亀裂


「ど……どういうことですか…?」


なんとか絞り出すように発した声は震えていた。だが太刀川は表情を変えることなく再び同じ言葉を口にする。


「お前は、遠征には連れていかない。どういうことも何もそのままの意味だ」
「だ、だから!その意味を聞いてるんです!どうして私は遠征に行けないんですか!!」
「……」
「太刀川さん!」


不穏な空気の2人に出水も国近も何も言えずに見守るしか出来ない。


「出水先輩も柚宇さんも遠征に行くんですよね?ならどうして私だけが遠征に行けないんですか!納得出来ません!」
「納得する必要ないだろ。お前はここに残れ」
「嫌です!私も太刀川隊として遠征に行きます!」
「ダメだ」
「どうして!?」


隊室に響き渡る悲痛な叫び。泣きそうな顔で訴える春。それでも太刀川の表情は変わらない。


「…………私じゃ、力不足ですか」


叫ぶような声から一変、俯いてか細く絞り出された声。きつく拳を握りながら気持ちを落ち着かせて問いかける。


「…蒼也くんに4勝じゃまだ弱いですか?菊地原や歌川くんに勝ったのにダメですか?当真さんと連携できても、冬島さんに認められてもダメなんですか……!」
「……ダメだ」
「…っ」


太刀川からの返答は変わらない。
春は俯いたまま更に強く拳を握りしめたあと、すっと力を抜いた。


「……そう、ですか」


その一言に出水と国近だけでなく太刀川も驚いた。


「……分かり、ました」
「…そっか、分かってくれて良か……」
「よく、分かりました」


ぱっと顔を上げた春の表情を見て、太刀川は言葉を止めた。出せなかったのだ。

春は、笑いながら涙を溢していた。


「よく分かりましたよ。私が、太刀川隊に必要ないってことが」
「お、おい誰もそんなこと…」
「それはそうですよね!今までの遠征は太刀川さんと出水先輩と柚宇さんだし、太刀川隊はそこで完成されてましたもんね!今更私がそこに入るなんて、最初から、おかしかったんだ……」
「春!そんなこと言ってないだろ!」
「言ってましたよ!!」


ぼろぼろと涙を溢しながら春は言葉を続ける。


「だって、太刀川さん……忍田さんに言ってたじゃないですか…遠征先で命を落とすような奴は太刀川隊にはいない……って。力不足な私は遠征先で命を落とす可能性があるってことですよね、それってつまり…」


一旦言葉を区切り、春は笑顔を浮かべた。


「私は、太刀川隊にいらないってことじゃないですか」
「っ!ちが……!」
「俺が選んだって言ってるの聞いて完全に浮かれてました!でもそこに私はいなかったんですね!」
「違う!そういうことじゃ…」
「太刀川さんが私に興味ないことぐらい知ってましたけど、戦闘面でも興味なくされちゃったなんて…!わー、太刀川さんの役に立てないどころか迷惑かけてたなんて気付かなかったです。本当にすみません」
「おい春!聞け!」
「もう!!」


太刀川の必死な声よりも大きく響いた春の声。


「もう……迷惑はかけませんから。勝手に浮かれて、勝手に勘違いして……すみませんでした。……今まで、ありがとうございました……太刀川さん」
「春!待て……!」


ばっと踵を返して隊室を出る春に手を伸ばしたが……
その手は届かなかった。


「春ちゃん!」
「春!ちょ、太刀川さん!早く春追いかけねぇと!」
「春ちゃんが太刀川隊にいらないとか有り得ないもん!太刀川さん早く行ってあげてよ!」


出水と国近が焦るが、太刀川は動かない。すぐに追いかければ追い付くのに、春に届かず宙を掴んだ手を見つめたまま……太刀川は動けなかった。

確かに忍田とそんな話をした。だが、そんなつもりなど……春をいらないと言ったつもりなど毛頭なかった。そんなことを思うはずがない。
だからと言って本当のことを話せば、それはそれで太刀川が春を信頼していない、ということになる。そういうことじゃない。ただ、心配なだけだった。
いつも笑顔を向けてくる春の涙。
初めて見たそれは、今までのどんな表情より胸を締め付けた。

あんな辛そうな表情を見たことがなかった。
あんな苦しそうな声を聞いたことがなかった。
あんなこと考えているなんて知らなかった。


「……あんな傷付くなんて、思わなかった」


何も掴めずに見つめていた手をぎゅっと握りしめた。

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