模擬戦決着


楽しみにしていた。やっと憧れていた太刀川と模擬戦が出来ると。本当に楽しみにしていたのだ。


「………」


けれど春は不機嫌な表情で仮想市街地の建物の屋根に座っていた。模擬戦を始めてからかれこれ1時間は立つ。まだ一戦目だというのに。

不機嫌な表情のまま見つめる先には気まずそうな表情の太刀川。少し離れた建物の屋根立っている。模擬戦をしていたにも関わらずお互いに無傷だ。春のじとーっとした視線に耐えられず、太刀川は口を開いた。


「あー……」


しかし言葉が出てこない。開いては閉じを繰り返して結局何も言えずに口を閉ざす。
こんな状況になってしまったのは、模擬戦を始めてからだった。

初めての模擬戦に喜び、けれど真面目に挑んだ春。風間とは全く違う動きに攻撃を掠めることも出来ない。勝ち越すつもりはないが、ただで負ける気もない。何より1回でも勝てればお願いを聞いてもらえるのだ。春は必死に食らい付き、壁に追い込んだ太刀川に弧月を降り下ろした。
……が、太刀川は受け太刀することなく身軽に交わし、隙の出来た春に弧月を降り下ろそうとした。

そこからが問題だった。

何故だか模擬戦前の春の笑顔がちらつき、攻撃が止まる。逆に隙が出来た太刀川に再び攻撃するが、それも難なく防がれてしまう。
そんな状況が小一時間続いたのだ。流石に浮かれていた春も気付いた。太刀川が本気でないと。
太刀川が春に攻撃を当てず、春の攻撃は太刀川に当たらない。
どちらもベイルアウトすることなく今の状況になっている。


「……太刀川さん、なんなんですか」
「……いや」
「どうして本気で戦ってくれないんですか!さっきは楽しみだって言ってくれたのに……嘘、だったんですか…?」
「ち、違う!本当に楽しみだったんだって!」
「楽しみだったけど実際戦ってみたらやっぱ期待はずれだツマンネーとか思ったんですか!」
「いやいやいや違うぞ!断じて違う!」
「じゃあどうして私に攻撃当てないんですか!普通にやってたら私勝ち星0で負けてますよ!」


春の強い瞳に太刀川はたじたじだ。どうして攻撃を当てないか。そんなの自分でもよく分かっていないのだ。どう説明して良いのかも分からず、太刀川は否定するばかり。


「……こんなとき風間さんとか出水なら何て言うんだ?」
「……蒼也くんも出水先輩も手抜きなんてしません」
「き、聞こえてた……いやそうなんだけど……」
「アステロイド!」
「うお!」


不意討ちに放った攻撃さえ太刀川にかわされる。


「攻撃してこないなら攻撃当たって下さい!」
「それはなんか嫌だ!」
「じゃあ攻撃して下さい!」
「それも無理だ!」
「もう何なんですか!」
「仕方ないだろ!なんか俺、お前のこと斬れないみたいなんだから!」
「…………へ?」


普段では絶対にない太刀川と春の言い争いは、太刀川の言葉によって中断された。


「斬れない、って……どう、して……」
「……俺にもよく分からん。けど、お前を斬ろうとすると身体が動かなくなって斬れないんだよ」
「……なんですか、それ…トリオン体なんですから問題ないですよ…?」
「トリオン体でも何でも、俺はお前を傷付けたくないんだよ!」
「っ!!」


無意識に出た答えに太刀川は納得した。自分は春を傷付けたくなかったから身体が拒否していたのかと。その傷付けたくない理由まで考えが及ばず、すんなりと受け入れた太刀川に対し、春は突然の口説くような台詞に動揺を隠せない。
お前を傷付けたくない。その言葉が脳内で何度も何度も再生される。
太刀川はきっと高校1年の女の子だからやりにくいと言っていると分かっていても、自分の良いように解釈してしまう。

大切にされている。

そう思うだけで心臓がどくどくと早鐘を打ち、顔に熱が集まっていった。


「か、勘違いだから違うから太刀川さんはそういう意味で言ったんじゃないから落ち着け私……!」


しゃがみこんでボソボソと独り言のように呟く。落ち着け落ち着け落ち着けっと暗示のように何度も繰り返し、なんとか落ち着きを取り戻した春はゆっくり立ち上がった。だがその顔はまだ赤い。


「模擬戦、ですよ」
「そうなんだよなー……悪い」
「………いえ、攻撃してこないならしてこないで構いません」
「ん?」
「むしろ好都合だと考えます」


感情を押し殺すように淡々と答える春に、太刀川は更に首を傾げた。


「太刀川さんが攻撃してこないなら、私は負けません。……だから、」


赤い顔のまま弧月を構える。


「……勝つまで攻撃します!」


その言葉と同時に地を蹴って太刀川に攻撃を仕掛けた春。太刀川は弧月でそれを受け止める。
「…あれ、如月?お前なんか顔赤く…」
「旋空弧月!!」
「ちょっ!!」


痛いところを付かれ、春はそれを遮るように更に攻撃を放った。先程までの小さな隙ではなく完全なる隙。それを見逃すことなく春は弧月を降り下ろそうとした。

お前のこと傷付けたくない。


「っ!」


瞬間、先ほどの太刀川の言葉が頭を過り動きが鈍る。太刀川と同じ現象だ。自分も太刀川を斬れなくなったと瞬時に理解した。しかし今ここでこのチャンスを逃せばもう勝てるチャンスはやってこないかもしれない。そうしたらもう、春は太刀川に勝てない。
お願いを聞いてもらえない。


「……いやだ」


春は動かない腕の力を抜いて弧月を手放した。そして、両手を広げて力強く太刀川に抱き着く。そんな春の思いもよらない行動に太刀川は固まって動けず、振り払えない。太刀川の逃げ道を塞いだ春は最後の賭けに出た。


「メテオラーー!!」


持ち得るトリオン全てを注ぎ込み、自分と太刀川に降り注ぐように、逃げ場なく攻撃を放った。


「……まじか」


蟻一匹逃げることの出来なさそうな数のメテオラ星のように美しく、しかし強烈なその攻撃を防ぐことが出来ず、太刀川はベイルアウトする。もちろん春も例外ではない。太刀川のベイルアウト直後、春もベイルアウトする。
お互いにベイルアウトし、模擬戦1戦目が終了した。


ベッドに飛ばされた春はボーッと天井を見上げたまま動かない。ベイルアウトする直前、太刀川は笑っていた。無数に降り注ぐ星を見上げ、楽しそうに笑っていた。そして呟いたのだ。

俺の負けだな、っと。

その言葉を思い出し、春はベッドの上で小さくガッツポーズをした。
た。

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