大切な人か友達か


「っで、城戸さんに宣戦布告してきたって?」


ぼんち揚げを頬張りながら面白そうに問いかける迅に、春は口を尖らせた。


「宣戦布告って……そんなんじゃないです…」
「幹部たちが集まるとこに単身で乗り込んでそんなこと言うなんて、充分宣戦布告だよ」
「……」


迅に話さなければ良かったと後悔するが、何も話さなくてもきっとこの自称実力派エリートは何でもお見通しなのだと思うと溜息がでる。


「しかし、誰が相手かも分かんないのによくもまあそんな強気に出たもんだな」
「じゃあ対戦相手が誰なのか教えてよ」
「第一候補はおれだったみたいだけどね」
「え!?」
「あー断るから平気平気」
「……じ、迅さんが相手でも勝ちますけど」
「はいはい、虚勢はいいから」
「む……」


ぽんぽんと頭を撫でられてそれを振り払う。


「でも、城戸司令の命令を断っても良いの?」
「大丈夫だよ。もしおれが相手になったらおれは本気で戦う気ないって言うし」
「……それはそれで腹立つ」
「おいおい……」


迅に対してはどこまでも理不尽な春に苦笑いするしかない。
食べ終えたぼんち揚げの袋を捨てると、迅は真剣な瞳で春に視線を向けた。


「それでさ、春」
「はい?」
「……お前は、おれと太刀川さんが戦うって言ったら、どっちの味方になる?」
「太刀川さん」
「うわ即答!…分かってたけど傷付くなー」
「太刀川隊を抜けるからって太刀川さんの味方じゃなくなるわけじゃないです」
「……だよな」


いつもと少し様子の違う迅に首を傾げる。こういうときの迅は大抵何か視えたときだ。


「……迅さん、何かあったの?」
「あったっていうか……これからあるっていうか……」
「……何が?」
「……」


視線をそらして言うことを渋っている迅の言葉をじっと待つ。


「じゃあ春。太刀川さんが遊真の命を狙ってるって言ったらどうする?」
「……は?」


再び真剣に春を向いたかと思えば、何とも突飛な発言。迅は続ける。


「太刀川さんは知らずに遊真の命を狙って、おれはそれを阻止するために太刀川さんと戦う。そしたら、春はどっちの味方になる?」
「そ、そんなの……」


太刀川隊なら太刀川。すぐにそう即答していただろう。しかし、今は違う。けれど太刀川を敵に回すのも遊真の命を狙うのも、どちらも簡単には選べない。春は顔を歪めた。


「……春には酷な話だったな。悪い、今のは忘れてくれ」


何かを隠したように笑う迅を見上げる。


「……それは、迅さんが見た未来?」
「……気にしなくて良いよ」
「……私の行動で、何か変わる?」
「………春が太刀川さん側についたら、遊真は死ぬ」
「っ!!」
「その可能性が大きくなるだけだけど、たぶん、太刀川さんたちが勝つからね」
「……どういうことか、説明して下さい」


迅はふぅ、っと溜息をつく。


「……城戸指令が遊真の黒トリガーを狙ってる。だから遠征部隊が帰ってきたら三輪隊たちと組んで遊真を狙いに行かせるつもりだよ」
「だ、だったら戦わないで空閑くんの黒トリガーを渡せば……」
「遊真の黒トリガーの中には、遊真の命がある。色々あってさ、あのトリガーがないと遊真は生きていられないんだ」
「……そんな」


俯いてしまった春に迅は優しく微笑む。


「大丈夫だよ。春が太刀川さんに付かなきゃおれたちが勝つから」
「……本当に?」
「……まあ、未来は無限だから……絶対とは言いきれないけど」
「…そう、だよね」
「でも、春がこっちに付いてくれるなら遊真は助かる。春がこっちにいることで未来は変わるんだ」
「……空閑くんを助けたいなら、太刀川さんを裏切れってこと?」
「裏切るなんてそんな大袈裟なことじゃないよ。ただ、太刀川さんと少し戦うことになるだけ」


それが春にとって一番辛いことだと分かっている。けれど、遊真を助けるために言わずにはいられなかった。


「……ごめん、迅さん。少し考えさせて下さい。私は空閑くんを助けたい。けど、太刀川さんと対立したことなんかないから、ちょっと……どうして良いか、分かんない、かも…」
「いいよ。むしろ謝るのはこっちなんだ。春が困るの分かってて言ってるんだからさ」
「……ごめん、なさい。でも必ず答えは出すから。聞いたからには何もしないなんて出来ないよ」
「…ありがとな、春」


ぽんっと頭を撫でると、再びその手を振り払われた。


「それうざい!」
「今の流れでもダメなの?」
「だから迅さんに頭撫でられるのは嫌なんだってば!腹立つ!」
「傷心してるかと心配してたのに相変わらず辛辣だなー」
「…自分で決めたことですから。いつまでもうじうじしてられないよ」
「そっか」
「……まあでもまだ悩んだりはっきりしないと思うけど」
「うん、知ってる」
「ムカつく!」
「理不尽だなおい」


やっと笑った春に迅も微笑む。


「まあ、今はとにかく春は模擬戦頑張れよ」
「もちろん!」
「んで一緒にA級ソロでもやるか!」
「一緒にソロとか意味わかんない。ていうか迅さんS級でしょ!」
「…そうだな」
「迅さん……?」


また何かを隠している態度だ。しかしそれは聞いてはいけないことと察して話題を変えた。


「ねえ迅さん!今日も玉狛に遊びに行ってもいい?」
「おー良いぞー。遊真たちも喜ぶだろうしな」
「やった!楽しみだなー!」
「お前が楽しみなのは京介だけだろ?」
「まあ否定はしないけど。でも今日は空閑くんにも迅さんにも相手してもらうよ!模擬戦対策しないとね!」
「はいはい。相手してやるよ」
「ありがとう迅さん!そうと決まれば早速行こう!」


先に歩き出した春を見つめ、溜め息をついた。それから真剣な瞳で春の背中を見つめる。

春の未来を決める模擬戦相手、その相手が誰なのか教えるか否か。教えれば確実に動揺する。それに対策もしようがないだろう。心の準備など意味はないのだ。ならば今は無闇に悩ませるより自由に楽しませる方が断然良い。そう判断して迅は春の後を追った。


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