太刀川隊の大切なもの


太刀川隊の隊室で、太刀川はソファに腰掛けてぼーっとしていた。微動だにせず何も喋らずにかなり時間が経っている。
そんな遠征帰りのだらしない隊長に愛想を尽かし、国近は帰ってしまった。春のことでかなりご機嫌は斜めだったのだ。さすがに自分まで太刀川を見捨てるわけにはいかないと、出水は溜息をついて太刀川に近付いた。


「…太刀川さん」
「……………ん?どうした出水」


いつも以上にちゃんとしていない太刀川にもう一度大きく溜息をついた。


「そんなに悩んでんならさっさと行けば良いじゃないですか」


何がとは言わずに続ける。


「あの作戦が終わってから、太刀川さんおかしいですよ。理由は分かりきってんだから早く行動すれば良いでしょ」
「行動…?」


言いきった出水をぽかんと見つめる太刀川。その太刀川の顔に出水の方がぽかんと太刀川を見つめ返した。


「………え、太刀川さん?だって…春のことで悩んでるん、です、よ…ね…?」


なるべく気持ちを刺激しないように名前は出さないようにしたが、恐る恐る春の名前を出す。黒トリガー争奪戦のときに太刀川と春の間に何があったのか出水には分からないが、とりあえず春の今の状況に太刀川が悩んでいると思っての言葉だ。
遠征から帰ってきたら大切な春は何故か二宮隊にいた。そんなふざけた状況に自分も納得出来ていないのだ。太刀川が思う所があるのは当然だと思って確認するように問いかける。


「……ああ、すっげー悩んでる」
「だったら傷ついてないですぐに…」
「生足とニーハイ、どっちが良いと思う?」
「……………は?」


意味のわからない問いかけに、出水は顔を引きつらせた。


「いやぁ春がさ、二宮隊の隊服でミニスカだったろ?春が屋根の上に跳んだときスカートのスリットから見えそうで見えない感じがすげーエロかったんだよな…。しかもニーハイだから見える範囲狭くて余計に想像力を駆り立てられてやばかったわー。あいつなんか可愛くなってたし」


出水は開いた口が塞がらない。こいつは何を言っているんだと思うが言葉にも出来ず、ふつふつと怒りだけが募っていく。


「でもそれも良いんだけどよー。やっぱミニスカに生足だと見える範囲超広くなるだろ?春は足綺麗だし惜しげも無く太ももからふくらはぎまで見えるのも堪らないんじゃないかと思ってさー」


腕を組んで真剣に悩む太刀川。大学のレポートでもこんなに悩んだりしないだろう。しかし内容はとんでもない。悩む太刀川を心配して気を使っていた出水は、拳を握りしめて俯き、ふるふると震えた。そしてばっと踏み込むと、太刀川の座るソファに足をかけて胸倉を掴んだ。


「あんたまじ最低!!さいってー!!春のことで傷心して珍しく落ち込んでんのかと思ってたのにそんなこと考えてたのかよ!?」
「なんだ、お前はタイツ派か出水」
「はあ!?おれはそんなこと話してたんじゃないんですけど!?」
「だってすげー似合ってたろ?」
「そりゃまあ似合ってましたけど………って!そうじゃねぇよ!あんた春が他の隊になってて他の隊服着てたのに感想それかよ!」


流されかけた出水は頭を振り、更に太刀川に詰め寄る。


「あんな辛そうな顔してる春に対してそんな風に思うなんて最低だ!何考えてんだよ!」


自分は春が二宮隊にいると聞いてショックだった。いつも太刀川隊でわいわいやっていた春が、あんなに辛そうに、笑顔も見せずに戦っているのは見てるこっちも辛かった。しかし、自分には何も出来なかった。自分では何も出来ないから太刀川に頼るしかないのだ。それなのに。
出水は太刀川の胸倉から手を離し、力なくソファに腰掛けた。


「………おれも柚宇さんも春がいない太刀川隊なんか考えられないのに………太刀川さんは違うのかよ…春のこと、どうでもいいのかよ…」


遠征前、春と太刀川の気持ちは通じ合ったと思っていた。言葉にしなくとも、気持ちは同じはずだった。少なくとも、今まで以上に距離が縮んだのは確かだ。だからお互いに大切で、その考えのせいで亀裂が入ってしまったが、それもすぐになくなると思っていた。
けれどその亀裂は大きく、どんどん広がるばかりで。もう元の太刀川隊には戻れないのかと、出水はぽすっと背もたれに倒れた。


「どうでもいいなんて、誰が言った?」
「……え?」


顔だけ太刀川の方を向くと、掴まれた胸倉を直している姿。しかしその表情は戦闘中のように真剣だった。


「俺だって春のいない太刀川隊なんか考えらんねぇよ。当たり前だろ」
「……でも、生足とかニーハイとか…」
「そりゃ春が戻ってきてからの話だ。春が太刀川隊に戻ってきたら、隊服アレンジしてあんな風にしようぜ!春は二宮隊の隊服より、こっちの隊服のが絶対似合うだろ!」
「………太刀川さん」
「……俺だって最初、春が二宮隊の隊服着て、太刀川隊を抜けたなんて聞いたときは頭真っ白ですげーショックだったよ。あいつ全然俺の方見ないし、いつもみたいに笑ってないし…結構辛かった。……けど、遠征に連れて行かないって言ったあの日から春はずっとあんな辛そうな顔してたのかと思うと、そっちの方が全然辛かったんだ」


真剣な表情の太刀川に、それが本音なのだと分かった。太刀川は最低なんかじゃない。ちゃんと春のことを考えていた。出水は心が温かくなるのを感じ、太刀川に向き直る。


「じゃあ太刀川さんは春を太刀川隊に連れ戻す気あるんすね?」


その問いかけに、太刀川は出水を見ながら不敵に笑った。


「取り返すに決まってんだろ。ウチの春だ」


いつもの太刀川だ。
いつもの頼りになる隊長だ。


「…ウチの春ですもんね!」


今の太刀川になら何を任せても全て上手くいく。春を太刀川隊に戻してくれる。そんな想いを抱き、出水は大きく頷いた。
作戦や方法など何もない。しかし、絶対に取り返さなければならない。

出水にとって大切な。国近にとって大切なそして、太刀川にとって何よりも大切な…

太刀川隊の如月春を。

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