二宮隊として


「あの、二宮さん」
「なんだ」
「二宮さん、前に言いましたよね。私に太刀川隊の隊服が似合わないって」
「言ったな」
「………二宮隊の隊服の方が似合わないと思うんですけど」


二宮隊への編入手続きが終わり、隊室で犬飼たちに挨拶した春は、二宮の着る隊服に視線を向けそう告げる。二宮隊の隊服はスーツだ。大人で背の高い二宮たちは似合うが、童顔で背の低い春が着ても完全に着られているように見えるだろう。加古のようになれたらと何度願ったことか。


「安心しろ。お前用にアレンジしてある」
「え!?入隊決まったの今日なのに!?」
「お前を俺の隊に入れようとずっと考えていたからな。隊服もトリガーも準備済みだ」
「用意周到というかなんというか…複雑な気分なんですけど………ん?トリガーもですか?」
「ああ。春、これがお前のトリガーだ。起動してみろ」
「は、はあ…」


トリガーを受け取り、どんな隊服になっているのかと緊張しながらトリガーを起動した。


「トリガー起動!」


光に包まれて現れたトリオン体の姿を見て、春は感嘆の声を上げた。二宮隊の隊服だが、上はネクタイではなくリボンになっている。そして下が黒のパンツではなく、黒のミニスカートにニーハイだ。確かに女子用にアレンジされている。


「か、可愛い…!」


今までにない可愛い隊服に春は感動した。しかし、疑問に思ったことを口にする。


「これは、二宮さんの趣味ですか…?」
「馬鹿言うな。太刀川隊みたいにあいつらと全く同じデザインよりも、こういう方がお前に似合うと思ってアレンジしてこの隊服にしたんだ」
「あ、ありがとうございます…」


それはつまり二宮の趣味なのでは、と思ったがそれは口に出さずに感謝の言葉を伝える。


「俺の予想通り、中々可愛いな。似合ってる」
「…っ、」


二宮の口から可愛いという単語が出たことに驚いたが、それよりもストレートに気持ちを伝えてくる二宮に頬が熱くなるのを感じた。烏丸もストレートだが、慣れない二宮のは意識しざるを得ない。それを誤魔化すように、今度は武器の確認をするためにスコーピオンを出そうとした。


「…あれ」
「どうした」
「…スコーピオンが出ません」
「セットしてねぇからな」
「じゃあ狙撃手ですか?」
「違う」
「……ん??それじゃあ一体…」
「お前には二宮隊で射手として戦ってもらう」
「………………はぁ!?」


思ってもない発言に春は空いた口が塞がらない。この人は何を言っているのかと。


「え、な、射手?」
「そうだ」
「ま、待って下さい!No.1射手がいるのに何で私まで射手をやるんですか!」
「俺が直々に指導してやるから安心しろ」
「いや意味が分からないです!」


春は完璧万能手だ。普通はそれを活かさない手はない。
攻撃手は辻が。銃手は犬飼が。そして射手は二宮が。ならば残るポジションは狙撃手か万能手だ。しかし二宮は春に射手をやれと言う。


「バランス悪くないですか?せめて攻撃手の方が…」
「俺の隊に入ったからにはお前を太刀川じゃなく、俺色にするつもりだ」
「にのみやさ…」
「異論は認めない」
「…っ」


顎に手をかけられ、真顔で詰め寄られる。その行動と言葉に赤面するしかない。


「………わ、わか、わかり、ました!足引っ張っても評価落ちても知りませんから!」
「そうならないために俺が指導してやるんだよ」


逃げるように離れたが、その勝気な表情に春はふいっと視線をそらした。そんな春に二宮はふっと笑う。


「それじゃ、早速行くか」


ぽんっと春の頭を撫でて通り過ぎる二宮に、春は唇を尖らせてついていく。


「射手としての訓練終わったら、A級に戻るための模擬戦してもらいますからね」
「今日はもうやらねぇよ。明日からな」
「む…じゃあ明日!明日絶対1勝だけでももぎ取ってやりますから」
「やれるもんならやってみろ」
「やってやりますよ!!そのうち個人総合2位になってやりますからね!」


楽しそうに笑う二宮を追い越し、春は訓練室へ走った。


「二宮さんがあんなに楽しそうなのめっずらしー」


隊室を出て行った2人を見送り、犬飼が声をあげた。


「表情も柔らかいですね」
「それに比べて如月ちゃんはいつもみたいに笑ってないね」


あまり春のことを知らない辻や氷見にも分かってしまう。


「だってB級降格でしょ?そりゃ笑ってられないって」
「…それだけじゃないと思いますけど」


春の太刀川へ向ける好意に気付いている辻は呟くが、犬飼は首を傾げた。


「え?なに?他に何かある?」
「犬飼先輩には分からないですよ」
「まあ確かに、太刀川さんに捨てられて二宮さんに拾われる気持ちなんか分かんないけどね」
「…本当にあんた良い性格してる。でも二宮さんの前で如月を虐めるようなことしたらきっと二宮さん黙ってないですよ」
「虐めないって。俺如月ちゃんのこと気に入ってるし、同じ隊で戦うの結構楽しみにしてるし」
「…それなら良いですけど」
「私たちも2人の訓練見に行ってみますか?」
「見るだけじゃつまんないから、如月ちゃんに相手してもらおうかな」
「如月はそれどころじゃないでしょう」
「二宮さんに勝つために必死だからね」


溜息をつく辻に、苦笑する氷見。そんな2人に犬飼は全く悪気のない顔で笑った。


「無理でしょ。二宮さんに勝つなんて。よっぽどのことがない限り如月ちゃんが二宮さんに勝つなんて無理無理」


そう笑いながら隊室を出て行った犬飼に辻は溜息をつく。


「あれで悪気がないんだからたちが悪い…。本当に如月と一緒に戦うのが楽しみなのかも疑問だ」
「あ、はは…。私たちも訓練室行こうか」


氷見に促され、辻たちも二宮たちを追った。


辿り着いた訓練室では、早くも射手としての指導が行われていた。そしてそれを見るのはA級の隊員たち。全員がその光景を不思議そうに見つめている。


「…どうして如月先輩が二宮さんと?」
「ていうか春ちゃん遠征は!?」
「……嵐山さん」
「ああ。…如月が二宮隊の隊服を着ているな」
「え?うわ!本当だ!何で!?」


嵐山隊のメンバーはすぐに隊服のことに気がついた。他の隊員たちもすぐに気付いたように疑問を浮かべざわざわし始める。


「…春が二宮隊に?私の隊じゃなくてどうして二宮くんなのかしら。ねえ双葉」
「…そうですね。それに、如月先輩…太刀川隊はどうしたのでしょう」


論点の違う加古に頷きつつ、黒江は最もな疑問を口にする。


「太刀川隊は遠征に向かったはず。なのに如月がここに残されて、二宮隊の隊服を着ているということは…」
「春ってば遠征から外されてB級降格か?」
「…そうとしか考えられないが…」
「でも遠征から外されたぐらいでB級に降格するでしょうか?如月さんは米屋先輩にも勝ち越したって聞きましたし…」
「じゃああいつ何か問題起こしたんじゃね?」
「お前じゃあるまいし如月がそんなことするとは思えないな」
「いや秀次?オレも問題起こしたことねぇよ?」


米屋の言ったことが一番可能性が高い。それでも疑問はたくさん残る。


「もう春ちゃん先輩に聞くのが一番早いんじゃないの?」


空気を割くような緑川の言葉に、全員が押し黙る。それが出来たら苦労はしない、と。B級降格などよっぽどのことだ。それを気軽に聞けるほどデリカシーのない人間はここにはいない。


「やあやあ皆さんお集りで」


そこへ空気を読まない明るい声で入ってきたのはぼんち揚げを持った迅だった。


「迅さん!」
「よお駿。何かみんな暗いけど、もしかして春のことか?」
「迅さん知ってるの?春ちゃん先輩がB級降格になった理由!」


その場にいる全員が迅に視線を向ける。その視線は迅に説明を求めていた。


「まあ、簡単に説明すると…」


遠征から外され、自身から太刀川隊を抜けると言い、ソロでやるための条件として二宮と模擬戦。負けたらB級降格で今に至る、と。太刀川隊を抜けて二宮隊に入隊したことを簡単に説明する。
迅の説明にその場にいる全員が驚愕の表情を浮かべ、モニターに映る春を見つめた。


「これから先のことは本人たち次第だからさ、みんなはあんまり口出さないようにしてよ。下手に未来が変わったら困るしね」


今、春の未来にいるのは二宮と太刀川だ。
春の選択で。二宮の選択で。

そして、最後の分岐点。

太刀川の選択で未来が大きく変わる。

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