最後の分岐点

「あ」


二宮と模擬戦するために入ろうとした対戦ブース。扉の前に立ってあることを思い出し、春は声をあげた。


( …そういえば、任務終わったら太刀川さんに理由を説明しに行くって言ったのに……ここまで来ちゃったな… )


すぐに模擬戦をするために任務完了の報告を犬飼たちに任せた二宮は、もう別の部屋に入って準備をしている。今更待っててくれと言える雰囲気ではない。


「……勝ってから報告すれば良いよね」
「春?」
「え?……あ、京介くん!」


通りかかった烏丸に名を呼ばれ、春はぱぁっと顔を輝かせた。


「まだ本部にいたんだね!どうしたの?」
「ああ、ちょっと荷物を引き取りに…」
「荷物?」
「……いや、何でもない。それより、これからまた二宮さんと模擬戦か?」
「うん!」


にこっと笑う春に、烏丸は気付いた。笑顔がいつもと違うことに。


「…太刀川さんと、ちゃんと話せたんだな」
「!…うん。京介くんは何でもお見通しだね」
「お前のその顔を見れば大抵の人は気付くだろ」
「そんなに違うかな…?」


真剣に悩む春に、烏丸は微笑んだ。いつもの……太刀川隊にいたときの、いつもの春だ、と。


「やっと戻る気になったんだな。模擬戦頑張れよ」
「…うん、頑張るよ。…これが、最後だから」
「最後…?」


春の言葉に首を傾げる。今日はもう3戦目なのかと思ったが、そういう訳ではないことは分かる。烏丸は無言で続きを促した。


「二宮さんとの模擬戦、今回が最後ってことになったんだよ」
「今回が、最後…?」
「うん。私も今回絶対に勝とうと思ってたから丁度良いんだけどね。…私は、太刀川隊に戻るから」


やっとその言葉を聞けて安心する。しかし、最後という言葉に引っかかった。


「…今回が最後って、負けたらどうなるんだ」
「……そのときは、ずっと二宮隊だって言われた」


烏丸は驚いたが、何となく予想はしていた。
春を優先的に考えていた二宮だが、春の気持ちが決まった今、手放したくなくなったのだろう。


「…その条件を飲んだのか」
「うん。だって元々二宮さんの情けでこの模擬戦はやってる訳だし、今更これが最後だって言われても納得出来るよ」
「…負けたらもう2度と太刀川隊には戻れないかもしれないんだぞ」
「大丈夫だよ、京介くん」


春は烏丸に笑いかけた。


「私は負けないから。必ず勝つよ」
「…春」
「二宮さん待たせてるから行くね。ありがとう京介くん」
「…勝てよ」
「もちろん。…いってきます」


負ける気は毛頭ない。春は強い瞳で部屋の中へ足を踏み出した。中へ入り扉が閉まると、春は二宮隊のトリガーを解除した。生身に戻った状態で、1つのトリガーを見つめる。

ずっと使っていなかった、太刀川隊のトリガーを。


「トリガー、起動」


ぎゅっと握り締め、そのトリガーを起動した。現れるトリオン体は、懐かしい太刀川隊の隊服。


「…勝ちますよ。太刀川隊ですから」


ここにはいない相手に呟き、春は笑う。そして、二宮の待つ対戦ブースへと向かった。




「…お待たせしました」
「……それが、お前の本気か」


辿り着いた仮想市街地。そこで太刀川隊の隊服を纏う春を見て二宮は問うた。


「…本気ですよ。これが私の全てですから」


春は2本の弧月を抜き、二宮をじっと見据える。


「…やはりお前はあいつを選ぶんだな」
「…二宮さんには感謝してます。本当に、本当に感謝してます。……けど、」


2本の弧月を二宮に向けて構えた。その瞳に迷いはない。


「太刀川隊として勝つのが、私の答えです!」


ばっと二宮に向かって踏み出した。


「…だったらその答え、変えさせてやる」


周りに浮かべたトリオンキューブを春に向かって放つ。

最後の模擬戦が始まった。

◇◆◇

「って、もう始まってんじゃん!」


大きくモニターに映る模擬戦に、出水は叫んだ。先に辿りついていた太刀川と迅も真剣にモニターを凝視している。太刀川隊の隊服を着て、果敢に二宮に挑んで行く春。しかし、攻撃は二宮には届かない。


「くっそ惜しい!あー、模擬戦って1日3回って言ってたけどこれ何戦目だ…?」
「2戦目ですよ」


出水の問いかけに答えたのは、同じようにモニターを見つめる烏丸だった。よく見れば周りにはたくさんのギャラリーが集まっている。


「京介!」
「どうも。迅さん引き取りに行く途中に春たちの模擬戦始まったので見てました」
「1戦目も健闘していたが、二宮には届かなかったな」
「風間さんまで…!」


集まるギャラリーの中には春を良く知るA級隊員が多い。みんな真剣にモニターを見つめている。そんな中で、春は二宮の攻撃に身体を貫かれた。活動限界を迎えてベイルアウトする。


「まじかよ…」
「春はまだ二宮くんのハウンドを攻略出来ていないのよ。あの相手を動かす為のハウンドに、春は苦戦しているわ」
「加古さん…」


射手として二宮を良く知る加古の言う通り、実際春はハウンドにやられた。それを攻略しなければ春に勝ち目はない。


「今回も春に勝ちはないな。確かに1戦目よりも健闘して二宮の片腕を落としたことは賞賛するが、今の春が1人で二宮に勝つのは無理だ。まだ1歩足りない」
「…そっすね。……けど、今回勝たないと、春はこれから先ずっと二宮隊のままです」
「……どういうことだ」


地の底から響くような声を出したのは、今までずっとモニターを凝視していた太刀川だ。視線は烏丸に向いている。


「……今回が、春と二宮さんの模擬戦最後だそうです」
「最後…?」
「はい。今回の模擬戦が最後で、もし春が勝てなければ、春はずっと二宮隊だと」


烏丸の発言に全員驚愕する。誰も言葉を発せない中、風間の冷静な声が響く。


「また無謀な条件を飲んだものだな。どうせ絶対に勝つからと軽く受けたんだろう」
「軽くかどうかは分からないすけど、絶対勝つとは言ってましたよ」
「気持ちでどうこう出来る相手でないことぐらい分かるだろ。あいつは今までの二宮との模擬戦で何を学んできたんだ」


風間はモニターに向けて厳しい言葉をかけた。しかしそれが春を思っての言葉なのは分かる。太刀川も出水も国近も、みんな心配そうにモニターを見つめた。
勝ってほしいと願っている。勝つと信じている。…けれど、相手はあの二宮なのだ。風間の言う通り、簡単に勝てる相手ではない。見ているしか出来ない無力な自分に、太刀川は強く拳を握り締めた。


「……折角戻って来るって言ったんだ…このまま黙って春を二宮の所にやってたまるかよ」


呟かれた言葉に、出水も国近も頷く。みんな同じ気持ちだ。そんな中、再びモニターに姿を現した春。新しいトリオン体で準備は万端のようだ。弧月を構え、二宮を見据える春の瞳は、まだ諦めてはいない。闘志を燃やしている。

そんな春の姿を見て、3人は顔を見合わせ頷き合った。そして同時にばっと走り出す。


「た、太刀川さん?」


驚いた迅はその背中に声をかけた。


「あいつが諦めてないのに、俺たちが諦められる訳ないだろ」


3人は春の使っている部屋を目指していた。


「いや、そうだけど…」
「あと1歩が足りなくてまだ1人で勝てないって言うんなら、俺たちがその1歩になってやる!…春は、大切なウチの隊員だ!」


そう宣言し、太刀川たちは春が使っていた部屋に入って行った。
一対一の模擬戦が大好きな人だ、乱入なんて行為は流石にしないだろう。だからこそ、何をするのか分からない。


「頼むよ、太刀川さん」


迅たちが心配そうに太刀川を見送る中、


本日3回目、最後の模擬戦が始まる。

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