渦巻く不安
『太刀川さん!!』
『来るな!春!』
片腕がなくなり、片足がなくなり、トリオンも残り少なくなった絶体絶命のピンチ。
敵が太刀川を狙うと、春が間に飛び込んできた。
ベイルアウトが故障して、すでにトリオン体が消滅している春は生身のまま太刀川を庇い、そして…
太刀川の目の前で身体を貫かれた。
『…っ!!』
声も出せずに見ているしかない太刀川。そんな太刀川に春は微笑んだ。
『良か、った…最後に守れて…』
『春……?』
『もし、私が…黒トリガーになったら、使って、くだ…さい…ね…、たちかわさんに、つかって、ほしい、で、す…』
『おい、春……』
『だか、ら……たち、かわさん…は、生きて…くだ、さい…』
微笑んだまま伸ばされた手は、太刀川に届くことなく崩れ落ちた。
『春……春……っ!!』
「春ーーーーーーーーーーっ!!!」
はっと目が覚めると、見覚えのある天井が見えた。ぐっしょりと汗で濡れたTシャツと乱れる呼吸のまま辺りを見渡すと見慣れた部屋。太刀川の家だ。
「………夢、か」
とても嫌な夢を見た。そして随分とリアルで、自分がここまで取り乱すなど思ってもいなかった。
段々と呼吸が落ち着いてきた太刀川は深く息を吐いてからキッチンに向かう。そこで水を飲み完全に落ち着いてから、改めて夢の内容を思い出した。
太刀川を庇った春。風間隊とのチーム戦をやったばかりでこの夢だ。リアルに感じるのも無理はない。遠征先で太刀川を庇って微笑んで……そのまま崩れ落ちる春の姿が目に焼き付いて消えない。
あの笑顔が、声が、頭から離れない。
「くっそ…!」
がんっとキッチンを叩いた所で、太刀川は気付いてしまった。
自分の手が震えていることに。
「……なんだ、これ」
遠征が怖い訳じゃない。そんなのはあり得ない。例え殺されそうな夢を見たと言ってもそれは断言出来る。ならばこの震えはなんなのか。
「………春?」
そうとしか考えられない。
目の前で自分は何も出来ずに春を失う恐怖。自分が守れば良いだけの話だが、ずっと一緒に行動出来るとは限らない。それに、太刀川を庇わなくても死ぬ可能性はあるのだ。
『…約束出来ません』
『また同じような状況になれば、私はきっと同じことをします』
『私は絶対太刀川さんの盾になります』
春の言葉は真剣だった。きっと本当に行動に移してしまうだろう。
「………春」
再び呟くように名前を呼び、太刀川は何かを決意したように拳を握り締めた。
◇◆◇
翌日、春は上機嫌で隊室の扉を開けた。
「お疲れさまでーす!」
「おーお疲れー…って、随分機嫌良いな」
「あの後、太刀川さんと何かあったー?」
「ふっふふー!聞いて下さい!」
予想以上にご機嫌な春に出水たちは首を傾げた。
「昨日のチーム戦は太刀川隊の勝利です!それでその後に蒼也くんに模擬戦挑みに行ったらなんと!ついに4勝出来ました!初の4勝6敗です!あと1勝で引き分けですよ!」
「へー、そりゃ凄いな」
「風間さんに4勝出来る人なんて中々いないよー?」
素直に褒められて春は更に嬉しそうになる。けれど、1番嬉しかったのはそのことではない。
「あと、太刀川さんが忍田さんに言ってたのを聞いちゃったんです!太刀川隊に遠征先で命を落とすような奴はいないって!俺が選んだんだからーって!」
「なるほど、それでお前はそんなに上機嫌な訳か」
「はい!だって俺が選んだ、ですよ!嬉しいに決まってるじゃないですか!」
「あーはいはい良かったなー」
「京介くんにも蒼也くんに4勝したことと太刀川さんが俺が選んだって言ってたこと話したら同じ反応されました!」
「そりゃみんな同じ反応するわ」
呆れたように笑う出水に、春は不満そうな顔をしたが、すぐににこりと表情を変えた。
「私、遠征全力で頑張ります!」
「お、それは全力で期待してるぜ」
「私も全力でサポートするからねー」
3人で笑いあった所で、隊室の扉が開いた。
「!お疲れさまです太刀川さん!」
「…おう」
「太刀川さん聞いて下さい!昨日あのあと蒼也くんと模擬戦して10戦中4勝したんですよ!ついに4勝です!とりあえずの目標も近いです!」
「…………」
「太刀川さん…?」
春をじっと見つめたまま何も言わない太刀川。その瞳からなんの感情も見出すことが出来ずに春は首を傾げる。
「あ、太刀川さん。遠征の同意書届いたんですか?」
「…………ああ」
太刀川は春から視線を外すと、出水と国近に同意書を渡した。
「これ毎回面倒なんだよなー」
「ねー」
「………」
「あ、あの、太刀川さん…?」
呼びかけても太刀川は何も答えず振り向かない。
「た、太刀川さん!」
「…なんだ」
「同意書!私まだ貰ってないです!」
「………」
「私、遠征頑張りますよ!太刀川さんの役に立てるように全力で戦いますから!」
春のその言葉に太刀川は顔を歪めた。そしてゆっくりと春を振り返り、春を見つめた。
笑顔を向けてくる春に、今は不安と恐怖しかない。夢の中の春と、今目の前にいる春の姿が重なる。
遠征に行ったら、あの夢が本当になるかもしれない。
「……そんなのダメだ」
「え?」
小さく呟いた太刀川に、春は聞き取れず見上げて聞き返した。太刀川は意を決したように春を真っ直ぐに見つめ、口を開いた。
「…春。お前は遠征には連れて行かない」
迷いのないその言葉に、春は目を見開いて固まることしか出来なかった。
[ 16/52 ]back