不器用たちのすれ違い


烏丸は本部を早歩きで進んでいた。
目的である人物がいるであろう隊室には誰も居らず、知り合いのA級隊員も見つからずに本部をしらみつぶしに歩く。

その表情はいつも通りの無表情だが、内心穏やかではない。大切な親友が泣かされたのだ。穏やかでいられるはずがない。泣かしたであろう相手、太刀川に話を聞かなければ気が済まないと、その相手を探し続ける。

そんな烏丸の心境など知らない烏丸好きの女子たちは頬を染めたり小さく騒いだりしている。しかしそれに気付かない程度には烏丸は急いていた。


「あ、か、烏丸先輩?」


突然後ろから名前を呼ばれ、無視する訳にもいかずに振り返るとそこには木虎の姿。


「木虎、調度良かった」
「ほ、本部に何かご用ですか?」
「というか、太刀川さんを探している」
「太刀川さん?珍しいですね」
「ちょっと聞きたいことがあってな。どこにいるか知らないか?」


憧れの烏丸と話せて内心大喜びだが、それを隠して木虎は顎に手を当てた。そして少し考え、あっ、と声をあげる。


「太刀川さんなら、もう遠征艇じゃないですか?」
「…遠征艇…?」
「確か今日遠征に行くと……あ、烏丸先輩!」


木虎の話を聞き終わる前に烏丸は走り出した。


「悪いな木虎、助かった」
「い、いえ!お気をつけて!」


木虎の声を背中で聞き、烏丸は遠征艇に向かって走る。近々遠征に行くと聞いてはいたが、こんなに急だとは思っていなかった。太刀川が遠征に行く前に、なんとか話を聞かなければ。その思いだけで烏丸は走り続け、そして遠征艇が止まる場所へ辿り着いた。隊員たちはすでに遠征艇に乗り込んでいる最中で、その中に太刀川の姿を見つける。


「太刀川さん!」


普段はあまり出さない大きな声。呼びかけて走り寄ると、振り向いた太刀川は驚いた顔をしていた。


「あれ、京介?お前こんなとこで何してんだ?ていうか、太刀川さんって…」


遠征艇に乗りかけていた出水は烏丸の登場に驚いた。しかしそんな出水には見向きもせず、烏丸は太刀川の前に立ち、真っ直ぐにじっと見据える。


「何か用か?」
「はい。話があるんで、少し良いすか」
「…手短に済むならな」
「太刀川さん次第すね」
「…?出水、お前は先に乗ってろ」
「………はーい」


何か言いたげな表情のまま何も言わず、出水は遠征艇に乗り込んだ。残ったのは太刀川と烏丸。そして離れた所に城戸たち幹部がいる。鬼怒田は烏丸がここに来ているのが気に入らないようにイライラと何かを言っているが、太刀川たちまでは聞こえない。


「話ってなんだ?」
「場所変えたいんすけど、そんな時間はないすね」
「…もう出発するからな」
「…春を置いてですか」


烏丸の言葉に太刀川は目を見開いた。そして気付く。烏丸は春のことを話しに来たのか、と。


「春に何を言ったんすか」
「…お前には関係ないだろ」
「あります。俺の大切な友達…親友です。その親友が、初めて俺の前で苦しそうに泣いたんです」
「………」
「いつも笑ってる春が、俺の前で泣いたんです。たまに辛そうに笑うこともあったし、昔は確かに泣き虫でしたけど、あんな風に泣くのなんて初めてでした」


淡々と喋べる中に、僅かに怒りが見え隠れする。


「…春は、太刀川さんにいらないって言われたって言ってました」
「! そんなこと言うはずないだろ!」
「けど春が勘違いするようなことは言ったんすよね」
「……そんなことも言った覚えはない」
「じゃあなんで春はあんなに傷ついて壊れそうになってるんすか!」


少し声を荒げた烏丸。太刀川は視線を向けることが出来ない。


「………遠征に連れて行かないって言っただけだ」
「力不足だから?」
「違う…!」
「でも春はそう思ってます。力不足だから遠征から外されたと」
「………そうじゃない」
「……ちゃんとした理由があるなら、それを春に話して下さい。じゃなきゃ春は……あんたにいらないと思われた辛さで、押し潰されます」
「…………」
「太刀川さん!」
「……もう行くぞ」


肝心なことを答えずに背を向けた太刀川に、烏丸はぎゅっと拳を握り締めた。


「…どうしても、話さないつもりすか」


その呟きと共に、トリオンが大量に噴き出すのを感じて太刀川は再び振り返る。視界に移った烏丸の姿は所々歪な形になっていた。
確かこれは、玉狛専用のトリガー。
出水や春から聞いていただけの太刀川は、これが初見となる。


「…ガイスト…だっけか」


段々とトリオンが落ち着いてきた烏丸の手には弧月が握られていた。


「時間はかかりません。3分以内に終わります」
「どういうつもりだ」
「俺があんたに勝ったら、ちゃんと春と話して下さい」
「…勝てると思ってるのか」
「勝たなきゃいけないと思ってます」


戦闘態勢に入った烏丸に、太刀川も2本の弧月を抜く。


「…どうしてお前がそこまでするのか分かんねぇな」
「…2度と春のあんな泣き顔、見たくないんで」
「………」


太刀川は顔を歪めた。そんなの自分だって見たくないと。春を傷つけてしまったのは分かっているが、今はどうしようもない。


「…もっと普通に模擬戦とかで戦えるんなら楽しめたんだけどな。すぐに終わらせてやる」


太刀川と烏丸は同時に地を蹴った。

春が遠征先で死ぬ夢を見て、不安で怖くて遠征に連れて行けないなど、恥ずかしくて言えるはずがない。そんな個人的な理由を、春が大切で仕方ないと言っているような理由を、春や他の隊員にも言えるはずがない。そもそもそれは春の実力を信じていない、ということにも繋がってしまうのだ。結局傷付けることになると、太刀川は言い出せなかった。

遠征には連れていかない、と。それしか言うことは出来なかった。


「終わりだな」
「…くっ」


散々暴れ回った2人の周りは至る所が崩壊している。遠征艇が無傷なのは奇跡だろう。
いきなり始まった戦いに幹部たちは唖然とし、遠征艇に乗り込んでいた隊員たちはじっとそれを見守っていた。遠征部隊に春がいない理由を聞いてしまったから。しかし自分たちが口を出すことではないと分かっている。国近も、出水も。悔しそうに拳を握り締めて。
そして3分と時間が経つことなく、烏丸の目の前に弧月が突きつけられた。


「そのトリガー面白いし、やっぱお前強いなー」
「…どうも」
「けど、俺には勝てないぞ」
「…そうみたいすね」


相変わらず表情は変わらないが、僅かに悔しさに顔が歪む。そして弧月を突きつけてくる太刀川をじっと見返した。


「…本当に、春に理由を話さずに行くつもりすか」
「………今は言えない」
「あんなに苦しんでる春に今言わないでいつ言うんすか」
「俺にも色々あんだよ!……こんな理由恥ずかしくて言えるかっつの」


顔を赤くした太刀川が吐き捨てるように呟く。その呟きを聞き逃さなかった烏丸は珍しく表情を変えた。そして、まさかと思いつつその疑問を口にする。


「まさかとは思いますけど、春を遠征に連れて行かないのは…心配だから……とか言わないすよね」


明らかにびくりと跳ねた肩と、真っ赤に染まる顔。肯定しているも同然のその反応に呆れることしか出来ない。心配で遠征に連れて行けないなど、春が大切で仕方ないと言っているようなものだ。つまり両想いなのかと烏丸は溜息をついた。今までの苦労はなんなのかと。


「…ありのままを春に話せば全て丸く収まりますよ」
「だーから!そんな理由話せる訳ないだろ!……話すとしたら、遠征から帰ってきてからだ」
「それじゃ遅いです。そんな後回しにしたら太刀川さんも後悔するかもしれませんよ」
「あいつを傷付けてもうすでに後悔してんだよ…」
「…遠征から戻るまで春を苦しませる気すか」
「…あいつは強いから大丈夫だろ」
「強がってるだけで本当は…!」


そこで烏丸の活動限界が来てしまった。身体が光に包まれる。


「太刀川さん!」
「烏丸、俺が戻るまで春を頼むな」


俺じゃなくてあんたじゃなきゃ意味がない。

その言葉を紡ごうとしたときにはもう玉狛のベッドへと飛ばされた後だった。


「わあ!びっくりしたー…。…ん?何でとりまるくんベイルアウトしてきてるの?」


オペレーター室にいた宇佐美に問いかけられても返す余裕はなかった。


「烏丸先輩?大丈夫ですか?」


近くにいた修も心配そうに声をかけてくるが、今は理由を話す気にもなれず、烏丸は2人に謝ってから部屋を出た。
部屋を出て額に手を当てる。
ベイルアウトする前。最後に見えた太刀川の表情は穏やかで落ち着いていた。苦しそうで辛そうな春とは全く真逆の表情。お互いに気持ちは通じ合っているはずなのにどうしてこうもすれ違うのか。春を案じて頼むと任せた太刀川の言葉が頭を過る。


「頼むって何だ…。あんたじゃなきゃ意味がないんだよ…!」


届くことのない言葉を呟き、握り締めた拳を力任せに壁へ叩きつけた。

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