射手に好かれる完璧万能手


「もっぎせーんもっぎせーん!」


本部内をスキップで進むご機嫌の春。学校で烏丸と会話してから更にご機嫌になっている。


「模擬戦終わったら誘ってみようかな?それとも模擬戦前?デートとかそんな大それたものじゃなくて良いからちょっと一緒にお出掛けしたいな…!ご飯食べに行くだけでも良いなー!」


にこにこと緩む顔を押さえることなく、太刀川を探して隊室に向かう。


「よお、春じゃねぇか」
「ん?あ、なんだ米屋先輩。お疲れ様です!」
「なんだってお前な……」


仮にも後輩のはずの春に雑な扱いをされたが、特に気にすることもなく先程あったことを思い出して、そういえばと続けた。


「さっき加古さんがお前のこと探してたぜ?」
「え、加古さんが?なんでしょう?」
「さあな。急ぎじゃなさそうだったけど、とりあえず会いに行った方が良いんじゃね?」
「うーん……そうですね。聞かなかったことにします」
「は?」
「だから米屋先輩も私に言わなかったことにしておいて下さい」
「……いや、おい春?お前加古さんと仲良かったろ?」
「加古さんのことは好きですし尊敬してますけど、それより大切なことがあるので」


嬉しそうに笑った春を見て、米屋はすぐに太刀川関連だと察した。
ほとんどの人は春の好意に気付いているのだ。勘の鋭い米屋が気付かないはずもない。同じ隊ならあとは奈良坂も気付いていそうだが、後の2人はそんなこと思ってもいないだろう。米屋は内心笑った。


「あー、まあそういうことなら言わなかったことにしといてやるよ」
「ありがとうございます!さすが米屋先輩!」
「初っぱな舐めた態度だったくせによく言うなー」
「米屋先輩優しいからですよ!それじゃまた!」
「おう、お礼は模擬戦で良いぜ?」
「ふふっ、また今度で良ければ!」


手を振って去っていく春に手を振り、別の模擬戦相手を探そうとした米屋。だが、再び視線は春の元へ。


「おー……面白くなりそうだなこりゃ」


にやにやと見つめる先には春。そしてその春を見つけて歩み寄る者が2名。きっと何事もなく太刀川の元へは行けないだろうと、米屋はにやにやした表情を隠すことなく行く末を見守ることにした。

そんな米屋に気付かない春は、スキップで隊室に向かっていた。機嫌よく再び鼻歌を歌い出した春。だがスキップするその腕を突然捕まれた。


「きゃ……っ!」


そのまま引っ張られ、バランスを保つことが出来ずに引っ張った人物の腕の中へと収められる。ボフンとぶつかり、視界に入った隊服は見覚えのあるもの。まだ頭の整理が出来ずにゆっくりと顔を上げた。


「よお、春」
「……に、二宮さん?」


春をいきなり抱き締める態勢に持っていったのは二宮だった。目が合っても二宮は表情を変えることなく春の腰に手を回して名を呼ぶ。


「お前その格好で本部うろうろしてんじゃねぇよ」
「え、その格好って……隊服ですけど……」
「だからその隊服が気に入らねぇえ」
「そんなこと言われても…太刀川隊の隊服かっこいいじゃないですか!」
「どこがだ。特にお前には似合わない」
「む……二宮さん酷い……」


長身の太刀川や出水と違って隊服に着られているのは分かっている。それを更に指摘され本気で落ち込む春。上げていた顔を俯かせる。
だが視線が合わないのが気に入らない二宮は、空いている方の手で春の顎に手をかけて上を向かせた。もちろん腰に回した手はそのままに。端から見ればそういう関係に見える。やっとそのことに気付いた春は流石に慌てだした。


「あ、あの二宮さん?こ、この態勢はちょっと……」
「なんだ?何か問題でもあるか?」
「むしろ問題しかないです!これ誤解されますから!」
「好都合だな」
「何言ってるんですか!二宮さんイケメンで只でさえかっこいいんですからそういうこと真顔で言わないで下さい!」
「……」


かっこいいという単語に二宮は無表情のまま固まった。春は俺をかっこいいと思っているのか、と。


「……二宮さん?」
「本当に……お前何でそういうこと言いやがる」
「え?私なにか言いました?」
「んのクソガキ」


そのクソガキに夢中になっている自分に心の中で自嘲した。きょとんと見上げられて、かっこいいと言われて、ここで行動に移さなければ男じゃない。


「春」
「はい?……え、ちょ、二宮さん!?」


ゆっくりと近付く顔。顎に手をかけられ固定されているせいで逃げられない。


「ああああの私これから予定が…!」
「ああ、後で俺と模擬戦な」
「いやいやいや冗談ですよね?二宮さん?二宮さん!?」
「黙ってろ」
「ふぇ!?」


抵抗も抗議も許されず、春は焦ることしか出来ない。ゆっくりと近付く二宮にぎゅっと目を閉じた。


「ちょっと」


突然聞こえた声と共に春は後ろから腕を引かれて二宮から離れた。
そして背中に感じる柔らかい感触。
きつく閉じていた目を開くと、目の前にはどこか不機嫌そうな二宮の姿。その視線の先を追って振り向くと、


「あれ……加古さん?」
「危なかったわね、春」


妖艶な笑みを浮かべて春の腕に腕を絡ませる。


「加古……何しやがる」
「あなたこそ私の春に何するのよ」
「お前のじゃねぇだろ」
「これから私のになるの」
「誰がお前に渡すか」
「二宮くんのじゃないでしょ」


自分を挟んで静かに言い争う2人に春は顔をひきつらせる。とりあえず加古に危ない所を助けてもらったのは確かだとそれだけは分かった。


「あの、加古さん?ありがとうございます。それでえっと、私のこと探していたとお聞きしたのですが……」
「ああ、そうそう。春と模擬戦したくなってね」
「私と?突然ですね」
「ふふ、実は今日、春が私の隊に入って一緒に戦う夢を見てね。とても楽しかったのよ?」
「は、随分と安い理由だな」
「私の夢に春が出たからって妬かないでくれるかしら」
「夢でしか自分の好きなように出来ない奴に妬くわけねぇだろ」
「あ、あの……」


何やら不穏な空気になってきたのを感じた春。早くこの場から去りたい。太刀川に会いたい太刀川と出掛けたい太刀川と……春の頭はそれだけで埋め尽くされていく。


「それで?春はいつ私の隊に入ってくれるのかしら?」
「……はい?」


少し話を聞いていなかったところでいきなり話を振られ、現実に引き戻された春。話が全く読めない。


「春は俺の隊に入んだよ」
「A級の春がB級の隊に入るわけないでしょ?」
「春が俺の隊に入ればA級になんかすぐなれる。もちろんA級1位だ」
「春が入ってA級1位になるのは私の隊。イニシャルKの最強部隊だわ」
「はっ、俺より弱い奴が何言ってやがる」
「いつまでもNo.1射手にいられると思ったら大間違いよ」


バチバチと火花を散らし始めた2人。先程までと同じなら春は苦笑いするだけだっただろう。しかし、春にはどうしても譲れないことがあった。


「……A級1位は」


小さく呟いた春に二宮と加古は言い争いをやめて春に視線を向けた。


「A級1位は、太刀川隊です!!」


二宮を真っ直ぐ見つめて春は声をあげる。そして振り向いて加古に視線を向けた。


「太刀川さんも出水先輩も負けません!」


春の気迫に驚き、加古は腕を離してしまう。
その隙に春は二宮と加古の2人が見える位置に移動し、2人を見据えた。


「太刀川隊はどこの隊にも誰にも、絶っっっ対に負けませんから!」


そう言い放ち、それじゃ急いでいるので!っと2人から逃げるように走って行った。残された2人は何も言えずに春の背中を見送る。


「……ったく、どんな洗脳してやがんだ太刀川の野郎」
「それは同感ね。どうしてあんな男がいいのかしら。太刀川くんに負けたみたいでイライラするわ」
「ちっ。お前には邪魔されるし太刀川はムカつくし最悪だ。おい加古、模擬戦付き合え」
「ふふ、良いわよ。春じゃないのは不満だけど」
「それはこっちの台詞だ」


2人は火花を散らしながら模擬戦に向かって行った。
その光景を影からずっと見ていた米屋はふぅっと息をつく。あのピリピリした空気がこちらまで伝わってきたのだから仕方ない。


「にしても、あれかね。春は射手に好かれるサイドエフェクトでも持ってんのかね」
「おー、槍バカー。春知らね?」


頭の後ろで手を組んで苦笑する米屋を呼んだのは出水。更に増えた春を探す射手に米屋は乾いた笑いで顔をひきつらせた。

やはりサイドエフェクトなのかもしれないと。

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