今の自分がいられるのは


ベイルアウトして飛ばされた先のベッド。その久しぶりの感覚に、自分は負けたのだと改めて実感した。


「負けちゃいましたね」
「ああ」


側で聞こえた声に視線を向けることなく、二宮は身体を起こす。


「だから俺たちも通信でサポートしますって言ったのに」
「必要ない」
「そう言って断って如月ちゃんに負けちゃったじゃないですかー」
「これで良いんだ」


ベッドから立ち上がった二宮に、犬飼は訳が分からないというように首を傾げた。そんな犬飼と違い、側で待機していた辻と氷見は何も言わずに黙って聞いている。二宮の考えがなんとなく分かるのだろう。


「俺には良く分からないですよ。だって二宮さんは如月ちゃんのこと好きなんですよね?ならどうして俺たちのサポート断った上に、あそこで全攻撃やめたんです?」


ただの純粋な疑問。二宮ならば引き分け、もしくはあそこからでも勝ちに行くことは出来たはずだ。それなのにそれをしなかった。
春が二宮隊に残るか否かの最後の模擬戦だったにも関わらず。しかし二宮は小さく笑った。


「あいつが好きだからな」


その答えに犬飼はますます分からないというように首を傾げる。二宮は穏やかに笑ってふと、モニターに視線を向けた。その瞬間、穏やかな表情はどこへやら。一気に不機嫌ならオーラが漂い始める。


「…氷見」
「は、はい!」
「今すぐ俺を転送しろ」
「りょ、了解!」


低く名前を呼ばれた氷見は慌ててPCを操作し、二宮を仮想市街地に転送した。いきなりどうしたのかと犬飼と辻がモニターに視線を向けると、すぐに理由を理解する。
モニターの中では、太刀川が春を抱き締めていたのだから。


◇◆◇


「…あ、あの…太刀川さん…」
「なんだ?」
「そろそろ、離してほしいんですが…」
「やだ」
「や、やだって…」
「もうちょっと、な」


( もう私が限界なんですけど…! )


バクバクと激しくなる心臓に耐えられず、太刀川に頼んだがさらっと拒否された。嫌ではない。とても嬉しい。嬉しいには嬉しいが、まだ恥ずかしさが先行してしまう。


「た、太刀川さん…!」
「アステロイド」


再び春が太刀川に声をかけると、少し離れた所から低い声が響いた。それと同時に身体が浮く。


「きゃ!?」


春を抱き締めたまま軽々と後ろへ飛び退いた太刀川。直後、その場所にアステロイドが降ってきた。


「おいおい、春に当たったらどうすんだよ」
「そんな間抜けな真似する訳ねぇだろ」
「に、にのみ……」


太刀川と対峙するように降り立ったのは先程ベイルアウトした二宮だ。名前を呼ぼうとした春だったが、太刀川と二宮のただならぬ気配に黙ってしまう。2人の間でバチバチと火花が散っているのが見えるのだ、下手に口出し出来ない。


( あ、あれ…? )


何故こんな不穏な雰囲気なのか。太刀川と二宮の仲が良くないのは知っている。けれども、こんなオーラを出すほどだっただろうかと冷や汗を流した。その何とも言えない気まずさに、そろーっと太刀川の腕から抜けて2人を見守る。春の行動に気付かないほど、2人はバチバチと火花を散らし睨み合っていた。


「ウチの春は強いだろ?なんせウチの春だからな」
「ウチにいたから強くなったんだ。春はウチで鍛えてやったからな」
「お前に鍛えてもらわなくても春は充分強い」
「遠征行ってる間こいつのことを見てないくせして何言ってやがる」


何か言って止めなければと思うが言葉が見つからない。声をかければ確実に飛び火する。春はすぐに止めることを諦めた。


「けど最後お前に止めさしたのは俺の技だぞ!」
「その前に窮地に陥って使ったのは俺の技だ」
「うぐぐぐ…」


勝ち誇った笑みを浮かべる二宮に太刀川は口で勝てずに唸った。そんな姿に春は苦笑する。そして、仕方ないっというように2人の間に入った。


「お2人のお陰ですよ、私が勝てたのは」


2人の視線が春に移ると、春は二宮に向き直って疑問に思っていたことをぶつけた。


「二宮さん。何で最後、私への攻撃をやめたんですか?」
「…なんのことだ」
「最後全攻撃する態勢でしたよね。でも二宮さんは攻撃せずに私の攻撃を受けてた。それくらい分かりますよ」
「ふ、成長したな」
「二宮さんにしごかれましたから」


微笑み合う2人を太刀川は不機嫌そうに見つめる。


「それで、どうしてです?」
「犬飼みたいなこと言うな」
「だって気になりますよ!」


二宮は一つ溜息をつくと、真っ直ぐに春を見つめた。その真剣な眼差しに春はぴしりと固まる。


「細かいこと気にしてんじゃねぇ」
「で、でも…!」


ぽすんっと頭を撫でられ、不満そうながらも口を閉ざす春に、二宮は更に続けた。


「あの時みたいに辛そうな表情で泣きそうになってんなら、俺は全攻撃を止めなかった」
「え…?」
「お前は黙って笑ってれば良いんだよ。…春が笑ってんなら、俺はそれで良い」


優しく微笑む二宮に、自分が弱っていたときに手を差し伸べてくれたときの二宮が重なる。
周りの声に耐えられなかったとき。
苦しくて辛かったとき。
どこにも居場所がなかったとき。
太刀川たちから逃げたとき。
そのとき、いつも傍で見守り、手を差し伸べてくれたのは二宮だ。
二宮がいたから
隊に誘ってくれたから
傍にいてくれたから
慰めてくれたから
必要としてくれたから

思い返せば思い返すほど、二宮への感謝ばかりが募る。二宮がいたから、今春はここにいられる。自分を見失わず、ここにいられる。

様々な感情が一気に溢れ、そしてついに春の瞳からポロリと一筋の涙が溢れた。


「お前な……俺の前でずっと泣くの我慢してたくせに何で今泣くんだよ」
「す、すみませ…っ!なん、か…今までのことを思い返したら、勝手に…!」
「二宮お前春に何したんだ!」
「ち、違うんです!」


憤る太刀川を止め、春は流れ続ける涙を拭いながら続ける。


「二宮さんがいてくれたから、私は今…ここにいられるんです」


あのときに手を差し伸べてくれたから。


「二宮さんがいなかったら…私はきっと周りの声に耐えられなかった…!押し潰されてました…!」


居場所がない自分へ、居場所をくれたから。


「だから…!感謝してもしきれない…!ありがとうございます…!ありがとうございます…二宮さん…!」


悲しい訳ではないのに涙は止まることを知らず、どんどんと流れる。必死に止めようと擦っていると、二宮にその手を取られた。


「そう思うんなら、泣くんじゃなくて笑え」


そして頬に手を当てられる。


「俺が見たいのはお前の泣き顔じゃない。お前の笑顔に惹かれたんだからな」
「にのみやさ…」
「春の笑顔が好きだ。だから笑え」


最初は驚いて二宮を見上げていた春だが、その穏やかな表情を見て、満面の笑顔を浮かべた。


「ありがとうございます、二宮さん!」


やっと自分へ向けられた、惚れた笑顔。涙を浮かべながらもにっこりと笑う春に、二宮も優しく笑った。


「やっぱりお前は、笑ってる方が良い」


そう言って指で浮かんだ涙を拭う。隊に誘われたときと同じ仕草に、春ははにかんだ。
あのときもこうやって浮かんだ涙を拭われた、と。
しかし、あのときと同じだけではなかった。二宮の顔がゆっくりと近付き、まだ涙が浮かぶ春の瞼に口付けを落とす。


「なぁっ!?」
「………………え?」


ちゅっ、という効果音と共に離れた二宮。驚く太刀川に、ぽかんとする春。しばらくして状況を理解した春はぼふんっと真っ赤に染まった。二宮はそれを見て満足そうに笑う。


「ふぁ…!えっ、な…!に、に、にの、み、やさ…っ!?」
「おま…っ!二宮!?」
「ふっ」


二宮は春の頬から手を滑らせるようしてから離し、最後にぽんっと頭を撫でた。


「太刀川が嫌になったらいつでも俺の所に来い。お前ならいつでも歓迎してやる」
「…は…、はい…!」
「ちょ、春!?」


思わず返事をしてしまい、太刀川から非難の声が上がる。そんな太刀川に二宮が鋭く視線を向けた。


「お前も忘れるなよ。もしまた春を泣かせるようなことがあれば、今度こそ俺が貰う」
「……もう泣かせねぇし、お前にも絶対渡さねぇよ」


そう言って春を後ろから引き寄せるように抱き締めた。


「こいつは俺のだ」


目をそらさずに言い切る太刀川と、それをそらさずに受け止める二宮。しばらく睨み合い、二宮は小さく笑った。


「俺は春が好きだ。諦めるつもりもない。奪えるチャンスがあればいつでも奪いに行く。せいぜい愛想尽かされないように気を付けることだな」


そう言い残し、二宮は背を向けて仮想市街地を出て行った。それを見送った太刀川はほっと息をつき、腕の中にいる春に視線を向けた。春は俯いていて表情は見えない。


「春?」
「………戻りましょうか」


そう言って離れた春の顔は真っ赤に染まっている。


「おい春?お前その顔…」
「………」


瞬間、春は無言で走り出した。


「あ!ちょ、待て春!」


呼びかけても止まらない春を太刀川は追いかける。


「お前なんで逃げる!」
「む、無理です今は…!」
「何でだ!ていうか、何でそんな真っ赤になってんだよ!二宮か!?二宮のせいか!?」
「ち、ちが………っ、くはないですけど…」
「やっぱりそうなのか!?」


小さくなる語尾をしっかりと聞き取り、太刀川は足を速めた。しかし春も捕まらないようにと足を速める。今は面と向かって話せない。


「二宮にキスされたろ!?そのせいで照れてんのか!?」
「…っ!」
「二宮に心変わりとか許さねぇぞ!?」
「や、そ、そんなことは…!」
「じゃあなんでそんな照れてんだよ!ていうか何で俺から逃げんだ!」
「た、太刀川さんのせいでもあるんです……お、お2人のせいです…!」
「2人って…二宮と俺?だからって何で逃げるんだよ!春!」
「ちょ、ちょっと待って下さい!今は、今は無理なんです!」


大切な恩人から好きだと瞼にキスをされ、大切で大好きな人から俺のだと宣言をされたのだ。耐えられるはずがない。心臓が、耐えられない。


( 無理無理無理無理!心臓壊れる…! )


真っ赤な顔で泣きそうになりながら、春は必死に逃げる。それを追いかける太刀川。しばらくそんな無駄な追いかけっこをしていると、ざざっと通信が入った。


『お前たち、いつまで遊んでいるつもりだ』
「え、あ…蒼也くん?」
「だって風間さん!春が逃げるんだよ!」
『お前が追いかけるからだろ。いつまでも遊んでないで早く戻って来い』
「蒼也くん怒らないならすぐ戻るよ?」
『…良いから戻って来い』
「怒る気満々だよね!?」
『みんなお前と太刀川さんを今か今かと待ってんだから早く戻って来いよ』
『そうだよー!2人の恋の行方をみんな知りたいんだから早く早くー!』


出水と国近にも急かされ、2人はようやく立ち止まった。そして国近の台詞に2人とも赤く染まる。


「…戻るぞ」


そう言って差し出された手。春は驚いてぽかんと太刀川を見上げた。目をそらしながら手を差し出す太刀川の頬は自分と同じように若干赤く染まっている。
嬉しさよりも恥ずかしさが勝り逃げていたが、風間たちと話したことにより、段々といつも通りに戻ってきた。そして、今の太刀川の反応に嬉しさが勝る。


「…はい!」


はにかんで返事をして、その手を重ねた。ぎゅっと力強く握られ、風間たちが待つ場所へ戻る。
出水や国近のいる、春の居場所へ。



そして戻った2人は、風間に説教をされ、出水と国近に抱き着かれ、迅と烏丸に安心され、他の隊員たちに質問攻めに合った。面倒そうな顔をする太刀川と困ったように笑う春だが、2人は顔を見合わせて微笑んだ。

しっかりと手を繋いだまま。

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