黒トリガー争奪戦A


一方、嵐山隊の方では。
出水、当真、三輪、米屋で嵐山隊と戦っていたが、時枝は当真の攻撃で。米屋は木虎との戦闘でベイルアウトしてしまった。
更に嵐山と木虎は足にダメージを受けている。無傷なのは存在すら忘れかけられている佐鳥だけという圧倒的に不利な状況になったところで、春がその場に辿り着いた。


「嵐山さん!」
「…如月?」
「如月先輩まで…!」


春の登場に嵐山と木虎は敵が増えたと勘違いして構える。


「よっしゃ、春が来たならおれたちの勝ちは決まりだな」
「如月がいなくても最初から俺たちの勝利だ」
「……じゃあ私が敵なら、どっちが勝ちますかね」


春の言葉に全員が疑問を浮かべる。


「嵐山さん、私は空閑くんの味方です」


その一言でどちらの味方かが分かり、嵐山は柔らかく笑った。


「そうか。如月が味方なら心強いな!」
「は?春はこっちの味方だろ?」
「………如月はもう太刀川隊じゃない。…だから恐らく、敵だ」
「はあ!?太刀川隊じゃないってどういうことだよ!」
「そのままの意味ですよ」


春は周りにトリオンキューブを浮かべ、バックワームを解除した。現れる隊服に、初めて目の当たりにした出水だけが驚愕する。


「な、なんで…!」
「お前たちが遠征に行っている間に如月はB級降格で二宮隊になった。詳しいことは知らないが…」
「だから!なんでそんなことになってんだよ!何でB級降格?ていうか二宮隊ってなんだよ!お前あんなに太刀川隊に入りたがってて…太刀川さんに誘われてすげー嬉しそうだったのに!」
「…嬉しかったですよ…嬉しいに決まってるじゃないですか…」
「だったら何で!」
「私は嬉しかったけど!太刀川さんの迷惑になるために隊に入ったわけじゃない!足手まといになるくらいなら……隊を抜けた方が良い…!力不足な私なんか太刀川隊にはいらない…!」


浮かんでいたトリオンキューブが出水たちを襲う。しかし出水と三輪は後ろに跳んで避けた。


「太刀川隊にいらないって、そんなわけないだろ!!」
「遠征にも行けないA級1位なんかいらないじゃないですか!そんなの、A級1位じゃない…!私にはその肩書きは重過ぎたんです…!」
「あのとき太刀川さんがお前を遠征に連れて行かなかったのはそういうことじゃない!あの人バカだから言葉が足りなくて確かに勘違いさせるのも仕方なかったけど、太刀川さんは春が大切で心配だから連れて行けなかったんだよ!」


出水の言葉にぐっと拳を握りしめる。その言葉が本当ならどれだけ嬉しいか。しかし、信じられない。


「そんなの、信じられるわけないじゃないですか…!」
「嘘なわけねぇだろ!」
「だったら何で今回の作戦が私には連絡されなかったんですか!!」


今度は勢いに任せてメテオラを打ち込む。遠くに避けた三輪と、何とかシールドで防いだ出水。出水はこれ以上春から離れるつもりはないようだ。


「遠征から帰ってきたことも!この作戦のことも!私は何も知らなかった!何も教えてもらえなかった!」


力任せに攻撃し続ける春に、出水はシールドで耐え続ける。


「それって……!私はこの作戦には必要なかったってことですよね…!結局…っ、そういうことじゃないですか…!!」
「っく」


シールドが耐えきれずに割れ、出水は腕を負傷した。すぐさま三輪が援護に入ろうとしたが、出水は片手で制す。


「それも、違う…太刀川さんと春が最後に話したとき、お前…泣いたろ。だから太刀川さんすげー気にしてて、帰ってきたことも、この作戦のことも、お前に謝る前に言うなんて都合良すぎるって連絡出来なかったんだよ」
「謝るって、何をですか…太刀川隊を出て行ってくれってことですか…?」
「おっまえクソめんどくせぇな!!」


出水の怒鳴り声に春はびくりと肩をすくめた。


「ていうか遠征から帰ってきたらお前隊室にいねぇから伝えられなかったんだろうが!」
「だ、だって…私もう太刀川隊じゃないです…」
「うるせぇ!お前は勝手に悩んでネガティヴになって隊抜けてるし!太刀川さんは遠征中も帰ってきてからもうじうじしてるし!おれと柚宇さんの身にもなれってんだアホ!!」


出水の手に大きなトリオンキューブが浮かぶ。


「お前もいつまでもうじうじ悩んでおれに不満ぶつけてないで……太刀川さんと話してはっきりしやがれバカ春!」


射手としての経験やトリオン量の違いが如実に出たその攻撃。射手としての自分は、明らかに出水よりも弱い。そんな自分がこれから先、二宮に勝つことが出来るのだろうか。
シールドを張ろうとした手を下げた。きっとこれは防げない。避けなければベイルアウトすると分かった。
もう充分時間は稼いだ。そろそろ迅も決着をつける頃だろう。それに、嵐山たちなら自分がいなくともどうにかするはずだ。


「…結局、私はここでも必要なかったんだね」


春は悲しげに笑い、避けることをやめて目を閉じた。しかし衝撃はなく、目の前で攻撃を防ぐ音が聞こえ、ゆっくりと目を開ける。


「嵐山さん…!木虎ちゃんも…!」


春の前に立ち、2人でシールドを張っていた。


「仲間を簡単に見捨てたりはしないさ!」
「今私たちは負傷していて不利ですから。如月先輩にベイルアウトされると困ります。というか、簡単に諦めないで下さい」
「何があったのか俺たちには良く分からないが、今の俺たちには如月が必要だぞ!」
「……ありがとう、ございます」


3人が並び、出水たちに向き直る。
そして再びお互いが戦闘態勢に入ろうとしたところで、誰かがベイルアウトする光が見えた。しかも2つ。


「あそこは迅さんたちの……」
『嵐山さん』
「綾辻か、どうした?」


ベイルアウトの光の直後、嵐山隊に綾辻からの通信が入る。


『迅さんが太刀川さんと風間さんを撃退しました。作戦終了です』
「そうか!ご苦労だったな、綾辻!賢と充と、木虎と如月もな!」
「あー、くそ。春に時間とらされたな」
「…っち」
「……太刀川さん、負けちゃったんですね」


それで良いはずなのに、太刀川の敗北という響きが胸に重くのしかかった。自分が太刀川につけば負けなかったかもしれない。自分がいれば、援護出来ていれば、迅の足止めをしていれば、自分が……


「おい!聞いてんのか春!」
「!……すみません、聞いてませんでした…」
「だーかーら!とりあえず一緒に隊室行こうぜ。太刀川さんと話さなきゃだろ」
「………いえ、大丈夫です」
「大丈夫じゃなくて、ちゃんと話せって言ってんだよ!おれも一緒についててやるから……」
「……嵐山さん、木虎ちゃん、あまり役に立てなくてごめんなさい。守ってくれてありがとうございます。あと、迅さんによろしです」
「おい春、おれの話……」
「ベイルアウト!」
「な…っ!」


出水から逃げるように春は自発的にベイルアウトした。もう出水たちの声は聞こえない。まだ太刀川と話す心の準備は出来ていないのだ。選択肢はここから逃げるしかなかった。

そして、どさっとベッドへ飛ばされた春は天井を見上げたまま溜息をついた。色々なことがあって疲れた。もうこのまま隊室で寝てしまおうかと目を閉じる。


「…戻ったか」
「ひゃあ!!」


誰もいないと思っていた隊室で自分以外の声が聞こえ、春は短く悲鳴をあげた。そしてその声の主を向く。


「………え、二宮さん…?どうしてこんな所に…」


もうすでに帰っているはずの二宮が近くの椅子に腰掛けていた。春は身体だけ起こして二宮を見つめる。


「もう帰ってると思いました」
「そのつもりだったがな」
「?じゃあどうして…」


二宮は無言で立ち上がると、春のベッドに腰掛け、そのまま春の頬に手を当てた。


「……、に、二宮さん…?」
「お前が負けるとは考えていなかったが、太刀川から逃げるために自発的にベイルアウトする可能性は考えていた」
「………何でもお見通しですね。確かに、逃げてきました…耐えられなくて…」
「だろうな。ならここにいて正解だ」
「?」
「ベイルアウトしてきてお前が隊室に1人きりだったら、慰めるやつがいないだろ」


だから待っていた。


その言葉に、目の奥がじんっと熱くなった。
気を抜けばこのまま涙が溢れてしまうと思い、春は唇を噛む。二宮は春の頬から手を離し、その手を春の後頭部に回して自分の胸に押し付けた。


「泣きたくないならそれで良いが、無理はするな」


どこまでも優しい二宮の言葉に、春は言葉を発することも出来ずに胸の中で頷く。縋るように二宮の服を掴む春の手は微かに震えていたが、二宮は気付かない振りをして春の頭を撫で続けた。


そして、しばらくすると小さな寝息が聞こえ、服を掴む手もいつの間にか弱まっていた。心身ともに疲れきっていた春はすぐに眠ってしまったのだ。二宮はそれを確認すると、ゆっくりと身体を離してベッドへ寝かせる。結局泣くのを我慢した春に小さく溜息をつき、春の顔にかかった髪の毛を払った。


「……やはり、お前がこんなに苦しんでんなら、尚更太刀川の所に返すわけにはいかねぇな」


泣きそうで、辛そうで、いつまでも固執して振り回されている。そんなのはもう見たくはない。そのために自分に出来ることは限られている。二宮は春の寝顔を見つめながら呟いた。

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