大切だからこそ


太刀川隊の隊室で、太刀川はソファに腰掛けてぼーっとしていた。
微動だにせず何も喋らずにかなり時間が経っている。

そんな遠征帰りのだらしない隊長に愛想を尽かし、国近は帰ってしまった。春のことでかなりご機嫌は斜めだったのだ。

さすがに自分まで太刀川を見捨てるわけにはいかないと、出水は溜息をついて太刀川に近付いた。


「…太刀川さ…」
「出水」


遮るように呼ばれた名前に、出水はきょとんと太刀川を見つめた。


「…春は、俺といると辛そうだな」
「え…?」


太刀川の表情からは何も読み取れない。
何を考えての言葉なのか分からない。


「…あいつはいつも笑ってたのに、久しぶりに会った春は……笑ってなかった」
「………」
「辛そう、だったな」


確かに、辛そうだった。
太刀川のところで何があったかは知らないが、自分のところへ来た春は、辛そうに戦っていた。
いつもの笑顔を、1度も見なかった。


「…俺が遠征には連れていかなかったせいか?」
「…それも、あるかもしれないですね」
「…そうか。…けど、俺はあの選択を間違いだとは思ってない」
「太刀川さん…?」


何を考えているか分からないが、言葉はしっかりとしている。


「…俺は、これから先も春を遠征に連れて行く気はない」
「な、何で?春は強いですよ!今回も射手としてなのに菊地原たち倒したんでしょ?」
「…ああ」
「なら…!」
「春を遠征に連れて行くことはない」


太刀川の気持ちは変わらない。
一切の迷いもない。


「…遠征先の辛さを、あいつは知らなくて良い」
「…太刀川さん…」


太刀川はどうか分からないが、出水が初めて遠征に行ったときは辛かった。もう行きたくないと思えるほどだ。
しかし、自分はA級1位で、もう行きたくないなど言えなかった。

そうして続けるうちに自分は慣れた。むしろ今では楽しいと思えるほどになったのだが、優しい春が耐えられるのかは確かに心配になる。


「…結局、春が心配だから連れて行かないってことですか?」
「…まあ、そうだな」
「……でも、A級1位だったらそういうわけにもいかないでしょ。…確かに同意書はあるけど、A級1位って肩書きがある以上、遠征行きは義務みたいになってる。だからこれから先も春が遠征に行かないのは…」
「今の春はA級1位じゃないだろ」


その言葉に息を飲んだ。

そうだった。
今春は、B級に降格して二宮隊にいる。遠征とは関係ない場所にいるのだ。


「だから、このまま二宮隊にいれば春は遠征に行かなくて済む」


その言葉に出水は拳を握りしめて俯き、ふるふると震えた。
そしてばっと踏み込むと、太刀川の座るソファに足をかけて胸倉を掴んだ。


「何言ってんだよ!!あんたは春が二宮隊で良いのかよ!理由も分からず脱退して、降格して!あんな辛そうな顔する春を放っておくのかよ!」


自分は春が二宮隊にいると聞いてショックだった。いつも太刀川隊でわいわいやっていた春が、あんなに辛そうに、笑顔も見せずに戦っているのは見てるこっちも辛かった。

しかし、自分には何も出来なかった。
自分では何も出来ないから太刀川に頼るしかないのだ。それなのに…

出水は太刀川の胸倉から手を離し、力なくソファに腰掛けた。


「………おれも柚宇さんも春があんな辛そうなの耐えらんないのに……太刀川さんは違うのかよ…春のこと、どうでもいいのかよ…」


遠征前、春と太刀川の気持ちは通じ合ったと思っていた。言葉にしなくとも、気持ちは同じはずだった。
少なくとも、今まで以上に距離が縮んだのは確かだ。だからお互いに大切で、その考えのせいで亀裂が入ってしまったが、それもすぐになくなると思っていた。
けれどその亀裂は大きく、どんどん広がるばかりで。

もう元の太刀川隊には戻れないのかと、出水はぽすっと背もたれに倒れた。


「どうでもいい訳じゃない。…ただ」
「……太刀川さん…?」


太刀川の方を向くと、掴まれた胸倉を直している姿。その表情はとても穏やかだった。


「春が決めたことなら、俺は何も言わねぇよ。あいつがそうしたいと思ったなら、それを引き止めることは出来ない」
「…そうだけど…!」
「太刀川隊に戻りたいっていうならもちろん受け入れる。…けど、春が望んで二宮隊にいて、これからも二宮隊で居続けたいっていうなら…」


太刀川は優しく笑った。


「俺はそれで良いと思ってる」


心からの言葉。
太刀川隊に引き入れたときは自分勝手な太刀川だったが、今は春のことを考えて、春の意志を尊重しようとしている。


「……俺だって最初、春が二宮隊の隊服着て、太刀川隊を抜けたなんて聞いたときは頭真っ白ですげーショックだったよ。あいつ全然俺の方見ないし、いつもみたいに笑ってないし…結構辛かった。……けど、遠征に連れて行かないって言ったあの日から春はずっとあんな辛そうな顔してたのかと思うと、そっちの方が全然辛かったんだ。俺がそんな顔させちまったんだって、辛かった」


真剣な表情の太刀川に、それが本音なのだと分かった。太刀川はちゃんと春のことを考えていて、春の1番を考えている。

出水は春を太刀川隊に連れ戻すことしか考えていなかったが、春の意志を無視することは出来ない。


「…春が二宮隊にいたいって言ったら、受け入れるんですか?」


その問いかけに、太刀川は出水を見ながら笑った。


「おう」


いつもの太刀川だ。
いつもの隊長の言葉だ。
ならば、出水はもう何も言うことはない。


「…春の人生、ですもんね」


出水は眉を下げて笑った。
春が戻らないのは辛いが、それが春の意志ならば仕方ない。自分がこれ以上どうこう言えない。

春が辛そうな顔をしてなければ良い。


「大切な仲間だ。あいつが1番良いと思うようにしてやりたい」
「…そうですね!」


出水にとって大切な。

国近にとって大切な。

そして、太刀川にとって大切だからこそ、春にとって1番の選択をしたい。
大切な大切な仲間に、もうあんな辛そうな顔をさせないために。

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