譲れないもの


チーム戦が終わり、風間が部屋から出ると、フロアで菊地原と春が火花を散らしていた。


「カメレオン避けるとかなんなの?バケモノなの?」
「そりゃ君より強いから仕方ないよ?君より強いからね」
「はあ?ていうか君もベイルアウトしたじゃん。風間さんに負けて。風間さんに、負けて」
「でも君をベイルアウトさせたのは私だからね」
「あんな攻撃あり得ないんだけど。普通自分の隊長ごと攻撃する?ぼくなら絶対しないね」
「信頼関係あるからね!」
「ぼくたちだってあるに決まってるじゃん」
「お、おいお前ら…」


喧嘩する菊地原と春に止めようとする歌川。よく見かける光景だが、またか、と溜息をつかずにいられない。その溜息に気付いた春が風間を振り返った。


「あ、蒼也くん!」
「あのメテオラは予想外で良かったが、最後に太刀川を庇ったのは感心しないな」
「だ、だって思わずというか…太刀川さんがやられるの見たくないし…」
「信頼してるんじゃなかったの?」
「うるさい!」


がるる、と威嚇しあう2人に再び溜息をついたところで、最後に太刀川が部屋から出てきた。それにいち早く反応したのは春だ。ぱっと表情を輝かせて太刀川に走り寄る。


「太刀川さん!最後急だったのに決めたの流石でした!」
「…おう」
「……太刀川さん?」


チーム戦に勝利したにも関わらず、浮かない顔の太刀川に首を傾げた。それに春と目を合わせようともしない。


「太刀川さん、どうかしました?」
「………いや」
「あ!やっぱりメテオラで太刀川さんの足吹っ飛ばしちゃったことですか!?本当にすみません!」
「あれは俺が避けるっつったのに避けきれなかっただけだから気にすんな」
「でも…」
「それより、春」


目を合わせずに話していた太刀川が、やっと春を見たが、その瞳に何故か怒りを宿しているのに気付いた。


「……最後のあれ、やめろ」
「え?」
「俺を庇うのやめろって言ってんだ」


春に向けるにしては強い口調に、風間は静かに2人を見つめる。


「ど、どうしですか…?」
「あの場面で俺を庇わなくても、お前が風間さんを倒せば勝ちだったろ」
「けど太刀川さんが残った方が勝率は格段に上がりますよ!」
「俺が負傷してなかったらな。片足のない状態じゃお前が残った方が良いに決まってる。それくらい分かっただろ」
「で、でも…」
「2度と俺を庇うな」


普段向けられることのない冷たい声音に一瞬怯んだが、春にも譲れないものはある。ぐっと拳を握り太刀川を真剣に見つめ返した。


「…約束、出来ません」
「なに?」


いつもはいはいと太刀川の言うことを聞いていた春が反論し、太刀川は驚いた。それを聞いていた風間も驚く。ただ事ではないと思い、菊地原と歌川を戻らせ、2人の仲裁に入ろうとしたが、簡単に近づける雰囲気ではなかった。


「…命令だ春。2度と俺を庇うな」
「…聞けません」


お互いどちらも譲らない。


「また同じような状況になれば、私はきっと同じことをします」
「…もしそれが遠征先なら命を落とす可能性もあるんだぞ」
「それなら尚更です。私は絶対太刀川さんの盾になります」
「春…!」


太刀川の苛立った声音に泣きそうだった。どうしてここまで怒らせてしまっているのか分からない。けれど、春は自分に嘘をつくことも出来なかった。


「もういいだろ」


そこで風間が仲裁に入り、2人の視線が風間に向く。苛立った太刀川と、泣きそうな春。どちらの言い分も分かるのでどちらの味方も出来ない。


「まあ、今回は春が悪い。負傷した太刀川を残すより、春が残った方が勝率が高いのは確かだ」
「………」
「だが太刀川も言い過ぎだ。言い方というものがあるだろう」
「………」
「2人とも頭を冷やせ」


そう言って風間はその場から去って行った。あとは本人たちの問題だと。残された2人は無言のまま立ち尽くす。正直きまずいのだ。


「…たち、かわさん」


そんな雰囲気で口を開いたのは春だった。太刀川は無言で視線を向けて促す。


「…すみません、でした」
「…え」


余りにもあっさりと引き下がった春に太刀川はきょとんとした。


「私が太刀川さんを庇うなんておこがましいですよね!太刀川さんはそこが気に入らなかったんですよね?生意気言ってすみませんでした!」


全く違う。
けれど、先ほどまでのピリピリした空気がなくなったのには正直安堵している。それにいつも通りの春だ。太刀川は思わず小さく吹き出してから、頭を下げている春の頭を乱雑に撫で回した。


「わわっ、太刀川さん?」
「全然違うけどまあ良いか!俺も悪かったな」


いつも通りの雰囲気に戻った太刀川に春も安心した。全然違うと言われたのには引っかかるが、今ここでこの話題を掘り下げたくはない。


「私、もっともっと強くなりますから!太刀川さんを守れるくらい強くなりますからね!」
「俺を守れるくらいって、目指すのは総合1位ってことか?」
「そのつもりで頑張りますよ!とりあえずの目標は蒼也くんに勝ち越しです!」
「とりあえずの目標高いな!」


お互いに笑いあった。しばらく笑って春が太刀川を見上げると、優しい瞳をした太刀川とばっちり目が合う。愛しいものを見るようなその瞳は最近よく見るものだが、やはり慣れない。どくりと跳ねた心臓を誤魔化すように春はくるっと後ろを向いた。


「よ、よーっし!そうと決まれば蒼也くんに模擬戦挑んできます!」
「今チーム戦したばっかなのに急だな」
「風間隊に勝ったって感覚があるうちに戦っておこうかと!行ってきます!」
「おう、頑張れよ」


走り出してからチラッと太刀川を振り返ると、またあの瞳をした太刀川と目が合った。
俄然勝てる気がしてきた。
春は赤くなった頬で太刀川に笑いかけ、風間の所へと走って行った。

残された太刀川は春の姿が見えなくなるまで見送った後、突然しゃがみこんで頭を抱えた。


「なんだあの笑顔可愛すぎんだろぉぉぉぉぉ…」


赤くなってしまった顔を伏せて唸る。自分の発した言葉のせいで今までにない雰囲気になってしまったが、風間のお陰でなんとかなった。それどころかまた一歩距離が近付いた気がすると、にやにやする表情を止められない。


「…………慶?」


そこへ通りかかった忍田が訝しげに太刀川に声をかけた。


「ん?あ、忍田さん?どうしたの?」
「どうした…は私の台詞だが、まあ良い。調度お前に話したい事があってな」


太刀川の言動には特に突っ込まず、忍田は話を続けた。


「もうすぐ遠征だろう。そろそろ遠征へ行く同意書を書いてもらいたい」
「もちろん!俺は書くよ」
「お前は面倒だからと前回の遠征後にすぐに次のを出しただろう…」
「…そうだっけ?」
「お前じゃなくて出水たちだ。特に如月は今回が初めてだろう。よく説明をして、その上で同意を得てくれ」
「大丈夫だよ、忍田さん」
「お前はまたそうやって軽く…」
「ウチの隊に遠征にビビる奴はいないし、戦うのが嫌いな奴もいない。それに、俺が選んだんだ。だから太刀川隊に遠征先で命を落とすような奴はいないよ」


強気な太刀川の笑みに、忍田は呆れながら小さく笑った。


「そうだな。お前自身が選んだ隊員たちだ、当然か」
「その通り」
「だが、ちゃんと同意書は書いてもらえ。良いな」
「はーい」


忍田は同意書を渡すと、忙しそうに戻って行った。


「もうすぐ遠征か……楽しみだなー!」


1人喜ぶ太刀川の後ろで、物陰に隠れていた春は頬を染めていた。
風間を探しに行ったが、先ほど話題に出た遠征はいつ行くのかを聞きに戻ってくると、太刀川と忍田が会話をしていたのだ。隠れる必要などなかったのだが、ある一言を聞いて思わず隠れてしまった。


『ウチの隊に遠征にビビる奴はいないし、戦うのが嫌いな奴もいない。それに、俺が選んだんだ。だから太刀川隊に遠征先で命を落とすような奴はいないよ』


その言葉に顔に熱が集まって心臓が早鐘をうった。

俺が選んだ、と。

つまりそれは春も例外ではない訳で。このまま太刀川のところに出て行ったら確実に真っ赤な顔を見られると判断して隠れてしまったのだ。
盗み聞きするようで嫌だったが、嬉しいものは嬉しい。頬を染めたまま、春は笑った。

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