好きになっちゃったんだから

「はぁ…」

模擬戦が終わり、対戦ブースのベットに飛ばされ、寝転んだままの態勢で春は溜め息をついた。10戦してまた勝ち越せなかった、と。そもそも模擬戦もするつもりはなかったのだ。
沈んでいた気分が更に沈む。

学校が終わってすぐに本部に直行した春は、会いたくて堪らない目当ての人物のところへ行ったが会うことは出来ず、沈んでいた所を幼馴染みに発見され、そのまま模擬戦をする流れになり、今に至る。

「……はあぁぁぁぁ」

学校での課題が大量に出るし、会いたい人には会えないし、模擬戦には負けるしで春の気分は沈んでいく一方だ。しかしいつまでもこうしていては幼馴染みが様子を見に来てしまうと思い、先程よりも深い溜め息をついてから起き上がって部屋を出た。

部屋の外にはたくさんのギャラリー。
模擬戦する前はいなかったはずなので、10戦している間に集まったのだろう。実力差はあるといえどA級同士の模擬戦だ。興味を持たれるのは仕方ない。だが負ける所を見られて良い気がしないのも確か。春は本日何度目かの溜め息をついて、ふと、無意識にギャラリーに視線を向けた。

「!!」

その中で、ある1人の人物に視線が止まった。たくさんいる人の中でも目立つ風貌だ。それに何より春が会いたくて仕方なかった人物、気付かないはずがない。

「太刀川さん!」

尻尾があればブンブンと千切れそうに振っているであろう春は自分の隊の隊長を見つけて嬉しそうに駆け寄った。

「おー如月ー、風間さんとの模擬戦終わったのか?」
「はい!3勝7敗ですが…。まだ4勝したことないんですよね…」
「いやいや、1対1で風間さん相手に3勝してればかなり良いぞ?さすがはウチの如月だな!」

「っ!!」

ぽんぽんと頭を撫でられ硬直する。
春のことを『ウチの如月』と嬉しそうに話す姿に心臓がうるさく早鐘を打った。褒められたことが嬉しくて、頭を撫でられるのが恥ずかしくて、何より太刀川が嬉しそうなのが嬉しすぎて、春の頭はどうにかなりそうだ。それでも何とか平常心を保ち、太刀川を見上げた。

「で、でもA級1位の隊員としてもっと……いえ、た、太刀川さんの部下としてもっともっと強くなりますから!」
「そりゃ頼もしいな、期待してるぞ如月」
「はい!!」

だらしなくヘラっと笑う太刀川に、春は満面の笑みで頷いた。

……が、ここで会話を終わらせてはいけない。
いつもなら太刀川に会えて更には褒められたのに満足して会話を終わらせてしまうが、それでは太刀川が春に興味をなくしてどこかへ行ってしまう。だがそれは勿体ないと、春はどこまでも貪欲になる。

「た、太刀川さん!今お暇ですか!」
「あー、暇だな。出水たちが来るまで誰か探して模擬戦でもしようかと思ってたとこだ」
「な、なら!私がお相手し……」
「こんな所にいたのか、春」

春の言葉を遮るように声をかけてきたのは、先程まで春と模擬戦をしていた人物。

「……蒼也くん」

春は振り向いてジト目で睨む。タイミングが悪い、と。

「風間さんお疲れー。如月に3敗したって?」
「ああ、春は日に日に力をつけているからな。お前も油断していると足元をすくわれるぞ」
「なら、そうならない為にも俺と模擬戦してよ風間さん」
「いいだろう」
「え」
「え!?」

風間の思わぬ返答に太刀川と春の声が重なった。
太刀川の風間に対する模擬戦しようは最早挨拶のようなものだ。それを毎回風間が断る流れだが、今回はすぐに了承されたことに2人とも驚きを隠せない。

「え、ちょ、蒼也く…」
「風間さん本当に!本当に模擬戦してくれるの!?」
「ああ、相手してやる」
「よっしゃぁぁぁぁぁぁ!!」
「………」

太刀川の純粋な喜び。
こんなに嬉しそうに笑う太刀川は滅多にない。そして春には太刀川にこんな笑顔をさせることは出来ない。その悔しさやら嫉妬心やらの気持ちで風間を睨む。

「先に行っていろ。俺もすぐに行く」
「了解!ほんとすぐ来てよ!」
「ああ」
「あ、太刀川さ……」

春の声かけは届かず、太刀川は普段見せない活き活きした様子で走って行ってしまった。

「……」
「……」
「…蒼也くんわざとだよね」
「なんのことだ」
「酷い意地悪ずるい嫌い」
「…凄い言われようだな」
「だってわざとでしょ!私が太刀川さんと模擬戦しようとしたりすると絶対邪魔するもん!いつもは断ってるくせに!」
「お前のためだ」
「私のためって言うなら太刀川さんと一緒にいさせて下さいーっ!」
「だから太刀川はやめろと何度も言っているだろ」
「やめろと言われてやめられたらもうとっくにやめてるよ!」
「…他にもいるだろう。何故太刀川なんだ」
「それは……」

「風間さあぁぁぁぁん!!早くーーーー!!」

遠くから響く太刀川の声に風間は小さく溜め息をついた。そして歩き出す。
「10戦はしてやるか。それじゃあまたな、春。早いとこ考え直しておけ」
「余計なお世話ですー!蒼也くんなんか太刀川さんにボッコボコにされちゃえーーー!」

春の言葉を背に受けながら風間は太刀川との模擬戦に向かって行った。

残された春は近くの椅子にすとんっと力なく腰かけた。A級上位の3人が会話しているときはまだギャラリーは集まっていたが、春が1人になってからはほとんどいない。恐らく太刀川と風間の模擬戦を見に行ったのだろう。
はぁ、とまた溜め息をついた。

太刀川が春に興味を持っていないことなど分かっている。風間と春に対するあからさまな反応の違いも。分かってはいるが悲しいものは悲しい。

「なんで太刀川さんなのか、か」

先程の風間の言葉を思いだし、小さく口に出した。

『他にもいるだろう。何故太刀川なんだ』

あのとき、遠くから太刀川の催促がなければ、風間になんと答えていたか。

「なんでって……」

椅子の上で膝を立てて呟く。

「そんなの……」

そして立てた膝にぎゅっと顔を埋めた。

「……好きになっちゃったんだから、仕方ないじゃん…」

吐き出すように小さく呟かれた言葉。その言葉は誰にも届かなかったが、改めて自分で実感してしまう。好きなのだと。
埋めて隠した頬は、うっすらと赤く染まっていた。

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