特別な表情

太刀川と風間の模擬戦をモニターで見て、うんうんっと頷いた。やっぱりかっこいいな、と。


「なーに偉そうに頷いてんだよ」
「あ、出水先輩!お疲れさまです!」
「出水くんお疲れー」
「柚宇さんお疲れー」
「ちょ、出水先輩私もいる!」


遅れて隊室にやってきた出水は国近と春が集まるモニターに視線を向けた。


「あれ珍しい。太刀川さんと風間さんの模擬戦?」
「うん、そうみたい。太刀川さんの前は春ちゃんと風間さんが模擬戦してたんだよー」
「へえー、で?戦績は?」
「……3勝7敗」
「風間さん相手に3勝なら上等じゃん」
「えへへ、太刀川さんにも言われました!」
「負け越したことに変わりねーけどな」
「……次は勝ちますから」


むっと頬を膨らました春だが、再びモニターに視線を向けた途端に表情が柔らかくなる。本当に分かりやすい奴だな、と出水は小さく笑った。


「太刀川さん生き生きしてんなー」
「ねー、久々に見たかもー」
「……そーですね」


また不機嫌な表情になった春。太刀川のこととなるとコロコロと表情が変わるせいで、いろんな人物にその気持ちはバレバレだ。最も、1番気付いてあげた方が良い当人は気付いていないのだが。


「本当は私が太刀川さんと模擬戦するはずだったのに……また蒼也くんに邪魔された…!」
「あー、風間さんお前のこと実の妹みたいに大事にしてるしな」
「春ちゃんには激甘だよねー」
「激甘なら模擬戦で容赦なく首すっ飛ばしてこないと思うんですけど…」
「……まあ、風間さんだし?」
「模擬戦はともかく、春ちゃんといるときは凄く雰囲気柔らかいよ?」
「そう……かな…?」


そんな気もするようなしないような。思い当たることはあるが、確信が持てるほどではない。


「ていうか!激甘とかいうなら私の恋愛事情に口出ししないでほしいです!」
「そりゃ無理だろ」
「何でですか!」
「相手が相手だからねー」
「太刀川さんの何が悪いんですか!凄く強いしかっこいいし頼りになるし!」


ぎゅっと両手を握って力説する春に出水は顔をひきつらせた。


「お前のそーいう太刀川さんの良いところしか見ないのすげーと思うわ」
「見ないっていうか、良いところしか見えてないんじゃないかなー」
「ああ、それだ」
「え?え?ダメなんですか?太刀川さん良いとこいっぱいですよ?戦いの中でみせる無邪気な表情とか、模擬戦のときの楽しそうながらに真剣なとことか!あとは、あとは……」
「あー!もういいもういい!そんな恥ずかし気もなく褒めるとか、何か関係ないこっちが恥ずかしくなるだろ!」
「恋は盲目とはよく言ったもんだよねー、ほんと春ちゃんに合うと思うよー」
「こ、恋……」


今まで恥ずかしがりもせずに太刀川を褒めちぎっていた春がその一言に動揺した。出水と国近は顔を見合わせる。


「や、こ、恋とかそういうのじゃなくて、えっと……尊敬、というか憧れというかその延長というか、その……」


頬を染めてあわあわと慌てる姿に出水の方が動揺した。さっき自分で恋愛事情とか言ったじゃん、と言おうとしたが、先に国近が焦ることなく爆弾を落とす。


「でも春ちゃん、太刀川さんのこと好きなんでしょ?」
「!!」


ピシリと固まった春。出水は心の中で国近に尊敬の念を送った。


「そう、ですけど……」
「え?春ちゃん聞こえなーい」
「す、好きですけど……!」


改めて言われると、というより他の人物からその事実を突かれると無性に恥ずかしくなってしまう。頬を染めて先程よりも大きな声で呟いた。


「聞こえなーい!」
( 柚宇さん楽しそうだなー… )


普段なら国近が遊んでいると分かるはずだが軽くパニックでそれに気付かない春は、ぎゅっと両手を握りしめた。


「す、好きです!太刀川さんが大好きです!!」
「お疲れー」


春が言い終わると同時に隊室に入ってきたのは、


「た、太刀川さん…」


出水は何とか声を絞り出して名前を呼んだ。国近はにこにこと楽しそうで、春にいたっては固まったまま動かない。
しかしそんな隊員たちの様子に気付くことなく太刀川は3人の元へ足を進める。


「お、なんだよ俺と風間さんの模擬戦見てたのか?3人で?お前ら本当に俺のこと好きだなー!」
「!!」


好き、という単語にびくりと反応した春。隊室に入ってきた様子からして恐らく春の言葉は聞こえていない。だがもし聞こえていて、気まずくなるという理由で太刀川が気付かない振りをしていたら?ぐるぐると巡るのは嫌な考えばかり。
さすがに可哀想に思った出水は後輩のために助け船を出した。


「おれらみんな太刀川さんのこと大好きですよー。てか、太刀川さん来る前も模擬戦見てやっぱ戦ってるときはかっこいいなーって話してましたし」
「まじか!」
「まじまじー!太刀川さん戦ってるときはかっこいいからねー」


原因であった国近も出水の意図を読み取って話を合わせる。可愛い春の反応を見たかっただけで、さすがにそこまで意地悪するつもりはないのだ。
2人に珍しく褒められた太刀川は嬉しそうに笑って出水と国近の肩に腕を回した。


「お前らほんと可愛い奴らだなー!」
「やったー!」
「いや嬉しくねーし!」
「……」


わいわいと騒ぐ3人の輪に入れず、春は開きかけた口を閉ざした。出水と国近が春のために助け船を出してくれた。だから自分も、太刀川さんかっこよかったです、っと一言かけるつもりだったが、そのタイミングを逃してしまった。
何も言えずに俯いて、先程とは違った意味で拳を握りしめる。すると、


「……え?」


ぽんっと、暖かい手が春の頭に乗せられた。反射的に顔を上げると目線が同じの太刀川とバッチリ目が合う。途端にどくりと跳ねた心臓。血液が顔に集まっていくのが分かった。


「如月も見てたろ?風間さんと俺、どっちがかっこよかった?」


目線が合うように少し前屈みになって訪ねる太刀川。答えなど、最初から決まっている。
「も、もちろん!太刀川さんがかっこよかったです!」


頬を染めながらも目をそらさずに伝えると、太刀川が優しく笑った。
生き生きとした表情や、強い人と戦っているときの楽しそうな表情、無邪気な表情など、春には向けられない表情はたくさんあるが、こうやって優しく、愛しいものを見るような瞳で笑いかけてくれるのはきっと自分にだけだと、春の心は満たされていく。


「だよなー!お前ほんと素直で可愛いなー!」
「……っ」


優しい表情から、へらっとだらしなく緩む表情の太刀川にぐりぐりと頭を撫でられ、春は言葉を発せなくなる。その光景に出水と国近は顔を見合わせ微笑んだ。


「春ちゃんかわいー!」
「あんな分かりやすい態度なのに太刀川さん気づかねーけど」
「太刀川さんのそんなところも春ちゃんは好きなんじゃない?」
「趣味わりー」
「ねー!春ちゃんなら選び放題だと思うけどなー」
「確かに。……まぁでも、太刀川さん以外に恋愛感情向けてる春とか、ちょっと見たくないかもなー」


太刀川に構われてはにかむ春を見て、出水は小さく笑った。


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