玉狛支部の後輩たち


黙ったまま生気を失ったように落ち込む春を前に、烏丸は僅かに顔を歪めた。

ことの始まりは早朝。烏丸が玉狛に来ると訓練室で気絶するように眠っていた春を見つけたのだ。右手は血だらけで痣まで出来ているその姿に珍しく取り乱した。慌てて訓練室から連れ出し、ソファまで運んだのだが、目を覚ました春はありがとう、と一言喋ったきり何も言わない。

いつも明るく笑顔で、多少落ち込んでもすぐに立ち直っている親友と呼べる人物のこんな姿を目の当たりにして、初めて声をかけられなくなった。

何故玉狛にいるのか、何故そんなボロボロなのか、何故、そんな顔をしているのか。烏丸は何とか声をかけようと口を開いたがやはり口を閉じてしまう。今まで見たことがないほどに落ち込む春に何と声をかけて良いのか分からない。付き合いの長い親友なのに、こんなことは初めてだった。
こんなとき幼馴染みの風間なら何と言うだろうかと考えを巡らせる。国近なら、出水なら……そこで何が原因か気付いた。恐らく太刀川のことなのだろうと。
そこまで分かっても、どう聞いて良いか分からない。
聞いて良いのかも分からない。手当てをした右手を握り締めたままの春にどうすることも出来ず、頭をかいた。


「あれ、お客さん……ですか?」


そこへやってきたのは修、遊真、千佳だ。どこか重たい空気を感じたのか恐る恐る扉から覗いている。


「ああ、本部所属の如月春。俺の同級生だ」
「あ、ぼ、ぼくは玉狛支部所属の三雲修です。こっちは同じ隊の…」
「空閑遊真です」
「あ、雨取千佳です」


ペコリと頭を下げた3人に春はゆっくりと視線を向ける。しばらく3人見つめた後、にこりと笑った。


「よろしく、三雲くんに空閑くんに雨取ちゃん」


意外にも普通の対応に驚いた。だがやはりどこか無理しているのは分かる。


「…修は正隊員だが、遊真と千佳はまだ入隊前だ。けどみんな有望だぞ」
「京介くんにも後輩が出来たんだね。羨ましいなー。…三雲くんたちも羨ましいなー、玉狛の人たちが師匠だなんて凄いことだよ?強い人たちしかいないし」
「はい、それはぼくも誇りに思ってます。必ずこの人たちに恥じない隊員になろうと」
「………うん、良い心がけだね」


修に自分の姿を重ねた。自分も太刀川隊になりたての頃はいつもそう意気込んでいた。
しかしいつから自分は同じ土俵で戦えていると勘違いし始めてしまったのか。彼らは隣には並んでいなくて、まだまだ春のずっと先にいるのに。
一瞬浮かんだ悲しみの色に気付いた烏丸が口を開こうとすると、遊真が一歩前へ出た。


「如月先輩は、A級の人なの?」
「うん、そうだよ」
「じゃあこなみ先輩より強い?」
「うーん、どうだろう?小南先輩と模擬戦したことないけど、それなりに健闘出来……」


健闘出来る。いつもならそう答えられた。けれど力不足と言われたのだ。自分が最も認めてもらいたい相手から。春は僅かに顔を伏せる。


「……いや、勝てないね。私は肩書きばかりで、実際は力不足だから」
「そうなの?」
「そんなわけあるか。春は強い」
「……強かったら、良かったんだけどね」


無理に笑う春に烏丸は何も言えなくなる。


「小南先輩より弱いけど、一応はA級隊員だよ」
「ほう。じゃあおれと勝負してよ」
「空閑!」


遊真の台詞に修は制すように名を呼ぶが、遊真は春を見据えている。答えを待っているようだ。


「今日はこなみ先輩予定があって来れないんでしょ?」
「そうだが、悪い。今の春は…」
「いいよ、やろうか」
「春?」


予想外の言葉に春を向けば、すでに立ち上がっていた。


「いつまでもこんなんじゃダメだよね。切り替えたつもりだったんだけど……ごめんね、京介くん」
「俺は良いが……」
「後で、ちゃんと話すから……聞いてほしいことがあるんだけど……良いかな?」
「……ああ、待ってる」


段々と調子が戻ってきた春に少し安心した。何もせずにじっとしているより身体を動かしている方が良いのかもしれない。


「空閑くんって確か小南先輩の弟子だよね?迅さんが言ってた気がする。面白いって聞いたし楽しみ……」


ふと頭を過った自身の隊長。自分との模擬戦をとても楽しみにしてくれていた。結局模擬戦は一度しかしなかったが、そこから色々と変わっていった。そう思っていた。
切り替えたつもりなのにまた考えてしまったことに、春は頭を振る。


「そう思ってたのは、私だけだったんだ」
「如月先輩?」
「ごめん何でもないよ。行こうか、空閑くん」


自嘲するように笑った春は先に訓練室へと足を進めた。何でもないと嘘をついた春に遊真は口を開きかけたが、烏丸に肩を掴まれ口を閉ざす。


「今は何も触れないで全力でぶつかってやってくれ」
「……ふむ。りょーかい」


春を追って遊真も訓練室に向かった。その後ろ姿を見つめて溜め息をつく。


「とりあえず、お前らも見るか?A級1位の隊員の実力」


烏丸は薄く笑い、驚く修たちと訓練室へ向かった。


「あれー?春ちゃん久しぶりだねー!」
「お久しぶりです、宇佐美先輩」


訓練室前で出迎えてくれたのは宇佐美だ。久しぶりの訪問者に嬉しそうに声をあげる。


「空閑くんと模擬戦したいんですけど、訓練室お借りして良いですか?」
「うんもちろん!春ちゃんも遊真くんの実力にビックリするよー?」
「ふふ、楽しみです」
「遊真くんにも、A級一1位の隊員にどこまで通用するか良い経験だしね!」
「………そう、ですね」


いつもと様子が違うのに気付いた宇佐美だが、声はかけられずに訓練室に入って行くのを見送る。そして後から来ていた烏丸に視線を向けた。


「春ちゃん大丈夫?」
「…結構重症ですけど、たぶん」


2人の会話の意味が分からずに修と千佳は顔を見合わせる。


「重症って…」
「如月先輩、体調悪いんですか?」
「いや、体調は問題ないと思うが…」
「千佳ちゃんは優しいねー!でも大丈夫だよ!ね、とりまるくん」
「…はい。春なら大丈夫です…きっと…。お前たちにまで心配かけて悪いな」
「い、いえ!」
「あ、2人とも待ってるね!早速始めようか!」


そう言って宇佐美はキーボードを叩いた。訓練室の設定をしてくれたようだ。

周りを確認し、訓練モードになった部屋を見て春は遊真に視線を戻す。


「10戦で良いかな?」
「うん、いつもこなみ先輩とは10戦だからそれで」
「よし、それじゃあ始めようか。私も、色々確かめたいんだ……、トリガー、起動」


トリガーを起動させた春。そのトリオン体はいつもの太刀川隊の隊服ではなかった。 ロングコートでもなく、黒でもないその隊服。そして手に持つのは2本の弧月ではなくスコーピオン。その戦闘スタイルに烏丸は驚いた。

確かに春は完璧万能手だが、それでも個人戦のときは絶対と言って良いほど2本の弧月をセットしている。その春が、隊服も違い、メイントリガーにスコーピオン。

春が弧月を使う理由も、完璧万能手の理由も知っている烏丸は確信した。
やはり太刀川と何かあったのだと。あれほどに落ち込み、戦闘スタイルを変える程の何かが。


「いくよ、空閑くん」
「よろしく、如月先輩」


スコーピオンを構えた春と遊真が地を蹴った。

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