選んだ未来

「準備は良いか」


二宮は隊員たちを見渡して言った。


「いつでもオーケーですよ」
「大丈夫です」
「サポート準備も完了です」
「………」


犬飼と辻はいつも通りだ。
氷見も問題ない。
しかし、春だけが目を閉じ、胸に手を当てていた。


「……無理しなくても良い」


その言葉に、春はゆっくりと目を開けた。そして笑顔で二宮に向き直る。


「無理なんてしてません!行けます!」


笑って答える春は、確かに無理はしていない。けれど、心配は拭えない。だが、それは仕方ないと思った。


今日は待ちに待ったA級1位とのランク戦だ。B級ランク戦でB級1位をキープした二宮隊は、A級への挑戦権を勝ち取り、太刀川隊に挑戦を申し込んだ。

心配の種は春だけ。

太刀川隊とランク戦など、春に無理をさせていないかと。
そんな二宮の気持ちに気付いたのか、春は困ったように笑った。


「本当に大丈夫です!…むしろ、楽しみなんですよ?太刀川隊とランク戦するの」


太刀川の実力は知っている。
出水の実力も知っている。
国近のオペレートが有能なのも知っている。
太刀川隊が強いことを、知っている。

だからこそ、楽しみだ。

そんな強い人たちを相手に、模擬戦ではなくランク戦をする。
対戦の日が決まったときからワクワクが止まらなかった。


「私が二宮隊でちゃんとやれているって、太刀川さんたちに伝えることが出来ますから!」
「見惚れてソッコーやられるとかやめてよ?」
「や、やられませんよ!」
「見惚れるのは否定しないのか」
「や、ち、違います!違いますからね!」
「ふふ、春ちゃん顔真っ赤」
「ひゃ、ひゃみさんまで…!」


唇を尖らせる春に、犬飼たちは笑った。そんないつも通りの光景に二宮も笑みを浮かべる。
春もちゃんと、いつも通りだ。


「あいつらに一泡吹かせる。勝つつもりで行くぞ」
「もちろん」
「最初からそのつもりです」
「見惚れんのもやられんのも許さねぇからな」
「だ、だから大丈夫ですってば!そういう二宮さんこそやられないで下さいよ!」
「誰に物言ってやがる」


強気に笑みを浮かべる二宮に、4人は安心して表情を和らげた。
いつも太刀川隊には負けているが、今回こそは勝てる気がしている。


「数の有利も活かすぞ。いつも通り俺は太刀川を取りにいく。春はその援護に来い」
「!、は、はい!」
「犬飼と辻は2人で出水を取りに行け。1人で当たるなよ」
「「了解」」
「氷見は出来るだけ早く敵の位置を教えろ。仲間の位置でも良い」
「了解しました」


転送までのカウントが始まった。
試合開始までもう少し。

ドキドキと高鳴る胸に、春は大きく深呼吸をした。

二宮の援護をして太刀川と戦う。
個人総合のトップを争う2人がいる所で援護をするなど、緊張しない訳がなかった。

しっかりと援護をして自分が役に立たなければ。二宮隊の、二宮の。足を引っ張らないように、自分が、自分が。

そんな春の頭をぽんっと、二宮は優しく撫でた。


「二宮さん…?」
「1人で気負ってんじゃねぇよ。個人戦じゃなく、チーム戦だ」


その一言に気持ちが落ち着いてきた。
周りを見ると、犬飼も辻も氷見もコクっと頷く。そのことに温かくなった。


元太刀川隊の自分を、すんなり受け入れてくれた大切な新しい仲間。何も変わることなく接してくれる二宮隊に、春は恩返しをしたいと思っている。

自分に居場所をくれた人と、この隊に。

だから、絶対に勝ちたい。


「…役に立てるように頑張ります!」


意気込んで言った春だが、何故か全員に溜息をつかれ、首を傾げる。そんな春の頬を犬飼が摘んだ。


「春ちゃんさ、バカだよね」
「ひ、ひどいです!」


すると今度は反対の頬を氷見が摘む。


「私たちはチームとして戦って勝つんだよ」
「は、はい……?」


まだ春に触れるまでは出来ない辻もこくりと頷いた。春は分からずに返事をしたが、ぱっと両頬を離される。トリオン体で痛みはないが、反射的に頬を押さえた。そのまま二宮に視線を向ける。


「お前の戦い方をしろ、春。役に立つだの立たないだのは太刀川のことでもう沢山だ」
「二宮さん…」
「俺は、お前がいれば良い」


春は大きく目を見開いた。


『役に立つ立たないとかじゃなく、俺は春がいれば良い』


前に太刀川にも言われた言葉だった。

そのときも驚くほど嬉しかったが、今目の前のこの人に言われると、それ以上に嬉しい気持ちになる。

二宮は、自分を選んでくれたのだから。


「…はい。ありがとうございます、二宮さん。犬飼先輩、辻先輩、ひゃみさん」


春は胸に手を当てた。
緊張でドキドキとしていた胸が、今は温かさに満たされている。とても、満たされている。


「私は、私の戦い方をして勝ちに行きます!二宮隊として、太刀川隊に勝ちます!」


やる気に満ちた瞳に、二宮は小さく笑ってまたぽんっと頭を撫でた。


「時間だ、行くぞ」


その言葉と同時に転送が始まった。
そして直後、二宮に名前を呼ばれる。


二宮に視線を向けようとした、その瞬間……

一瞬、唇に何かが触れた気がした。


ぽかんとしていると、目の前はもう仮装市街地で。転送は完了していた。


「……え…?い、ま…」


確かに名前を呼ばれ、一瞬唇に触れた感触には覚えがあった。

すぅっと頬を染める。


『春ちゃん、聞こえてる?春ちゃん?』
「……あ、は、はい!聞こえてます!」


氷見の言葉にハッとして通信に集中した。周りに敵の気配はない。


『太刀川さんも出水くんもバックワームは装着していません。バラバラに向かってきます』
『誰が近い?』
『春ちゃんと太刀川さんが1番近いですね…』
「へ…!」
『……俺をそこへ案内しろ』
『了解しました。視覚情報にルートを表示します』
『春』
「は、はい!」
『俺が行くまでバックワームを着て身を隠していろ』
「あ、わ、わか、…りょ、了解!」
『…なに動揺してやがる』


声音に不機嫌さが混じった。
確かに太刀川が近いということに動揺はしたが、それよりも前に動揺していることの方が大きい。


「に、二宮さんがいきなりするからです…!動揺するに決まってるじゃないですか…!」
『!……ちゃんと、気付いてたか。なら大人しく待ってろ。文句は合流してから聞いてやる』


一瞬にして機嫌が戻った二宮に、春は頬を染めて唇尖らせた。


「…文句なんか、ないですけど……やるなら、ちゃんとやってほしかったというか……じゃ、じゃなくて!ま、待ってますから…早く来て下さい…!」
『…っ、分かった。すぐに行く』


二宮の返事に春は小さく笑った。


『すいませーん、通信でイチャイチャしないで下さーい』
『……ひゃみさん、俺たちにも情報を』
『りょ、了解』


茶化す犬飼、呆れる辻、苦笑する氷見。大事なランク戦の最中でもいつもの二宮隊だ。

春は頬を緩めた。戦いは始まっていないのに、もうすでに楽しい。これでみんなと共闘して太刀川隊と戦えたら、きっともっと楽しい。


太刀川に、出水に、国近に。
自分は二宮隊でちゃんとやっている。だから責任を感じないで。ありがとう、と。そう伝えられる。

そして、二宮隊として太刀川隊に勝利する。そのことに胸が高鳴った。


『行くぞ。作戦開始だ』
「「「了解」」」


犬飼、辻、氷見の声が重なった。
心が震える。このメンバーで、戦うのだ。


『春』
「はい!」
『お前は俺のだ。太刀川に会った瞬間に心変わりなんて許さねぇからな』
「…っ、……しませんよ。大丈夫です!私が好きなの、は、二宮さんですから…!」
『…なら良い。もうすぐ到着する。準備しておけ』
「はい!」
『…太刀川隊を倒すにはお前の力が必要だ。…行くぞ、春』


その言葉に胸が高鳴った。
胸に手を当て、ぱっと顔をあげると、すぐに行くと言った大好きな人が遠くに確認出来る。その姿を見つめ、春は満面の笑顔を浮かべた。頬を赤く染めて。


「了解!」


二宮隊の隊服を翻し、大好きな人の元へと足を踏み出した。


end

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