それぞれの想い

声をあげて泣き続け、しばらく経って落ち着いた春は未だに太刀川にぎゅーっと抱きついていた。太刀川も同じように背中に手を回して抱き締めたままの態勢。
通じ合った気持ちだが、段々と冷静になってきた2人はどうしよう、と考えを巡らせていた。
太刀川は腕の中にすっぽり収まる小さな身体を意識して、春は包み込まれる暖かさを意識して動けずにいる。
お互いに好きだと告白してしまったことで、今更気まずくなっているのだ。

しかし、どくどくと早くなっていく太刀川の鼓動に春は耳を澄ませた。伝わる鼓動に太刀川も自分と同じように緊張していると分かる。意識してくれている。その事実が嬉しい。ここからどうしようかと悩んだが、もうしばらくはこのままでも良い。その考えに辿り着き、春はまた太刀川に擦り寄った。

すると、その雰囲気を裂くように春の携帯が鳴り出した。緊急の呼び出しだ。


「…招集、されました」
「ん?でも俺の所には何も来てな…」


そこまで言って気付いた。春は今、太刀川隊ではないということに。先程までの優しい表情は何処へやら。一変してむすーっと不機嫌な表情の太刀川に春は苦笑した。


「す、すみません…」
「…そういえば聞き忘れてたけど、何でお前二宮隊にいるんだよ」
「あー…色々ありまして…とりあえず招集かかったんで行ってきますね」


太刀川から離れて立ち上がろうとした春だが、ぐいっと手を引かれてまた太刀川の腕の中に逆戻りする。


「た、太刀川さん…?」
「もう誤解は解けたんだから春は太刀川隊だろ。だから行かなくて良い」
「……そういう訳にもいかないんです。…私はまだ、太刀川隊には戻れません」
「何でだよ!」
「……私は今、B級です。色々あって、二宮さんに勝たないとA級には戻れないんです」
「二宮に…?」
「詳しくはまた今度話しますね。今は早く行かないと」
「………」
「太刀川さん、私はもう逃げたり避けたりしません。ちゃんとお話しに行きますから」
困ったように笑う春に、太刀川は渋々と腕を離した。確かにもう逃げられる理由はない。
お互いに言いたいことは伝えたのだ。だから大丈夫。そう自分に言い聞かせる太刀川。すっと離れた春に、太刀川は最後の疑問をぶつけた。


「春」
「はい?」
「……太刀川隊に戻ってくるよな?」


驚いて瞬きをする春を、太刀川は真剣に見つめる。これが1番大事なことだ。もし好きの意味が違って、二宮隊の方が良いなどと言われたら…。しかし、春の言葉に太刀川の不安はすぐに消え去った。


「もちろん戻ります!戻りたいです!私は、太刀川隊の如月春ですから!」


はにかむ春に、太刀川は安堵の息をついてからにやりと笑った。


「まあ、戻ってくる気がないって言っても無理矢理連れ戻したけどな!」
「!」
「早く行って、早く戻って来い」
「……はい!」


ぽんっと頭に手を乗せると、春は満面の笑みで頷いた。キラキラと輝く嬉しそうな笑顔に、太刀川も優しく笑う。久しぶりに見た、自分が1番好きな春の笑顔だ。春はぺこりと頭を下げると、部屋を出て行った。そのときに見えた横顔に、太刀川はぽりぽりと頭をかく。


「だから可愛すぎだっての…」


頬を染めて嬉しそうに笑いながら部屋を出て行った春に、太刀川は小さく呟いた。

◇◆◇

太刀川と別れ、二宮隊の隊室に辿り着いた春は勢いよく中に入った。


「お待たせしました!」
「遅い」
「す、すみません…」


間髪入れない声に乾いた笑いをもらす。とても不機嫌なオーラを纏う二宮に、犬飼と辻は少し距離をとっており、流石の春も近寄り難い。そこで思い出してしまった。この隊室を出る前に起こった出来事を。


「…二宮さん」


あの言葉は嬉しかった。自分を必要としてくれる言葉は素直に嬉しかった。好きと言われて、嬉しかった。
けれど、もう迷いはなくなっている。答えは決まっている。春は真っ直ぐに二宮を見つめた。迷いのない、しっかりとした眼差しに二宮も見つめ返す。


「……私は、二宮さんに勝ちますよ」
「……やれるもんならな」


何かを察したのか、二宮はふっと笑い、春の頭をくしゃっと撫でた。先程より幾分か雰囲気が柔らかくなったことに首を傾げる。


「さっさと任務に行くぞ。終わったら相手してやる」
「……はい!」


トリガーを起動した二宮に続き、春もトリガーを手にしてそれをじっと見つめる。
二宮隊のトリガー。二宮隊の任務。二宮隊の如月春。
それは全て、ここで終わりにする。そう心に決め、春はトリガーを起動した。

◇◆◇

「あーーーー!!太刀川さん!!」
「おー国近ー」


隊室に戻ると国近と出水が出迎えた。
もちろん良い意味ではない。


「もう!どこ行ってたの!」
「悪い悪い」
「太刀川さんが逃げるからこっちは大変だったんですよ?」
「大変?」
「あれ」


そう言って出水が視線を向けた先には、ソファで死んだように倒れている実力派エリート。ぴくりとも動かない。


「………なんだ、あれ」
「ただの屍」
「なんでその屍がここにいるんだよ」


出水ははぁっと溜息をついた。


「おれも太刀川さんを追いかけに行ったら、太刀川さんを見失った柚宇さんと、柚宇さんに本気で首絞められてる迅さんがいて……流石に止めましたよ」
「だって迅さんが邪魔するからー!」
「………」
「それでそのまま屍放置する訳にもいかないんで、ここまで連れて来たんです」
「おいおい、隊室に死体遺棄するなよ」
「大丈夫ですよ。京介に引き取り来いって連絡しといたんで」
「なら良いか」
「…ていうか、さっきから何なんですかそのだらしない顔は。隊室に来たときからずっといつも以上に締まりがないですよ」


出水の言う通り、太刀川の顔はいつもより締まりがない。国近に怒られても、迅が死んでいてもへらへらとしている。流石に変だと思った2人は顔を見合わせた。


「えっと…太刀川さん?本当にどうしたんですか?」
「頭でもぶつけた?」
「ぶつけてねぇよ。失礼だな国近」
「だって…」
「じゃあ柚宇さんから逃げてる間に何か良いことでもあったんですか?」


出水の言葉に太刀川の笑みは深くなった。


「おう。すっげー良いことあったぞ」
「えー?なになにー?」
「春に好きだって言ったら私も好きだって言われた」


出水と国近は固まった。
声を発せないどころか瞬きすらしない。しかしそんな2人の反応には気付かずに太刀川は1人笑っている。


「いやーまさか両想いだったなんてな!顔がにやけてしょうがねぇよ。それに太刀川隊にも戻るって言ってたし、もうすぐ春戻ってくるぞ」
「……………っはぁ!?」


息が詰まったように出ない声を、出水は何とか絞り出した。


「いや、あんた何言ってんの!?」
「何って…さっきあったことだけど」
「さっきって……さっき!?私が太刀川さん追いかけてたときだよね?なに?春ちゃんと何があったの!?」
「いやー色々あってさー」
「色々じゃ分かんねぇよ!何があったか説明して下さい!」


ぐいぐいと詰め寄ってくる出水たちに太刀川は笑った。何があったか。説明しようとして上手く出来るものでもない。誤解が解けて、気持ちを伝えて、通じ合った。それだけだ。しかしそれではきっと2人は納得せずに詳しく聞いてくるのだろう。春のことをとても大切にしているこの2人は。


「太刀川さん!」
「たーちーかーわーさーんー!」


太刀川はにやりと笑った。


「秘密だ」


口元に人差し指を立て、悪戯っ子のように笑う太刀川に、出水と国近の不満の声が辺りに響き渡った。とりあえず、目を覚ました迅と、迅を引き取りに来た烏丸には、気持ちが通じ合った。それだけ伝えようと心に決めた太刀川だった。
あの2人は春のために、自分のために色々してくれたのだ。

春の任務が終わって戻ってくるまで、きっとあともう少し。

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