前へ進むために


考えて悩んでいるだけでは何も解決しない。
玉狛で学んだ。
自分を見る目は変わらない。ならば、行動に移すしかない。本部で自覚した。
行動するなら、今しかない。

春は二宮と別れた後、ボーダー幹部の集まる会議室の前に来ていた。

俺の隊に来い、と二宮から誘いを受けた春は丁重に断った。そもそも本気と受け取っていなかった。二宮が自分を慰めるために言った言葉だと思っていたのだ。それでも嬉しかった。自分を必要としてくれているその言葉が。例え太刀川でなくとも。

春は深呼吸をしてから本部の会議室の扉を開いた。


「失礼します」


中にいる幹部たちの視線が春に集まるが、それに臆することなく中へ踏み出した。


「……如月か。何の用だ」
「今は会議中だぞ!」
「……至急聞いてもらいたいことがあったので」


文句を言い続ける鬼怒田や根付を無視し、春は真っ直ぐに城戸を見据えた。そしてゆっくりと口を開く。


「私は、太刀川隊を抜けます」


春の発した一言に全員が息を呑んだ。固まっていた中で最初に声をあげたのは鬼怒田だ。


「な、何を言っているんだ!」
「いつか戦力外通告されて脱退させられるより利口な判断だと思ったんですけどね」
「戦力外…?」


飽くまで冷静に告げる春に幹部たちは意味が分からないと言いたげだ。だがそれも気にすることなく城戸を見据えたまま続ける。


「城戸司令も気付いてたんじゃないですか?私が遠征行きを太刀川さんに認めてもらえなかったのはそういうことだって」
「……」
「……私は、これ以上太刀川隊のお荷物にはなりたくありません。太刀川さんに、迷惑かけたくありません」
「……太刀川隊を抜けてどうするつもりだ。A級でやり続けられるとでもいうのか」
「……私がA級になれたのは、太刀川さんが引っ張ってくれたからです。だから、B級降格は覚悟の上です」


揺らぐことのない瞳に城戸は呆れたように吐き出す。


「A級1位からB級に落ちたなど広まれば、それこそ太刀川の名誉に傷がついて迷惑がかかるぞ」
「!!」


そこでやっと動揺を見せた春。しかしすぐに落ち着きを取り戻して強い瞳で再び城戸を見据えた。


「……だったら、A級ソロでやってみせます」
「さっきから言ってることが無茶苦茶だぞ!」
「太刀川さんに迷惑がかからないために太刀川隊を抜けるのに、それでB級降格して太刀川さんが何か言われて迷惑かかってたら意味がないんです!」
「だ、だが如月!そのことについて慶はなんと言っているんだ?」
「脱退のことは何も話してませんが、遠征前に力不足と判断されました」
「如月が力不足…?」


そこに疑問を覚えない者はいない。太刀川自身が春の実力を認めてB級の春を隊に率いれたのだ。それなのに力不足などと判断されるはずがない。


「太刀川に何も話していない以上、遠征から戻るまでその話は保留にしよう」
「待てません。というか、太刀川さんの許可は必要ですか?」
「当然だろう!慶はお前の隊長なんだ、話さない理由がない」
「過去に脱退するのに何も言わずに抜けた人は何人もいたと記憶しています」
「そ、れは……」


言葉に詰まる忍田の態度はそれが事実だと証明している。隊長と隊員、お互い同意で抜けることの方がもちろん多いが、それ以外の理由もたくさんある。意見の相違、仲違い、死別、様々だ。


「保留だ」
「……っ、早く決めたいんです」
「保留だと言っている」
「城戸司令!!」
「くどい」


静かだが会議室に響き渡る有無を言わせぬ一声。春は何も言えずにぐっと拳を握りしめる。頭を過るのは本部にいる隊員たちの声。


『遠征から外された奴だぞ』
『太刀川隊のお荷物だぜ』
『媚び売って太刀川隊に入ったんでしょ?』
『私もそれでA級1位に入りたーい』
『顔が良いから選ばれただけで実力もないくせに』
『太刀川隊には不釣り合いだろ』


太刀川たちがいなくなり、1人になり、いきなり居場所のなくなってしまった本部では、今の春には辛い噂が蔓延している。今まで似たようなことを言われても気にも止めなかった。太刀川隊の完璧万能手、如月春と胸を張って言えたのだから。
しかし、今は違う。もう、耐えられないくらいに精神はすり減ってしまった。様々な感情が胸を埋め尽くし、その思いがついに溢れ出た。


「だったら…っ!あの人たちが遠征から戻ってくるまで私はどうしたら良いんですか!?本部にいても媚びを売ってA級になったって後ろ指さされて!お荷物だって!不釣り合いだって!そんなの自分が一番よく分かってる!だからどの隊にも混ざれなくて1人だから任務も回ってこなくて!何も出来ない役立たずな私は…!私はここで!何をしていれば良いんですか……!!」


ここでは冷静にいようと決めていたが、感情が爆発して叫ぶように吐き出した思い。


「……如月」
「私は早く前へ進みたいんです。いつまでもここで立ち止まっていられない…!」


いつまでも周りにお荷物だと言われ続けるのも辛いが、何よりも媚びを売られて隊に率いれたなど、太刀川の評価を下げるような噂は早く終わらせたい。そのためにここへ来たのだ。


「A級ソロをやれる実力があると?」
「一応太刀川隊だったんです。その程度の実力がなくてどうするんですか。……やれますよ」


誰が見ても分かるほどの虚勢。それでも春は強く城戸を見据える。そして長い沈黙後、城戸は溜め息をついた。


「良かろう」
「!」
「城戸司令!?」
「だが、条件がある」
「条件…?」


条件。その言葉に息を呑んだ。


「如月には、私が決めた相手と模擬戦をしてもらう」
「模擬戦…?」
「そこで勝てたらお前をA級ソロとして認めよう」
「……もし、負けたら?」
「もちろんB級降格だ。A級ソロとしての実力がないからといって太刀川隊戻れるとでも思ったのか」


もちろん、そんなことは思っていない。もう太刀川隊に戻れるとは思っていないのだから。


「……まさか。勝てば良いんですよね。……やってやりますよ」


強気に笑みを浮かべ、春はじっと城戸を見据えた。望むところだとでも言いたげに。


「相手は後日伝える」
「……分かりました」


もう話は終わりだとでも言うように言い放たれ、春は大人しく踵を返した。後ろで忍田の必死な声が聞こえるが、ここで耳を貸してしまえばまた気持ちが揺らいでしまう。太刀川の師匠である彼は優しいから。きっと春のことを考えて色々言ってくれているのだろう。
だがもう決めたのだ。春は前と同じように周りの音を遮断した。
聞こえないように。聞かないように。


「失礼します」


そして振り向くことなく会議室を後にした。そこから離れて誰もいないのを確認してからほっと息をつく。自分にしては頑張ったな、と。緊張で強く握り締めていた手を開き、その掌を見つめる。
太刀川の為に隊を抜けるのだ。負ける訳にはいかない。A級ソロとして、太刀川を援護出来るのが一番の良いことだ。


「……誰が相手でも、絶対負けない」


再び強く拳を握り締め、春は強い瞳で決意した。

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