これから先も

二宮との模擬戦が終わってから数日、ボーダーの中では2つの噂が広まっていた。
遠征から外されてB級に降格し、二宮隊に入っていた春は、二宮を倒して実力で太刀川隊に戻ったと。そのお陰か、春に陰口を叩くものはいなくなっていた。

そして、太刀川が春に告白し、2人は付き合い始めたと。


「俺の春は誰にも渡さねぇ。こいつは俺の女だ、かぁ。凄いっすねー太刀川さん」
「誰だよそんなこと言い始めた奴…俺そんなこと言ってねぇぞ…」
「それと同等のこと言ってたでしょ?そのせいですよ」


出水と太刀川の2人しかいない隊室で、太刀川は大きく溜息をついた。


「そりゃ言ったけどよ…なんか色々違うだろ?」
「噂ですからね。変な風に広まったらしばらくはこのままですよ」
「なんか解せねぇな…」
「でも春とやっと気持ちが通じ合って、戻って来れるんだから良いじゃないですか」


膨れる太刀川に言えば、すっと表情を変えて嬉しそうに笑った。


「まあ、そうだな」


春のこととなるとコロコロと表情を変える隊長に、出水は小さく笑う。
すると隊室の扉が開き、春と国近が入ってきた。


「たっだいまー!」
「ただいま戻りました!」
「おかえりー」
「おかえり春、国近。………で、どうだった…?」


恐る恐る問いかける太刀川に、春と国近は顔を見合わせて笑ったあと、太刀川に向き直った。


「手続き完了しました!今日からまた、A級1位、太刀川隊の如月春です!」


その言葉を聞いて太刀川と出水はガッツポーズをする。


「よっしゃ!」
「まじで良かったー!」
「城戸司令には二宮さんから話がいっていたみたいなのですんなり終わりました!」
「二宮さんのお陰だねー」
「はい!」


笑顔で二宮の話をする春に、太刀川の先ほどの喜びはどこへやら。一気にむすーっと不機嫌になる。


「二宮のお陰、な…そうだなー。二宮のお陰だよなー」
「た、太刀川さん?」
「あいつ男らしいし顔も普通にかっこいいし強いしお前には優しいし大切にしてるしなー」
「あ、あの…」
「春にキス出来るくらいに行動力もあるしなー」
「あ、あれは…!」


思い出して顔が熱くなり、うっすらと赤く染まった春に、太刀川は余計に不機嫌になっていく。


「なになに?太刀川さんってばヤキモチ?」
「あんた本当に大人気ないな…あんくらい良いじゃないですか」
「良くねぇよ!」


がるると唸る太刀川に出水は呆れ、国近はにこにこと楽しそうにし、春はあわあわ慌てている。


「…俺だってまだ春にしたことねぇのに…」


唇を尖らせてぼそりと呟いた言葉は全員に聞こえてしまった。途端に春はぼふんっと赤く染まる。


「俺より先に二宮がしたってことが許せねぇよ!」
「っ!あ、え、えっと…わ、私、は…た、たち、かわさんに、なら…その、そ、そういう…こと…してほしいと…いう、か…」
「ん?なんだ?」
「だ、だから!」


分かっていない太刀川にはっきり言おうと意気込むと、ゲート発生の音が本部内に響いた。


「……タイミング…」
「ま、ドンマイ春」
「春ちゃんファイトー!」
「くっそー…モヤモヤするな!憂さ晴らししに行ってやる」
「思いっきりヤキモチじゃないですか。ちゃんと春も連れてきて下さいよ、おれ先に行ってるんで」
「私も行くよー!ここのPC調子悪いから他のとこ借りてくるねー」
「…あー、頼むぞ」


先に隊室を出て行った2人を見送り、太刀川は息をついた。


「はぁ…それじゃ俺たちも行くぞ」
「た、太刀川さん!」


モヤモヤした気持ちで足を踏み出した太刀川の隊服を掴んで引き止める。


「春?」
「あ、あの…」


振り返ると俯いている春。そして意を決したようにばっと顔を上げて太刀川を見つめた。


「わ、私は!太刀川さんの方が男らしいしかっこいいし強いし優しいし、私のことも大切にしてくれてるって思ってます!」
「お、おう…」
「そ、それに!…私は…!太刀川さんのことが、好きです…!太刀川さんが好きです!何があっても、太刀川さんが1番ですから!」


必死にそう訴えてくる春に、モヤモヤした気持ちはどこかへ行ってしまった。太刀川は振り向いて春の頭を撫で、そのまま引き寄せて抱き締めた。


「…俺も。好きだ、春」


その行為と言葉に春ははにかむ。ぎゅーっと抱き締めてから太刀川はすぐに春を解放した。


「よし!これですげー頑張れる!」
「私もです!」
「早く行かねぇと出水たちに怒られちまうからな」
「ふふ、そうですね!」


春はトリガーを取り出した。もちろん、太刀川隊のトリガーを。それを嬉しそうに見つめた後、春はトリガーを起動した。


「トリガー、起動!」


そして現れるのは、太刀川や出水と同じ太刀川隊の隊服。前よりも少しアレンジが加わり、太刀川の趣味が詰め込まれた隊服だ。その姿を見て太刀川は満足そうに笑う。


「良く似合ってるな」
「あ、ありがとうございます!」


嬉しそうにくるりと回ると、太刀川隊の黒いロングコートがひらりと舞う。隙間から見える春の太ももに太刀川は更に機嫌を良くした。


「このアイディアくれたことだけには二宮に感謝だな」
「え?」
「いーや、何でもない。それより、太刀川隊としての久々の任務だ。気合い入れろよ?」


太刀川隊に戻ってきて久々の任務。
太刀川と気持ちが通じ合って初めての任務。
太刀川隊の完璧万能手、如月春として、胸を張って臨める任務。
やっと太刀川の元に戻って来たと実感出来る。


「…はい!」


微笑んで手を差し出す太刀川に、春は満面の笑顔で頷き、その手を重ねた。するとそのまま手を引かれ、引き寄せられ、そして…

ちゅ、っと。
唇に柔らかい感触。
至近距離の太刀川の顔。
春は目を見開いた。
しかし触れるだけのそれはゆっくりと離れて行き、至近距離でお互いに見つめ合う。


「…た、ち…かわさ…」
「…やっぱ、二宮だけってのは不公平だろ…」
「………え……?」
「…奪えるときに奪っときたかったんだよ!」
「……っ」
「お前は、俺のなんだからな」


頬を赤く染めて、しかし真剣にそう告げる太刀川に、春も真っ赤に染まった。けれど、恥ずかしさが先行しない。嬉しい気持ちしか浮かんでこない。大好きな大好きな相手を見つめ、春は笑った。


「……はい…!…でも、今度は…トリオン体じゃなくて生身のときが良いです」


はにかんでそう告げれば、太刀川は一瞬驚き、そして笑みを浮かべる。


「…だな」


こつんっと額を合わせて2人は笑った。


「よし!それじゃ行くぞ、春」
「はい!」


気を取り直して任務へ向かう太刀川と春。もう2度と手放さないと、お互いに強くその手を握り締めて。

手を引かれ走りながら太刀川を見上げれば、その視線に気付いた太刀川が振り向き、微笑む。春の大好きな、あの愛しいものを見るような瞳で。

溢れてくる好きという気持ち。
想い続けてきた恋心。
諦めようと何度も思ったが、結局そんなこと出来ない程に太刀川が好きだった。どんなに辛くても苦しくても悲しくても、太刀川の一言で幸せになれる程に好きだった。

そしてこれからも、誰に何を言われても、この好きという気持ちが変わることは決してない。

この先も、ずっと…ずっと…


「…大好きです!太刀川さん!」


(End)


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