をそらされた。そっぽを向いて気まずそうに頭をかいている。


「た、ちかわさ……」
「……お前、そんな顔すんなよ」
「え……?」
「……何でもねえ」
「きゃっ」


頭を上から押されてぐしゃぐしゃと乱暴に撫でられ、視線が下に落ちた春には太刀川の顔が見れなくなった。頭を上げようとする春を太刀川が押さえつけて頭を上げられないようにし、小さな攻防が続く。
太刀川にはどうしても頭を上げられては困る理由があった。

春を押さえつける太刀川の顔は、真っ赤に染まっているのだから。


( 名前呼んだだけなのにあんな嬉しそうな顔するとか思わねぇだろ…! )
思い出すのは春の顔。頬を染め、驚きと喜びが混じったような表情。そして何故か潤んでいた瞳に上目使いで見上げられ、太刀川は動揺を隠せなかった。


「た、太刀川さん?」
「うるせえ!」
「えぇ!どうして私怒られるんですか!」
「……お前が」
「?」
「……何でもねえよ!」
「だからどうして怒るんですか!ていうか手離して下さい、頭上げたい……」
「……もうしばらく駄目だ」
「……どうしてですか」
「駄目なもんは駄目だ」
「だからどうして……」
「春」
「っ!!」


制すように紡がれた名前に、春はピタリと止まった。


「……そのお願い聞いてやるから、もうしばらくこのままでいてくれ、春」


今の自分の顔は絶対に見せられない。そこまでの意味は分からなくとも、春は大人しくなる。太刀川の手も春の頭に乗るだけになった。


「……はい」


小さく呟いた春の頭を、太刀川は自分が落ち着くまでゆっくりと優しく撫で続けた。

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