お互いの想い

スタスタと前を歩く二宮を必死に追いかけた。


「に、二宮さん!」
「………」


名前を呼んでも返事もなければ足も止めない。
早歩きで進む二宮に、小走りでついていく春。


「二宮さん!にーのーみーやーさーん!」


突然立ち止まられ、二宮の背中にぶつかる。痛がる間も無く、振り向いた二宮に近くにあった部屋に連れ込まれた。そして少し乱暴に壁に押し付けられる。

恐る恐る二宮を見上げると、不安そうな瞳と目が合った。薄暗い部屋でもお互いの顔は認識出来る。しかしすぐに抱き締められて顔が見えなくなった。


「…に、二宮さん…?」


いつもと違う。
いつもの包み込むような抱擁ではない。縋るように、ぎゅっと抱き締める二宮に、春は腕の中で大人しくした。


「……お前が苦しくないなら、俺もそれが1番良いと思っていた」


しばらくして二宮はやっと口を開く。
春から表情は見えない。


「だから、お前が俺を選ばなかったら、太刀川隊に戻してやるつもりだった」
「二宮さん…」
「春のことを考えて、そうするつもりだった」


ぎゅっと、抱擁が強くなる。


「だが、1度手に入れたら…手放したくなくなった」
「え…?」
「ずっと手に入らないと思っていたものが、ようやく手に入ったんだ。簡単に手放せるわけねぇだろ」


少し身体を離してお互いに至近距離で見つめ合う。二宮はそっと春の頬に触れた。


「……太刀川が、いつでも戻って来いとお前に言っていたのを聞いて、焦った」
「焦った…?二宮さんが…?」
「俺だって焦るに決まってんだろ。やっと手に入った春が、また太刀川の所に戻るなんて」
「………」
「…お前は太刀川に好きと言われるし、お前もお前で太刀川に好きとか言いやがる。それで焦らない奴がどこにいる」
「す、すみません…」
「…本当に、またあいつの所に戻るのかと思って…焦ったんだよ」
「…ふふ」
「…何がおかしい」


らしくない二宮に春は思わず笑った。当然、二宮は不機嫌そうに眉を寄せる。


「あんなに強気だった二宮さんが随分と弱気だなーって思って」
「お前こそ、あんなに泣いて悩んでたくせに随分と余裕そうになったもんだな」
「だって、二宮さんがいますから!」


にこっと笑った春に、二宮は目を丸くした。


「二宮さんが私を救ってくれたんですよ?太刀川さんともちゃんとお話し出来ましたし、私はもう何も怖いものはありませんから!」
「………」
「二宮さんは、私が離れるのが…怖いんですか…?」
「………そう、だな」


頬にあった手を離そうとすると、その手に春の手が重なった。


「…なら、離さないで下さい…」


視線をそらして呟く。
その頬は赤い。


「手放したくないって言うなら…離れるのが怖いって言うなら…!私のこと、離さないで下さい…!」


今度はしっかりと目を見て伝える。
赤い顔で必死に伝えてくる春に、二宮は驚く。


「私が、太刀川さんの所に戻りたいって思わないように…ずっと、二宮さんといたいって思っていられるように…!ずっと…ずっと…!私のこと好きでいて下さい…!」


真っ赤な顔で何故か涙目になっている春に、二宮はようやく表情を和らげた。そして愛しそうに春を見つめる。


「…当たり前だろ。言ったはずだ、手放す気は更々ないと」
「二宮さん…」
「もうお前が太刀川の所に戻りたいと言ったとしても、戻してやるつもりはない」
「……戻るなんて、言いません…!二宮さんが私を離さないでいてくれるなら…戻るなんて言いません…!」
「…ああ、言わせる気もない。春…お前は、俺のものだ」
「…!……はい!」


春は涙を浮かべて嬉しそうに笑った。
額にキスが落とされ、続いて涙に濡れる瞼に。照れて顔を伏せた春だが、二宮の手は顎に移動してそのまま上を向かされた。
恥ずかしさに揺れる瞳と、強気な瞳が合わされる。

しかしその表情は、片方はどこか期待を滲ませて、片方は愛しそうに微笑んで。


「当然、太刀川以外だとしても逃すつもりはない」
「…に、の…みやさ…」
「もう、手放してやるつもりはない」


そう言って春の唇に口付けを落とした。
春は頬を赤く染めながらゆっくりと目を閉じ、二宮の服をぎゅっと握った。



しかし、突然扉が開き、パチッと電気がついた。春は驚いて二宮の胸を押すと、唇は離れたが身体は離れない。

そんな密着した状態のまま、遭遇してしまった人物に春は固まる。


「まーた隊室でイチャイチャしてたんですかー?」
「た、隊室…?」


辺りをよく見ると、確かに二宮隊の隊室だった。そのことにも驚く。


「気付かなかった…」
「誰にも邪魔されたくなかったからな。隊室にするのは当然だろ」
「それって俺が邪魔したってことです?」
「そう言っているつもりだ。今日はお前も辻や氷見も戻らないと言っていただろ」
「はい、俺は忘れ物です」
「…ちっ」
「怒んないで下さいよ」


そう言いながら犬飼は奥へ進み、忘れ物をとって戻ってきた。そしてまた二宮たちに向き直る。


「それじゃ、邪魔してすいませんでした。もう誰も来ないんで続きどーぞ」
「!?犬飼先輩!」
「それじゃあねー如月ちゃん。頑張って」


にこりと胡散臭い笑みを浮かべ、犬飼は隊室を出て行った。ご親切に明かりも消して。


「………」
「………」


お互いに沈黙が続く。
静かな部屋で、自分の心臓の音だけが聞こえるようだった。


「春」
「は、はい!」


声を裏返らせて返事をした春に、二宮は小さく笑った。


「なに緊張してんだ。これ以上は何もする気ねぇよ」


ぽんっと頭を撫でた二宮にほっと息をつくと、そのまま胸に押し付けられるように抱き締められた。


「今は、な」
「!に、二宮さん!」


真っ赤な顔で怒る春に、二宮は優しく微笑んだ。


春が正式に二宮隊になったことを二宮隊のメンバーに伝えなければ。

犬飼のことだ、あの一瞬で気付いている可能性もあるが、それでもはっきりと言葉にしたい。

如月春は、これから正式に二宮隊の射手であり、自分の恋人になったのだ、と。

二宮は春を抱き締めたまま、小さく笑った。

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