黒トリガー争奪戦@

迅から場所を聞き、バックワームを装着して本部を飛び出した春がようやく近くへ辿り着くと、遠征部隊の何人かと迅が対峙していた。もちろんその中に太刀川の姿もある。
太刀川の姿を認識してどくりと跳ねた胸を押さえ、平常心になろうと大きく息を吸う。そして太刀川を視界に入れないように自分の中で太刀川の存在を消した。平常心でいるために、動揺しないために。

遊真を守るために。


「遅くなりました」
「いや、良いタイミングだよ」


気持ちを切り替えた春は迅の隣にすたっと降り立った。


「………春…?」
「…………迅さん、私はどうすればいい?」


名前を呼ばれても太刀川たちの方を一切見ずに迅に問いかけた。そこで春は嵐山隊同様に迅についていると分かり、全員が驚愕する。誰も何も言えない中、風間が一歩前に出た。


「おい待て。春、お前は太刀川隊だろ。何故迅に味方するんだ」
「別に迅さんの味方って訳じゃないけど……でもまあ、蒼也くんの敵ではあるね」
「何を考えているんだ。お前も太刀川隊として城戸司令の命令を遂行しろ」
「…………もうそれ、私には関係ないから…」
「何?」
「…太刀川隊がどうとか、関係ない…」
「どういうことだ」
「……私、は…っ」


そこで春はバックワームを解除した。そして現れるのは太刀川隊の隊服ではなく、二宮隊の隊服。少しアレンジはされているものの、エンブレムを見ればどこの隊なのかは一目瞭然だ。


「……なん、で…」


ようやく喋った太刀川の声は掠れていた。目の前の出来事に頭が追いつかず、今起きていることを把握しきれない。


「……何故お前はその隊服を着ているんだ」


太刀川の代わりに風間が問いかけると、春の周りにたくさんのトリオンキューブが浮かび上がった。


「私は太刀川隊を抜けたから。……今は、二宮隊だよ」


そしてそのトリオンキューブが風間たちに襲いかかる。


「ハウンド」


一度は避けた攻撃が追尾してきて歌川と菊地原は防げずに負傷する。風間は呆然とする太刀川の前に立ち、スコーピオンで防いだ。前よりも遥かに鋭くなった攻撃に顔をしかめる。


「…二宮隊、だと?」
「…色々あったんだよ。遠征部隊に入れない役立たずはB級降格で二宮さんに拾ってもらったの」
「………っ、」


淡々と話す春に、太刀川は何も言えない。言いたいことはたくさんあるはずなのに言葉に出来ない。春を見つめ続けても、春は一度も太刀川の方を見ようとはしなかった。


「…お前ね…いきなり攻撃しないの。おれにもちゃんと考えがあるんだからさ」
「…すみませんでしたー」
「うわ凄い棒読み」
「だって迅さんが指示くれないのが悪いんじゃん。私はどうすれば良いか聞いたのに」
「はいはい悪かったよ」


呑気に会話する2人の間を狙撃手の攻撃が通った。迅も春も冷静にかわす。


「…今の古寺くんですね。奈良坂先輩ならもっと正確に迅さんの頭狙ってるだろうし」
「…おれ限定なのね。まあ、春がいることでみんな動揺はしてるよ」
「それは良かった。…で、私はどうします?ここで迅さんの援護?狙撃手組を倒す?……って、あれ?そう言えば出水先輩たちは?」
「嵐山隊が足止めしてくれてるよ」
「なるほど、嵐山隊が…。なら、そっちの援護でも良いよ。どうします?」
「…春はおれの援護で大丈夫なの?」
「…何がですか」
「…いや、太刀川さんと戦えるのかなって」
「………まあ、やられますね。こっちだと役には立てないと思いますよ」
「そうじゃなくて、」
「……迅さんうるさい。折角人が考えないように無心でやってるのにそういうこと言わないでよ」
「…そりゃ悪かったな」
「……大丈夫なの?、って…大丈夫な訳ないよ…」
「……だな、悪い」


ぽんっと春の頭に手を乗せると全力で振り払われた。

「…なんか春、二宮さんといるようになってから過激になってない?」
「師匠を見習うのは当然ですから」
「嫌なとこ似るのはやめてほしいなあ」
「私は良いと思ったところしか見習いませんよ…って、もう無駄話は良いから!」
「そうだな。そろそろ始めようか」


迅が風間たちに視線を向けると、太刀川以外は臨戦態勢に入る。


「…とりあえず、歌川くんと菊地原ぐらいはやります。狙撃手は残して行くので迅さん頑張って」
「それでだいぶ楽になるよ。ありがとな」
「……別に、迅さんのためじゃないです」
「それでも助かってるんだ。ありがとな、春」
「………いきます」


ばっと跳んで屋根の上に上がった春は、周りにトリオンキューブを浮かべる。


「歌川くんと菊地原はダメージ入ってるし、すぐに終わらせるよ」
「うっわムカつく。遠征部隊から外されたくせに」
「……っ、メテオラ!」


菊地原の一言に一瞬顔をしかめたが、すぐに切り替え攻撃をした。周りを気にしない大きな攻撃に歌川と菊地原は距離をとる。それを追いかけるように春は屋根から屋根へ跳んだ。


「…さっきも思ったが、射手か」
「……二宮隊で、射手…なんで…」
「おい太刀川、いい加減に状況を飲み込め。今の春はお前の隊の春じゃなく、迅に味方する敵だ」
「…風間さん」
「太刀川さんさ、少しは春の気持ち分かったんじゃないの?」
「春の気持ち?」


目の前にいる迅の言葉に眉をひそめた。


「春もずっと悩んでたんだよ。遠征部隊から外されたことに…何で、どうしてって…。けど太刀川さんに会いに行くのも、理由を聞きに行くのも怖くて行けなくて、ずっと、苦しんでたんだ」
「………」
「いらないって。捨てられたと思って苦しんでたんだよ」
「俺はそんなつもりじゃ…!」
「太刀川さんにそういうつもりがなくても、春はそう受け取ったんだ。誰かにすがらなきゃ立ってられない程に苦しんで……玉狛に来て京介といても辛そうで……そこで手を差し伸べたのが、二宮さんだった」
「…二宮が…?」
「まあ本当に色々あったんだけどさ、二宮さんが春を救ったのは確かだよ。苦しみで押し潰されそうな春を救った。…春が1番は欲しい言葉でね」


迅は風刃を構えた。風間が臨戦態勢に入る。


「詳しいことは本人に聞いてよ。おれが全部話したら春に怒られそうだしね」
「…………分かった」


そうは言ったものの、弧月を構える太刀川の表情は晴れない。しかしその瞳には闘志がみなぎっていた。闘志と、そしてその奥にある怒り。一体何に対しての怒りなのかと、迅は苦笑した。


「バイパー」


話が一区切り付き、迅たちが戦闘態勢に入ったところで静かに響いた声。そちらに視線を向けると、無数のトリオンキューブが歌川と菊地原を貫いたところだった。前後左右から至る所を貫かれ、戦闘体は活動限界を向かえている。


「やっりづら…」
「…また強くなったな、如月」
「君たちが遠征に行ってる間、散々しごかれてたからね。……でも、これじゃまだまだなんだ。もっと強くならないと二宮さんには勝てない」
「本当にあんたムカつく」
「お互い様だね」
「……こんなときにまで……、風間さん、すみません。先にベイルアウトします…」


活動限界が来た2人は揃ってベイルアウトした。それを見送る春は無傷だ。どうやら攻撃手の間合いに入ることなく仕留めたようだった。


「…まだ戦ってなかったんですか。私は嵐山隊の援護に行きますからね」
「ああ、よろしく」
「…………」
「……っ、春、俺は…!」
「それじゃね迅さん!」
「お、おい待て!春…!」


ちらりと一瞬だけ目が合った太刀川と春。急いで名を呼び弁解しようとするが、春は聞く耳を持たずバックワームを装着して逃げるようにまた屋根の上を跳んで行ってしまった。
伸ばした手は、またも春を掴むことは出来なかった。


「こういう状況じゃなきゃ追いかけてほしいけどさ、太刀川さんたちはおれの相手してもらうよ」
「………ああ。お前を倒して春に会いに行けば良いだけの話だな」
「おれは負けないけどね」
「その未来覆してやるよ!」


地を蹴った太刀川と連携するように風間も飛び出す。それを迅は不敵な笑みで迎え撃った。

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