いってらっしゃいも言えずに



『お前を傷つけたくないんだよ』


止めをさせる最後の一撃、頭を過った人物に動きが鈍り、返り討ちにあった。
最初で最後の1戦。ベイルアウトしたのは春の方だった。


「……」


圧倒的な実力差は感じなかった。けれど負けたのは余計なことを考えてしまったから。戦いに集中出来なかったから。春は困ったように笑みを浮かべた。


「完全に遠征向いてないや」


戦いの最中に集中出来ずに余計なことを考えるなど有り得ない。命が懸かっているなら尚更だった。


「……お疲れ」
「……うん」
「遊真もお疲れー」
「おつかれ迅さん。……ねぇ如月先輩、何で最後おれへの攻撃止めたの?あのままやればおれ負けてたよ」


黒トリガーの換装を解いた遊真が問いかける。その問いに春は笑った。


「本気じゃなかったくせに言うねー、空閑くん」
「あれ、バレてた?」
「当然。君、本当はもっと強いよね」


そう言ってから迅に視線を向けた春。迅の顔が歪む。そんな2人に遊真は首を傾げた。


「何でおれと戦ったの?」
「……私が、前に進むため……かな」


嘘ではない。けれど何か違う。遊真はそれを感じながらも言葉を待った。


「私ね、A級1位の隊なのに遠征から外されちゃったんだ。力不足だからって」
「如月先輩が力不足?」
「うん。遠征部隊は、黒トリガーに対抗出来るであろう人たちで構成されてる。……だから、空閑くんに負けた私は黒トリガーには勝てない。遠征部隊に選ばれる資格がないってこと。……うん!これで納得出来た!」


ぱんっと自分の顔を叩いた春。


「あー!でも悔しいなー!けど!これですっぱり諦められる!」
「遠征を?」
「そう、遠征を。あとそれから色々かなー」
「色々諦めちゃうの?」
「……うん。私は力不足だからダメだった。あの人にとってそれが全てなんだよ。……だからもう、側にいる資格もない。諦めるのも大切だってよーく分かった!……ありがとうね、空閑くん」
「どういたしまして?」
「本当に良いのか、春。今ならまだ間に合うぞ?今から本部に行けばまだ遠征艇が……」
「良いんです!これ以上足を引っ張りたくないですから!あーでも挨拶ぐらいはしとくべきでしたねー。蒼也くん怒るかなー?今から行っても何してたーとか怒られそうだなー……まぁどうせ怒られるなら、遠征から帰ってきて疲れてるときの方が長引かなくて助かるかも」


あははと、笑った春は先程までと違いよく喋る。まるで何かを誤魔化すかのように。張り付けたような笑顔のまま、春は携帯を取り出した。


「京介くん遅いですね?ちょっと電話してきます」


逃げるように部屋を出た春。残された2人は春が出ていった扉を見つめた。


「迅さん、おれは勝ったらダメだった?」
「いや、お前は間違ってない。お前が手を抜いて負けたって春は納得しなかっただろうからな。……たぶん、間違ったのはもっと前だ。どこかで大きく間違ってここまで来てる。……あー、こうなる前に太刀川さんと話しとけば良かった。まさかこんな真っ直ぐに最悪の道を進むなんてな。どうにかしないと本当にやばいぞ…」


迅の呟きは春に聞こえることはなかった。




逃げるようにしてやってきたのは玉狛の屋上。誰もいないその場で扉を閉め、春は大きく息を吐いた。
そして自分の掌を見つめる。そこに乗るのはさっきまで使っていた太刀川隊でのトリガーだ。


「……もし空閑くんに勝ってたら、私は太刀川さんの所に行ったのかな。黒トリガーに勝ったから遠征に行かせて下さいって。……でも、きっとダメなんだろうなぁ。きっと連れて行ってもらえない。何となく分かってた。だから負けるつもりはなかったけど、諦めるつもりではいたんだよね…。もし勝ってても諦めてた。けど、最後に会いに行く理由がほしかったんだ。…黒トリガーに勝ったって報告があれば、会いに行け…………って、全然諦めきれてないじゃん。吹っ切れたつもりだったんだけど」


何度そう言っているのか。春は自分でそう思い、苦笑いしながら空を見上げる。


「……うん、やっぱ会わない方が良いよ。余計に未練が残っちゃう。……もう、関わらない方が良い」


春はすでに決意していた。これからどうするべきかを。


「……いってらっしゃい、太刀川さん。もう隣で戦うことが出来なくても、一緒にいられなくても、貴方が無事に帰ってきてくれればそれで良いです。だから、どうか無事に帰ってきて下さい」


手を組んで空へ願ったその言葉は、誰にも届くことはなかった。

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