遠回しの嫉妬


「なんか、風間さんにチーム戦を挑まれた」
「は?」


太刀川隊の隊室で談笑していた出水、国近、春は同時に声をあげた。隊室に入ってきた太刀川の開口一番に全員がそう言うしかない。しかし、これは始めてではなかった。


「……あんたまた何かしたんですか」
「いや……今回は全く心当りがない」
「太刀川さん前もそう言ってたよー?」
「レ、レポート大丈夫ですか?大学行きました?授業受けました?隊長会議出ました?遅刻とかしてません?勝手に蒼也くんのご飯食べたりとかは…?」
「お前1番失礼だなおい」


悪気なく例えを上げていく春に出水は思わずつっこんだ。しかし春がここまで心配するのは前科があるからだ。
提出ギリギリのレポートを風間が手伝ったにも関わらずその提出日に忘れて行ったり、遅刻するなと散々釘を刺されたのに隊長会議に遅刻したり、お腹が空いたからと勝手に風間のカレーを食べてしまったり。
そういったことがあった次の日は決まって風間からチーム戦を申し込まれる。個人戦ではなくチーム戦なのは個人戦が大好きな太刀川が喜ばないようにだろう。そしていつも迷惑を被るのは太刀川と風間以外なのだ。


「うーん……今回は本当に心当りがないぞ。レポートは出したし、大学には行ったし、会議にも遅刻しないで行ったし、人のもの勝手に食ってないし……」
「太刀川さん凄いです!」
「だろ?」
「いやそれ普通のことだから!」


春にキラキラとした視線を送られ、何故かどや顔の太刀川に出水は大きく溜息をついた。


「でも、本当に何もなさそうだねー?」
「おれも心当りないな…」
「案外、春ちゃん関係だったりして?」
「まさか!いくら春大好きな風間さんでもそんなことで太刀川さんにチーム戦申し込んだりなんか……」


するかもしれない。
出水は固まった。国近はほわわんと笑っているが、出水と同じことを考えているのだろう。


「え、ちょっと待って。それってつまり八つ当たり的なの?」
「太刀川さんに春ちゃん取られてヤキモチ焼いてるのかな?」
「うわ……太刀川さんと違って風間さんは大人だと思ってたけど、意外と大人げないな…」
「春ちゃんを大切に思ってるんだからしょうがないよー」
「まあそうだけどさー…」


それに巻き込まれるおれたちって。
流石にその言葉は呑み込んだ。


「蒼也くんたちとはいつチーム戦するんですか?」


出水たちの会話を聞いていなかった春が太刀川に尋ねる。


「あー、風間隊が防衛任務から戻ってきたら」
「…………ん?」
「だから、あと10分くらい」


あまりにも急なことに流石の春も顔をひきつらせた。今日の太刀川隊に防衛任務はない。つまり非番だ。だからこの後の予定を入れてしまっている。


「え、わ、ど、どうしよう…!」
「おれも予定あるんですけど…」
「私もー!」
「うっ……悪い…」


焦る春、呆れる出水、不満そうな国近。それぞれの反応に太刀川は怯む。


「おれは参加しませんよ。今日は二宮さんに飯奢ってもらう約束があるんで」
「俺より二宮の方が大事なのか!?」
「その質問めんどくさっ!」
「私も新発売のゲーム買いに行かないと行けないから無理ー」
「そんなんいつでも買いに行けるだろ!」
「あー!そんなんとか太刀川さんひどいー!もう絶対参加してあげないから!」
「あ、いや、悪い国近!今の言葉は撤回するから頼む!」
「やだよー!だって太刀川さんよりゲームの方が大事だもん!」
「うぐ……」
「うわー柚宇さんひでー…」
「そ、そう思うなら出水!」
「嫌ですよ。おれたち関係ないじゃないすか。完全にとばっちりなのに約束断ってまでチーム戦しませんから」


完全に見放された太刀川。出水と国近の決意は固い。
だがまだ望みはある。太刀川は最後の希望である春に視線を向けた。春は分かりやすくびくりと肩を跳ねさせる。


「……春」
「……わ…私も予定が……」
「……なんだ?」
「きょ、今日は京介くんとご飯食べに行く約束を…」
「京介くん?」


風間以外の名前呼びを聞き、太刀川は眉をひそめた。


「あ、烏丸です!玉狛の烏丸京介!太刀川さんもご存知ですよね?」
「……そりゃ知ってるけど」


何でそんな仲良さげなんだ。
途端に不満そうな表情になった太刀川に出水は苦笑した。


「京介と春はボーダー同期だし同じクラスなんですよ」


太刀川の嫉妬に気付いていない春の代わりに出水が説明した。


「……へー」
「京介くんのバイトがもうすぐ終わるのでそしたら一緒に買い物行って、ご飯食べに行こうって約束してるんです!」


それはつまりデートか。
3人の頭にはその言葉しか思い浮かばない太刀川は尚更不機嫌になっていく。


「あ、二宮さんが春を誘ったけど先約があるから断られたって言ってたのは、京介が先約だったのか」
「はい!」
「代わりにおれが誘われて美味いもん食わせてもらえるなんてラッキーだぜ」


春と出水の中で会話は成立しているが、太刀川は先程から不満で仕方がない。じとーっと春を睨む。


「……た、太刀川さんすみません。そう言うことなのでチーム戦には参加出来ま……」
「断れ」
「……え?」


春に向けるにしては低い声に全員首を傾げた。


「太刀川さん?」
「烏丸との約束断れ」
「え、いやでも……」
「烏丸と2人きりなんだろ」
「そうですけど……」
「なら余計にダメだ!断れ!」
「ダメって……」
「ダメなもんはダメだ!チーム戦にはお前が必要なの!出水と国近はもう仕方ないが、春は俺と参加!絶対!俺と!参加!」
「!!」
「いいな!」


我が儘で強引な太刀川に出水は溜息をついた。けれど今の言葉で春が何を感じているかも分かってしまい、呆れるしかない。


「…………また今度に出来ないか聞いてみます」
「……おう、悪いな…。今度俺が買い物付き合って飯も奢ってやるから」
「!!」


太刀川の言葉に春は目を見開いた。
買い物に付き合って、ご飯を奢る。2人きりで。それはつまりデートではないか、と。烏丸と同じ約束のはずなのに全く違うことをするような感覚だ。


「京介くんに電話します!」


その言葉を言いながらすでに電話をかけていた。烏丸には本当に悪いと思っているが自分の気持ちには逆らえない。


「あ、もしもし京介くん?バイトお疲れさま!そ、それでね!京介くん!………………え、う、うん、そうだけど…………うん。……何で分かったの…?……ふふ、そっか!でも、本当にごめんね?……うん、ありがとう!……それじゃ、また明日ね!」


3人が見つめる中、春は電話を切った。


「京介くん許してくれました!」


にこっと笑いかけると太刀川はガッツポーズをして喜ぶ。


「随分すんなり進んだな」
「そりゃ京介くんですから」
「いつもの以心伝心ってか」
「はい!京介くん私が言いたいこと全部分かったみたいで、すぐにまた今度で良いぞって!」
「あいつ本当に中身までイケメンだな……」
「京介くんですからね!」
「何でお前が威張ってんだよ」


出水は腕を組んでふふんと笑う春の頭を叩いた。しかしじっとこちらを見つめる太刀川に気付き、春から離れて国近の元へ行く。


「柚宇さん、太刀川さんが怖いんだけど」
「なんかすっごい春ちゃん大好きオーラ出るようになったねー?」
「くっつけとは思ってたけど、今の状態面倒だな…」
「両片想いだもんねー」
「あんな好意丸出しなのに何で2人とも気付かねーんだよ…」
「太刀川さんと春ちゃんだもん」
「……はぁ」


結局そこに辿り着く。この2人だから仕方がないと。


「これで春はチーム戦参加だな!」
「はい!……けど、私と太刀川さんの2人で風間隊と戦うんですか?」
「そうなるな」
「オペレーターもなしで?」
「おう」
「…………だいぶ不利じゃないですか?」
「大丈夫だろ。春は菊地原にも歌川にも勝ち越してるし、風間さんとの模擬戦も良い線行ってる」
「あ、ありがとうございます!」


そう言うことが言いたいのではないが、褒められたのは素直に嬉しくてついお礼を言ってしまう。


「個人なら良いけど今回はチーム戦でしょ。風間隊はカメレオンで3人連携してくるんだから1人1人に勝ち越してても危険ってことを春は言いたいんじゃないんすか」
「出水先輩…!」


正にその通りだ。頼れる天才射手に春は感動した。


「3人連携してきても大丈夫だって。俺と春なんだから。な?」
「ふぇ!?は、はい!」
「……何が大丈夫なんだか」
「出水と国近が居れば絶対に勝てる。けど俺と春だけでもまあ勝てる。つーか勝つ」
「……そうですね!絶対勝ちます!私頑張ります!」
「おー、頼りにしてるぜ」


ぽんっと頭を撫でられて春は頬を染めたまま全力で頷いた。


「まあ、おれも大丈夫だとは思ってますけど。頑張ってきて下さい」
「太刀川さんも春ちゃんも頑張ってー!明日結果聞かせてね?」
「はい!朗報を待っていて下さいね、出水先輩、柚宇さん!」


俄然やる気な太刀川と春。
こんな2人を見たら風間は不機嫌になるかもしれない。そもそも風間がチーム戦を挑んできたのはこういう事が原因かもしれないのに2人でチーム戦なんてさせて良いものだろうか。今更浮かんでしまった疑問を出水は頭を振って消した。ややこしくなりそうだから黙っておこうと。


「お、風間さんたち戻ってきたみたいだな」
「いよいよですね!」
「だな。行くぞ、春!風間隊を返り討ちだ!」
「はい!」


2人は意気揚々と隊室を出て行った。前とあまり変わらない光景だが、確実に2人の気持ちは変化している。
想いに気付くか、想いを伝えるか。
どちらにせよ、もう少しのようでまだまだ時間はかかるな、と出水は呆れたように笑った。

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