強がる笑顔


遠征部隊が遠征に行った翌日、烏丸が本部に呼び出されたと聞き、春は足早に本部の廊下を歩いていた。
何故呼び出されたのか。それを迅に問えば、遠征に行く直前の太刀川に戦いを仕掛けた、という答えが返ってきて唖然とした。確かに昨日、烏丸の様子は少しおかしかったのを覚えている。自分のために本部へ向かったと聞き、しばらくして帰ってきたかと思えば、春のことを直視しようとはしない。何かを隠したように視線をそらすらしくない行動に春は疑問を抱いていた。


「何で京介くんがいきなり太刀川さんに…?確かめに行っただけじゃなかったの…?」


太刀川隊に必要ないと言われるなど信じられないと言い、それを確かめるために烏丸が本部に向かったのは迅から聞いていた。だから間違いのはずはない。


「とにかく、ペナルティが下される前に京介くんを助けないと…」


隊員同士での私闘は許可されていない。にも関わらず、訓練室を使わずに烏丸と太刀川は戦ったのだ。勝負を仕掛けた烏丸にペナルティが下されるだろう。だからその前に何とかしようと春は急いでいた。


「…あれ、あの子…太刀川隊の隊服よ?」


ふいに聞こえた言葉に思わず足が止まる。


「本当だ。でも太刀川隊って昨日遠征に行ったんだろ?」


どくりと跳ねた心臓。その言葉の続きを聞く前に早くここから去りたいのに足が鉛のように動かない。


「……遠征から外されたんじゃないの?」


そしてついに発せられた言葉に胸が軋む音がして胸を抑える。そのままぎゅっと隊服をきつく握り締めた。


「A級1位って言ったって、あの子って後から入った子でしょ?」
「ああ!媚売り入隊か!」
「そりゃ遠征部隊からも外されるよねー」


くすくすと笑う声に身体が震えた。その場で違うともふざけるなとも、何も返せない自分を自嘲するように笑う。


「…そう思われたって仕方ないもんね。気にしちゃダメだよ」


小さく呟き、重い足を無理矢理前に進めた。媚売り入隊など違うと叫びたかった。しかし遠征部隊から外されたのは事実だ。その実力不足な自分がそんなことを言っても説得力はない。
自分が悪い。気にしたらダメだ。そうは思っていても周りの声は鮮明に聞こえる。
その言葉1つ1つに一々傷付いている自分が嫌になった。いつから自分は、昔のようにまたこんなに弱くなってしまったのかと。


「気にしない気にしない。私はちゃんと受け止めてる。気持ちも整理してる。だからもう大丈夫だから……ね!」


言い聞かせるように呟き、真っ直ぐ前を向いて笑顔を浮かべる。


「そんなことより、今は京介くんを助けないとだもんね!」
「俺がどうした?」
「きゃあぁぁぁ!」


突然真後ろから聞こえた声に飛び跳ねて大袈裟に反応した春。その珍しい行動に声をかけた張本人である烏丸もきょとんと春を見つめた。


「きょ、京介くん…!」
「…なんか、悪い。そんなに驚くとは思わなかった」
「い、いや!それは良いの!それより京介くん!呼び出しどうだったの?処分は?結果は?」


心配そうに詰め寄る春の頭に手を乗せた。


「何もない。処分はなしだ」
「………え?」
「心配かけたな」
「え…う、うん……じゃなくて!何で!?」
「何でって……俺は何で春が呼び出された内容を知ってるのか聞きたいんだが?」
「迅さんに聞いたの!京介くん昨日帰ってきてから変だったし、私と目合わせてくれなかったし!だから何があったのかーって」
「…迅さん余計なことを」
「余計なことじゃないよ!何で太刀川さんと戦ったの!?ていうか何で処分なしなの!?」


ぐいっと更に詰め寄る春に、烏丸は仕方ないとでも言うように渋々話し出した。


「処分なしなのは太刀川さんのお陰だ。あの人が私闘じゃなくて外で実戦形式の模擬戦をしたって無理矢理通してくれたらしい」
「太刀川さん、が…」


太刀川の名を呼ぶ春の目が悲しみを浮かべたのを見逃さなかったが、烏丸は何も言わずに続ける。


「あと、何で戦ったのかって質問は……俺が勝ったら、もう一度春とちゃんと話しをしてくれって頼んだんだ」
「え……っ!」
「まあほぼ瞬殺だったけどな。流石は春の憧れる太刀川さんだ」
「…………」


俯いてしまった春に茶化すように話すが何も反応はない。やはり話すべきではなかったと烏丸は頭を掻いた。


「………ありがと」
「……?」


小さく呟かれた言葉の真意が分からず、烏丸は首を傾げる。


「………私のために、戦ってくれたんだもんね。…ありがとう」


穏やかな表情をしている春にいつものポーカーフェイスが少し歪む。また無理をして笑っているのだ。


「…春、その顔は…」
「ありがとう!」


遮るようにもう一度感謝の言葉を伝える。より笑顔で。


「……おい、春」
「今は許してほしいな」
「…?」
「今はさ、笑ってないとたぶん、ダメになるから」


そう言って春は苦笑する。


「自分がこんなに弱いと思ってなくてさ!笑ってないと、いろんなものに押し潰されちゃいそうでね!」
「…春」
「京介くんは何も悪くないんだからそんな顔しないでよ!私の気持ちの問題だから…」
「…無理するな」
「…うん、ごめんね。でもそれこそ無理だよ。ここで泣いたら太刀川さんが悪者みたいになっちゃうし、京介くんにこれ以上迷惑かけられない。…それに、もうこれ以上弱くなりたくない」
「泣いたって弱くなるわけじゃない。無理しなくて良いだろ。俺は迷惑なんて思わないし、無理してるお前を見る方が辛い」
「………うん……ごめん。でも、決めたことだから。私は進むよ。立ち止まっていられないから」
「……春」
「大丈夫!本当に大丈夫だよ!今が少し辛いだけですぐに切り替えられるから!」


にこっと笑った春の笑顔は、やはりどこか無理をしているように見えた。昨日に烏丸の胸で大泣きさせ、思いを吐き出させても、またどんどんとその辛い思いは溜まっていってしまう。やはり根本からどうにかしなければ意味がないのだ。しかしその原因は遠征に行ってしまってしばらく戻ってこない。太刀川は遠征から戻ったら春と話すと言っていたが、その前に春は壊れてしまいそうだ。だから自分が頼むと任されたのだろうが、今何と言うべきか、どうするのが正解なのかは分からない。
この強がって笑う親友を楽に出来るのは、太刀川しかいない。自分は何て無力なのだろうか。


「京介くん」


悔しさに強く握り締めていた拳を優しく包まれた。


「…春」
「帰ろう?」


優しく微笑む春に、拳から力が抜けていく。


「………ああ」


そう答えることが正しいと思った。これ以上何も言わず、いつも通りに。そしてそれは正解だった。烏丸の返事を聞いて春は嬉しそうに笑ったのだから。


「しばらく玉狛にいさせてほしいなー」
「俺は構わない。玉狛の方も大丈夫だろうが、本部が黙ってないんじゃないか?」
「…任務は回ってこないし、別にバレたりしないよ」
「…なら、帰るか」
「うん!」


縋るように握られた手を強く握り返す。自分は太刀川の代わりにはなれない。けれど、太刀川がいない間、春が壊れないようにすることは出来るはず。そうしなければならない。早く春がいつものように笑うのを願って、玉狛へと手を引いた。
壊れてしまわないように、そっと。

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